430.答えを求めて歩きだして
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"
【飢餓の爪傭兵団】39名
【夜明けの月】24名(脱落2名、残機持ち14名)
──◇──
【第172階層ギャラクシー:龍後背トゥバン】
複合隔離階層内
「……や、止んだか? 無茶しやがるなミカン! だがよくやったぜ!」
天変地異を一人で引き起こせるような奴がいてたまるか。"最強"よりやべーんじゃないか。
……ともかく。地の利を活かすというのは俺──ジャッカルの得意とするところ。ゲリラ戦は一家言持ちだぜ。
とはいえ。ただでさえ5種混合の隔離階層、そこにミカンとサカンのやらかしパワーでぐっちゃぐちゃだ。
……潜り込むには持ってこいだな!
「見つけたぜジャッカル! ぶちのめす!」
「もう捉えたかよグラフ! 流石はスピードスター!」
最前線斥候部隊。目まぐるしく入れ替わる【飢餓の爪傭兵団】の中でも特に人員の変遷が激しいそこで、グラフは例に漏れず途中参加の新人傭兵。黎明期より一手遅く攻略を進めた俺たちの同期ながら、たった独りで【飢餓の爪傭兵団】に引き抜かれた実力者だ。
その実力はファルシュやイタコタイコに次ぐ。……ファルシュが居なければ隊長になれただろうに、と言われていたが、イタコタイコに抜かされているか。無様。
かつては"スピードスター"として名を馳せていたグラフは、今や【ブレードガンナー】最強。偉くなったもんだ。
「【頂上破天】は元気かよ! それとも裏切って【夜明けの月】のご機嫌取りか!?」
「残念ながらお前の事を惜しむような奴は一人もいない。嫌われ者のギルドマスターなぞ誰も覚えてないさ!」
「んがっ、人の仲間を引き抜いておいて随分な言い分だなジャッカル!お前さえ居なければ俺がお前らを束ねて、トップランカーまで追いついていたってのに!」
「お前には無理だグラフ。俺は余り者を集めただけで……余らせたのはお前の責任だ」
──【頂上破天】はセカンド階層攻略にあたりあぶれてしまったギルド崩れ傭兵崩れの集まりだ。
激化する攻略、例えば階層攻略は一人でも脱落すればギルド全員が戻る必要がある。その脱落した奴が次の階層に辿り着けないわけだからな。
……前線は進む。焦ったギルドマスターが、脱落者をクビにする事も少なくない。その脱落者が、ギルドマスターを庇って脱落したとしても。
「今が楽しいだろグラフ! 【飢餓の爪傭兵団】ではギルドマスターにも隊長にもなれてないからな!
元より人の上に立つ器じゃなかったって事だ!」
「うるせぇんだよお前は一々よ! ウチのメンバーでもねぇのに変な気を回しやがって……!」
──第二次攻略勢力。
黎明期のゴタゴタにより【井戸端報道】や【アルカトラズ】【飢餓の爪傭兵団】といったインフラが整備され、最前線では金策が重要となり【真紅道】【象牙の塔】の戦闘術講演などが普及。一気に1000人以上の冒険者が攻略における情報を得て、攻略が活発になった。
黎明期と大きく違う所は、最初から情報がある事、ギルドとしての活動が中心となっていった事。
だが根本的に、黎明期に生き残れなかったという事は──カリスマが不在だった。
例えば元最前線の脱落者とか、そういった看板があるならまだしも。第二次勢力で組まれたギルドは、情報ばかりあってもギルドとしての纏まりが薄かった。
自分達の持っている情報は他人も持っている。だから焦って、長い攻略において悪手でしかない足切りを始めてしまった。
分解寸前のギルドはやがて【飢餓の爪傭兵団】に吸収される。……グラフみたいに、それが救いになる奴もいるが。
