435.刹那に生きる森の怪のように
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"
【飢餓の爪傭兵団】28名
【夜明けの月】22名(脱落4名、残機持ち10名)
──◇──
──数時間前。
【第175階層ギャラクシー:龍上背ジヴァン】
【飢餓の爪傭兵団】連結移動拠点
砂浜に辿り着いた【飢餓の爪傭兵団】一行。
サカン不在の今、連結移動拠点を手動で改造しなくてはならない。一人二人ではできない仕事、キング.J.Jでさえ協力していた。
「──よし。この様子なら間も無く出発できます。水中では後衛支援部隊の本領発揮ですね。頼みますよクワイエット」
「……わかった。がんばる」
【Blueearth】に窒息は無いが……一々水中で戦っては仕方ない。基本的には遠距離攻撃で魔物を退けて一目散にこの階層から抜け出す事が望ましい。
故に後衛支援部隊は戦闘準備に徹していた。
「あ、そうだ。クワイエット、これを転移ゲートの近くに設置して下さい」
「……カメラ?」
「ええ。【井戸端報道】の放送は見れませんから、【夜明けの月】がここに来た事をコレで確認するんです。連中、洞窟のように変な事しかねないので」
ブラウザは取り残された最後の情報班。しかし役割はまだまだ多い。
こういった悪巧みはブラウザの領分だ。クワイエットは特に文句も無く、カメラを受け取って離れる。
……見られている事がバレたところで問題はない。
とはいえ、せっかくの砂浜。どこか隠してみたりしよう。
「……そうだ。久しく呼び出していないな。おいで"ナポレオン"」
クワイエットの使役魔物──"レインボーカメレオン"。もはやイグアナもかくやの大きさだが、これがクワイエットの相棒だった。
大きめとはいえ乗れる訳でもなく、完全にペットとして飼っているだけである。古くは【需傭協会】時代からの友達であり、特徴として背景同化とターゲット回避の力を持っている。
「おいでおいで」
戦闘ではそこまで役立たないのでずっと控えさせていたが、折角呼び出したのだ。ちょっと遊んでいよう。
砂場の上で"ナポレオン"を転がして遊んでいると……いつの間にか"ナポレオン"とクワイエットは砂浜と同化して──
──気付いたら、【飢餓の爪傭兵団】の連結移動拠点は海へと旅立ってしまった。
「……どうしようか」
とりあえず、カメレオンのお腹を撫でる。
──◇──
──数時間後
【夜明けの月】襲来
「クワイエット。お前、俺を止められんのかよ」
「……そのために残った。策はある」
嘘、そして本当。
そんなつもりは毛頭無かったが……まぁなっちゃったもんはしょうがない。クワイエットは覚悟を決める。
ついでに"ナポレオン"は巻き込まれないように逃し、砂浜沿いを走っている。あ、いや止まって海水を舐めている。なにをしてるんだ呑気な子め。
「……どうするマスター」
「悪いけれど、これが罠だとしても──総出で叩き潰すわ。大幹部が単独行動なんてチャンスを見逃すはずがないでしょ」
「……それは……そうだな」
クワイエットは対応力が高い。
というか、とりあえずミスはしてしまうのでリカバリーばかり鍛えられてしまっていた。
悲しい過去も輝かしい経歴もない。
フィジカルに優れるでも、突出した火力があるでもない。
魔法も物理も微妙に取ってしまう【マジックブレイド】は、正にクワイエットに相応しい……どっちつかずな微妙なジョブ。
それでも。
ちょっと抜けていても。
ジョブが微妙でも。
トップランカーの上位に君臨出来るだけの実力が、そこにはある──
「【森羅永栄挽歌】」
空間作用スキルの発動──隔離階層展開より速く、クローバーの攻撃がクワイエットを襲う。
だが攻撃は届かない。クワイエットは──事前に砂浜に幾つかのアイテムを仕込んでいた。
その一つ、クローバー対策──遠距離攻撃回避用の壁投影マシン。
時間を稼げば──隔離階層に巻き込まれる【夜明けの月】を、一人で始末できる。
のだが。
「【スイッチ】【焔鬼の烙印】──【鬼冥鏖胤】!」
ライズによる鉄槌が、隔離階層を砕く。
応じるつもりは無いか。対隔離階層アイテムという【夜明けの月】の専売特許……。
「構わない」
専売特許の押し付け合い。
ならば【飢餓の爪傭兵団】も負けていない。
空間が割れて──さらに、もう一度。
「【森羅永栄挽歌】……!」
「マジか。メアリー!」
「分かってるわ。【赤き大地の輪廻戒天】!」
続くは赤紫の大鎌。隔離階層は二度割られる。
──構わない。戦闘にMPは回していない。クワイエットはクローバーの致命的打撃だけ警戒し、後は無意識で回避に徹していた。
「追い詰めろクローバー! クワイエット一人で出来る事なんてそこまで多くはないよ!」
「ご挨拶だなスペード……。その通りなんだけれど」
「相変わらず何考えてんのかわかんねェな!」
──実際、何も考えてないのである。
いや、考えてはいる。深くは考えていないが。
クワイエットは基本的に、深く物事を考えない。
それは気が抜けている訳ではなく──思考能力を温存しているのだ。
クワイエットの本領、それは複数思考。即ちマルチタスクである。
常日頃から──日常でも、戦闘中でも、会議中でも、夢の中でさえ──クワイエットは思考する。内容は様々だが、これにより2つの利点を得ていた。
一つは常時思考能力。会話中に秒数を数える、戦闘中に策を練るなど、どんな状況でも一定水準の思考が可能。
もう一つは、思考せず対応する肉体。ストレスフリーに【夜明けの月】の猛攻に対する回避を実現している。
……たとえ20人が相手だとしても、同時に戦闘できるのは少数。誰が来るのかという思考的重圧は、クワイエットには通じない。来たやつだけを捌いている。
クワイエットは思考する──
──隔離階層。空間作用スキル。
今は記憶もある。理解もできる。……仕組みとかはよく分からないけれども。一般人なのでね。
【Blueearth】の外側に存在する、階層のなりそこない。
プレイヤーが呼び出さなければ階層に定着できないもの。
セキュリティシステムは、レイドボスはこれを利用できる。これまでのセカンド階層ではその例は多数見られたが、あくまで自前の隔離階層だけだ。
……うーん。本当にそうだろうか。
サード階層第一番、デザート階層では"アル=フワラフ=ビルニ"が隔離階層を所有していた。ギャラクシー階層には、"カーウィン・ガルニクス"に聞いた限りでは隔離階層は存在しないらしい(持っていたら嬉々として利用する爺さんだと思う)。
これまでのレイドボスは、自前の隔離階層があるからわざわざ他の隔離階層に干渉しなかったんじゃないか?
