425.紡がれた星は獣のように
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"
【第171階層ギャラクシー:龍尾ギャウサル】
──状況を整理する。
【飢餓の爪傭兵団】と【夜明けの月】は1000m以上離れてのスタートとなった。
俺たち【夜明けの月】は【飢餓の爪傭兵団】を回避して最速で攻略する事を優先したが、【飢餓の爪傭兵団】は──どうやってこっちを見つけたのかは分からないが──最前線斥候部隊を全員こちらにけしかけるパワープレイ。しかもミカン対策に向こうの最強【キャッスルビルダー】であるサカンまで動員してきた。
ミカンの建築を崩す目的でサカンは空間作用スキルを展開。オマケにファルシュとイタコタイコも発動してきた。
チンタラしてるとキング.J.J率いる前線戦闘部隊やらなにやら、最悪【飢餓の爪傭兵団】60人がかりで袋叩きにされかねない……!
空間作用スキルに混ざった隔離階層は5つ。こうなると維持時間は……大体15分くらいのはずだ。城門が意味を成さない今、最前線斥候部隊12人を受け切れるか……?
「ライズ……君っ!」
「逃しませんぜ"呪血"! 空間作用スキルこそあぶれたが、アンタを抑えるだけでいいなら俺で充分!」
カズハとメアリーの2人を抑え高速で移動しながら戦うは、最前線斥候部隊"電光石火"ベネロ。とにかく速度に特化した変人で、瞬間速度ならファルシュを越すという。
火力も耐久もお察しだが、回避防御が可能な【ソードダンサー】においては厄介この上ない。まず攻撃が当たらない。
あの2人だけはなんとか──
「させへんで! 【復襲牙】!」
「guardします──action:skill【アビスブレイク】」
ファルシュに対抗するはゴースト。だが、相性が悪い!
ゴーストと同じ【リベンジャー】のファルシュ。そのジョブ強化スキルは調査済みだ。
【青き復讐の花】──めちゃくちゃ単純なジョブ強化スキルだ。つまりはHP値に依らず、常時最高ランクの"復讐"状態になる。
同ジョブ同レベルのゴーストでは──受けきれない!
「ゴーストちゃ……んんっ!」
「お邪魔するわ。 私と踊ましょう?"無敵要塞"!」
城壁の隙間から入り込んだ斥候部隊が次々とこっちの戦力を分散させてくる。──確実に殺すために!
リンリンの相手をするは鞭使いの"荊姫"ソーンデヴァ夫人。対単体拘束能力が高過ぎる……!
こういう特記戦力しか居ない! 軽視不可の一芸集団、これが【飢餓の爪傭兵団】のヤバい所だな!
「──では、失礼しますね」
足元。
低く低く、体勢を落としたイタコタイコが──俺の足元からぐいっと上がって、短剣の先を俺の眼に──
「これ以上好き勝手やらせっかよォ!」
──光の壁。耐久に難のあるイタコタイコならば一瞬で処理できるクリティカルの波状攻撃。
クローバーがイタコタイコを討ち取った……かに、思えたが。
「……はい、頂きました」
泥となって散るイタコタイコの腹には、クローバーの愛銃【地獄の番犬】。
【盗賊王】ジョブ強化スキル【冷酷で残忍な砂漠の太陽】。【夜明けの月】と連合には該当例が居なくて分からなかったが、多分これは弱い分身が死んだ時に"窃盗"を発動するのか。厄介過ぎる……!
そして今度はクローバーの背後から、新たなるイタコタイコが……!
「"最強"舐めんじゃねェよ。なんぼウルフと戦り合ってきたと思ってんだ」
右手の【地獄の番犬】を速射──即座に空中へ捨てる。腰のホルスターから予備の銃をマニュアルで抜いて無理矢理装備し、二丁拳銃で撃ち──また空中へと投棄。落ちてきた【地獄の番犬】をキャッチして再度撃つ。クローバーのジャグリングシステム……!
