415.激戦を終えて:「ただいま」
【天知調の隠れ家】
──全てが終わりました。
長きに渡るバグとの──スペードとの戦いも、これにておしまい。
ゴーストちゃんの働きによって、バグの力は旧"廃棄口"ごと【Blueearth】の外へと排出されました。
とはいえ、そう物理的に処理できるものでもなく。
結局はスペードが抜けた分、バグが何処かで発生してしまうものです。
次に生まれるバグは、果たして私ほどの知能を有しているのか……そこは分かりませんが、ともかく最初は話すら通じないはずです。
そのような懸念材料を残す必要、ありませんよね?
「──定着率45%。順調です」
"LostDate.ラブリ"ちゃんの目の前には──大きな大きな試験管。
この中には、ゴーストちゃんが丸ごと捨てた"廃棄口"が収まっています。
──そう。バグの存在を消さなければ、こちらでコントロールできるのです。
勿論、なんの犠牲も無く……とは行きませんが。
「どうですか、調子は」
『吐くほど気持ち悪いでやんす』
試験管の中には──デューク。
……いえ、違います。これは私の提案ではなくてですね。こいつがやると言い出したのです。私わるくない。
「中断しますか?」
『んやー冗談でして。全然馴染んでいまして』
【Blueearth】で唯一、バグとしてスペードに利用され──肉体のデータを好き放題弄られていたデュークは、新たなるバグの器としては最適。
とはいえ、元は人間。こちらからのサポートが無くてはバグに押しつぶされてしまう。
……つまり、【Blueearth】計画における最大の障害──バグの存在を、手中に収めたという事です。
デュークは命を握られていても平気でやらかす、という点が悩みどころだけど。
『さてさて。しかして全てを手に入れた大天才天知調は、用無しの駒と抜け殻をどうするつもりでして?』
「そうですね──」
もしも私レベルの知能が敵に回ったのならば、絶対悪用されるのが"廃棄口"。故にゴーストちゃん……"無の帳"は、スペードを誘き寄せスペードを仕留めるための存在として造りました。
用無しとは言葉が悪いですが……しかし、真理恵ちゃんと出会って、守ってくれて。私個人としては、その役割以上の活躍を見せてくれたと思っています。
……デュークのやらかしが、今すぐ起きてしまっても困りますし。
「──ええ、勿論。然るべき報酬と、罰を」
──◇──
【第160階層 氷砂先陣ブルード】
冒険者用宿屋"ヒトヅカ"──22:00
……結局、4時間どっぷり161階層でレベル上げに行ったけれど。あたし達の誰1人として、気は休まらなかった。
夜通しという訳にはいかず、物資も相応に消費した。連合からの補給は2日後だから、ある程度消費を抑えないとレベル上げもままならない。
とか、色々と理由をつけて……結局宿に帰ったけれど。
「おかえりみんな。随分遅かったね」
なんでスペードがふんぞり返ってるのかしら。
ってか生きてるじゃないの!
「ジョージ、拘束!」
「既に」
「オワーいつの間にジョージが背後に!?
痛い痛い、何か当たり強くないかなジョージ!?」
言うまでもなかったわ。
……負けたのが気に食わなかったのかしら、ジョージ。
「おいおいスペード。みんなが帰ってきたら呼べっつったろ」
奥から頭を出したのは、クローバー。
そしてその隣に──
「──ゴースト! 無事だったのね」
「answer:yes。……です、が……」
飛びついたあたしを支えつつも──普段通りの無表情ながら──歯切れの悪いゴースト。
……諸々、報告を聞かないとならないわね。
「とりあえず会議室にいきましょう。スペードは拘束したままね」
「ひどい」
やかまし。
──◇──
──会議室
【夜明けの月】連合全員で集まるには少し狭いけれど、こればかりは全員聞かない事には話にならないからね。
「……なるほど。帰還はできたが……スペードもゴーストも、ただの冒険者になったと」
「answer:yes。具体的には、"廃棄口"への接続が出来なくなりました」
「バグも何も使えないんだけど、【フェイカー】はちゃんとしたスキルになったみたいで使えるっぽい」
簀巻にされたスペード。そして、何かに怯えている……というか、不安げなゴースト。
「……特に問題ないわよね、ライズ?」
「そうだな。よく帰ってきてくれたな2人とも」
そう返すライズに、ゴーストもスペードもキョトンとした顔。
……2人とも、気付いてないのかしら。
「……あのね、"廃棄口"もバグも、別に攻略で頻繁に使ってなかったじゃないの。使えなくなったからって戦力が低下する訳でもないわよ」
「"廃棄口"の回避はそれなりに使っていたが、まぁ今後それが必要になる事もないだろ。バグやらレイドボスやらの面倒事は済んだんだからな。
