427.友情を交えるように
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"
【第171階層ギャラクシー:龍尾ギャウサル】
──【飢餓の爪傭兵団】簡易拠点
戦況:
大幹部キング.J.Jの檄により、戦況は一転。
綿密な連携の無い残留班・突破班による奮闘により多数の構成員が【夜明けの月】の包囲網を突破。172階層を目指す。
【飢餓の爪傭兵団】
最前線斥候部隊12名→6名
前線戦闘部隊18名→15名
後衛支援部隊12名→10名
拠点防衛部隊11名→8名
情報班6名→1名
累計40名ジャスト。ウルフの指示は完遂される。
残された戦闘員は20名(内一名は既に脱落)。
対する【夜明けの月】は9名
メアリー・ドロシー・サティス
エンブラエル・フェイ・コノカ
スカーレット・マックス・ブックカバー。
本来は【夜明けの月】側の専売特許であった特攻戦法を【飢餓の爪傭兵団】残留組も解禁。命を顧みない血みどろの殺し合いが繰り広げられる。
特に致命の射手【サテライトガンナー】であるコノカとドロシーは優先的に狙われる。
【飢餓の爪傭兵団】でも非戦闘要員である情報班が団結しドロシーを撃破(ブラウザだけは一番最初に逃げ出したが)。
双方全霊の果し合いの末に、残るは──
【飢餓の爪傭兵団】4名。
【夜明けの月】3名。
──◇──
「……随分と静かになってきたわね」
双方共に満身創痍。一人一人が怪物級の【飢餓の爪傭兵団】も、あと僅か。
こっちはあたしと……スカーレット、それにサティス。
対するは──
「……生き残れたのは奇跡だな……神に感謝だ」
鉄仮面の【聖騎士】──珍しい大槍使い──懐かしい声。
「久しぶりねテッパチ。世間話でもどう?」
「そういうわけにも行かないだろ。俺は【飢餓の爪傭兵団】のアイアン8だ」
20階層──ドラドの【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルド【金の斧】。
その構成員……だった男。かつては【夜明けの月】も協力して貰ったものだわ。
「まぐれでも何でもいいがよ……追い付いたぜ、【夜明けの月】」
「まぐれなもんですか。徴兵部隊の倍率、聞いたわよ。頑張ったじゃないの。……その努力もここでおしまいね!」
「ほざけ! 【スターレイン・スラスト】!」
「【チェンジ】!」
「そりゃそうだよな!」
対近接戦ならあたしが有利。転移すりゃ攻撃なんて当たらない、けれど──
「もう一度【スターレイン・スラスト】だ!」
「わっと、【召喚】"マッドガーダー"!」
泥人形でアイアン8の突進を防ぐ。
槍、とりわけ長距離まで届く突進スキルは厄介ね。こうも短時間で詰められるとは……。
「まだまだぁ!」
「キリが無いわね……!」
魔法耐性もガンガンに積んでる【聖騎士】だと、こっちの火力が通らないのよね。
というか硬すぎ。それで火力もあるんだから【聖騎士】ってアタリよね。そりゃ三種の神器とか呼ばれるだけあるわ。
「避けてるだけじゃ意味ねぇよな! 俺たちの目的は同じはずだ!」
「そうね。だとしてもアンタには負けないけどね……!」
この戦場において、【飢餓の爪傭兵団】と【夜明けの月】の利害は一致している。
──即ち、相討ち。【飢餓の爪傭兵団】は20人を捨て、【夜明けの月】は9人の残機を捨てる。
だとしても。負けたく無いのよね!
「【チェンジ】──【次元断】!」
アイアン8の背後から、0距離防御貫通の致命の一撃。
防御の厚い【聖騎士】なら──
「──"防御貫通が有効"ってか?」
──読まれた。
防御貫通が有効なんじゃなくて、防御貫通しか使えない。
死角からの奇襲じゃなくて、正面からは戦えない。
サティス式の選択誘導──よく学んでるわね!
──◇──
──アイアン8。
【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドにして地底のドラド担当、【金の斧】に在籍。
……【夜明けの月】との一件後、【満月】がアゲハを雇用した後に。
彼は本来の目的を取り戻す事にした。
いつまでも燻っている場合ではない。姐さんのように、旅立つ時だ。
──【飢餓の爪傭兵団】に属するというのは、当時の階層攻略において定石も定石。
アイアン8は、基礎基本を重んじていた。
目立ちたがりが故の槍使い。だが奇異であるという事は、普遍を知っているという事でもある。
──ゆっくりと、しかし着実に。
ライズが【Blueearth】中に振り撒いた"ライズ式デスマーチ"は、最初こそ真似なんてとても出来ない理想論だったが……やがて浸透していった。
アイアン8はまだ"ライズ式デスマーチ"が流行る前から、【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドを使ってそれを成し遂げていた。
彼が【飢餓の爪傭兵団】に加わるにあたり最も尊敬していた男──サティスの言葉を胸に刻む。
"出来るならば、出来る"。
ライズが理論を提唱し、それを【夜明けの月】が実行したのなら。アイアン8にもできるはずだ。
……たとえ何度失敗しようとも。アイアン8は自分のペースで、ゆっくりと、確実に階層を進んでいった。
記憶を取り戻してもそれは変わらない。
──彼はあらゆる部活のピンチヒッター、ワイルドカード。基礎と定石をいち早く理解し、それを実行する能力に長けていた。
そうして【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】に辿り着いた矢先──徴兵が行われた。
エンジュ支部からは多数の参加者がいたが、最後まで残ったのは数名。その過酷すぎる攻略道中で遂に、アイアン8は覚醒する。
基礎鍛錬が身を結び──アイアン8の眼は、他人の定石を見抜く事ができるようになった。
ドロシーやツバキのような他者理解によるものではなく、戦闘における行動から推測する一種の先読み──その選択肢の数を読み取る。
その選択肢が減るように立ち回れば──
「──【ドッジスピン】!」
身を回転させるスキルで、槍をメアリーに突き立てる。
【次元断】は座標ズレによって不発──そして後衛職のメアリーならば、これでも充分に致命傷!