ただ強いというだけでリーダーに当てはめられて……無理に気負う奴も少なくなかった。グラフからすれば俺は仲間を横取りした悪かもしれないが、まぁ言わせておけばいい。あのままじゃ全員野垂れ死んでいたろう。
──それはそれとして。
俺個人の感情として、の話だが。
「──仲間を見捨てたお前を許しはしないぜ。ジョブ強化スキル──【トライバルフューゾナ】!」
剣が踊る。【ソードダンサー】のジョブ強化スキル──"踊り"に特化したものだろう。
俺は"最強の剣舞士"となっているが、【ソードダンサー】の本来の特色である"踊り"は使わない。だからこのジョブ強化スキルもそこまで有用ではない。こと"踊り"においては【満月】のレン君の方が上手い。
──と、【飢餓の爪傭兵団】の連中も思っているだろう。
「【剣舞:砂丘のエジプシェイド】!」
「は──踊るのか!?」
"踊り"──ある程度定められたタイミングで指定のポーズを取る。成功し続ける限り踊りは止まらず、タイミングさえ合えばその間は踊りのバフを受けたまま他の行動が取れる。
【ソードダンサー】のジョブを強化するとするなら、当然。そのタイミングは消える。
「行くぞグラフ!」
「っ来い! ヒーロー気取りのクソ野郎!」
銃と剣が。合わせて双剣が。
ぶつかり重なり剣舞となる。
【剣舞:砂丘のエジプシェイド】は単純なステータスバフだ。踊れば踊るほど、こちらが有利になっていく──
「──ジョブ強化スキル【蒼天航路黙示録】、唄うよ!」
──光の羽が堕ちる。
【飢餓の爪傭兵団】側で空間作用スキルを発動したのは二人。今は亡きサカンと──"アイドル"。
「──【飢餓の爪傭兵団】! L.Pちゃんは新手の人形の相手で気が回らないから、ファンサは適当に降らせるから! 勝手に拾ってね!」
大量の人形と魔法に襲われるは雑多な【飢餓の爪傭兵団】達。その中心でL.Pは光の翼を広げる。
──無敵系のジョブ強化スキルだ。L.Pだけはこの空間作用スキルが終わるまで死なず、そのまま回復支援が可能。そこを理解してか【夜明けの月】側の最高戦力であるセリアンとイツァムナが2人掛かりで襲っているのだが、特定の対象を取らない無差別回復(当然敵である俺たちには効かない)を選んだか。
ちなみにその他【飢餓の爪傭兵団】はL.P近くに巻き込まれている。2人で8人近くを相手しているのは化け物すぎるな。
「お前がジョブ強化スキルを使ってもよぉ、俺達は不死身だ! 粘ってやるぜジャッカル!」
ヒーラーを甘く見るほど若くはない。こちとら長い事【神気楼】と共同戦線を張っていたのだから。
……とはいえ、厳しいな! 倒れないヒーラーというのは!
──◇──
──怖い。
ミッドウェイでの騒動から、その前から。
ずっと戦う事が怖かった。でも、その方向性が間違えていた。
──武器が怖かった。だから、盗んで無力化した。戦う武器さえ無ければ暴力にはならないから。
マックスさんみたいな人には通じなかったけれど。素手で殴り合う男の人は特に怖かった。
……重なる窃盗の結果、条件を満たしたのか。私はいつの間にか【盗賊王】になっていた。
ギルドには所属できなかった。信用が無かった。【盗賊王】はそのまま犯罪者の烙印だけれど、私は特に対人での窃盗で有名だったから……。
やがて【飢餓の爪傭兵団】に目をつけられた。拾ってくれた、と言うべきかもしれませんが。
怖い思いをして"羅生門"を撃破して、怖い思いをして【真紅道】と戦って、怖い思いをして【飢餓の爪傭兵団】にしがみついた。
やがてミッドウェイの闇マーケットを見つけた【飢餓の爪傭兵団】は、ここに臨時の支店が必要と判断して──
「私がやります!!!!」
自信満々に挙手した。攻略は怖い。もういやだ!
