442.狼は群れの先頭に立ちて
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"
最前線走破中
【飢餓の爪傭兵団】22名
【夜明けの月】16名(残機持ち4名)
──◇──
【第177階層ギャラクシー:龍肩グルミウム】
雲海の上。
銀河が立ちはだかる。
「さあ【飢餓の爪傭兵団】。一日一度のチャンスだぞう」
星見の老人──"カーウィン・ガルニクス"。
ギャラクシー階層のレイドボスが【飢餓の爪傭兵団】の前に現れる。
「ようジジイ。今日こそ殺すぜ」
「うむうむ。……しかし"星辰獣"のルールを知ってなお、"星辰獣"を紡ぐとはな。しかもギルド全体で。
リスクとか考えんのか?」
「リスクなんか無ぇよ。誰が"星辰獣"を使おうが、俺じゃねぇなら関係ねぇだろ」
「やれやれ。酷いリーダーだのう。【飢餓の爪傭兵団】も苦労する」
「その辺はもう、リスクを承知で着いてきていますので」
──【飢餓の爪傭兵団】の狙いは、"カーウィン・ガルニクス"の撃破。
ウルフの解放を狙いとするならば当然の事。
……だが、そこまでしてウルフを必要としていたのだろうか?
「ウルフを置いて先に進めばいいのでは? そこまで深い絆でもあったのかのぅ」
「舐めるな老骨。我ら【飢餓の爪傭兵団】にそんなものは無い。
我らを結ぶものは絆ではなく"力"である」
キング.J.Jは刃を老人に向ける。
誰よりも力を求める者。非道こそ王道。
そのキング.J.Jが【飢餓の爪傭兵団】に在籍している、たった一つの理由。
「ウルフは【Blueearth】最強の獣だ。故に貴様を喰らう。それだけの事」
「総頭目。ここで"星辰獣フェンリル"を使い切ってしまっても構いません。全力でどうぞ。
我々は我々の勝手に動きます」
「おう。手ぇ出すなとは言わねぇよ。勝手にしろ」
カリスマなどあるものか。
仲間意識なぞあるものか。
ウルフが勝手に暴れて、周りも勝手に振る舞うのが【飢餓の爪傭兵団】だ。
「返してもらうぜジジイ。
──"星辰獣フェンリル"!」
星狼、吼える。
星河の竜を噛みちぎり、足場ごと"カーウィン・ガルニクス"を呑み込む──
「ウルフに続け! 【飢餓の爪傭兵団】前進!」
【飢餓の爪傭兵団】22名。
先鋭揃いの人海戦術。レイドボスとて倒せるだろう。
──だが。
狼を砕き、その顎から現れるは──星の竜。
「ぬるい。まだ育ちきっておらんな」
「──うるせぇ。返せ!」
嵐の短剣が竜の首を刺し貫く。
逆鱗なんのその。刃は深く深く、ウルフの腕ごと突き刺さり──
「──【致命の刃】!」
短剣上位火力スキルが、喉笛を引き裂く。
が──星竜の中から飛び出すは鮮血ではなく、老人。
「まだ足りん。もっと紡げウルフ!」
「ガタガタうるせぇよジジイ。見たけりゃ幾らでも見せてやる──!」
"カーウィン・ガルニクス"が天に跳ぶ。
足場であった星の大河は分岐し、無数の竜となる。
「ウルフ! 雑魚は我らに──」
「"星辰獣フェンリル"!」
問答無用。
星狼は竜を喰い破り──ウルフは老人に牙を突き立てる。
「逃がさねぇ!【王の簒奪】!」
「ほっ、私自身にはそこまで戦闘能力は無いんだがのぅ。これはマズい!」
【盗賊王】専用スキル【王の簒奪】。武器引き寄せの"窃盗"攻撃で、相手が巨大な存在で武器を持って居なければ──逆にウルフが敵に引き寄せられる。
ウルフはこの性質を利用し、絶対に敵の首に届く必中の一撃と解釈した。
飛行して逃げる"カーウィン・ガルニクス"だが、ウルフの刃が届くまで追跡は止まらない。
