421.氷の城の門は閉ざされた
【第167階層デザート:冷熱流砂の第七幕】
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七つ進むは冷熱の濁流。
地獄の悪魔も泣いて沈む砂原の沼。
沈む事なかれ。
底はなし。
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164階層のような広大な流砂……だが。
最早砂原とは呼べない、氷と炎が入り乱れる地獄となっている。
とはいえ移動システムは変わらず、流砂の上を滑るしかない訳だが。
「……ライズ。ちょっといいかしら」
見張り中、下から声を掛けるは偉大なるベル社長。サティスもいるな。
……ベルとは長い付き合いだ。【三日月】解散後、アドレに戻ってから丸一年、住居と鍛治施設を借りた仲だ。
凄腕の商人とはこの世で一番油断してはならない相手なのだが、ベル相手にはどうにも警戒が緩む。……まぁ"商人殺しのパンドラボックス"としての資産も失った今、金銭的に俺には興味無いだろうが。
「いいぞ。なんの取引だ?」
「いやなに、ウルフの事でも話しておこうと思ってね。どうせ実際に戦うのは【夜明けの月】本隊だろう?」
サティスが──さりげなく、俺とベルの間に立つ。
言わんとする事もわかる。
結局のところ、"【Blueearth】争奪戦"はトップランカーと【夜明けの月】との戦いだ。ベルたち連合軍は基本的に参加できない。あくまで攻略補助だからな。
とはいえ、今更ウルフの事を語られてもな。俺とサティスは黎明期にほぼ同時期を走っていたわけで。
【需傭協会】の騒動が60階層で終わり、【三日月】が70階層で解散した。その10階層分だけだが、【飢餓の爪】が【飢餓の爪傭兵団】となった間も見ている。
とはいえ、本人達が語りたいというのだ。ここは黙って耳を傾ける。
「ウルフは、どう見てもガキだったわ。我儘放題で好き勝手してた。【Blueearth】で理性のタガが外れてたのかもね。アンタみたいにね」
「秘められていた思想が強まったのか、或いは元からそういう男だったのか。ともかくウルフは、"自分と他人の線引きが強すぎる"男なんだ」
今さりげなく貶された気がする。
「線引き……?」
「倫理観の欠如だね。要するに、自分に利益があるのなら何でもしてしまうんだよ。
それによってどれだけ他人に迷惑が起きようと、他人は自分ではないから実行できてしまう。
被害を理解できない子供ではないんだ。他人のために行動する事が出来ないだけで」
「ガキ……よりも、タチが悪いな」
「そうよ。私が見捨てたのもそれが原因なんだから」
黎明期……外側から見る分には、まぁ問題児ではあったがそこまで困る事にはなってなかった。
【飢餓の爪】より厄介な事をやらかすイリーガル共がいたからなぁ。
「だとして、【飢餓の爪傭兵団】ほどの巨大な組織を運営できるもんじゃないだろ」
「今の【飢餓の爪傭兵団】の仕組みは、ベルが考えたんだよ。本当はもうちょっと横暴だったんだけれど」
「各階層の民間クエストの独占とかとんでもないわよね。思いついたけれど、それだけよ」
【飢餓の爪傭兵団】は傘下ギルドを使って、各拠点階層の民間クエストを斡旋する事業を行っている。
これ自体はそこまで悪くないというか、難易度が様々な民間クエストを一度【飢餓の爪傭兵団】で受注してから自他ギルドに分配するというのはクエスト成功率に大きく貢献している。
……傘下ギルドの把握している範囲しか民間クエストが進められなくなるので、階層の研究が進めにくくなる事。そして【飢餓の爪傭兵団】に逆らうとレベル上げが著しく困難になるという事がネックだが。
「ドーランの【鶴亀連合】もそう。私が思いついてしまったから、不幸になる人がいた」
「実行したのはウルフ。そして止められなかったのは僕だ。ベルは何も悪く無い」
「別に悪いとは思ってないわ。ただ、面倒な子犬を野放しにしちゃったからね」
……個人的には。
ウルフとはこれまであちこちで出会ってきたが……【夜明けの月】で攻略を再開してからは、ベルは勿論サティスも居ないウルフとしか会ってないが。
