46.月も太陽も沈むもの
《【夜明けの月】のログハウス》
──女子大浴場。
「どひゃぁ〜。クソデカ浴場えぐちぃ〜」
女子組で一緒にお風呂。アゲハさんの提案で全員引っ張られたけど、ジョージだけはライズの呼び出しによって回避した。代わりにドロシーが巻き込まれそうになって一悶着あったけど。
「てかゴーストっち美人!えぐち!」
「賞賛を受理します。ありがとうございます」
「アイコっちもムキムキ! かっこいい!」
「ふふ。ありがとうございます」
「メアリーちゃんも肌すべすべ! うらやま可愛いー!」
「ぐえー」
アゲハさんに抱きしめられる。コミュニケーションが強すぎる。
「タルっちも……あれ、のぼせてる?」
「いえ〜……ウチはリラックスですゥ〜ン〜……」
ふよふよと仰向けに溶けているタルタルナンバンさん。
お風呂好きだったのね。わかるわ。
「タルっち、レベル61って大体第30階層あたり? 最近新聞で良く見るけど攻略はしないん?」
「はい〜……ギルド解散しちゃったんです。【飢餓の爪傭兵団】に吸収される派と、先に進む派で分裂しちゃって〜……。
楽しかったんだけどなぁ〜……。ギルドマスターもサブマスターも、二人の仲は良くなかったかもだけどさ〜……。ウチはどっちも親友だったんだけど……」
……人間関係の話ね。ライズもそうだし、モーリンさんも、ムネミツさんも、オオバさんも。
先の見えない階層攻略をずっとやっていく仲間なんだから、人間関係は重要よね。うちは脱退できないし。
……【夜明けの月】のみんなにとって過ごしやすいギルドにできるかしら。あたしは。
「まぁ気にすんなってタルっち! 【金の斧】にもそういうのいっぱいいるけど、今は今で楽しくやってんよ!
楽しく無いって言う奴の尻蹴ってブチ上げてるからなんだけどね!ガハハ!」
バシバシとナンバンさんを叩く盛り上げ隊長アゲハさん。
ナンバンさん沈んじゃうから。加減加減。
「アゲハさんは上の階層へ行かないのですか?」
「んにゃ行くよ? 順当に行けば第30階層の【マツバキングダム】だね! 第3職昇格ついでにクリックには行ったら、いつでもいけるんよ。
……まぁもうちょっとしたらね! 【金の斧】の連中ジメジメしてっからさー。もうちょい前向きにしたら出てくよ。あ、これオフレコね。テッパチ泣いちゃうからさ」
ざぱっと勢いよく浴槽から飛び出すアゲハさん。
……元気ハツラツだけど、しっかりしてる姉御肌。人気者なのも頷けるわね。
──◇──
【第17階層フォレスト:朽ちた永年樹】
ドーランのユグドラシルと同様の朽ちぬはずの大樹は、しかしその中身を曝け出し枯れ木となっていた。
内部の空洞には螺旋階段のように足場が設置されており、今やただの通路と化している。
「この地下に謎の空洞があってな。でも本当に謎なだけで何も無いんだよ。なんなんだろうな」
「永年樹って言うくらいだから自然に枯れたわけじゃないのよね? なんでかしらね」
ここが【Blueearth】であり、お姉ちゃんによって作られた世界である事は差し置いて。この世界にはこの世界の歴史がある訳で、そこを考察するのも楽しい。
今時はゲーム世界の歴史なんてAI自動生成である程度整合性ついて作られてるだろうし、ちゃんと意味はあるんでしょ。
「この木について有力なのは、ドリアードかエルフの住処だった説だな。本来二本あった永年樹の片方が枯れたから、もう片方を奪おうと襲撃したとか。執着の理由としては納得できる」
「枯れた理由がわからんが、少なくともフォレスト階層においては古代技術の栄えた時代には既に生えていた筈である。吾輩は古代文明の兵器によって朽ちた説を推す。同時に古代も滅びたのではないか」
「それもまた一つの説ですねェ!【井戸端報道】にも色んな説が集まってますよ。
私としては栄養をユグドラシルに吸われた説ですね。同種を吸い続ける事であれだけの大きさを維持しているというやつです」
「俺は永年樹の地下にあったものが地底に落ちた、あるいは移動した説だな。その何かを栄養源としていて、それが消えたから枯れたという」
全員でわいわいと話しながら、一段一段、段差を上がっていく。
……これ、ドーランの木と同じサイズなのよね?
