439.周りに合わせ形を変えるように
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"
【飢餓の爪傭兵団】27名
【夜明けの月】22名(脱落4名、残機持ち5名)
──◇──
【第176階層ギャラクシー:龍前背アルタイス】
【飢餓の爪傭兵団】後衛支援部隊"災害記録"バッド。
元【象牙の塔】レイン率いる【ロストスペル】チームの1人。
マジシャン界隈最強であるレインのカリスマに惹かれて【象牙の塔】に加入した冒険者は少なくないが、その古代魔法の習得難易度に加えて敵味方を問わない無差別的破壊力を扱い切れる者は少なく、次々と脱落して行くのだが……バッドは間口の広い【象牙の塔】をして"破門"の形でギルドを後にしている。
原因は単純で、味方を一切カバーせず巻き込むから。その無法っぷりにより【象牙の塔】を追い出され、【飢餓の爪傭兵団】に呼び止められる事となる。
「じゃかじゃかぶっ飛ばすぜー! 【コスモスゲート:フラッド】!」
「問答無用すぎるなオイ……! ミカンがいればまだ何とかなったかもだが!」
洪水は足場を狭めて、【夜明けの月】を分断する。
場所の制限を突破するためにはメアリーの転移が必須だが──
「【忍法:逢魔退散】──【エリアルーラー】の対策は万全でござる。ましてやダイヤでも無いのなれば」
あまりにも大柄すぎる忍者……"屋根跳び"のスマートが、メアリーの前に立ち塞がる。
あまりにふくよかで温和な外見でありながら、スマートは黎明期から最前線を走る超一流の冒険者。条件付き第3職の初発見者であり、【ニンジャ】の発見者にして開祖。
【三日月】時代に結構手を借りたな。捜索好きで気が合う奴だ。
とにかく万能な絡め手のエキスパート。今回はメアリーを封じる方向に行ったか。【エリアルーラー】対策なんてトップランカーにとっては朝飯前すぎるわな。
リンリンとカズハとジョージもいるから、メアリーが一方的に倒される事は無いだろう。今は──
「……ライズ。久しいな」
「あんまり会いたい相手じゃないなシンゲツ。元気?」
「割とほどほどに。今となっては感謝だな……とんでもない事をしてきたものだ」
【Blueearth】の闇ギルド……【闇夜鎌鼬】の創始者。【Blueearth】暗殺の始祖、シンゲツ。"影の帝王"の右腕で、かつて【三日月】時代にアドレにカチコミに行った時、死闘を繰り広げた仲だ。
その後闇稼業を廃業して真っ当に攻略を始めていたのだが……元部下のファルシュに勧誘されて【飢餓の爪傭兵団】に加入する。色々と複雑だろうな。
個人的には何度も殺されて殺した仲だ。あまり顔を合わせたくはない。ないのだが……記憶が戻ってからは特に向こうから感謝されるんだよな。
曰く、元警官らしい。なんで暗殺者になったんだろうなぁ。日頃のストレスか何か?
「俺の相手をしている場合かよ。たった四人で何とかなるとでも?」
「世の中そう単純ではない。情報共有はしただろう?」
──いくら【飢餓の爪傭兵団】とはいえ、ほぼ同格の【夜明けの月】20人近くを抑えられる訳も無い。
この殺し屋がわざわざ顔を出すあたり、ちゃんと策はあるだろう。
例えば──物量による暴力。
「……野生の"星辰獣"か……!」
現れるは星の骸骨。
事前に【飢餓の爪傭兵団】から共有されていたな。この階層は"星辰獣"が異様に多いと……!
「無論、俺たちも"星辰獣"を扱う。隔離階層に逃げるのならば空間作用スキルで追う。対人戦には……多少自信があるぞ?」
「暗殺者が言うとシャレにならねーよ……本当厄介だな! 【スイッチ】【月詠神樂】!」
「今回は死に戻りは一度までしか使えんぞライズ。俺を殺すのに3度死んだよな、貴様は!」
「俺が2回、ハヤテが2回だよ! "影の帝王"の方がずっと楽だったわ畜生!」
勝ち目は──戦いながら考えるか。
──◇──
「やっとんなぁ皆。ウチの事助けにきたんちゃうんかいな」
「answer:次の階層で"カーウィン・ガルニクス"と戦うと判断しているのなら、4人も戻ってきたのはそれなりに大切に思われているのでは?」
「マジか。めっちゃ嬉しいんやけど」
log.
【飢餓の爪傭兵団】ファルシュとの決闘。
──《私の我儘です》──
ファルシュ──"最強の復讐者"。
私が【リベンジャー】となったのはマスターによるものでしたが(理由:かっこよかったから)、それで戦い続ける事を決めたのは──ドラドでファルシュと対峙したからです。
──《ここまで来ても私はまだファルシュに及ばない。事実、171階層の奇襲で私は成すすべなく一つ残機を散らしている》──
「ほな、やろか。本気と──本音で来ぃや、ゴースト」
ファルシュの瞳が、私を射抜く。
──《違う。見ているのは私》──
「──わかった。よろしくお願いします、ファルシュ」
「んひひ。卒業試験やで」
【リベンジャー】の双剣使い。
そのポジションでトップランカーに居るのは……私とファルシュだけ。
あれだけ遠かった背中に追いついたのかどうか。それを確かめられる事が──嬉しい。
──同時。地を蹴り、跳び絶つ。
「【襲牙】!」
「【復讐牙】!」
交差する牙。
【リベンジャー】の基本スキル──その基本系と強化系。打ち負けるは【襲牙】の私の方ですが、衝突相殺で接近した上でダメージを受ける事ができます。
接近戦こそ【リベンジャー】の本領。
「行くでゴースト。【ツインスタッカー】!」
「【アビスブレイク】!」
双剣による近距離切り刻みの攻撃に、至近距離弾きで対抗。
ファルシュは弾かれる双剣と共に後方宙返り──ローグ系列の回避防御。
一瞬の無敵判定は攻撃するだけ損になる──ならば時間差攻撃!
