422.その瞳は宇宙を映し
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暗黒の空に星々は繋がり竜となる。
オーロラを踏み締め、天河を泳ぐ。
最も高く最も深く、何も見えない暗黒宇宙は望むモノを写し出す。
──ここは【第170階層 竜星大河ピッド】
宙の果ての成れの果て。
夢想繋がる竜の星空。
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宇宙空間──星の河が道となり、小さな星が家となる。
とはいえとても拠点階層には見えないが……。
「やぁやぁよく来たね。君達が【夜明けの月】?」
道の真ん中に堂々と、安楽椅子に腰掛けた爺さん。
……至って普通な人間に見える。だからこそ全員警戒する。
【Blueearth】において、拠点階層にはそこの原住民がいて……"人間"というのはアドレの兵士だけだ。
冒険者だとして、ここまで来られる冒険者なんて限られているしな。
「……おお、よく視えておる。よい警戒じゃ。ほほほ」
「おじいちゃん、一体何者……?」
「んむ? 大方察しはついておろう。私は……」
老人の瞳が赫く光る。
──背後、星の海から幾つもの星が浮かび、並び、形を成す。
立体星座が生み出すは──巨大なる龍。
「──私はこのギャラクシー階層のレイドボス。【星詠の叡智 カーウィン・ガルニクス】。
ようこそ私の展望台へ……新たなる観測者達」
「──ジジイ!」
龍の星座を蹴散らすは、狼の星座。
狼はそのまま星河の道に着地して霧散し──何者かが"カーウィン・ガルニクス"の喉元に短剣を突き立てる!
「──ウルフ!」
「おお、今日も威勢がいいなウルフや」
その正体は【飢餓の爪傭兵団】総頭目ウルフ。
圧倒的な速度で老人へと突き立てられたその牙は──寸前で止まる。
"カーウィン・ガルニクス"は動かず、ただその瞳がウルフを視る。
「しかし、まだ私の眼からは逃れられていない。また明日だのぅ」
「──チッ。余裕こくのも大概にしろやジジイ。遂に【夜明けの月】が来ちまったじゃねーか」
「そこは貴様次第じゃよ。ほほほ」
ウルフは短剣を収め、不服そうに下がる。
……ちゃんとこっち認識してたな。
「ウルフ。【飢餓の爪傭兵団】は?」
「全員居るぜ。しかし、流石にはえぇな。あと二、三日は必要だと踏んでたんだがよ」
色々と聞きたい事はあるが……ウルフはすぐに背を向けて奥の方へ歩いていった。
「……ねぇおじいちゃん。毎日ああなの?」
「うん? そうさな、ここしばらくずっとこうだよ。賑やかになっていいのぅ」
安楽椅子が浮かぶ──よく見ると、小さな星屑が安楽椅子を持ち上げている。
"カーウィン・ガルニクス"は椅子に座ったままくるりと方向転換し、星河の道を進む。
「折角だ。このピッドを案内しよう。色々と、聞きたい事もあるだろう?」
……着いていくしかないか。敵意こそないが、どうにも胡散臭いんだよなぁ。
──◇──
「ここの原住民は"コズミーダスト"という……そうだの、バロウズの"ブレイクソウル"族と近しいものだ」
宇宙故の暗さに星明かりが合わさって、都心の夜景みたいな感じだ。
あちらこちらで動いているのは、なんというか人型の宇宙。モヤがかかってやや実体が掴めない、原住民"コズミーダスト"。
「私も含めて、彼らはこの不思議な階層に魅了されてしまったのだよ。……そうさな、どこから話すべきか……」
「"コズミーダスト"と貴方が同じ存在だったのですか?」
「うむ……そうだの。とりあえずはそこから。
私達はそもそも、フューチャー階層にあった古代文明の生き残りなのだ。とはいえ故郷は棄てた身なのだが。
先の大戦では我らが"MotherSystem:END"が迷惑をかけたね」
……古代文明。【Blueearth】の背景設定において、機械を使ってかつて世界を支配し……自然と崩壊した文明。
フューチャー階層の原住民"スクリムナ"が殆ど人間と同じ背格好であったことから、古代文明人はアドレ人と同様にほぼ人間の姿であったと考察されている。そりゃ"カーウィン・ガルニクス"も人間の姿にはなるか。
「私達はこの不思議な階層を研究するために送られた調査団だった。だが、ここの性質を理解すると同時に故郷を捨て、通信を絶った」
「性質……?」
「このピッド、最初はここまで星は無かった。ここまで明るくは無かったのだ。
先の龍と狼を視たであろう? アレは"星辰獣"と呼ばれる存在だ」
宇宙を見上げれは、満面の星空。……あの時に見た半透明の龍のように、半透明の熊やら巨大なカマキリやらが飛んでいたり消えたりしている。
「"星辰獣"は、このピッドに辿り着いた者が星と星を繋げて見出してしまった魔物だ。
このピッドでは、観則し見出した物に命が吹き込まれてしまうのだ」
──セリアン。ブックカバー。スペード。クローバー。やりかねん奴はそれなりにいる!