「仕方ない。ああ仕方ない。こうなれば仕方あるまいよ!」
──ウルフが求めるものを、"カーウィン・ガルニクス"は持っている。
"カーウィン・ガルニクス"は【夜明けの月】に真実を告げていない。
だが。
だとしても。
ウルフの言う事に従う理由にはならない。
「──【太陽嵐】!」
「チッ、一度解除か……!」
熱風がウルフを襲う。追尾するというのなら方向が固定され、攻撃を通しやすいという事でもある。
一度【王の簒奪】を解除し、ウルフは近場の雲に着地する。
すかさず"カーウィン・ガルニクス"は手を伸ばす。一瞬で星が集まり──
「"星辰獣アイスピラー"!」
──巨大な氷の柱を紡ぐ。
こんな単純な質量攻撃、ウルフにとって敵ではない。
……なかった。
「おや、回避するのかいウルフ。後ろに誰がいると思う?」
「──!」
ウルフの背後。
……言葉に流されてしまった事も反省点だ。ウルフの振り撒く先には──
「──ベル」
これまで切り捨ててきた無数の他人。
そのうちの一人。それだけの存在。
「さぁ、受けてもらうぞウルフ! それとも見捨てるのかな?」
氷の柱が迫る。当然、ここまでの大きさの攻撃を受け切れる力は無い。
ウルフは──
「──舐めるなよ、ジジイ」
──ベルを蹴り飛ばした。
「ほう……」
「ここにベルは来てねぇ。"星辰獣"かなんかだろうがよ」
氷の柱に跳び乗り──そのまま、"カーウィン・ガルニクス"へ向けて走り出す。
あと僅か。遂に"カーウィン・ガルニクス"の喉笛に届く──
「"偽物だから"切り捨てられたのなら。
──こうなると、どうなる?」
"カーウィン・ガルニクス"の目の前に。
ウルフの目の前に。
ウルフの刃の向かう先に──ブラウザ。
「今度は本物だよ、ウルフや」
「馬鹿らしいですね。総頭目、やっちゃって下さい」
首根っこを掴まれながらも、堂々とするブラウザ。
そうだ。それが【飢餓の爪傭兵団】。
俺達の間に絆など無い。
このままブラウザごと"カーウィン・ガルニクス"を引き裂けば全て解決する。
「……何でだよ」
手が滑った。
ウルフの手から、短剣が離れる。
ここにきてなんと初歩的なミス。
許されないミスだ。
「──総頭目!」
ブラウザの声に、意識が戻る。
"カーウィン・ガルニクス"は微笑んで──その背後にて、星の竜が顎を開く。
ダメだ。間に合わねぇ。
クソが。くだらねぇミスをした──
「【チェンジ】!」
鈴の音がひとつ、響く。
竜の顎の前に、人影がひとつ。
「──【虚空一閃】!」
竜の顎を横に薙ぎ──老人の前に辿り着きて、刀を斬り返す。
【サムライ】の十八番。かつて【飢餓の爪傭兵団】で最も恐れられた男の、正確無比たる斬撃。
「続けて──【燕返し】」
"カーウィン・ガルニクス"の身体を両断──ならず。恐らくは分身。本体は星河に飛び込んでいたようだ。
【サムライ】とウルフは共に着地する。同時に星河から"カーウィン・ガルニクス"が現れる──苛立ちの表情を見せて。
「何のつもりかのう」
「失礼。挨拶が遅れたね。
僕は【夜明けの月】連合筆頭、【満月】の戦闘員。そして──」
鈴付きの刀──【瑜伽振鈴】を納刀する。
その男は、ただ名乗った。
「【飢餓の爪傭兵団】大幹部。名前をサティス。以後は無いだろうが、宜しく頼むよお爺さん」
──◇──
わからん。
何で俺はあの時、手を滑らせたのか。
何故、サティスがここに居るのか。
何も分からないが──そういえば、空からブラウザが落ちてきてんな。
「わぁぁぁぁあ……あうっ。え、総頭目?」
「……おう」
