416.情報は貪るように
【第120階層 連綿舞台ミザン】
シアター3(演習用貸切)
客席不在。
舞台に、豪華なテーブルと椅子の大道具──"最後の晩餐"みたいね。
「……なンで、ここなんだよ。なんつーか盛り上がらねぇ」
【飢餓の爪傭兵団】総頭目ウルフ。補佐に、情報班総司令ブラウザを控えて椅子に座る。……テーブルに脚を乗せたりは、しない。モチーフ分かってるとちょっと躊躇うわよね。
「こちらも聞き及んでいるよ。159階層のフロアボス早期撃破。及びデザート階層の"拠点防衛戦"攻略。派手にやっているようで何よりだよライズさん」
【真紅道】団長グレン、側には相棒の魔物使いフレイム。
「……それで、わざわざ呼び出したのはなんでかな。ボク達忙しいんだよねー」
「ハヤテは毎日毎日【夜明けの月】の動向を【井戸端報道】に聞くほどに暇でしたね。はたらけ」
【ダーククラウド】ギルドマスターハヤテ、そして側近のシーナ。こいつだけ威厳ないわね。
「……よし、これで全員ね」
あたしと、側にはライズ。後は……。
「……で、では! 【井戸端報道】主催、トップランカーと【夜明けの月】合同の情報交換会を始めますゥ!」
巻き込まれた【井戸端報道】局長タルタルナンバン。ごめんね。
──レベル上げの時間を削ってまでこんな事をするのには、深い理由がある。
ともかく情報は大切。これまでの攻略が上手く行っていたのは情報を集めていたからで──今いる160階層は、当時トップランカーだったクローバーやバーナードの最終到達地点。
つまり、ここから先の攻略情報は持ってないのよね。
「まずは攻略状況の擦り合わせです。【夜明けの月】は2日前【第160階層 氷砂先陣ブルード】へと到達。そしてトップランカーは──昨日、【第180階層 祝福合奏ゴスペル】へと到達しました」
「いやぁレベルが上がるって素晴らしいね。なかなかに快適な攻略だったよ」
「マジな話、攻略に苦戦したり停滞したりで一年以上経つもんだからよ。上手く行きすぎて不安になってる奴もいたよなぁ?」
「抜け駆けしようとする奴も居ないからね……。本当に大人しいよね【飢餓の爪傭兵団】とか。なんかこういう時、真っ先に出し抜こうとしそうなもんだけど?」
「カカッ、違ぇ無ぇ」
……トップランカー同士は、存外仲がいいのよね。
とはいえそれは協力関係を結んでいるからで、10人規模の【ダーククラウド】と30人規模の【真紅道】にとってはその恩恵が大きい。
でも【飢餓の爪傭兵団】は──増員含めて、本体の人数は60人。確かにわざわざ協力なんてしなくてもよさそうだけれど。
「──だが、目的があるんでな。
本題に入ろうや。【飢餓の爪傭兵団】は──トップランカー最初の壁として、【第170階層 竜星大河ピッド】でテメェ等を待つ」
──駆け引き無し。問答無用の一直線。
餓狼ウルフによる先制攻撃に、空気が張り詰める。
「──ウルフ。聞いてない」
「あん?今日はソレを決めに来たんじゃねぇのか?」
「むしろ言ってくれるのは助かるがな。誰が相手になるかピッドに着くまで分からないもんだと思ってた」
「あっ、ライズ」
トップランカーとはなんだかんだ長い付き合いで。
こういう会議もそれなりにやってきた。
だからライズもつい口をついて出てしまったし、あたしも声を出してそれを止めてしまった。
ウルフの口の端が歪む。嗤うように、牙を剥く。
「そうかそうか。じゃあ、その分の報酬を貰おうかぁ?」
──ウルフは、既に獲物を狙っていた。
──◇──
やべぇ。口が滑った。
ウルフは多分狙っては無かった。ただ、僅かにでも自分に利益があるなら貪欲に掠め取ろうって話だ。
みみっちい、とは言えないが……ちゃんと取引をしに来てんな。これ隙を見せたら身ぐるみ剥がされるな……!