「いつまで上がるの?」
「頂上までだな。流石に使うか《まりも壱号》」
「うん。今用意するよ」
──その後。
樹壁に沿って螺旋に回転しながら上昇する《まりも壱号》によって、あたし達は数分の休憩を余儀なくされるのであった。
──◇──
【第18階層フォレスト:春風の葉渡し】
永年樹頂上。吹き上がる風が、巨大な葉を巻き上げる。
次のゲートの解放条件は、20分以上葉の上を維持する事。
「宿木ん時のレベルアップ版だ。落ちたら16階層からやり直しだからな。死んでも落ちるなよ」
「アゲハちゃんの魅せ場ってワケ! ほらほら【調教】【調教】【調教】!」
空を飛ぶ綿毛、《ブリーズパサラン》を次々と仲間に引き入れてこっちに飛ばす。
「浮けるのは俺くらいか? 浮遊手段の無い奴は綿毛と一緒に行動しろ! 落下の危険は無くなる。
ジョージは《まりも壱号》はしまってその辺の飛行魔物を【調教】しろ!
サイズ的には……ドロシー! こっちこい。お前のサイズなら俺に乗れる」
「アイアン8とアイコっちとメアリーっちで3体! 残りは?」
「私は忍法【揚凧】で復帰までは自力で可能です!」
「吾輩も浮遊魔法が使える。残るゴースト嬢とアゲハ嬢は吾輩の魔法で面倒を見よう」
それぞれの対策でなんとか戦闘開始。吹き上がる風に乗って《ブリーズパサラン》が集まってくる。
──────────
《ブリーズパサラン》
LV33
弱点:炎
耐性:風
無効:雷
吸収:雷
text:魔物化した綿毛。自ら静電気を操る事である程度自力で飛行が可能になった。
風やノックバックを受けると直線に飛んでいく。また、複数体が密集すると《キングパサラン》へと進化する。
──────────
「キング化すると雷魔法を連発してくる。気を付けろー」
「この足場でこの遠距離部隊相手に20分キープは厳しくない!?」
「文句はお上に言えー」
──◇──
【第19階層フォレスト:機甲虫の土俵】
地上に辿り着き、巨大な洞窟の正面には、これまた大きな切り株。
フロアボスは常にこの土俵を守り続けている。
が、転移ゲートはその土俵の中にあるのだ。
「というわけでフロアボスです」
【大樹を狙う ギガキャノンビートル】LV40
待ち構えていたのは角にミサイルが付いた巨大カブトムシ。
いやどこになに生やしてんのよ。角つかえないじゃん。
「……情報は?」
「まず土俵に上がる事自体がムズい。遠距離攻撃への対策が必要だな」
「了解。じゃあ少数の前衛で潰しにいって、他は陽動ね。本隊はアイコ、ジョージ、ゴースト、あたしで行くわ」
ブックカバーさんやライズを使えば楽勝だろうけど、それじゃいつまで経っても強くなれないし。
そうするとこのメンバーが多分最適。やってみなきゃだけど。
「陽動は忍法の種類があるナンバンさんを中心に。アゲハさんとアイアン8さんはドロシーとブックカバーさんの護衛。ブックカバーさんは左右の遠方にデカい魔法放って集中力削って」
「相わかった。派手に散らすとしよう」
「俺は」
「その辺でサボってて。仕事思いつかない」
ライズはワイルドカード。なんでもできるけど、ちゃんと役割分担が決まってる状況だと逆に役割が無くなるのよね。
「では早速。【テンペスト】!」
大嵐に気付いたカブトムシが周囲を確認する。単純に嵐の方向に攻撃はしないか。利口ね。
「忍法【影法師】! こっちですよー!」
ナンバンさんが分身し、カブトムシに補足させる。
直後に四方へ散会する分身へ、カブトムシがミサイルを発射する!
追尾性能が高いわね。これはタゲ管理しないと近付かないわ。
「ではメアリーちゃん。行きますよ」
「うん。矢面にはアイコとゴースト。あたしとジョージは後ろに付くわ。ジョージはまだ本気出さないで」
「わかった。武器は鞭でいいのかな?」
「うん。今回はそれでお願い」
「【神炎のサウザンドアロー】!」
臨戦対戦のカブトムシを煽るように、大量の炎の矢を撒き散らす。対抗するようにミサイルを連射してくるが、これには追尾機能は付いていないみたい。爆炎に紛れて接近する。
「──こっからね。3人で囲んで、ジョージは【紫呪竜の髭鞭】を可能な限りぶちこんで!」
「「「了解!」」」
切り株の上に到着するチームフィジカル。カブトムシは一瞬同様するが──翅の下に隠した銃口を周囲に向け乱射する!
「銃弾は受け流せませんが! ダメージは軽微です!」
アイコは片手槌を振り上げ、銃をその身に受けながら硬直。
──構え中に受けたダメージによって威力が増幅する、槌技。
「お返しです。【パニッシュボム】!」
力強く叩き下ろした槌。を、そのまま横に旋回。十字を切るように二連撃!
──本来は一度だけのダメージ判定だけど、判定が終わる前に筋肉の力で無理矢理二回目の横薙ぎを通す。アイコが考案した、その名も【パニッシュクロス】!
