423."最果ての観測隊"となりて
【第170階層 竜星大河ピッド】
──"星辰獣オメガ"尾先
星見の広場
第1回"【Blueearth】争奪戦"
【飢餓の爪傭兵団】vs【夜明けの月】
ルール制定会議
光の扉が現れ──法衣の裁定者が顕現する。
少し久しぶりな、【ギルド決闘】の見届け人。
「【アルカトラズ】"審理"の輩、灰の槌のスレーティーです。【ギルド決闘】の申請、受理致します」
法の番人は、当然ここにも現れる。
……アドレを飛び出した頃の最終目標の一つだった、トップランカーとの【ギルド決闘】。そのテーブルに着く事自体は、思うよりもすんなりいった。
「【飢餓の爪傭兵団】ギルドマスター、ウルフ。【夜明けの月】ギルドマスター、メアリー。
ルール制定に関する発言を許可します」
「おう。ついでにブラウザの発言許可もくれ」
「【夜明けの月】にも同数の発言者がいていいのならば、許可します」
「じゃあライズ、手伝って」
メアリーの隣に立つ。スレーティーも許可した事だし、精々頑張るとするか。
「では、私ブラウザより発言を。ルール制定より以前の話ですが……トップランカーと【夜明けの月】との【ギルド決闘】は、既に締結された約束によって行われます。
つまりこの会議で【ギルド決闘】が不成立になってはなりません。どのような条件であれ、お互いに【ギルド決闘】の条件を呑まなくてはならない」
「──そうね。それは異論ないわ。だからスレーティーさんを呼んで平等な条件を探るのだから」
擦り合わせ……まぁ、この会議は後々【Blueearth】に放送されるからおさらいは必要だな。
──さて。トップランカーとの【ギルド決闘】は、【夜明けの月】結成時点で想定していたルートだ。
だからこそ、このために準備していたこれまでの行動が響いてくる。
「では。まず最初に人数を──」
「しゃらくせぇ」
──発言するはウルフ。
その視線の先には、ベルとサティス。
「【夜明けの月】に【夜明けの月】後援連合……ガタガタ抜かすな。今更取り繕ったところでよ、結局は連合含めた26人が【夜明けの月】の強さだろうが。
──総力戦だ。お前らだって俺と戦いてぇだろ?」
……ベルとサティスには発言権が無い。
それに、これはかなり不利な条件提示だ。
「これは【夜明けの月】と【飢餓の爪傭兵団】の戦いよ」
「ここまで連中に助けてもらって、アイツらは【夜明けの月】とは認めねえってか? 薄情な事だな。
何にせよ……人数は合わせねぇぞ」
「──それは不平等よ!」
「そうか? むしろ人数を合わせる方が不平等だろ。
お前らはウチの半分以下の人数でフューチャー階層とデザート階層を攻略した実績がある。だが俺達はトップランカー100人がかりで攻略してんだ。
少数先鋭であるのなら、その人数にこっちが合わせりゃ……有利になるのは慣れてるそっち側だよな?」
……【至高帝国】が【飢餓の爪傭兵団】と【真紅道】に仕掛けていた戦法。
たった4人しかいない【至高帝国】は、【ギルド決闘】に4人までという人数制限を強いた。【夜明けの月】が10人くらいを目指していたのも、この人数制限を利用するためだ。
【飢餓の爪傭兵団】が何人いようと、平等に戦うならこっちに人数を合わせる必要がある。
……だが、誤算があった。
トップランカーは100人ほどの人数でサード階層を攻略していた。
対して、【夜明けの月】は連合込みで26人。攻略においては【夜明けの月】は既にトップランカーより優れた扱いになってしまい……あたかも、条件を合わせると【飢餓の爪傭兵団】が不利になるかのようになってしまう。
もちろん、【夜明けの月】の攻略が容易だったのはレベル条件の突破と事前に買った攻略情報によるものが大きい。このためにわざと情報を売ったのか……?
