441.新たな世界を覗くように
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"
【飢餓の爪傭兵団】26名
【夜明けの月】21名(脱落5名、残機持ち5名)
──◇──
【第176階層ギャラクシー:龍前背アルタイス】
──何が起きた。
空間作用スキルも警戒はしていた。当然だ。アレこそ【夜明けの月】にとって明確な逃げ道だ。
こちらも使える事には使えるが、やはり"宝珠争奪戦"の経験分【夜明けの月】に利があるだろう。
「……無事かスマート!」
「シンゲツ殿。バッド殿もボルテージ殿も探知できたでござる。しかし──逃した」
あの空間作用スキルは何だったんだ。
まるでこの176階層そのものと融合したかのような、終焉の縮図。あれが空間作用スキルver.2だとするのなら、一体誰が──
──違う。今そんな事を考えている場合ではない。
「危ないゾ殺し屋!」
「む──」
横入りするは盾二刀流、防御の鬼ボルテージ。
──真紅の銃弾を防ぐ。
「すまんボルテージ」
「いいゾ! 耐えて守るのが俺の仕事だゾ!」
総合耐久力【飢餓の爪傭兵団】一位、絶対的体力防御。クローバーのクリティカル攻撃をHPで受けて耐える、【スケアクロウ】のイミタシオが如き耐久性を誇る対"最強"用の肉壁。クローバーとバーナードを相手にしても死なないとは、流石だ。
「……全員逃げた訳では、無いか」
「私達にもよくわからないけれどね」
対峙するは【真紅道】の姫君──【バレルロード】ギルドマスター、スカーレット。そして側近コノカ。
更に【神気楼】のギルドマスター、ソニア。そして──
「巣立ちし我が愛児バッド。神智たるイツァムナがもう一度魔法というものを教えてあげましょう」
「んげー! 残っちまったのかよイツァムナ様! 俺はアンタの言う事に逆らいたくねぇんだけど!
でも逆らっちゃう! 【飢餓の爪傭兵団】だから!」
「素晴らしい。"誇り"を得ましたね、バッド」
──【象牙の塔】ギルドマスターのイツァムナ。特記戦力として一番警戒すべき存在は恐らくバッドに向く。
ならば恐れるべきは──
「……お姉さん、置いてかれちゃった」
──二刀流の悪鬼。呪い喰らいの悪魔。"呪血"カズハ。
……これは大変マズイ。少数ならば抑えも効くかと思ったが……野生の"星辰獣"が散ってしまった。
「どうする? 降参するなら一思いに仕留めてあげるけれど」
「悪く無い。だが断る。我ら誇り高き【飢餓の爪傭兵団】であるが故」
「……あっそ。誇りを語るほど偉くなったか、野良犬。
【夜明けの月】! 全力で叩き潰すわよ!」
「り、了解!」
コノカの銃声が火蓋を切る。
──最早、勝っても負けても最前線には追い付けぬ。
これは意地の戦いだ──最初から、そうだ。
──◇──
【第176階層ギャラクシー:龍前背アルタイス】突破者
【飢餓の爪傭兵団】22名
【夜明けの月】16名(残機持ち4名)
──◇──
【第177階層ギャラクシー:龍肩グルミウム】
──────
観則されるは竜の肩。
願われるは雲海の楽園。
─//─不要なデータは排除されました…//…
光景以外の情報は不要です。
自我は不要です。
心は悪です。
貴方達は失敗しました。
思考は悪です。
情景のみを心に映しなさい。
──────
……エンジュモチーフだな。雲の上だ。
「……で、誰が残ってる?」
「ゴーストと、カズハと、スカーレットと、コノカと、ソニアと、イツァムナ。6人減ったわね」
「残機持ちはライズ君とリンリン君、ベル君にバーナード君。あと4人だね」
何が起きたのかは俺達も分からない。気付けば177階層の転移ゲート前にいて、急いでゲートを潜っただけだ。