「"窃盗"は発動時装備していた武器しか盗れねェ。お前の死亡時発動の"窃盗"のタイミングじゃ既に俺は装備してねェ」
……一瞬。イタコタイコの分身はクローバーだけでなく、他にも数体現れていたが……一気に4体を潰した。
いや、真似できないけどな。相変わらず化け物だなクローバー。
「よぉベネロ! 最強の【ソードダンサー】が指南してやろう!」
「ジャッカル……俺を差し置いて【ソードダンサー】最強になりやがったガキィ! 邪魔すんじゃねぇ!」
メアリーとカズハを抑えていたベネロにジャッカルが乱入。戦線が入り乱れる中──イタコタイコの分身に、傀儡人形が襲いかかる。
「【傀儡遊戯】──分身系わワタシに任せたまえ! 一気に舞台を変えようじゃあないカ!」
セリアンが指を鳴らすと──風が逆巻く。
「うむ、もう壁もなにもあったものではなし。許せよミカン嬢。──【テンペスト】!」
「閲覧します。【テンペスト】!」
ブックカバーとイツァムナの2連大嵐。城壁をむしろこちらから壊して──やっと、俺とメアリーとカズハが空いた。
「【スイッチ】──【焔鬼の烙印】!」
「スロットセット【紫蓮赤染の大晶鎌】!」
「第三の刀、【胡蝶之夢】!」
言わずとも分かる。
五つも複合してしまった隔離階層は、1人2人の力では突破できないが──3人がかりなら通用する!
対隔離階層特効スキル、贅沢に三枚重ねだ!
「【鬼冥鏖胤】!」
「【赤き大地の輪廻戒天】!」
「【夢幻醒了】!」
──◇──
──二重の竜巻によって視界が奪われる。
非常に危険だ。ダメージではなく、把握ができない事が。
【真紅道】は短所を減らす育成をするが、【飢餓の爪傭兵団】は長所しか伸ばさない。
故に【Blueearth】中の冒険者も、何かしらの長所があれば目を掛ける。引き抜くための参考に。
【夜明けの月】は長所がよく伸びた、その点では【飢餓の爪傭兵団】と酷似した方針のギルドだ。故によく観察されていた。
視界が制限されれば、自由に動く奴らがいる。
人間兵器のジョージ、アイコ。不意打ち専門のスペード。
他にもライズ、セリアン、ジャッカル、メアリー……。見失うだけで何をしでかすかわからない連中は少なくない。その情報は最前線斥候部隊全員に共有されている。
(……言うて空間作用スキル使ってるし、まだ有利やろ。撤退する前にあと何人か……)
瞬間。ライズとメアリーとカズハによる対隔離階層特効スキルが発動。隔離階層が破壊される。
ファルシュを含め、最前線斥候部隊が全員思考する。
(前線戦闘部隊の接近は近い。やけど通常時のサカンはんじゃミカンはんに勝てへん。
出口を塞がれる前に一時撤退──は、アカンか。1人2人は取り残される。せやったらウチがここで暴れて逃すか──)
瞬時に補修される城壁。優位になったと言って、最前線斥候部隊12名全員が【夜明けの月】のテリトリーに侵入してしまっていた。
最前線斥候部隊は戦闘集団ではない。【Blueearth】トップクラスに戦闘が出来るだけの偵察部隊。既に撤退の手段を考えていた。
「よっしゃ、ほな──」
ファルシュが立ち上がり、双剣を構えた瞬間。
──視界が晴れた目の前には、"最強"──クローバー。
「悪ィが、1アウトだ」
「──逃げぇやアンタら!」
切り替える。
【Blueearth】黎明期に捨て身の殺し屋だったファルシュは、自己犠牲を厭わない。
せめてクローバーに致命の一撃を。叶うなら一度ぐらいダウンせぇや!