……ちゃんと一人でやれていると思うんだけれどなぁ。
「……もし【飢餓の爪傭兵団】を倒したら、俺たちのプラン上……【飢餓の爪傭兵団】には一時的に攻略を中止してもらう。
ぶっちゃけ二人とも、ウルフに追い付けば【夜明けの月】に手を貸す理由なんて無くなるだろ。そのまま置いて行ってもいいぞ」
「馬鹿言いなさい。最後まで行った方が新世界で有利になるでしょ。私はアンタ達に恩から何から何まで売りつけて新世界の神になるのよ」
「思ったより壮大な野望だった。まぁ着いていくけど」
半分くらいは冗談なんだろう。
俺もそうだったが……アドレ時代、こんなに楽しそうにするベルなんて見た事ない。
俺で考えれば、ハヤテやツバキと居る時のようなもんだ。……ドーランでサティスを拾えてよかったなぁ。
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【第168階層デザート:熱幻天衝の第八幕】
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八つ進むは逆巻く螺旋。
砂嵐は天を穿ち、炎と氷を降らせる。
目を逸らす事なかれ。
過去はなし。
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「竜巻ね」
「竜巻だな」
竜巻であった。
……上昇気流らしく、これに乗って進むらしいんだが……とても安全には見えない。氷と岩と、魔物がちらほら見え隠れしながら空に巻き上がっている。
こちらには嵐にも負けない強靭な"ぷてら弐号"がいるので、竜巻に沿って飛行しながら進む。竜巻からサメとか飛んでくるが、まぁなんとかなる範囲だな。
「……そういえば、"アル=フワラフ=ビルニ"はどこだよ」
「消去法的に169階層よね。本当に大丈夫なのかしら」
「何かしらの事情があるんだろ。約束を破るような人じゃない……と、いいんだが」
「結局あたし達は"アル=フワラフ=ビルニ"と会ってないからねぇ」
"拠点防衛戦"でゴタゴタしたが、メアリーはスペードと直接対峙していたし俺は城下町から出てなかったし。
まだ会ったことないんだよな、氷の魔女。
スペードを誘き寄せ騙した狡猾な魔女で、【Blueearth】やデザート階層を愛する優しい女王……だといいが。
──◇──
【第169階層デザート:氷晶世界の第九幕】
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九つ巡るは己が咎。
氷に写すは己が罪。
違える事なかれ。
罪無き者に、未来なし。
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『まことに申し訳ございませんでした』
氷の魔女、砂漠に土下座する。
……威厳のある土下座だなぁ。
『寝坊しました』
「そ、そう……。とりあえず出すモン出して貰おうかしら」
『はひぃぃぃごめんなさいごめんなさい』
悪の総帥メアリーによる容赦ない取立。
これにはスペードも苦笑い。
「……僕、これに出し抜かれたのかぁ」
「結構な事じゃねェか。得てして計略家の悪人ってなァ、短絡的な善人に潰されるってのがお約束だろうよ」
『本当にごめんなさい! というか無事だったんですねスペード。よかった』
「良くは無いかな。バグの力全部無くなっちゃったし」
『それはいいじゃないですか。面倒から解放されて』
「……僕の存在そのものを面倒扱いするんじゃないよ」
苦笑するスペードだが、本人としても正直重荷だったんだろうな。割と鋭い所を突かれて困ってる。
"アル=フワラフ=ビルニ"は立ち上がり──やたら身長が高い。魔物扱いだからか?──砂漠の先、氷の城を指差す。
『あれが我がデザート階層の隔離階層【氷砂世海旅行記】です。他の空間作用スキルと同様に扱えますよ。
こちらは呼び出しアイテムの"永年氷柱"です。試しにやっちゃいますか?』
やっちゃうか、と"アル=フワラフ=ビルニ"が次に指差すは氷の巨人。
……ここのフロアボスにして、"アル=フワラフ=ビルニ"の眷属なんだが。そんな堂々と壊そうとしていいのか?
