418.旅立ち:熱砂と氷柱の砂界
【第161階層デザート:氷晶砂界の第一幕】
「さようならお客さん。しかしデザート階層は過酷な大地。またいつでもどうぞ」
ブルードの出入り口を見張る案内番が手を振って見送ってくれた。
……このデザート階層は、原住民でさえ気軽に出歩かない。過酷な大地なのは間違いないな。
「よし。早速やっていくか。メアリー、ブックカバー。頼むぞ」
「よかろう」
「ねぇ、本当にこれでいいの?」
今回の肝は魔法使い組。
──不安そうなのは仕方ない。それが正しい。
全然動じていないブックカバーがおかしい。
さて。"セカンド階層"での宝珠関連の問題が解決し、この160階層からは"サード階層"と呼ばれている訳だが。
"セカンド階層"最初のヘヴン階層のように、このデザート階層も相当な難所となっているようだ。
砂漠の暑さと氷の冷たさが共存するデザート階層には、熱と冷気でそれぞれデバフがかかる。
対抗策としてアイテムとかでバフをかける事は出来るんだが……熱気対策に冷気バフをかけると氷の近くで凍結するし、逆もまた然り。
と、いうわけで。
「メアリー暑い!」
「はいはい! 【フリジングダスト】!」
砂漠の熱には氷の雨を。
そう、アイテムで調整せずに範囲魔法で無理矢理温度を変えようという話である。
現在移動要塞"ベラシート"を"まりも壱号"に轢かせて移動中。通行ルートの氷の数によってメアリーとブックカバーの魔法を使い分け、俺達全員のスリップダメージを軽減させている。
「こんなやり方でいいのかしら」
「トップランカーお墨付きだぞ」
「……案外……トップランカーも場当たりな所が……ある」
「ぶっちゃけアドリブしまくりだったよなァ。その情報が最適解かどうかはわからねェが、最終的にそれがマシだったんだろォよ」
バーナードとクローバー、後ろでスペードも頷いている。トップランカー組の含蓄のあるお言葉だ。
「……あれ? そういえばトップランカーはギルド連合にはなってないのよね。じゃあこれ、フレンドリーファイアの適応外になるんじゃ……」
「味方同士ボコボコにし合ってたらしいぞ」
「……アホか……あいつらは……」
「流石にウケるな。相変わらず馬鹿やってんなァ」
なんとも酷い攻略だ。これは【井戸端報道】に情報規制してもらわないとならないのも納得だなぁ。
──◇──
──side:ジョージ(運転班)
「……情報によると、砂漠を踏破するのはかなり困難なはずなのですがー」
ミカン君も一周回って呆れ顔だ。
……それもそのはず。現在砂漠を爆走する"まりも壱号"は、何の障害も無くいつもの速度で走っている。
"まりも壱号"……樹木球体"フォレストテンタクル"。外径の樹木は鎧であり、内部の本体は外気温の影響を受けにくい。かつては吹雪の中など生物上厳しい環境で走れなかったりしたが……俺のレベルと同時に"まりも壱号"も強くなり、今は燃え盛る炎の上とかでもない限りはどこでも走れるようになった。
「"回転して前進する"移動って便利なのです。地上ならどこまでも走れますし。要するにタイヤなのです」
「水上では水車にもなるし、本当に便利よねぇ。偉いわねぇまりもちゃん」
思えば長い付き合いだ。最初は【ライダー】の【調教】練習だったんだよね。
あの頃は……まぁ、結構頑張っていたよ。無理矢理【Blueearth】に押し入って、天知調の温情に預かって。
【夜明けの月】に……主にメアリー君を利用してでも、瞳を探そうとしていた。
すごく今更だけれど、今度謝っておこうかな。
「161階層はそのまま直進だそうだ。長旅になる。運転役は日差しの影響をモロに受けるからね……。無理のない範囲で交代していこう」
「だったら代わるのです。162階層に着いたらジョージはレベル上げなのですよ? ツバキちゃんやっちゃって下さい」
「はぁい。ほら冷たいアイス食べにいくわよパパ」
「うぁぁ持ち上げないで」
なんというか、最近みんなからの扱いが雑になっている気がするなぁ!