その願いは、短剣は、弾丸よりは遅く──
「噛み砕け。"星辰獣フェンリル"!」
──そして弾丸より早く、星の狼が大地を砕いた。
──◇──
「──今や! 最前線斥候部隊撤退!」
一瞬の隙を突いて、ファルシュ達が撤退する。
逃げ足も一流だ。追撃したい所だが……いやそれどころじゃない。
現れるはピッドで見た星の狼。大顎がクローバーとミカンを呑み込んでしまった。
「……ウルフまで来るか。本当にここで仕留めるつもりかよ」
崩れた城壁に立つ、餓狼。
"軍頭の孤狼"、【飢餓の爪傭兵団】総頭目ウルフ。
ギルドマスター直々の登場とは恐れ入る。
「そのつもりだったんだがよ、やめた。やっぱエンタメは大事だぜ」
「──そりゃないだろう。もう少し遊んでいけ」
メアリーの【チェンジ】によって、ウルフの背後に跳ぶは──元【飢餓の爪傭兵団】大幹部サティス。
【瑜伽振鈴】が鈴を鳴らして──抜刀。
「【迅雷一閃】!」
「【ダガーパリィ】!」
最速の【迅雷一閃】を受けるは短剣防御スキル──基本的に攻撃を受けるタイプの防御は得意でないローグ系ながら、その運用は受け流しに近い。性格無比なサティスの"教科書通り"の剣筋を受けるならタイミングさえ合えば防御は成立する。
──否。その定石を押し付けられる。
「【燕返し】!」
「──チッ。【ダガーパリィ】!」
返す刀の一撃を、もう一度短剣で受ける──受けなくてはならない。
"規範"のサティスの真骨頂。自分が最善手を取るだけでなく、相手の最善手すら一つに縛り選ばせる。
だがその最適解の先に待っているのは敗北だ。二度も刀の大技を受けた短剣は破損する。あと一度で砕けるだろう。
「ウルフ、僕を甘く見ているのか? もっと本気で来なよ」
「悪ぃな。お前の相手をしてる場合じゃねぇ──」
「そうだね、早く逃げないと」
サティスは次の一手を──打たず、納刀する。
戦闘放棄ではない。次なる【一閃】のための構え……だが、最適解ではないはずだ。
カズハは【一閃】に特化した【サムライ】だが、サティスは【サムライ】でできる事ならなんでもできる。わざわざ【一閃】のための隙を作る必要は無い……が、ウルフも攻撃はしなかった。
「ウルフ。"星辰獣"とやらは、発動時間や回数に制限があるね?
この星河の龍ごと大地を喰い破るマップ破壊スキルなんてそう乱発は出来ないだろう。退くなら追わないよ」
「──チッ。恩着せがましい。お前らだって一度体勢を整えてぇんだろうが」
星の狼が消える。
ウルフは短剣を仕舞わずに、何も言い残さずに去っていった。
──◇──
「──あぁぁぁぁクソっ! 悪ィみんな、油断した!」
"ゴールドディスク"の所持者はメアリー。そしてメアリーの近くに転移したクローバーは、真っ先に頭を下げた。
【飢餓の爪傭兵団】の襲撃。ハッキリ言って、【夜明けの月】の負けね。
あたし達には一度だけ死んでも生き返るボーナスがあったけど、早速それを消費しちゃった人が出た。
「クローバー、ミカン、ゴースト、ジャッカル……いきなり4人も殺られるとはな」
「ぐぬぬぬぬ……この被害はミカンさんに責があるのです。サカンなんて小僧に好きにやられてしまった……!」
「地形破壊の狼の一撃はどうにもなりませんよ……。対策が必要ですね、メアリーさん」
ドロシーがミカンとクローバーを宥める。今その2人、精神的に荒れまくってるからドロシーを近付けたくないんだけれど……ドロシーから接触しているから大丈夫なのかしら。
ともかく、スタートダッシュは最悪。
【飢餓の爪傭兵団】は1人もリタイアせず、【夜明けの月】は4人が一度死亡。
そして向こうには地形ごと破壊してくる兵器"星辰獣"がいて、この拠点の場所がバレているから早急に動かないといけない。
「とにかく移動するわよ。"ぷてら弐号"の空路で行くわ。エンブラエルは周囲警戒をお願い」
「分かった。気が休まらないね……」
「甘く見ていた訳じゃないけれど、本当に強いわね【飢餓の爪傭兵団】……。とにかく逃げるわよ。連中だって逃げられたら追い付かないから最初に奇襲したはずよ」
"ぷてら弐号"が移動要塞を背負って飛び立つ。
──真っ当に戦うだけでも相当ジリ貧だったけど、そこに加えてあの"星辰獣"。
……あたしの肩に乗るひよこを、指で突っついてみる。
「……こっちも使うべきかしら」
最初はまんまとしてやられたけれど、次こそは。
銀河の闇空を飛び、次の戦いに馳せる。