と、急いで振り向くと……アイコが俺の目に手を被せた。
「ライズ。ここから絶対に空見ちゃダメよ」
……一番やらかしそうなの、俺かぁ。
「ほほほ、心配なさるな。今は違う。
……故郷との通信を絶ったのは、当然己が為であった。
このピッドであらば何でもできる。無限の資源、無限の兵力。故郷に捧げる最高の土産であったのに、我ら調査団が私利私欲に目が眩むのは、そう時間がかからなかった。
当然、代償はあったのだ。それが"コズミーダスト"よ」
「ピッド階層を存続させるため、人間を飼っているというのか? ……階層が」
ジョージの言うことには……要するに共生共存ではなく、支配利用の上下関係か。階層と人間の。
つまり、観則し願い"星辰獣"を生み出し続けるという装置にするため、人間がやがて"コズミーダスト"へと変容してしまう。それがこのピッド階層の性質……。
「とはいえ、終わった話なのだよ。
私を見なさい。ただの人間だろう?」
「大丈夫だってよ。もう手離してくれカズハ」
「一応もうちょっとだけね?」
「全然信じてくれないじゃんお前ら」
……"カーウィン・ガルニクス"が人間であると同時に、問題なのはレイドボスでもあるという事だ。
「調査団は最初に、この素晴らしいピッド階層を独り占めすべく争い始めた。無数の"星辰獣"を生み出し、お互いに潰し合った。
……結果、半数以上が消えたあたりで肉体の"コズミーダスト"化が始まった。
欲深い存在はピッド階層にとって有益で、しかしその母数を削り合われては困るからだろう。闘争は無くなった。
私は、唯一"星辰獣"を紡がなかった。故に私だけが人間の姿のまま取り残されたのだ」
「ふむ。しかし貴殿は先程、龍を使役した。それはやはりレイドボスである事と関係が……?」
ブックカバーとイツァムナ、ジョージの3人が興味深そうに前に出る。研究畑の連中だなぁ。
だが知的探究心のある人が好きなのか、"カーウィン・ガルニクス"も好意的だ。
「うむうむ。私は同時、まだ故郷に帰る事を願っていたからね。ピッド階層から調査団全員で帰るために、まず"コズミーダスト"化を解除してもらわなくてはならない。故に紡いだのだ。最も大きな星座を」
星河の道は──果てしなく、果てしなく先へと続いている。
もしかして、ここは──
「このピッド階層の攻略階層は、私が紡いだ"星辰獣"の背だ。
紡ぐ星の数は30万。ピッド階層最大の"星辰獣"──"オメガ"。
これを紡いだ時、私は不老の存在となり……"コズミーダスト"を束ねる存在、つまりピッド階層の意思と成り代わってしまった。
ピッド階層から抜け出すためにかけた労力は全て無駄だった。"コズミーダスト"となるか、ピッド階層そのものになるかの二択であったのよ」
なんとも詰んでいる話だ。
このピッド階層は、人間を取り込んで発展する。
だがその人間が強大になってピッド階層を脅かすというのなら、その人間をピッド階層そのものにしてしまうという事か。性格悪いなぁ。
「このピッド階層では、私の"オメガ"の背を進み龍頭まで辿り着けばいい。攻略条件もそれほど厳しくない一本道だ。
……だが、厄介な事に周囲の"星辰獣"が強くてな。対抗策はあるが、例によって厄介なものだ」
"カーウィン・ガルニクス"の手のひらの上に、小さなひよこの"星辰獣"が現れる。
ひよこはそのまま飛んで……メアリーの頭の上に乗った。
「要するに、私が認めた者は"星辰獣"を紡ぐ事ができる。そうでないものには紡げない。
"星辰獣"を紡ぐ事こそ、このピッド階層の攻略手段だ。だがこれには大きな、大きすぎる問題がある。
──私と同じ事だ。"星辰獣"を紡ぐ者は、このピッド階層から出られなくなるのだよ」
「ちょ、ちょっと降りなさい!」
「ははは。まだ紡いでおらんからノーカンだよ。一度でも紡げば終わりだがね」
なんともゆったりとした口調でとんでもない事を言う"カーウィン・ガルニクス"。
初見殺しが過ぎる。……だが、そうなると……。
「もしかしてウルフが?」
「そう。トップランカーを名乗る彼らの内、ウルフはすぐ様に"星辰獣"を紡いだ。その結果彼らはピッド階層を攻略するが……満たさなかったウルフは、ピッド階層を出られなかった。
故にウルフ独りを残して彼らは次なる階層へと旅立った。まぁ結局、【飢餓の爪傭兵団】全員が戻ってきたのだが」
「……それで毎日襲ってくるって事は、そこ"星辰獣"から解放される手段って……」
「ああ。私の討伐だよ。
……君達はどうするのか、楽しみにしているよ」
"カーウィン・ガルニクス"は笑顔のまま、案内を終えて星河……"星辰獣オメガ"の中へと沈んでいった。
星のひよこを残して。
「……どうする、メアリー」
「どうするもこうするも、とりあえず……【飢餓の爪傭兵団】と合流しないとね」
色々と情報は手に入った。何より大きな収穫は、ここのレイドボス"カーウィン・ガルニクス"が話が通じる相手であるという事か。
……"星辰獣"の初見殺しを説明してくれたあたり、本当に優しいんだと思う。
──◇──
──"オメガ"尾先
星見の広場
「……来ましたね、【夜明けの月】」
【飢餓の爪傭兵団】本隊、総勢60名。
【井戸端報道】から配布されたドローンカメラが飛び回る。先に【飢餓の爪傭兵団】の方で調整してくれたらしいわね。
「待たせたわね。全員いるかしら?」
「おう。……マスコミ! 大丈夫か?」
『はァイ! こちら録画の準備はバッチリです!』
ドローンからタルタルナンバンの声。
……既に準備は万全。生放送ではないけれど、油断ならない相手だから気を引き締めないとね。
ウルフは先頭に立ち、あたしを睨む。応じて、【夜明けの月】のリーダーとしてあたしも一人で先頭に立つ。
「じゃあ始めるぜ。
第1回"【Blueearth】争奪戦"、【飢餓の爪傭兵団】vs【夜明けの月】のルール制定会議だ」
──遂に辿り着いた、トップランカー。
その最初の戦いが、始まる──