「【鮮血磔刑】!」
「んげ。やるやん。受けたろ」
血の針を全身に受けて──そのまま、半歩の距離を凶刃が迫る。
「【暗峠廻廊】!」
──前進と連続攻撃。これは【アビスブレイク】では弾けないし、受ければ耐えきれない──
「──【ヒールフォース】!」
「んえ、回復ゥ!?」
単純な【リベンジャー】としては、勝てない。
連続攻撃である【暗峠廻廊】は、単発の火力としてはそこまで大きいダメージにはならない。回復を挟むのならば──長い演出の最後までには一つ、スキルを挟む余裕が生まれる。
「──【双月乱舞】!」
「……やるやん」
双剣最高火力の回転斬り。
これなら、ファルシュを倒せる──はず、なんですが。
「ちょいと失礼っ!」
「んっ……回避します!」
完全に回転斬りが入ったのに、ファルシュは私を蹴り飛ばす。一旦距離が生まれて──お互いに睨み合う。
「アビリティ"アビスファジー"やで。事前に削った分のHPを取り戻す自動回復。普通の相手なら回復とか【リベンジャー】的にナシやけど……気が変わったわ」
「……気が変わった、とは?」
「こっちが勘違いしとった。これは【リベンジャー】最強を決める戦いやなくて……アンタとウチの、喧嘩や」
悪戯にほくそ笑むファルシュ。
──そう。そうです。
私はファルシュと戦いたかった。
同じ道の先に立つ貴女を、倒してみたかった。
「【リベンジャー】としては依然ウチの勝ち。多分この戦いが終わってもその事実は変わらへん。
せやけど、そんなん関係あらへん。ちゃーんと先輩らしく【リベンジャー】やったろうと思っとったけど、もうええわ。
──遊ぼうや、ゴースト」
ただ愉しむ貴女の姿は、感情を抑える私からすれば羨ましかった。
強い貴女を見る度に、私の代わりに【夜明けの月】に居ればと考え、苦しんだ。
──だから、向き合ってくれて──そう。嬉しい。
「"星辰獣"。空間作用スキル。こっからは何でもアリや」
「……ごめんなさいファルシュ。何でもありなら、私はもう少し前ならもっと強かったんですよ?」
「なんやそれ。全然今のお前が弱いようには見えへんよ」
「……ふふ。そうですか? そうかも」
【アルカトラズ】"無の帳"──"廃棄口"の番人は、もう居ない。
私はもう、ただの冒険者。ただの【夜明けの月】。
むしろ、だからこそ──重荷を背負わず、好きに戦えるのかもしれない。
「──【曙光海棠花幷】!」
「応じます。【黒き摩天の終焉】!」
空間作用スキルの発動。私とファルシュだけの世界に、塗り替わる──。
──◇──
【飢餓の爪傭兵団】最前線斥候部隊隊長
"赤き流星"──"最強の復讐者"ファルシュ。
経歴の複雑さに反して、彼女の信頼は厚い。
最前線を走る希少な【首無し】として重宝されていたのは、適当な性格ながらちゃんと仕事だけはするから。
油断慢心も割とする性格ながら【飢餓の爪傭兵団】の上位陣に居られるのは、ちゃんと成果をあげられるから。
ファルシュは、"求められる事"を実行する能力に長けていた。
無理に100点を取るのではなく、周囲が"何点取って欲しいか"を把握してそれより少し多めに点を取る。そういう女だった。
(ウチがクソ真面目な大学生って誰も信じひんやろーなー)
ファルシュには特段深い過去がある訳では無い。【Blueearth】中の方がよほど壮絶な経験だった。
ただ周りが欲しがる分だけ学び、周りに合わせて生活し──それが特に苦にならない性格だった。
基準が存在するのなら、それに合わせればいい。何を基準にするかの判断だけちゃんとすれば。
無難に過ごせば余裕が生まれ、余裕の分だけ全体を延ばす事ができる。そうやって難関大学にもゆるゆると入って、いい感じのええ感じでなんかこう上手い事やってきた。ガーッと行ってグワッとやりゃええねん。
……だから、まぁ。友達は多かったけれど……何と言うか、ライヴァルみたいなものは居なくて。
実際現実にそんな存在、なかなか居ない。だから苦にもならなかったのだが。
──【首無し】の情報網で手に入れたゴーストの情報。
経歴不明。ただ、自分と同じ【リベンジャー】であるという事。
その時は何とも思わなかったが──やがて記憶を取り戻し、情報が入って理解する。
ゴーストには基準が無かった。
自分と同じ存在も居なくて、ただ独りで周りに合わせなくてはならなかった。
……案外似てるかも。
何となく、何となくだけれど。
自分も周りから見てみれば、そうだったのかも。
案外ウチって、独りだったのかも。
──まぁ、なんでもええねん。
どうあれゴーストはウチの前に立てるようになった。
ウチを"基準"に、ここまで育った。
ほなら、蹴落としたろか。
まだまだ赤ちゃんにゃ早いってもんやで!