丁度手頃な位置に落ちてきたからキャッチしただけだ。
サティスにも、女性に優しくしろとか言われてきたし。意味は分かんなかったが。
とにかくだ。こいつが何考えてんのか分からねぇ。
「おいサティス。テメェ……」
「弱くなったねウルフ。でもカッコよくなったじゃないか」
「うるせぇ。何のつもりだ」
「お前が僕の脱退を拒否したんだろー? だから僕は【夜明けの月】だし【飢餓の爪傭兵団】だ。何か問題でも?」
「……いや、屁理屈すぎんだろ。じゃあ今すぐに【夜明けの月】皆殺しにしてこいよ」
「そーれは無理だぜウルフ!」
……暑苦しい声。聞き覚えがある。
散々勧誘を蹴っておきながら無駄に喧嘩しに来た【バッドマックス】のマックス。
振り返ってみりゃ……ムカつく顔が並んでやがる。
「hi.ウルフ。ご機嫌麗しゅう。物資足りてるかイ? 高く売るよ?」
「いやいや中々壮観だね。あの【飢餓の爪傭兵団】が苦戦してるよ」
「セリアン。スペード。冷やかしかよ」
「全くもって」
「その通りサ!」
殴りたい。
……いや、おかしいだろ。何でこいつらが……。
「本隊は先に行ったわ。【飢餓の爪傭兵団】が追い付きたければ、ここで"カーウィン・ガルニクス"を倒すしかない」
──小さな、高い、ガキの声。
そんな事は承知の上で、世界に反逆するような、強い女の声──
「"カーウィン・ガルニクス"討伐は、私達が個人的に協力してあげるわ。だからさっさと潰しなさい、ウルフ」
「──ベル」
今度は本物だ。
間違える訳がないだろ。
……どうして、とか色々聞きたいが。そんな暇は、ない。
ベルは俺の隣までやってきて──俺が落とした短剣を手渡す。
「ちょっとは成長したみたいね。偉いわよ、ウルフ」
「何様だよ。……クソ。聞いてる暇が惜しいな。
分かったよ。勝手にしろ」
考える必要は無ぇ。
元から好き勝手するのが【飢餓の爪傭兵団】だ。
「……それが答えか、【夜明けの月】!」
「どれの事かな、"カーウィン・ガルニクス"。多分君の頭じゃあ僕たちの考えなんて見抜けないよ。
いい加減、君の癇癪に付き合うのも馬鹿らしい。ここで終わりにしようか」
「偉そうに──何様だ、スペード!」
「【Blueearth】を脅かすバグの根源……だった、一般人だよ。君には叶わない所に辿り着いた、ね」
「──貴様!」
"カーウィン・ガルニクス"は吼える。あの人を小馬鹿にしたような、余裕面がどこかに行ったようで。
「やっぱ祭りは派手じゃなきゃなぁ!」
「任せたよスペード! ワタシ達は好きにさせてもらうからネ!」
「はいはい。面倒事は僕に任せてねー。……【飢餓の爪傭兵団】もね。気にせず暴れなー」
こいつら……【夜明けの月】はいつもそうだ。
勝手に殴り込んで、騒いで、それが許されるんだから困る。
……馬鹿らしい。
「【飢餓の爪傭兵団】! 標的は変わらず"カーウィン・ガルニクス"のジジイだ! 【夜明けの月】のアホ共に獲物を取られるような真似ぁすんじゃねーぞ!」
「──了承! 【飢餓の爪傭兵団】前進!!」
キング.J.Jの轟が飛ぶ。
非常に遺憾ながら。やってやろうじゃねぇの共闘。
「ベル。下がってろよ」
「は? 誰に命令してんのよアンタ」
「ベル、下がった方がいいよ」
「サティス。アンタまで何よ」
「ウルフは笑顔見られたくないんだよ」
「は? 何の事だよちげーよ馬鹿」
「じゃあやっぱり下がらないわよ。ばーか」
「うるせー馬鹿。勝手にしろ馬鹿共」
何故か、昔を思い出す。
……何故か、あの時みたいに。
何でも出来る気がするのは、何故だろうか。




