448.無限の星に別れを告げる
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
【井戸端報道】特設放送室
──【ギルド決闘】"最果ての観測隊"終了の鐘が鳴る。
最終日のゲストは【至高帝国】のダイヤさんとハートさん。
固唾を飲んで、(実況なのに)言葉が出なかった。それほどに緊迫した最終戦。
最初に口を開いたのは、ハートさんだった。
「──【Blueearth】開始より、黎明期最前線の冒険者を"トップランカー"と呼び始めたのは……【井戸端報道】が結成し暫く経ち、【真紅道】がヘル階層の"羅生門"を突破した後──即ちセカンド階層に突入してからだ」
階層攻略のランキング化自体は、それなりに最初からありました。
ですがセカンド階層突入段階ではまだまだギルドという概念は浸透しておらず、ソロでの冒険者も少なくありませんでした。実際名も無いトップランカーは大勢居た事でしょう。
【象牙の塔】も【バッドマックス】も、最初はトップランカー扱いだったのです。
「やがてセカンド階層の厳しさに、最前線は先細りしていった。というか【飢餓の爪傭兵団】が片っ端から吸収していったというか……。
ともかく、【真紅道】と"それ以外の連合軍"である【飢餓の爪傭兵団】の対立は激しく……故にオレ様達【至高帝国】が付け入る隙があった」
「所謂トップランカーって呼ばれるようになったのは、【真紅道】【飢餓の爪傭兵団】【至高帝国】の三つとなってから、ですよね」
「うむ。その後一年の時を経て我ら【至高帝国】は諸事情につき攻略から撤退した。これは周知の通り、【飢餓の爪傭兵団】と【真紅道】とは何の関係も無いものである。
その後トップランカーには【ダーククラウド】が代わる形で入り込み──今日まで、抜きん出るトップランカーというものは存在せなんだ」
「上下関係が成立してたら一つのギルドになってるし。ちゃんとギルドを名乗る時点で優劣は無かった……って事だし」
「──そう。つまりだ。
今日この日に至るまで、トップランカーと呼ばれたギルドは──ただの一度も敗北していない。
【飢餓の爪傭兵団】が敗北したという事は。
【Blueearth】が始まって以来初めての、トップランカーの陥落を意味するのだ!」
トップランカーの敗北。
それの意味する事の重大さは、まだ実感が湧かないほど──彼らの強さは、我々に染み付いていて。
「大々的に報じよ報道屋。【夜明けの月】の勝利も、【飢餓の爪傭兵団】の敗北も。
彼らに敬意を表し、偽り無く全世界に知らしめるのだ」
「──はい。皆さん、お待たせしました。
【飢餓の爪傭兵団】vs【夜明けの月】、【ギルド決闘】"最果ての観測隊"。勝者は──」
「あ、ウルフとライズがすり潰されたし」
「なんでェ!?」
──◇──
【──飢餓の爪傭兵団】陥落!
【井戸端報道】による"【Blueearth】争奪戦"の生中継により、その情報は報じるまでもなく【Blueearth】全土に伝わった。
元より基準を満たしてはいたが、【井戸端報道】はこれを機に【夜明けの月】のトップランカー入りを認定。五つ目のトップランカーギルドの誕生となった。
専ら世間が注目するは、今後の【飢餓の爪傭兵団】と【夜明けの月】の動向。特にセカンド階層前の全拠点階層に傘下ギルドを展開している【飢餓の爪傭兵団】の今後であった。
最大の商会【マッドハット】の【朝露連合】合併と近しい、【Blueearth】のインフラに深く関わる巨大組織の陥落。以降の【飢餓の爪傭兵団】がどうなるかは、勝者である【夜明けの月】の一存で決まる。
場合によっては──総勢300人を優に超える【飢餓の爪傭兵団】連合の解体すらあり得るのだ。
果たして、その当の本人達は──
──◇──
【第170階層 竜星大河ピッド】
「傘下に入るから攻略を許せ」
「部下にならなくていいから攻略は一旦止めなさい」
ウルフとメアリーの睨み合い。なんと一時間が経過した。
本来【ギルド決闘】はこういった揉め事を起こさないように報酬を事前に取り決める訳なんだが……"審理"の輩スレーティーもこれには苦笑い。
「【ギルド決闘】の結果、間違いなく【飢餓の爪傭兵団】への命令権を【夜明けの月】に付与しましたが……あまりに理不尽な命令はできないようになっています。
なので、同等の見返りを提示すれば命令に対する抵抗は可能……と言えますねぇ。困った事に」
【夜明けの月】の目的は、トップランカーの攻略権を握る事。そしてそれをカードにゲームマスター天知調との交渉する事。
その事自体は既に周知の事実な訳だが……。
「こちとら三年間ずっと攻略をしてきた階層攻略のプロだ。【マッドハット】とかと違って他業が無ぇんだよ。
俺たちから"攻略"を奪うってのは、少々理不尽が過ぎるんじゃねぇか?」
「一生やるなって言ってるんじゃないわよ。あくまで天知調との交渉が終わるまで。でないと【ギルド決闘】した意味が無いわ」
「極論204階層までは攻略していいんじゃねぇのか?」
「今回の約束はそこまでの拘束力は無いわ。そのままうっかり攻略しちゃうかもしれない。悪いけどそこまで信頼してはいないわ。
……アンタ達の抜け目無い所は、今回嫌と言うほど知ったし。気分屋で統率が割と取れてないところもね」
「……不服だ……キング.J.Jによる治世は……なかなかのものだ」
「せやでメアリーはん。キング.J.Jの統率力に文句でもあるんか」
「お前らが! 勝手な行動を! 取るからそう言われておるのだ!」
【王威断絶】振り下ろされるクワイエットとファルシュ。
イタコタイコは状況を鑑みての単独行動だったが、こいつら完全に個人の事情だったからな。クワイエットなんてペットと遊んでたら置いてかれただけだし。
「……あぁもう面倒くさいわね! もうちょっと具体的に! 何がしたいのか言いなさいよ!