「やはり筋肉量に限界はあるな。それを踏まえた戦略で行けばいいだけだが!」
ジョージは相変わらず両手に鞭を巻きつける格闘スタイル。ギリ鞭攻撃として判定されているので、このスタイルで押してみることにした。
「銃口さえ認識していれば俺は見てから避けられる。リーダーの指示だ。可能な限り叩き込んでやるぞ!」
銃を避け、腹に潜り、目にも止まらぬラッシュで突き上げる。ダメージ判定さえ発生すれば、ある程度の体格差は無視できる。
仰け反り立ち上がるカブトムシの腹の正面には、ゴースト。
双剣【無限蛇の双牙】を構え、覚えた新技──双剣による回転連続切りを放つ。
「──skill:【双月剣舞】」
24回のダメージ判定。ジョージが体格差を判定数で押しのけたように、そのままカブトムシは──仰向けに倒れる。
「これで終わりよ! 【紫呪竜の髭鞭】で魔法防御力下がってんなら、通用するでしょ!
──【風花雪月】!」
素早く起きあがろうとするカブトムシは風に抑えられ。
──やがて氷の花に閉ざされ、撃破された。
──◇──
「うし。勝ったわよー」
切り株の中から転移ゲートが生えてくる。全員割と近くまで来ていたようで、切り株の上に集合する。
「では吾輩はここまでであるな。短い間だがいい羽伸ばしになった」
「ご機嫌アスレチックリゾート扱いかよ。前線はもっとハードなんだな」
「貴様ほどの無茶をする奴などおらん。だから早く上がってこい。さらばだ」
ブックカバーさんはそれだけ言い残して先に転移ゲートをくぐる。意外とと言うか、紳士的な人だった。
……そしてやがて大きな壁となって立ち塞がる強敵。同じマジシャン系列として、いつかは倒さないといけないのよね。
「では私も、ここで契約終了とさせて頂きます。【井戸端報道】としても、私個人としても、【夜明けの月】の躍進を楽しみにしていますので! 今後とも宜しくお願いしますゥン!」
タルタルナンバンさんも走って行った。今すぐにでも新聞を書き上げたいのね。
あの人は心から今の仕事を楽しんでて、それも一つの生き方よね。個人的に応援したくなっちゃった。
「アゲハちゃん達はせっかくだからそのままルガンダ案内しちゃる! しばらく太陽は拝めないから今のうちに見納めだよー」
「ドーランほど物騒では無いが、口利き出来る者が一緒の方が安心だろう。ギルドマスターもライズさんに会いたいと言っている」
【金の斧】の二人は続投。あっという間だったけど、二人とは結構仲良くなれたと思う。こういう縁がそのまま続けばいいのだけど。
さあ、いざ地底の世界へ。ゲートを潜った先には──
硬い岩盤をくり抜いたような洞窟の壁に沿って、石作りの家が立ち並ぶ。
松明の火と、天井に流れる色とりどりの天の川が暗闇を照らす。
そこかしこの家から火が吹き上がり、鉄を叩く音が反響している。
アゲハさんが一歩前に出て、笑顔で振り向き両手を広げて。
「──ようこそ! 【第20階層 地底都市ルガンダ】へ!」
~謎の機械生物たちと古代文明~
《執筆:【井戸端報道】記者P》
魔物は各階層ごとに独自の進化を遂げますが、進化ではないものもあります。
それが機械を装備、あるいは融合してしまっている機械生物達です。
マシンガン付き蜂、キャタピラ付き芋虫、ジェットエンジン付きイモリなど。
これらは機械を使用していた古代文明の技術により誕生していますが、その経緯は大きく異なります。
・自動機械生物工場から誕生
地表に露出した古代工場、あるいは地中自体を掘って入口が発見されたり、氷付けになっているところを解凍されたり。そうやって外界と繋がってしまった工場です。
これらの工場は周囲の生物を鹵獲し、機械化・繁殖までを自動で行い、生物兵器として世に放つシステムが組まれているようです。
なんとも人騒がせな工場ですが、現代の魔物が進化しすぎて機械化程度では生態系が崩れるほどの影響はありませんでした。
・魔物自体が機械を装備装着した
サルや電気系寄生虫など、知能や生態が機械を操作する事に適していたケースですね。
あるいは廃品でも金属製パーツとして武器防具として使う場合もあります。
こちらはまあ古代文明の陰謀も何もない健全なパターンと言えますね。
・何者かの手によって無理やり機械化された
機械生物工場をそもそも稼働させた黒幕。あるいはその関係者による実験で生み出されたとされる機械化魔物。
サバンナ階層のように一切古代文明の遺産が地表に現れていない階層でも機械生物は存在しています。この矛盾を解消するための説です。
機械生物の中にはあまりにも大きく、とても自動工場では収まりきらない魔物もいます。
この説の弱いところとしては、その何者かを見た冒険者がいない事ですね。探索探究ギルド【草の根】はおろか、あの伝説の妖怪.《床舐め》でさえ発見の報告がありません。
攻略の話をすると、機械生物達はその用途ごとに耐性が異なりますが、基本的に頑丈です。
物理攻撃で機械部を破損させると魔法攻撃に対する耐性が弱体化しますので、うまく連携を取って倒しましょう。
 




