437.折り返して思いを重ねるように
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"
【飢餓の爪傭兵団】27名
【夜明けの月】22名(脱落4名、残機持ち5名)
──◇──
【第175階層ギャラクシー:龍上背ジヴァン】
隔離階層【森羅ヴァン = 永栄ジャダブ・挽歌マ・ジュリ】ver.2──海底の森
「ツバキさんごめんなさい」
「あー切り裂かれた肩? 胸? がまだ痛いわぁ」
「よし皮を剥ぐよライズ君」
「ツバキさんごめんなさい許して!!!!!」
「後にしなさい」
貴重な残機が消えかねないわ。土下座くらいで手打ちにしてあげなさい。
……ライズとジョージとツバキが戯れている間も、警戒は忘れられない。
「いやぁ……いいものを見せてもらったのう」
レイドボス"カーウィン・ガルニクス"は、けらけら笑っている。
空間作用スキル【森羅永栄挽歌】は発動者であるクワイエットの脱落によって終了した。ver.2といえ維持はできない……はず。
そもそも"カーウィン・ガルニクス"は何が狙いだったのか、という所だけれども。
「どうだよ爺さん。良いもんは出来たか?」
「いや、やはり元より隔離階層なぞ無いギャラクシー階層のレイドボスだからであろうかな。存外これといった改造はできなんだ。こうして崩れゆくのみよ」
階層と結合した森が剥がれていく。
……ver.2を外部隔離階層で実行する事は出来たが、そこまでみたいね。
「レイドボスとしてもセキュリティシステムとしても無理をしていないのならそうなるだろうね。バグらせたりしないのかい?」
「うーむ。私はこれでも"アル=フワラフ=ビルニ"の唯一の同僚だったのだよ。バグの怖さも良く知っておる。バグ、ダメ、絶対」
「ちぇー」
もうver.2どころか隔離階層すら維持できず……海に放り出される。……砂浜スタートだったけれど、これワープしてるわね。ラッキー。
「……"カーウィン・ガルニクス"。何考えてるのか知らないけれど……やる?」
「やらないやらない。ははは、では後は宜しくたのむよ。これにてドロン」
「古いのよ語彙が」
海底へと沈むおじいちゃん。
……障害になりえるものは消えた。後は【飢餓の爪傭兵団】を追うだけ、ね。
"うらしま参号"を召喚して、屋台車を取り付けて。海の中を走る。
「……残機持ちはライズ、リンリン、カズハ、ベル、バーナードの5人だけ。人数自体は27対22……残機数足してトントンってところね」
「クワイエット一人に6人削られたからなァ。ファルシュにキング.J.J、それにウルフだって控えてる。油断はできねェな」
……クワイエットの被害はそれだけでは収まらない。
この175階層そのものをver.2で固定化したけれど……こっそり【飢餓の爪傭兵団】だけは範囲外にしていたみたい。どうにも175階層中では追い付けそうにないわね。
「そうなると【飢餓の爪傭兵団】との交戦は176階層……のはず、なんだけどな。クワイエットの例がある以上、あまり楽観視はできないな」
「残機の無いメンバーの方が増えたってのもあるよ。特に移動手段が無くなるともう追い付けなくなるから、ジョージとサティスは気をつけてね? 二人とも血の気が多いから」
「スペードに言われるのは……いや血の気は多くないか、お前は」
「俺は多いけどね、血の気」
「自慢する事じゃないわよパパ」
自分より背の高い娘に抱かれる女児パパジョージ。
……今回もそうだけれど、フィジカル組でもアイコでさえ追いつかない速度の戦いになってきている。結果として今回は残機を削られたけれど……こっちが足手まといになってるわね。
「こと速度に関しては【飢餓の爪傭兵団】の専門分野だ。ここを突破すれば【真紅道】も【ダーククラウド】もそこまでの速度自慢は居ないよ。……多分」
「【Blueearth】の速度自慢……魔物や乗り物を考慮しないなら、トップ3はほぼほぼ確実にウルフとファルシュとクワイエットだからな。イカれてんぜアイツら」
単体速度、物量、そして手段を選ばないダーティな戦術。
……【夜明けの月】の上位互換みたいな組織ね。
「さて。サティスによる"星辰獣スクイレル"によって移動速度は問題無し。もしサティスがやられても同じように紡げばいいけれど……だから疑問なのよね」
「question:疑問とは?マスター」
「なんで【飢餓の爪傭兵団】が同じ事をしないのか、って事」
そもそもの速度問題がある。
【夜明けの月】はレアエネミーである巨竜"ぷてら弐号"に移動要塞"ベラシート"を轢かせていたのだけれど、要塞を轢くほどの力とサイズがあってそれだけの速度を出せる魔物がそもそも少ない(というかレアエネミーを【調教】できる人が殆どいない)。
そこに加えて【飢餓の爪傭兵団】は60人が一緒に移動できるだけの規模を求められるから、少なくとも"ぷてら弐号"には速度で勝てない……けど、現状"まりも壱号"による陸路の速度は上回っている。
それでその速度差を補うために"星辰獣スクイレル"を紡いだ訳だけれど……つまり、今の【飢餓の爪傭兵団】の速度は"星辰獣"より遅い。
サティスが潰れたら代わりを立てるって作戦は、【飢餓の爪傭兵団】も出来るはず。一人二人がそういう要員になれば済む話なのに……」
「"星辰獣"はトップランカー……とりわけ【飢餓の爪傭兵団】が開拓したんだろ?