だから釣ってみた。
もし、もしも隔離階層を持たないレイドボスがいるとしたら。自分の階層の中に、出たり消えたりしている不安定な隔離階層があったとしたら。
どうなるだろうか。
……空間作用スキルに使うMPは3割程度。二度使っても反応はない。
構うものか。三度目だ。
「──【森羅永栄挽歌】!」
森が広がる。続く対隔離階層スキルは、カズハの刀。
……何も起きないなら、それはそれでいい。隔離階層の破壊の瞬間を使って六刀流でクローバーを仕留めよう。ウルフが一つ削った残機だ。ここでクローバー一人落とせるだけでも上々──
「いいものを持っているではないかね」
──釣れた。
──◇──
……クワイエットによる三度の【森羅永栄挽歌】。
だが、今回は──水中の森だ。
この感覚は覚えがある。散々見てきた──あまり見たくはない光景。
そして現れる、うさんくさいジジイ。
「舌の根も乾かない内に敵対かよ"カーウィン・ガルニクス"!」
「いや待ってほしい。あまりにも都合が良すぎるのでね」
──空間作用スキルver.2。今ここに、【森羅永栄挽歌】は175階層に根付いてしまった。
「……爺さん。俺に手を貸してくれるか?」
「クワイエットよ。私はあくまで中立なんだがのぅ」
「ここまでやっておいて連れない事を言うな。脅したっていいぞ……」
「ははは。という訳ですまんのぅ【夜明けの月】諸君。クワイエットに脅されて仕方なく……」
「やっぱ邪悪なジジイよあいつ。ここでボコボコにしましょう」
「賛成」
「あれー!?」
割と最初から胡散臭かったが……やっぱり何か悪巧みはしているなぁ"カーウィン・ガルニクス"。
ともかく、これでクワイエットにレイドボスとver.2がついてしまったわけだ。
「……気合い入れ直せよお前ら。場合によってはここで詰むぜ」
「そうだね。よりにもよってあのクワイエットだ」
クローバーとスペードをしてこの評価。スカーレットはバーナードと並び、警戒したまま問いかける。
「……ねぇバーナード。"最強"が警戒するほどなの?」
「……違いない。奴は……トップランカーでの【ギルド決闘】のルールを書き換えた男だ。しかもたった1人で……」
──【ギルド決闘】。トップランカー同士のそれは、正に【Blueearth】の今後を左右するものだった。
そこにたった四人の【至高帝国】が割り込んだ事で強制的に規模が縮小し、決着が付かなくなった……という話だったか。
「そもそも1対1はクローバーが存在するから成立しない……って話じゃあないんだよね。捨て身でタイマン張るやつは少なからず存在していた」
「だが……ある日、俺とクワイエットが決闘してからは最低でも複数人での……つまり2〜4人での【ギルド決闘】が暗黙の了解になった。そういう奴なんだよクワイエットは……!」
トップランカーが揃って恐れる存在。
──魔法と物理の四刀流、"四枚舌"のクワイエット。その本領。
「クワイエットは戦わない。戦闘に向いてないジョブも、荒いMP消費も関係ない。全て避けて時間を稼いで、解決するつもりは無いんだ。
……それが【飢餓の爪傭兵団】大幹部。戦わずして頂点に君臨する怠惰なる柔剣。それでいて隙あらば刺してくるんだ。
戦えない訳ではないよ。ファルシュが大幹部に成り上がれていないあたりその辺は勘違いしてはいけない」
屋台車からサティスが復帰してきた。
かつてドーランで苦戦した元大幹部と横並びだったクワイエット。或いは、あれからずっと【飢餓の爪傭兵団】No.3に君臨していた実力者──。
「……そんなに褒められると、嬉しいものだ」
クワイエットの背から、新たに二本の剣が生える。
サカズキで見た六刀流──
「どうにもver.2と言えど、"カーウィン・ガルニクス"は俺に手を貸してくれないようだ。ジョブ強化スキルのver.2までは辿り着けないが──充分だ」
──魔法剣が巨大化する。それは剣というより鎌。
そして、更にクワイエットの身体を覆うものは──星。
「【マジックブレイド】ジョブ強化スキル──【魔導煉鑽帝国】。
更に重ねて──"星辰獣スパイダー"」
"星辰獣"が、クワイエットを覆う。
手足四本、魔法剣四本。八つ足の怪異が星を纏って──巨大な蜘蛛と変生する。
「始めようか【夜明けの月】。どうにも、なんとかなりそうだ」
──寡黙にして雄弁。死の鎌が獲物を狙う──