トップランカーの順番なんてもんは、ウルフの言う通りこの会議あたりで決定するものだが……全然本命じゃない。【井戸端報道】が広報するにあたり、タルタルナンバンから聞くようなもんだ。
それを取引材料にされた。価値のないものを買わされた。情報は物ではない──クーリングオフは無い。
しかも【飢餓の爪傭兵団】にとっては先出しが得だ。なんせ連中は人数を売りにした傭兵組織。【夜明けの月】を倒して吸収すれば、そのまま残るトップランカーを倒しに行ける。最速で動くのは当然だ。
【飢餓の爪傭兵団】が抜けたトップランカーの階層攻略は大きく減速する。そこもまた、後ろから追い付く立場であることを考えればメリットだ。
そして、他のトップランカーも──今更異を唱える事は叶わない。最初に言ったならば、もうそういうものだ。
メアリーが叱咤半分、謝罪半分で見てくる。そうだな。俺たち2人とも、少しこいつらを甘く見ていた。
こんな状況だとデザート階層の攻略情報を得るどころじゃないな。
「……そうだな。せっかく教えてくれたんだ。こっちからも提案といこう。
トップランカーとの"【Blueearth】争奪戦"、これに関しては【朝露連合】と【マッドハット】による中立バックアップを約束しよう。あくまで争奪戦だけだが、可能な限り中立の立場で手伝ってもらう」
「……おお、そうかいそうかい。そりゃあいいねぇ」
嗤っている。だが……不服そうだ。
そりゃそうだな。この条件は、わざわざ言わなくてもそうするものだったからな。要するに無価値には無価値を。言うまでもない事には言うまでもない事で相殺だ。
……あぶねぇー……。俺は結構、場当たり的に喋ってから後で辻褄合わせる方が得意なんだよ。リアルタイム口喧嘩はメアリーに任せるか。
「……では、次に。情報交換についてですが──」
「わざわざ呼び出したあたり、欲しいんだろう? デザート階層の攻略情報。しかも早急に。
それに相当するネタ、持ってきたのかな? ライズ」
今度は兄貴が割り込む。
……今度は攻略情報の価値を引き上げようってことか。
ウルフが切り込んだ事で、今回の会議がどういうものか兄貴もグレンも理解したようだ。一筋縄ではいかなさそうだ……。
「いや、この際攻略情報の方はどうでもいいのよ」
そうなの?
平然とした表情をキープしている俺だが、え、そうなのメアリー?
いや流石に何かの作戦か。うん。そうだよな。
「わざわざここを会議室に選んだのは実演のため。今から【夜明けの月】はトップランカーに、たった一度だけの情報を押し付けるわ。
値段はアンタ達が決めなさい」
席を立つメアリー。慌てて舞台袖から現れた"アクロコットン"達が、大道具を撤収させる。
ウルフ達も立ち上がらせて、なんだなんだと周りを見れば──
「haha.そういう事かい。だったら派手にやるとも!
──【金色舞踏会】──【絡繰傀儡の夜】ver.2!」
──黄金が押し寄せる。
客席から飛び出したセリアンと"ディレクトール"が、シアター3を舞踏会場へと書き換える。
階層と融合した空間作用スキルのver.2──そしてセリアン自身も、白金の陶磁器人形へと姿を変える。
「空間作用スキルにはver.2がある。あたし達【夜明けの月】は、これを使えるわ。詳しく知りたければ、アンタ達が情報を差し出しなさい」
──なんとも悪辣な情報戦だ。
いや、これを手土産に攻略情報を引き出すってのは当初のプランの内にはあったが──あまりにも出し方が強すぎる。なによりこの情報におけるある欠点を解決している。
ハヤテはセリアンを見るや、ひとつ溜息。
「これは、ボク達の負けだね。情報をあげよう。あくまでデザート階層の分だけだよ?」
──◇──
──数分後。
「──おい、結局【夜明けの月】は"ver.2"使えねぇんじゃねぇか!」
「レイドボスの協力が必要という事だからね。まんまと出し抜かれたわけだがどう思う? ハヤテ」
「んぐぐ……まぁ、いいじゃん。こっちとしても【夜明けの月】には追いついて貰わなくちゃいけないんだし?」