──◇──
【第162階層デザート:焦熱蜃気の第二幕】
──────
二つ進むは蜃気楼。
恐怖は写し現れる。
退路はなし。
恐るるなかれ。
──────
「あっっっっつ!!!」
【Blueearth】では体感気温も相当緩和されているが、キツいもんはキツい。
なにより蒸し暑い。この階層全土で水蒸気が立ち込めている。
こちとらこの【Blueearth】で3年間やってきてるんだ。暑いもんは暑い。
……そういえば汗をかかないんだったな。現実だったら大層生き苦しかったんだろうなぁ。
「hum.ここでレベル上げをするのかい? 随分と暑苦しいが」
「そんなんデザート階層ではどこでもそうだ。
……この階層には魔物がいっぱい出るらしいから、ここで一気に稼ぎたいんだよなぁ」
「oh.魔物……」
見上げれば。
……蒸気の巨人。
──【スキャン情報】──
《ルフツ=ピ=ゲイル》
LV157
弱点:風
耐性:斬/打/突
無効:
吸収:火/氷
text:
熱と冷気を操り、水蒸気で姿を変える砂漠の番人。
現象系の魔物で、倒す事で霧散するも即座に復活する。
周囲の氷の柱の数でステータスが変動し、氷が一つも無いと著しく弱体化する。
────────────
「……hey.ライズ。もしかして……」
「その通り。情報が正しいならこいつは無限湧きだ」
湯気で見にくいが、この162階層はそこらじゅうに氷の柱がある。この蜃気楼の魔物を倒すだけでも大変だろう。
正攻法は氷の破壊だが……情報を聞く限り、ここが1番の狙い目だ。
この魔物はほぼ無敵で、しかも無限に出てくる。一体だけでも苦戦必至な強さなのに、この162階層の攻略条件はこの"ルフツ=ピ=ゲイル"の撃破数が関わってくる。
その理由は……多分、チュートリアルだ。
「リンリン、ブックカバー! まずは実験だ!」
「は、はい!」
「うむ。離れてはならんのだな?」
リンリンと共に蜃気楼の怪物と対峙。ブックカバーもそれほど遠くにはいない。
"サード階層"最初の難関。それはつまり、レベル上限以外にも本来必須であるものを利用しろという事で──
「行くぜ──空間作用スキル【曙光海棠花幷】──発動!」
──砂漠は庭園へと変わる。
隔離階層が162階層に着地し、"ルフツ=ピ=ゲイル"と俺とリンリンとブックカバーだけになる。
──当然、氷の柱は存在しない。
「ブックカバー、火と氷!」
「詠唱済である。【アイシクルエッジ】【フレイムピラー】!」
氷の刃と炎の柱。
本来なら吸収耐性だが……通用している。とはいえ半減はされていそうだな。
"ルフツ=ピ=ゲイル"は拳を振り下ろすが──リンリンがすかさず受ける。
「……かなり弱い、です」
「氷の柱が無いものとしてカウントされて、耐性とステータスが弱体化されてるのは間違いないな。
やっぱり……ここからの攻略に空間作用スキルは必須だったのか!」
昔、まだサブジョブが見つかってなかった頃は極端に攻略が難しかった。
それでも洗練された最前線のメンバーが手を取り合っていた事で、攻略ができてしまった。
結束すればある程度の困難は解決できてしまい、そうなるとそこまでの階層に関する研究が疎かになる。苦戦するのは当然なもの。救済措置があるとは思ってもいなかったから。
(今はここがゲームである事をみんな理解しているから考え方も変わってくるだろうが、当時からすればむしろ都合の良い救済措置とかあるわけがないと思ってたんだよな)
その時と同じ事だ。本来ここで使えるはずのものが使えなかったから、こんなに難易度が高いんだ。
── "ルフツ=ピ=ゲイル"撃破。吸収耐性の火属性氷属性は半減まで緩和されて、半減の物理攻撃は弱点まで緩和されていた。今の【夜明けの月】なら2.3人で組めば確実に倒せるな。
だが空間作用スキルはかなり燃費が悪い。3〜5割のMPを持ってかれるからな。
「よし、全員3人でチームを組んで空間作用スキルで隔離して叩け! これカモだぞ!」
「っしゃあ! ぶちかますぜ【黒き摩天の終焉】!」
「1人で行くなよマックス! エンブラエル、ジョージ!」
「お任せー。マックスさん、お邪魔しますよっと」
爆速で飛び出し空間作用スキルを発動するマックスに対して、【夜明けの月】連合最速のエンブラエルとスペードが滑り込む。見事な対応だ。
攻略手段が確立されりゃ経験値の美味しいカモだ。ここでじゃんじゃん稼ぐとしよう。
「っし、俺達も行くかァスペード。【蒼穹の未来機関】!」
「あたし達も行くわよゴースト。【森羅永栄挽歌】!」
空間作用スキルを次々と発動していく。いやぁ乱世。
こうバシバシ使うもんじゃないんだけれどな、普通は。MP回復薬が山ほどあるからこそだ。
「……しかし、氷の城はどこにあるんだ。コレ持ってりゃ会えるって話だったが」
"クイーンアント"からのクエスト報酬"ちいさなせかい"……曰く、レイドボス"アル=フワラフ=ビルニ"の居る隔離階層【氷砂世海旅行記】への通行券らしいが。
早い所会っておきたいんだが、どこで会えるとは言ってなかったな。
……まぁ、向こうがうまいこと調整してくれてるだろ。俺もレベル上げに行くか。
──◇──
隔離階層【氷砂世海旅行記】
氷の城、その玉座には──褐色の女王"アル=フワラフ=ビルニ"が鎮座する。
このデザート階層を生み出した魔女。全ての湿潤を占領する横暴で孤独な女王。
本来、彼女とこの氷の城に接触するには……二つの手段があった。
一つは【夜明けの月】が受け取った"ちいさなせかい"を使用してデザート階層に呼び出して乗り込む方法。
そしてもう一つは、ランダムでデザート階層に出現したタイミングで乗り込む事である。
なのだが。
"アル=フワラフ=ビルニ"は、意図的にランダム出現率を操作していたのだ。
本来ならばトップランカーが乗り込めてもおかしくなかったのだが、意図的に接触を回避したのだ。
本来であればこの【氷砂世海旅行記】は、過酷なデザート階層攻略における休憩地点としても役立つはずだったのだが。
そこまでして冒険者との接触を絶ったのは何故か。
人間が嫌いだから?
否。"アル=フワラフ=ビルニ"は比較的穏和で、人間に対しても好意的である。
【Blueearth】の進行を阻止するため?
否。既に"アル=フワラフ=ビルニ"は諦めている。そも天知調を恐れての先の騒動である。
ならば。
彼女が、外界との交流を絶っていた理由は──
「……すやぁ」
──極度の面倒臭がりの引きこもりだからである。
隔離階層【氷砂世海旅行記】、デザート階層最奥169階層にて着地。
"ちいさなせかい"呼び出し無視回数──14回。
氷の魔女、未だ夢の中──。