「……だとしても、人数差がひどいわ。60対26じゃあんまりよ」
「この場で殴り合うつもりは無ぇ。そんで【夜明けの月】は頷かなきゃならねぇ。
──ルールは、階層攻略だ」
階層攻略。
……つまり【夜明けの月】が優位にある、事にされている。
「らしく行こうぜ。ウチとしても、お前らとしてもよ。
ルールは単純、179階層を突破した方の勝ちだ!」
「【飢餓の爪傭兵団】は事前に攻略済みじゃない。まだ不平等よ」
「その辺は問題無ありません。ピッド階層は入る度に構造が変わり、その上で攻略における特別条件のある階層は現在未発見です。必要とあらばこの後、攻略情報を提供します」
「……貰えるもんは、貰う。情報は【井戸端報道】と他のトップランカーにも共有し、嘘と発覚すればペナルティを受けてもらうが……いいな?」
「構いません」
できる事ならば、可能な限り【飢餓の爪傭兵団】全員と戦うような真似はしたくない。60人全員が【Blueearth】最強格の化け物だ。
……だが、ルールが階層攻略となればまだマシか。
勝利条件が【飢餓の爪傭兵団】全討伐とかじゃなければ、極論誰とも戦わずに勝つ事すら可能だ。
特にレースとなれば、こっちはフィジカル無双と"ぷてら弐号"が居るし……。
「ところで、"拠点防衛戦"は?」
──メアリーの一言に、ヒヤリと背筋を冷たいものが伝う。
……俺、また絆されていたな。今のところウルフが提案した通りに進んでるじゃないか。
それはつまり、何かしらの目的があるというわけで──今回で言えば"拠点防衛戦"だ。
171階層から179階層までを利用した攻略競争なら、これまでの【ギルド決闘】とは違ってそのままの階層を利用する事になる。
目下最大の問題は"拠点防衛戦"。発令されれば攻略中でも拠点階層に叩き返される事になる。
「…………おお、そうだな。そりゃ危険だ。うんうん」
「アンタ、ここのレイドボスである"カーウィン・ガルニクス"と仲がいいみたいじゃない? なーにか口裏合わせたりしてないわよね?」
「……チッ。わーったよ、仕方ねぇ。"審理"の姐さんよ、"拠点防衛戦"の発令制限はできるか?」
「可能です。……宜しいですね、"カーウィン・ガルニクス"」
「うげ。よく視ているね……。構わないよ、つまらないがね」
物陰からぬるりと現れる老人。……マジで何か企んでいたのか。どうにもウルフといい、案外しっかり根回ししてるんだな。
「よろしい。
参加人数については……60名と26名。やはり格差があるかと。たとえ階層攻略が【夜明けの月】の得意分野といえ、その格差は見過ごせません。
そこを加味し……ルールを制定します。
──ルールは"最果ての観測隊"!
参加者は【飢餓の爪傭兵団】60名、【夜明けの月】及び連合ギルド合わせて26名、総力戦。人数差をカバーするため、【夜明けの月】側に一つボーナスを付与します!」
スレーティーが手を伸ばすと──ウルフとメアリーの目の前に、黄金の円盤が現れる。
「その"ゴールドディスク"は宝珠と同様に、手放す事が出来ずインベントリに入らないアイテムです。強奪も不可。今回のルールでは、そのディスクが171階層から179階層までの全ての転移ゲートを潜る事が攻略条件になります」
宝珠と同じ。なるほど、奪い合いは想定せずに済む訳だ。
「【夜明けの月】26名は、1人につき一度だけこの"ゴールドディスク"に復活する事ができます。階層攻略の優位性を【夜明けの月】が持っているという点から一度のみですが、これにて60対52。おおよそ平等であると判断します」
「復活の詳細は?」
「【ギルド決闘】開始段階のステータスと所有装備にて」
「ディスク所有者がリタイアしたらどうなるよ」
「"ゴールドディスク"は最も近くにいる同チームの冒険者の手元に転移します。
【夜明けの月】の場合、ディスク転移後にその冒険者の近くでリスポーンする事になります」
……ウルフが嗤う。これはつまり、誰も彼も皆殺しにすればいいってルールだ。
だが丁度いい駆け引きにはなりそうだな……。
「両名、異存ありませんね。では開始は?」
「【井戸端報道】的にどうだ。こっちは今からでもいいがよ」
『あまり期間を空けてはトップランカー攻略との格差が生まれてしまいますね。明日の昼過ぎで如何でしょうか!?』
「……そうね、明日17時でどう?」
「12時だ。問題無ぇよな?」
「……せっかちなのね。あたしは構わないわ」
もちろん、構う。こっちはデザート階層を攻略したばかりで、物資の準備が出来ていない。
だが、後ろのベルに視線を向けると……頷いた。なら間に合わせるはずだ。
【飢餓の爪傭兵団】戦が早まるのは悪い事じゃない。タルタルナンバンの言う通り、次のトップランカーに追いつくまでの時間が短ければ短いほどこちらが有利になるしな。
「では、決定します。
【ギルド決闘】"最果ての観測隊"。
明日12時より、この広場に集まった冒険者にて開始致します」
灰の槌が振り下ろされ──規則は制定された。
──◇──
──その後。
ベルは真っ先にミッドウェイの【満月】本社へと帰還。物資の確保へ。
スレーティーさんは……何故か、椅子に座っているわ。
「あの……スレーティーさん?」
「楽しみにしていますよメアリーちゃん。ふふふ」
「いや、あの言いにくいんだけれど……お仕事は?」
「最近は都合のいい部下が手に入りましたので。公務中の不在なら代理を任せられるほどには優秀な人で助かりますね」
「……ホーリーに任せてきたの!? 法廷めちゃくちゃになるわよ」
「大丈夫ですよ、アレでいてマトモですし、今法廷にいる"審理"の輩は全員自我を持っていませんから」
「だからってサボっていいのか……」
「サボっていません。公務中です。ほら"カーウィン・ガルニクス"、企んでいた事を正直に白状すれば減刑しますよ?」
「むぅ……【ギルド決闘】開始と同時に全員潰しちゃおっかなーと思っただけじゃよ」
想像以上に暴力考えてやがった……!