或いはちょっと席外しなさいよ。ブラウザと詰めるから」
「メアリーの意見に賛同するのも癪ですが、そうですよ総頭目。一応負けた身です。あまり贅沢を言い過ぎては逆に不利になってしまいますよ」
「だがよぉ……んんー……」
唸る狼。これにはブラウザでさえ困り顔である。
「素直じゃないねぇウルフ」
ひょっこり顔を出したのはサティス。それと単身180階層に到達してしまったベル。帰ってきたのか。
2人はウルフを囲むように両側に座り、ついでに【瑜伽振鈴】をウルフの膝の上に乗せて拘束する。2人して、悪戯な笑みを隠しもせず。
「サティスさん。素直じゃないとは?」
「今回のルール、ベル以外は誰も180階層に到達してないだろう? つまり【夜明けの月】はもう一度ギャラクシー階層を攻略する必要がある。
そこを助けたいんだよなぁウルフぅ〜? でも攻略禁止になると手伝えないもんねぇ〜?」
「最初からそう言えばいいのよねぇ? 変にプライド高いんだから仕方ないわねぇ」
「キング.J.J。こいつら【王威断絶】しちまえ」
「いやぁ流石にデスペナルティは重過ぎる故……」
煽ってる煽ってる。
……こうして見ると仲良し三人組なんだがなぁ。色々と解消されたっぽくて何よりだ。
「──会議中失礼します! 【真紅道】から連絡が!」
駆け込んできたのはアイアン8君。
ルガンダ以来の再開だが、なんとメアリーを仕留めるほどの実力者に成長していた。個人的に目を掛けていたので感慨深い。
……とはいえ、ともかく。【真紅道】から?
「──【真紅道】【ダーククラウド】、189階層……チャーチ階層を突破しました。
これで【真紅道】、【ダーククラウド】共に"【Blueearth】争奪戦"の準備が整った事になりますね」
──今、か。
タイムリーに見えて全然そんな事はない。なぜなら【夜明けの月】はここからギャラクシー階層を攻略しなくてはならず、その間に【真紅道】【ダーククラウド】はレベル上げやらの準備に取り掛かれるからだ。
ギャラクシー階層の突破推奨レベルは165、これは続くチャーチ階層の最低レベルと同じだ。つまりどうしたって165レベルまで上げないと最低限の土俵に立てない。
今回は途中でレベル上げが出来たとはいえ、基本的に魔物を無視して攻略していた形だ。レベルも……平均して163ってところだな。勿論と言うか、ムラもある。かと言ってレベル上げしながら攻略するには、【夜明けの月】連合の26名じゃ戦力が全然足りない。
メアリーは、こっちを見ている。……いい言い訳が出来たな。頷いて応える。
「……時間が無いわね。じゃあ【飢餓の爪傭兵団】に命令するわ。
ギャラクシー階層のデスマーチに協力する事。それ以降の攻略は、次の"【Blueearth】争奪戦"を終えてから考えましょう」
「──そうだな。【真紅道】の脚ィ引っ張るのは【飢餓の爪傭兵団】の得意技だ。任せてもらうぜ、総大将」
【瑜伽振鈴】をベルに渡して、そのままベルを横に避けて、サティスを殴って跳ね除けてウルフは立ち上がる。
利害の一致……手っ取り早い言い訳だな。素直じゃないコンビで相性いいのかもな、ウルフとベル。
「よぉし【飢餓の爪傭兵団】! あのデスマーチの階層ライズによる攻略だ。気合い入れていけぇ!」
「「「了解!」」」
慌ただしく準備が始まる。【飢餓の爪傭兵団】60人、【夜明けの月】と合わせて86人。大所帯なんて話じゃ済まされない。
アイテムも武器も準備が必要だが、【飢餓の爪傭兵団】なら一時間と必要無いだろう。
「んで……アイアン8! 次のトップランカーはどっちだ?」
「あ、はい総頭目。こちらになります」
アイアン8君がウルフとメアリーに手渡したのは──真っ赤な手紙に、炎の刻印。
バーナードとスカーレットがそれを見て笑う。最早開くまでもないな。
「……この期に及んで、果し状か……。無駄にオシャレなのが腹立つな……」
「グレンならヨレヨレの方眼紙に手書きでしょ。大方周りの入れ知恵よね」
「……蓮のセンスに任せていたら……【真紅道】に今のような高貴さは無かったな……。多分スポ根運動部みたいになっている……」
手紙一つで酷い言われようである。
メアリーとウルフが呆れながら開封すると──2人して吹き出した。
2人の手元にあったのは、一枚の紙。
《果し状》
「……やめてよ2人とも。マジで手書きの果し状出てきたじゃないの」
「クク……なんで小綺麗な封筒ン中の紙が雑な四つ折りなんだよ。テキトー過ぎんだろグレン」
ともあれ、本当に中を見るまでも無いな。
──続くは180階層──チャーチ階層。
対するトップランカーは、元祖トップランカーと呼ぶべき"王道"。
──【真紅道】だ。