「──いや、ダメだろ。だってお前【飢餓の爪傭兵団】でのキル数トップだぞ……」
みんなから散々に言われたけれど。最後には私の意思を尊重してくれました。
3人もかかってしまいましたけど、私はやる時はやる女だと理解してくれたみたいです。
こうして私は平和を手に入れた……はずなのに。
──◇──
「──こうしてまた戦場に立ち、人を殺めようとしている。不思議なものですね」
大地が荒れる中でも、光の羽が落ちる中でも。
私とアイコちゃんは戦っていました。
「……イタコタイコさん。素晴らしいですね……一切太刀筋に迷いが無い……!」
【Blueearth】最強ジョブの候補に上がる攻防遠近一体【仙人】。自己回復も戦闘もお手のものな上に、それを操るは人類の女性最強、アイコさん。
怖い要素しか無い。これまで以上の死の恐怖に、かつてない実力を発揮してしまいました。
「……アイコちゃん。ここで殺されてくれませんか? その方がお互いに良いと思いますが!」
「いいえ、イタコタイコさん。それでは貴女が救われません」
──その目は私に無いもの。ここまで来ると私以外の誰もが持っている、私にだけはないもの。
覚悟。死の恐怖の対義。
「私を、救うと?」
「……【Blueearth】だけではありませんが。人は何か克服したいと思っているものに振り回されています。
"聖母"などと持て囃されていますが、結局はその道を進むにせよ立ち止まらせるにせよ……後押しするだけです」
"仙力"は克服した。
アイコちゃんはフィジカルにモノを言わせた高速の肉弾戦ですが、私は恐怖から来る反射神経で回避・攻撃をしています。そして恐ろしいことに、それが通用してしまっているようです。
アイコちゃんが翠の"仙力"で回復するのならば、上から強く傷を抉るのみ。ダメージレースで私の勝ちです。
ですが、アイコちゃんには時間で継続回復するアビリティがあります。これはそのための時間稼ぎ──だと、思うべきなのですが。
……怖くないので、攻撃できないんですよね。
「私が克服したいもの……恐怖ですよね」
「一見するとそうですね。ですが実際はそうではありません。……殺せば人は死にます。当然ですが。
人の命が亡くなれば、返事は返ってきません」
アイコちゃんは依然構えたまま。私に優しい声で語りかける。
「……イタコタイコさんが恐れているのは、返事です。自分の行いに対して、相手が何を言うのかを恐れているのです。
だから何も言わさずに殺してしまう。心無い言葉が返ってくるかもしれないから。失望、悪意、それらが返ってくるかもしれないから」
「──そう、かもしれないです」
返事。リアクション。
……現実の記憶を取り戻しても変わらない恐怖の正体。そんなものだったのかな。
「ですから、私がいます」
アイコちゃんは胸を張って、構えを解いて──両腕を広げる。
「コミュニケーションですイタコタイコさん。ガンガン攻撃してきて下さい。私はちゃんと答えますよ」
──罠だ。一撃あたりのダメージはアイコちゃんの方が遥かに上。攻撃箇所を一点に絞らせてカウンターするつもりだ。
──そんなはずはない。"聖母"だぞ。無償の愛だ。
──わからない。アイコちゃんが何を考えているのか──何を発するのか。
でも、アイコちゃんの身体は赫ではなく翠の"仙力"に纏われて。攻撃の意思が無いと、私に告げる。
「……アイコちゃん。構えて下さい」
「イタコタイコさん……」
──アイコちゃんが何を言いたいのか、理解できた。
だから、私は短剣を構える。
「返事は戦闘中で結構です。私個人のカウンセリングは嬉しいですが……【飢餓の爪傭兵団】と【夜明けの月】としても、責務を果たしましょう。
アイコちゃんなら、斬り合いの最中でも答えてくれそうですし」
「──ええ。そうですね。侮辱でしたか」
「いいえ、深く優しい心遣いです」
──お互い構えたまま。アイコちゃんの狙いを、思考を考えず。私が私のために何処を切るか考えて──
──隔離階層の空が割れる。
五種隔離階層といえミカンちゃんとサカンさんの暴走には耐えられなかったみたいで、時間切れです。
そうなるとL.Pちゃんもグラフさんも負けるでしょう。
その辺の事は、考えず──
「いざ! 【致命の刃】!」
「受けて立ちます。【仙法:赫蓮華】!」
星空も明らむ極光が交差する──




