426.裏の裏を掻い潜って
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"
【第171階層ギャラクシー:龍尾ギャウサル】
──【飢餓の爪傭兵団】簡易拠点
「帰ったでー!」
サカンによって急造された簡易拠点。中央には壊れたカタパルトと、ニワトリ使いの【サテライトガンナー】カザミドリ。
「おぉファルシュさぁん! 総頭目も! お早いお帰りで」
「よーやったやんカザミ! 大成功やったでー!」
「死にかけたけどな。あんま褒められたもんじゃないっすよ隊長」
「やめーやベネロ。指揮に関わる」
「……っす。すんません」
「ええよ。反省点はあったしな」
ミカンより公開された"垂直射出カタパルト"のデータ(【夜明けの月】資金難により公表発売した設計図)から作られた、その名も"紐なし片道逆バンジー"。
これで落下ダメージ無効の【サテライトガンナー】カザミドリを天高く射出。そして【夜明けの月】の位置を確認し襲撃……というのが【飢餓の爪傭兵団】最初の作戦だった。
作戦そのものは成功。【夜明けの月】も数名残機を削った。重要なのはそこまで。
60人規模の集団行動では、何より指揮が優先される。嘘でもなんでも良い報告をする。でなければ集団の動きが鈍る。
……とはいえ、嘘は言ってないにせよ真実で済むならそれが一番。指揮というのは、嘘を吐く方も下がるものだ。
ウルフはその辺は全く興味が無かったが──"軍隊"を知るキング.J.Jの進言により、【飢餓の爪傭兵団】は気付かぬ間に統率の取れた組織へと昇華されていた。
「ふへー。皆さん、本当に凄いですね……。私は追いつくのがやっとで……」
「何言うとんねやイタコ。徴兵に選ばれた新人やのにもう最前線斥候部隊No.2やんけ。ファルシュちゃんの方が強いけどなぁ!」
「でもイタコタイコさんが隊長になってくれりゃもうちょいマシっすかねー」
「なんやとベネロぉ! 生意気やでぇ」
徴兵により【飢餓の爪傭兵団】の兵力は更に高まった。ミッドウェイ支部、エンジュ支部の連中から見込みのある奴を引き抜き、本部から10人近くを派遣して一気に攻略を進め本部に追いつかせる。生き残ったのは10名程度だが……そのどれもが、確かな実力者だ。
どうにも【夜明けの月】に触発されて攻略に前向きになった人も多い。イタコタイコなどは才能こそピカイチながらあまりにも戦闘を恐れていたためミッドウェイ支部に配置していたが、先の騒動がいい経験となったのだろう。【盗賊王】においては【Blueearth】第2位、【飢餓の爪傭兵団】でも最上位の実力者だ。
「……っし。野郎ども、出発だ! 【夜明けの月】の連中は痛手を負って停滞か、或いは逃走中だ! どっちにせよ俺たち【飢餓の爪傭兵団】の敵じゃねぇ!
──【飢餓の爪傭兵団】進軍!」
雄叫びが地に響く。
それは"潜伏の必要なし"という事。
高まったテンションが場を支配する。
「あらそう。じゃあかかってきなさい」
──現れるは。否。進路に居たのは。
先の襲撃地点から次の階層、龍の背まで向かう方角から大きく逸れて。わざわざ【飢餓の爪傭兵団】の仮拠点ではなく、その進路上に陣取っていたのは。
「──【夜明けの月】鉄の掟! "やられたらやり返す"!
何がエンタメ、何が"【Blueearth】争奪戦"よ! ここで皆殺しよ! カチコミぃー!!!」
悪の組織は悪の組織でも、ほぼヤクザであった。
──◇──
──数分前、上空"ぷてら弐号"飛行中
「【飢餓の爪傭兵団】を襲撃するわ」
……瞳孔ガン開き覚悟ガンギマリのメアリー。冷静か?冷静なのか?