"ぷてら弐号"を失ってはいるもののジョージがいるので雲の上を"まりも壱号"で爆走中。ジョージがいて良かった良かった。
「それで、今のは?」
「……ゴーストの仕業、だよ。アレは僕を殺した技だ」
「スペードを殺したのは俺だし、あの後にゴーストは力を失ったんじゃなかったか?」
「"廃棄口"の操作は【アルカトラズ】"無の帳"の権能。ゴーストは"廃棄口"の中では時間と空間を自由に操れる。
僕との戦いの時は、"廃棄口"全てをロードして古いデータを破棄した。"廃棄口"の性質からただのデータと化した旧"廃棄口"は【Blueearth】の外へと滑落してデータ霧散したんだけれど……今回はその何処かへと消えた旧"廃棄口"が隔離階層になって戻ってきたみたいだね。
ゴーストが"無の帳"としての力を失ったのは本来接続されていた旧"廃棄口"を捨てたから。でもゴーストという存在と旧"廃棄口"はレイドボスと隔離階層のように僅かに繋がっていた。
……恐らく、僕の力を継いだ何者かが見つけて近付けたんだろうね。それでゴーストは再び"無の帳"の力を取り戻した。
というか、最初から失っては無かったんだ。新"廃棄口"との接続権が無くて、旧"廃棄口"が遠くにあったから接続できなかっただけ」
「じゃあ今の、ゴーストに負担かかるんじゃないの?」
「ゴーストが致命的損傷に至ったのは"廃棄口"丸ごと全てを創り直したからだよ。今回は単純に"廃棄口"を隔離階層として呼び出しただけ。
……"廃棄口"を隔離階層とみなしたら、凄い事になるよ。だって"廃棄口"は本来、【Blueearth】を丸ごと包むほどの大きさなんだから。勿論、新"廃棄口"がある以上は丸ごと同じ大きさを展開する事は出来ないだろうけれど……。
ともあれ、巨大な旧"廃棄口"を幾つかに分割してロードと称して切り替える事は可能なはずだ。
……さっき一瞬感じたよね? 一瞬過去に戻って、また元に戻った感じ。あれは複製した"廃棄口"を切り替えて元に戻しただけ。ゴーストだけは複製されないけれど……いや、多分ファルシュも切り替えに巻き込んだかもね。そうすればファルシュの消費はそのまま時間だけを操作できる」
「……時間と空間の操作、階層の複製か。えらい能力を引っ提げてきたなぁゴースト」
「"無の帳"としてのゴーストとは違って、今回は完全に【Blueearth】内部での行動だ。ゴーストのゲーム化処理が適応されるから、自分のデータではなくMPを消費しているはずだよ。どのくらいの燃費かは分からないけれど……ちゃんと突き詰めれば戦略に加えても大丈夫、だと思う。
……それにゴーストは死にたがりじゃないから、万が一にも自決するようなシステムは組まないと思うよ」
スペードとクローバーが何か通じ合うように頷く。理解者面をやめろ。
……とはいえ、乱用できるものでもないし、するのも良くない。俺はシステム面に明るくないが……現状、"廃棄口"を管理する存在は居ない(或いは天知調チームの誰かが引き継いでいるかもだが)。
【Blueearth】の外側を新"廃棄口"が包んでいるのに、その外から旧"廃棄口"をじゃんじゃん呼び出すのはどうなんだろうか。変な隙間が生まれて侵入者が来るかもしれない。
その隙は天知調に見抜かれるだろうし、それでゴーストの力を封印されてちゃ面白くないからな。
「……よし。じゃあゴーストに感謝しつつ……ここからが問題だ」
「そうだネ。話によれば、この階層にはレイドボス"カーウィン・ガルニクス"が居る……だよネ?」
「応。【飢餓の爪傭兵団】はここで"カーウィン・ガルニクス"を討ち取る算段だ。