「……チッ。ふっかけたのは俺だからなぁ……嘘を売られるとは思って無かったがよ。やっぱやるな、あのガキ」
「あながち嘘ではないが、アレを真っ当に取引材料にしていたら俺達も直訴したかもね。今回はこっちが先に手を出してしまったから強く言えなかったけど」
「しかし……いい年こいた大人が揃いも揃って18の少女にいいようにやられるのは、ねぇ?」
「うるせー」
──◇──
会議を終えて、デザート階層の攻略情報を集められた訳だが。
「……あ、【夜明けの月】」
ついばったり、【マッドハット】のナズナと出会った。
このミザンで散々やらかしてくれたナズナは、今も【マッドハット】の経理としてバリバリ働いている。セリアンが単独で【夜明けの月】に協力している今、【マッドハット】は攻略を中断し商業に力を入れているわけだ。
「久しぶりだなナズナ。快適か?」
「ええ。【夜明けの月】がセリアンを引き取ってくれてるからね」
「あら、寂しい?」
「ありえないわ。いや本当に平和だからもう少し連れて行って」
「切実だ……」
諸々あったが、今はちゃんと和解している。そんな感じの事ばかりというか、【夜明けの月】は色々巻き込まれてばかりだがそれで確執が生まれたりはしてないんだよなぁ。一々気にしていたらキリがないというのもあるが。
「おおいナズナ。元気であるか?」
「うげっ。シャム……さん。そろそろ出て行っては如何でしょう」
「まぁそう言うな。今旅立ったとしても話題にならんからな」
ぬるりと現れるは【喫茶シャム猫】の店長シャム。
そういえばこの階層で分かれた後は……サカズキのゴタゴタで会って以来だったな。
「あんまり若い子に粘着するなよオッサン」
「むぅ。ナズナは特別である」
「変なのにばかり好かれるのねナズナ」
「本当よ」
……笑ってはいるが、なんというか……そう、今更なんだが。シャムの事については分からない事が多いんだよな。
「そういえばシャムはどうしてセリアンに協力していたんだ? なんというか、最後まで付き合う事はなかっただろ」
「ん? そりゃあそうであろう。芹香は我が妻であるからな」
……え?
「当時は全然忘れておったがな。ははは」
「ちょ、ちょっと待ちなさいシャム! どういう事よ、初耳よ!」
「まぁ離婚しておったのだが! 元気でやっておるか我が妻は」
「ねぇ無視しないでよ! ちょっと!?」
「あとナズナ。お前は我と芹香の子であるぞ。多分」
「多分って何!? え、何が何で何!?」
「複雑な事情があってな。国際警察特派員となったお前は我らの事を覚えてないだろうが、まぁともかく娘だ」
「複雑な事情について教えなさいよ! いややっぱりいい! アンタとセリアンの子供とかバケモンの子じゃないの!」
「パパは深く傷付いた」
「パパ言うな!」
……なんというか。
俺も覚えがあるというか。ハートが親父だと知らされた時のようだ。
「……強く生きろ、ナズナ」
「同情やめて!」
わんわんと騒ぐナズナ。平常運転のシャム。
……ん? だとしたら、記憶も無いのに嫁と娘が心配で手伝ってたのか? ……凄いなシャム。
と。劇場の扉が開く。
「hey.シャム。あまり女の秘密を暴露するのは感心しないネ?」
笑顔。
だが、これまで見た事のない──静かな怒りを背負って、セリアンが頭を出した。
「おいで。何年振りかの喧嘩といこうじゃぁないカ。
あと妻と呼ばないでくれるかな? 離婚したのだからネ」
「うむ。ではもう一度プロポーズできるな」
「はよ来い」
「ウス」
……そのまま扉へと引き摺られるシャム。
バケモンの夫はバケモンか……。
「……ナズナ。親が何であれ、アレであれお前はお前だ」
「……そうね。でも私は今、【マッドハット】を抜けたくなったわ」
「御愁傷様ね。ウチ来る?」
「絶対やだ」
なんというか。今考える事ではないのかもしれないが。
……どうみてもオジサンのシャムと結婚するくらいの年齢なんだな、セリアン。