「……このまま172階層に行く方が、良いのでは。【飢餓の爪傭兵団】も被害は大きく、そしてギルドとしての規模も大きい……。スタートダッシュが早いのは俺たち、人数の少ない方だ……」
「私は賛成するわバーナード。負けっぱなしは癪じゃない。それも【飢餓の爪傭兵団】相手に!」
バーナードとスカーレット、どちらの意見もあながち間違ってない。
この【ギルド決闘】"最果ての観測隊"では、先に179階層に辿り着く事が勝利条件となる。
だから【飢餓の爪傭兵団】より先に172階層を狙うのも正しいし、【飢餓の爪傭兵団】を叩いて向こうの速度を落とすのも正しい。
その上で襲撃を選ぶ理由は……。
「あの"星辰獣フェンリル"だね。
サティスが見抜いたように、あれほど巨大な"星辰獣"は使用者であるウルフにも負荷がかかる。今のうちに叩いておくのが良いだろうね」
スペードは昨日の夜、イツァムナとブックカバーと共に"カーウィン・ガルニクス"に話を聞きに行った。
"星辰獣"のシステムを理解しておかなくては、最悪このギャラクシー階層に囚われてしまうからな。
「"星辰獣"は星と星を繋いで星座を見出すように、星と星を紡いで獣を視る事で具象化します。星座の形が変化しないように、一度具象化すればその"星辰獣"は固定化され簡略化も複雑化も出来ない。
ウルフは相当大きな星座を描いたようですね。イツァムナが推測するに、その目的は対人ではなく──」
「"カーウィン・ガルニクス"であろう。かの御仁が語ったように、"星辰獣"は"星辰獣"に有効な戦力となる。このギャラクシー階層は大地がそのまま"星辰獣オメガ"であるが故に、ウルフの"星辰獣フェンリル"には地形破壊の力が備わっておるのだろう。
即ちこのギャラクシー階層において、我々は常にあの理不尽な破壊を警戒せねばならんという事だ」
ブックカバーの言うように……あんな事を毎回毎回されてはたまったもんじゃない。こっちにとって頼みの綱であるミカンの【建築】がまるで役に立たない状況で、60人の猛攻を凌げる筈がない。
「そうね。それが裏向きの理由よ」
メアリーは紫蓮の杖を肩に担いで森を見る。
遠くには【飢餓の爪傭兵団】のアジトのような場所がある。
「裏……って、どう言う事ですかメアリーちゃん」
「リンリン。あたしがこのままブチ切れて【飢餓の爪傭兵団】に突っ込んだとして、向こうはどう思うかしら?」
「えっと、襲撃に堪忍袋の尾が切れて直情的に怒っている……?」
「……"あの策略家のメアリーが? まさかそんな筈はない"。そして、裏を探り辿り着く。そう言う事かナ?」
セリアンの言う通り……というかこの【夜明けの月】連合で敵だった奴らはよく分かっているだろう。
メアリーは馬鹿にできない。特によくこっちを観察している【飢餓の爪傭兵団】なら尚更そうだろう。
「襲ってくるとして、狙いはどこか。ウルフの事だって気付くでしょ。だとしたら【飢餓の爪傭兵団】はどう動くのが正解? ……今なら172階層の方向から【飢餓の爪傭兵団】を追い込める。連中に逃げ場は無いわ」
「でもメアリーちゃん、こんな所で全面戦争は厳しいと思うの。相手は60人全員いるし……」
「そこよカズハ。裏の裏はそこ!」
メアリーの真意を理解した。
そりゃあそうだ。このまま戦ってなんてられないか。
「裏の裏は、【飢餓の爪傭兵団】の戦力の分断!
急な襲撃を受けたら連中はある程度の先鋭を集中させてこっちの包囲網を突破して先に進むわ。そうすればもう60人全員を相手になんてしなくていい。残された足止め要員をボコボコにして、【飢餓の爪傭兵団】を減らすのよ!」
──◇──
──進路を塞ぐは白き竜。
【コントレイル】ギルドマスター、エンブラエルの愛竜だ。
あの"メルトドラゴン"は何処だ? 【夜明けの月】の移動手段のはずだ。
というか、人数が足りない……?
「……やられました総頭目。今すぐあいつらを倒して先を急ぎましょう」
ブラウザが唇を噛みしめる。
──事の重大さを理解しているらしい。
「連中、チームを分けて先に172階層に行ってます。このままでは追い付けません」
「たった10人そこらで60人を相手するってか? あまりに無謀だろ。幾ら何でも……」
「あいつら、死んだら攻略組の所でリスポーンします! このままだと相討ち覚悟で削られますよ!」
──"最果ての観測隊"ルール。
【夜明けの月】は一人一度だけ、死亡時に"ゴールドディスク"所有者の所へリスポーンする。
「……エグい戦法だな。ギルドマスター自らそれをやらかすのが最高にイカれてんぜメアリー!」
「ぶっ潰れなさい! 【チェンジ】!」
宣言と共に、仮拠点の空に数名の影──
「わはははは! 等しく塵芥となるがいい!【テンペスト】!」
「自傷OKなんてなかなかないのだ! 派手に燃えろ【セルフバーニング】!」
「っぱ喧嘩祭りが一番楽だよなぁ!【キャノン:ファイアワークス】!」
ブックカバー、フェイ、マックスの爆撃隊が簡易拠点を襲撃する──!