どうすんだメアリー? 協力か、両得か。派手な花火なら任せときな」
対レイドボス。今は"拠点防衛戦"ではないから、フルパワーの──正攻法で戦う事を想定されていない──"カーウィン・ガルニクス"と戦わなくてはならない。
戦力としては……充分ではある。言わずもがな"最強"クローバー、対巨大ボス相手に特に強い【サテライトキャノン】のドロシー、単体でトップランカー上位に数えられるバーナードにセリアンとリンリン、純粋に戦闘が強いサティスにマックス。
そしてレイドボス特効という変な武器を持っている俺とメアリー。ぶっちゃけ【夜明けの月】だけでもその辺のレイドボスなら倒せると思う。
が、それはそれ。
【飢餓の爪傭兵団】がそこで足踏みしていると分かっているのなら、わざわざ止まってやる必要は無い。
メアリーは目を閉じて思案し……そして、目を見開く。
「"カーウィン・ガルニクス"、ここで潰しましょう」
ギルドマスターの意向に逆らう者は居ない。
居ないが、聞かなければ納得もしない。
そのための俺だ。ぶっちゃけ俺はそのまま通り過ぎた方が良いと思うが……。
「どうしてだ?」
「まず一つ。多分"カーウィン・ガルニクス"は"星辰獣"関連で何か隠しているわ。
このままあのおじいちゃんを放置しても多分、何らかの理由で先に進めない可能性がある。
……そもそも、"拠点防衛戦"関係なく攻略階層である"星辰獣オメガ"と一体化しているのがおかしいのよ。……まぁほぼほぼ勘だけれど」
「いや、恐らくその勘は正しいと俺は思うよ。先の175階層でのver.2でも、何かを確かめていた。意図的に話題を伏せるような奴は信じないでいい」
特にジョージが疑ってるのが大きいな。見た目以外は本当に頼れる大人だ。ジョージが疑うなら一考の余地はある。
「次に、"星辰獣"をアイテム化した"カーウィン・ガルニクス"を撃破すれば、二つの可能性がある事。
一つは【飢餓の爪傭兵団】が信じるように、"星辰獣"の呪いから解放されてギャラクシー階層から逃げられる。
もう一つは、無理なアイテム化の楔となったおじいちゃんが消えた事で"星辰獣"が使用できなくなる」
「……呪いから解放されたところで……元よりサティスしか"星辰獣"を紡いだいない【夜明けの月】にとっては、関係は無い。
……だが……もし"星辰獣"が消滅するならば……【飢餓の爪傭兵団】の方が、戦力ダウンとなる……か」
「"星辰獣フェンリル"を警戒する必要も無くなるのだ」
「【飢餓の爪傭兵団】からすりゃあ事実上共闘してくれる俺達に"星辰獣フェンリル"を投げる事も無ぇだろうしな。消せたら儲けってくらいか」
損得勘定では、マックスの言うように……損はしない。
だが、メアリーの考えはもう少し先を見ている。
「最後。おじいちゃんは色々と企んでいるみたいだけれど……この177階層で【飢餓の爪傭兵団】と【夜明けの月】と戦う事になるのは、多分既定路線なんだと思うの。
それが何を意味するのかはまだ分からないけれど……まぁ、遊んであげましょう。イレギュラーは排除するに限るわ」
イレギュラーの排除。
【飢餓の爪傭兵団】と戦う上で最も避けたい、レイドボスによる妨害。
それをここで消しておきたい、という事だ。
……それにしても。
「なんかメアリー、"カーウィン・ガルニクス"に優しくないか?」
「……いいじゃないの。おじいちゃんに優しくしたって」
なんか思ったより単純だ。
……いやまぁ、家族としか接する事ができなかったメアリーにとってはあまり単純な話ではないのかもしれないが。
「やるわよ【夜明けの月】。おじいちゃんをボコボコにするわよ!」
外聞が悪すぎる!