「……やってくれる。【フリーズリンク】!」
「──は?」
知らない選択肢だった。知らない表情だった。
周囲の大地が凍る。アイアン8とメアリーの足元も、凍る。
あり得ない。定石ではない。
後衛職が近接戦闘を挑むなんて、あり得ない──!
「一度でいいからやりたかったのよ! だって──せっかく鎌を振るえるんだもの!」
メアリーの杖が、メキメキと音を立てて──禍々しい大鎌へと変貌する。
【Blueearth】では筋力差は関係ない。
大振りな槍は、大振りな大鎌と同速。
逃げる?
──否。受けて立つ。
【聖騎士】最高火力、キング.J.Jの十八番。防御を捨てた超火力の一撃にて──
「──やってやるよメアリー! 【王威断絶】!」
「かかってきなさい!【赤き大地の輪廻戒天】!」
大鎌と大槍が衝突し──
「……はい、あたしの負け」
槍は僅かに速く、メアリーを貫く。
そして、アイアン8は──
「──はっ。メアリーには勝ったな」
背後から、鈴の音が一つ。
──【瑜伽振鈴】が一つ鳴る。
「どちらもお見事。──【一閃】」
サティスの一振りにて、最後の一人が斬り捨てられる。
──171階層襲撃戦。
生存者──サティス1名。
「……あ! やっちゃったよ。これ僕はどうやって前線に戻ればいいのー!?」
──◇──
──先頭は【夜明けの月】
サティスを残して全員が"ゴールドディスク"にリスポーン。未だ171階層を飛行中。
追う形で【飢餓の爪傭兵団】40名。ここと全面戦争は望むところでは無く、現状最良のプランはこのまま距離をキープして179階層まで逃げ切る事だが……。
「──search:"星辰獣ケルピー"来ます」
「戻ったばかりで悪いが、遠距離部隊! あの馬近付かれると厄介なんだ。しばいて追い返せ!」
「はい。ここは僕とコノカさんに任せて下さい!」
「わたしたち……すぐに倒されてしまいましたのでっ!」
張り切る【サテライトガンナー】組。真っ先に狙われる事自体が貢献しているんだが、本人達としては不満らしい。
──根本的な問題として。この"最果ての観測隊"は階層攻略が必須なのだが……俺たち【夜明けの月】はまだここに着いたばかりでレベルが足りない。今は序盤だからいいが、後々厄介な事になってくるだろうな。
レベル上げをしている暇は無い……が、レベル上げをしなくては先に進む事も難しい。【飢餓の爪傭兵団】ならともかく、野生の魔物に倒されるなんてあってはならない。
飛んでくる半馬半魚を撃ち抜き撃ち落とし、とにかくマトモな戦闘にはならないよう牽制しないとやってられない。
「さて。目下最大の問題は、これからどうするかね」
「そうだな。【飢餓の爪傭兵団】には厄介な要素が多すぎる。とりわけ大きな問題は三つだな」
無計画に倒せる相手じゃない。連中は間違いなく【Blueearth】最大の組織だ。
「まず単純に指揮が高まっている事。集団において指揮が高まる、闘争に酔う状態を維持できるというのは恐ろしい事……なんだよな? ジョージ」
「そうだねライズ君。集団行動で戦闘を行う場合、何より気持ちが大切になってくる。情報統制、あるいは褒美だね。歴史上の戦争では、毎日温かい食事が出るだけで指揮が向上し勝利に繋がったという記録すらある。
……正直、メアリー君の奇案は【飢餓の爪傭兵団】の指揮を折る……まではいかないまでも、揺らがずに充分なものだったはずだ。最初の奇襲が成功しておいて襲撃、混乱に乗じて半壊……というのは、敗北感を植え付けるのに最適だっただろう。
アレはもうキング.J.Jが悪い。"撤退のための犠牲"を"誉ある殿"にされちゃったからね」
【飢餓の爪傭兵団】は絶賛やる気満々だ。人数が多いが故に脆いところを突く……みたいなメンタル合戦に持ち込めないのは面倒だな。
「二つ目、レベル差だ。ゲームのレベルでも技術のレベルでも……。
【飢餓の爪傭兵団】の連中はどいつもこいつもセカンドランカーのギルドマスター張れるような実力者ばかりだ。それでいてあいつらはここでレベル上げが出来るようなレベルになっている。
相手の方がレベルが上ってのはキツいものがある。しかも大幹部やらファルシュやらご存命だ」
「それでも、なんとか上手い事立ち回れば……例えば複数人で一人を相手にしたりして確実に削ればイケると思うけれど……」
「最後の問題が、あの"星辰獣フェンリル"だな」
星河の大地を砕く、地形破壊兵器。
"最強"も"無敵要塞"も敵わない無慈悲なる暴。
……アレの攻略が最重要と言ってもいい。
「このまま逃げ切れれば最善なんだがな。頼むぞベル」
「やってやるわ。"ぷてら弐号"のスタミナならまだまだ飛べそうね」
「よし。じゃあ最後のピースだ」
メアリーを、持ち上げる。
軽い軽い。
「ちょっと何すんのよ」
「恨むならサティスを恨め」
戦力が欠けては意味がない。
なので、こうするしかないんだよな。
「サティスを拾ってこいっ!」
「あ、ちょ、ぎゃぁぁぁぁ!!!」
空飛ぶ要塞から、テイクオフ。
メアリーは森の中へと消える。さらばギルドマスター。