「──"尻尾切り"だ! 5:1……いや、4:2で行くぞ!」
【飢餓の爪傭兵団】の暗号。急な奇襲の際、チームを分断する合図。
先に進むは40人。ここに残すは20人。とにかく急いでこの地獄を突破せよ──!
──◇──
人数を削る一番のチャンスは間違いなくここ。だとしたらこっちも全力で動員するしかないわ。
先の奇襲で残機を失ったクローバー・ミカン・ゴースト・ジャッカルは除外。
今回の作戦ではデスポーン戦術なので死なないアイコ・リンリン・プリステラ・ソニアも除外。
自傷・呪いの戦術的観点から残機を有効活用できるライズ・カズハ・ツバキも除外。
移動手段のジョージ、非戦闘要員のベルも除外するとして……。
メンバーは広範囲殲滅火力のあたし、ブックカバーさん、フェイ、マックス。
移動手段兼高速撹乱のエンブラエル。
スカーレットにコノカ。そして……
「さあ、僕と戦いたい奴は多いだろう?」
──対人にとにかく強いサティス。
特に【飢餓の爪傭兵団】としては因縁があるだろうし……キング.J.Jも嘶いているわ。
「──よい! 我が手ずから叩き伏せてやるぞ、サティス!」
「君は急ぐんじゃなかったかな?」
「大幹部といえど、隊長といえど! 残ってはならん道理は無い!我が不在とて動けん軍には仕上げておらん!」
【飢餓の爪傭兵団】最強格、前線戦闘部隊指揮官キング.J.Jが聖なる剣を抜く。
が、それを振り下ろすより早く──
「【チェンジ】!」
「──100%【サテライトキャノン】!」
「78%【サテライトキャノン】……!」
無慈悲なる二本の光柱。
無差別・広範囲・必殺火力。【サテライトガンナー】が来ない道理は無し。
サティスをギリギリで転移させ、コノカとドロシーの二人がかりでキング.J.J一人を狙う。
相手は大幹部。ここで落とせられれば最高。
そして確実に決まった──!
「──キング。お先にどう、ぞ」
──爆心地に居たのは、"電光石火"ベネロ。
"転移石"を持っていた……或いは何らかの身代わりアイテム!?
予想外だったけれど、確実に一人は落とせたわ。それに【飢餓の爪傭兵団】も戸惑いが見られるし……。
「おお……オオオオオオオオ!!!!」
キング.J.Jの轟咆が森を揺らす。
──全員の注目を集める、王の咆哮。
「──【飢餓の爪傭兵団】! 我らは最強のギルドだ!
【夜明けの月】に負ける事などありはしない! 必ず! 必ず我が滅ぼすからだ!
"絶対王権"の名の下に! 必ず勝利を掴み取る!
我らに敗北は無い! 誇り死ね! 【飢餓の爪傭兵団】よ!」
それは傲慢にして横暴な王の檄。
何も状況は好転していないのに、ただ言葉だけで──
「──よし! やってやるぜ!【夜明けの月】万歳!」
「せやな。やったるでお前らー!」
「口だけで全部持ってかないでよね……」
気迫だけで追い詰めようとしてたこっちもアレだけどさ。
一転して【飢餓の爪傭兵団】の指揮が高まる。キング.J.Jは……ファルシュと共にこちらへ走ってくる。
「──この屈辱、必ず果たす! 震えて眠れ【夜明けの月】の女王よ!」
「それは……光栄ね王様。でも逃がさないわ。【風花雪月】!」
「ファルシュ、跳ぶぞ!」
「はいな! "スライドギア"!」
一瞬の並行移動を利用して魔法圏外へと脱出し、振り返ってあたしに攻撃もせずそのまま走り去る。
……キング.J.Jはあたしを認めてくれたみたいだけれど、恨まれもしたわね。
「メアリー! まだまだ来るわよ、通りすがりに倒されないようにね!」
「分かってるわスカーレット。ここが肝心なんだもの──!」
それはそうと。
表としては、出し抜かれた事は本ッ当にムカついてるんだからね!