宝珠ん時もよ、取り返しが付かないから【セカンド連合】と【夜明けの月】は結構対応者を慎重に選んでた訳だが。……案外【飢餓の爪傭兵団】は全員"星辰獣"を紡いでんじゃねーか?」
マックスの言葉に、少し考える。
取り返しのつかない事象。一度紡いだ"星辰獣"は変えられない。
……システムそのものが本来は存在しなかった"星辰獣"。
最大サイズの"星辰獣フェンリル"を操るウルフ。
攻防一体の"星辰獣キャンサー"を操るファルシュ。
自身と一体化する術を得た"星辰獣スパイダー"とクワイエット。
「……明らかに練度が違うし、攻撃的すぎる。
マックスの言う通り【飢餓の爪傭兵団】が全員"星辰獣"を紡いだ後だったとするなら、まぁ納得はいくわね」
「んー? なんでだ?」
「"星辰獣"の性質や制約を理解した上で全部攻撃に転用しているのは……多分、短期間且つ【飢餓の爪傭兵団】内部のみでの研究の結果よ。
"星辰獣"を操る事自体は、トップランカーがギャラクシー階層を攻略する時に発生した機能。まだ生まれて間も無いわ。だから【飢餓の爪傭兵団】内部で早期に研究する必要があった」
「……なるほど。"カーウィン・ガルニクス"がウルフを縛り付けていると理解した上で……ウルフが"カーウィン・ガルニクス"に負ける筈がないと確信している……。だから"カーウィン・ガルニクス"を突破して【飢餓の爪傭兵団】としての新たな戦力になる事を前提とした研究をした……と。
……【飢餓の爪傭兵団】にとっては……"カーウィン・ガルニクス"を撃破して【夜明けの月】を撃破したなら……さっさと【真紅道】と【ダーククラウド】に追い付かなくては……ならない」
「あー……向こうの立場ならそうするかもなァ。移動速度が求められる場面なんてそんなに無いし、移動手段自体は既に組織ぐるみで用意されてんだから。
……結果として付け入る隙があるんだが」
【飢餓の爪傭兵団】の目的は、【夜明けの月】の撃破もあるけれど……やっぱり"カーウィン・ガルニクス"の撃破だと思う。
でなければギャラクシー階層に閉じ込められたままになるから。
……だとするなら。連中の狙いは──
「そもそも"拠点防衛戦"にしようとしていたのは、実は"カーウィン・ガルニクス"を倒すため、だったとか?」
「……あー……そうか。"拠点防衛戦"中はレイドボスはある程度弱体化する。"拠点防衛戦"としての特殊ギミックでもなければ無敵化出来ないし、【アルカトラズ】監修である以上はズルも出来ない。
【飢餓の爪傭兵団】にとっては"カーウィン・ガルニクス"を倒すチャンスでもあったのか」
あくまで可能性だけれど……ともかく。なんとなく見えてきたわ。
"カーウィン・ガルニクス"は【飢餓の爪傭兵団】と仲良しって訳じゃなさそう。【飢餓の爪傭兵団】も"カーウィン・ガルニクス"、それぞれ何かしらの企みを持って臨んでいる訳ね。
……脇役にされるのは癪だわ。
「何にせよ、丸ごと全部利用してやりましょう。
最後に勝つのはこの【夜明けの月】よ」
【セカンド連合】戦の時からそうだけれど、勝たなきゃ先に進めないんだから。キリキリ勝っていくわよ。
……やっと中間地点。まだまだレースは終わらないんだから。