『やっちゃいましょうスペード!』
「えぇ……僕?」
『貴方の分しかカスタム出来ていませんからね。ほらほら!』
やたらテンション高く氷をスペードに押し付ける"アル=フワラフ=ビルニ"。変に押しが強いところも、スペードとある意味相性が良さそうだな。
──◇──
──【スキャン情報】──
《氷砂の咎人 シン・ベレヤ・アネクメネ》
LV160
弱点:
耐性:斬/打/突/風
無効:地
吸収:氷/火
text:
氷砂世界から逃げ出す者を許さない魔女によって創り出された、氷漬けの元人間。
ダメージを負うごとに氷が砕け本体が露出する。完全に砕くと霊体となり、砕けた氷の欠片に憑依して周囲の砂を巻き込み復活する。
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「……よーし、じゃあやるかぁ」
空間作用スキルの試し撃ちと言えば聞こえはいいけれど、フロアボス相手に一人は荷が重いよ。
とはいえ単純な火力勝負ならクローバーがギミック無視してボコボコにできるし、ピンチになってもメアリーの【チェンジ】もあるからね。安心して遊ぶとしよう。
「やるよ"アル=フワラフ=ビルニ"──【氷砂世海旅行記】!」
氷砂世界が一転、氷の城へと変貌を遂げる。
煌びやかな氷の広間は──更に変貌し、氷砂が流れ込む。
『ver.2、です!』
「それは派手すぎないかな?」
隔離階層が攻略階層と完全に同化する──空間作用スキルver.2。
"アル=フワラフ=ビルニ"は張り切っているけれど、それじゃ他の階層での練習にはならないよね?
「まぁ、頑張ってみますか──【ライアーゲーム】発動!」
『ver.2、です!』
「え、ちょっと!?」
"アル=フワラフ=ビルニ"が勝手に宣言する。
……確かにここはデザート階層で、そのデザート階層のレイドボスである"アル=フワラフ=ビルニ"の協力があれば出来るけれど……。
……そういえばさっき、カスタムどうのって……。
『こちら、私からの恩返しになります。お好きにどうぞ』
──肉体と精神が剥離する。
氷の水晶が骨格となって、僕の肉体を肥大化させる。
抑えるように、緑の蔦が水晶を縛って──
「……スペード。それって──」
「……とんでもない餞別だね。どうやったんだい?」
──"スプレマシー・スペード"。水晶髑髏の怪異。
バグで無理矢理繋ぎ止めた姿に、また成れるとはね。
「……動作確認は、確かに大切だ。【ダイヤプリズン】!」
水晶髑髏が動き出す。
氷の巨人を水晶の檻が閉ざし──指を鳴らす代わりに、パキンと水晶が割れる音。
瞬間、水晶の檻は獣の牙へと見間違える。
「【ライアーゲーム】の動作には問題無さそうだ! ではどんどん試してみようか!」
【フェイカー】ジョブ強化スキル【ライアーゲーム】。
見間違いと勘違い。オブジェクトを別のオブジェクトにすり替えるスキル。
そのver.2は──あの"拠点防衛戦"で"灰の槌"と"黒の檻"を利用して作ったもので固定化された。それがこの姿だとして──
「──これがver.2だ。【ミスリーディング】!」
自分の位置を数瞬前に巻き戻すスキルを騙す。僕の位置を巨人の背後へ。
──短剣の攻撃スキル【シャークバイツ】を騙す。巨人すら食い千切る悪食の牙を呼び出す。
──【フェイカー】使用可能スキルを騙す。【サテライトキャノン】とか降らせちゃう。
──マニュアルでコマンドを入力すれば、何でも書き換えられる。それが【ライアーゲーム】ver.2!
フロアボスであるはずの巨人が、あっという間に倒壊する。
……このスキル、いやそりゃ強いんだけれど……書き換えってまさか。
「……僕に【Blueearth】を弄る力を与えていいの?」
『はてさて? 全くもって何の事だか魔女わかんなーい、です!』
カスタムってつまりそういう事か。
……流石魔女と呼ばれるだけはある。悪い子だねぇ。
『今後貴方がどう動くのか、【Blueearth】がどう変わるのかはわかりません。
ですがどうか、後悔無きよう。何かの間違いでまたver.2を使うようであれば、私は手を貸しますよ』
「……そうならない事を願いたいね」
強力な後ろ盾を得て。少しはこのデザート階層での騒動も利益に繋がったかな……?
……と、思っていたけれど。
ver.2の負荷が強すぎて、とても身動きが取れなくなってしまうのでした。
「……調整が甘いなぁ、"アル=フワラフ=ビルニ"……!」
『あはは。専門分野外なので』
得てして計略家の悪人は、短絡的な善人に潰されるのがお約束、か。
……結構な事だなぁ!