ここからはトップランカー……人間相手だけだ。そんなチートに頼る必要は無いだろ」
ゴーストはともかく、スペードもその辺を不安がっていたのかしら。
ここまで闘ってきた味方ってだけで価値なんていくらでもあるのに。
「……そうだなぁ。あえて言うなら、最後の最後……天知調との交渉に弱くなったか? スペードが居れば色々と得かと思ったが」
「それなんだが、むしろ良かったかもしれないよ。
天知調から見て、バグの化身がこっちにいるなら最後に強行策に出てもおかしくない」
「あー……過ぎたる力だったか。まぁこの辺が妥当ってところか?」
ライズとジョージが大人の話をしているけれど。
そんな事よりも言わなくちゃならない事があるでしょうが。
不安げなゴーストとスペードを並べて、小さく息を吐く。
「……おかえり、2人とも。よくやったわ」
「……よくやったって、むしろ僕はやらかしてない?」
「何を言ってるのよ。アンタが動いたから"クイーンアント"の依頼を1日で解決できたのよ? 見事だったわスペード。褒めてあげる」
見た目だけは小さいスペードの頭を、一方的に撫でてやるわ。ふはは王の器を魅せてくれるわ。
「ぐぬ……ぬぬぬ……いい加減はなせよ小娘ー」
「やだ。それはそれとして罰は与えるからね?」
「ぐぎぎ……望むところだよ」
実際、誰かが死んだりした訳でもなし。
バグを使えなくなった以上、二度は無いし。
もはや警戒する必要すらないわねぇ。
「……しかし、バグから生まれてバグが抜けた状態なんだよな? どんな気分だよ」
「すっからかんでスースーする。君達人間ってこんな頼りない状態で生きてるの? 辛くない?」
「なんか喧嘩売ってんな」
冗談の範囲で小突かれているスペード。うーん価値観が上位種。
……結果的に、丸く収まったわね。
「よし、じゃあ今日はそろそろ寝ようぜ! おかげであと丸一日猶予もある事だしな!」
「ジャッカル君の言う通りだ。良い子は寝る時間だよ」
「……あっ思い出した。ジョージ、【Blueearth】入ってからまだ寝た事無いらしいよギルドマスター。
勝手に徹夜デバフを受けたまま戦うの、良くないと思うなぁ僕は!」
「あら。じゃあ今日はあたしと寝る?パパ」
「……ぬ……ぐぐ……むむむ……」
あっ、ジョージが今まで見た事ない顔になってる。
色々と葛藤してるわね。面白。
「……パフォーマンスに問題なさそうだから別にいいわよ。でも眠れるなら寝てほしいわね。当面はスペードに警戒する必要も無くなったし」
「………………図書館に行ってくるね」
「ダァメ。一緒に寝るわよぉ」
「離してくれツバキ。瞳。よくない」
「親子で寝るのはおかしくないわよねぇ?」
哀れ連行されるジョージ。……寝なくてもあれだけ動けるのね。
やがて全人類不眠になるみたいだけれど、それはじわじわと睡眠時間を調整するからで……今ジョージが出来ているのはちょっとおかしい気がするけれど。
……とにかく、全部解決ね。
お姉ちゃんとかトップランカーとかと話さないとならない事もあるけれど……。
「おいで、ゴースト。一緒に寝ましょ」
「……はい、マスター!」
とりあえず、可愛いゴーストを褒めちぎってあげないとね。
──◇──
さて。
超常の力こそ失ったものの、【夜明けの月】は1人も欠けず。
159階層で得た2日分のアドバンテージも、騒動こそあれスペードの早期対応によってまだ生きている。なんならあと1日猶予がある。
トップランカーも絶賛攻略中だが、そこに響かない予定通りの進行というのは素晴らしいことだ。
いやぁ、めでたしめでたし。
「……とは、言い切れないよなぁ」
──24:00
side:ライズ
宿の外、働き蟻がまだ忙しなくブルード中を右往左往している。
今回の"拠点防衛戦"では、俺は殆ど活躍しなかったからか……疲れてもいなかった。
……あ、そっか。今回は【朧朔夜】抜いてないからか。アレ使うとかなり体力もってかれるからなぁ。
さて、ゴーストはメアリーに任せるとして……俺は参謀らしく、今後の事を考えるか。
おさらいだが……【Blueearth】は205階層。最後の205階層を攻略するという事は、即ち侵略ウィルス【Blueearth】が新世界サーバー【NewWorld】を支配するという意味で、そうなると天知調は現実世界の全人類を強制的に【NewWorld】に引き入れる、っぽい。
それが成されれば天知調は完全にして最強の世界の支配者になる──ぶっちゃけ本人の善性を考えれば悪いようにはならないと思うが──ともかく、そこまで辿りつかれると困るのはメアリーだ。メアリーは天知調に構ってほしくて、その"世界の支配者"を横取りしようとしている。
なので、冒険者が205階層を攻略出来ないようにしなくてはならない。そこで立ち上げたのが【夜明けの月】だ。
最前線の冒険者──トップランカーを薙ぎ倒し、協定を結ぶ事で階層攻略の決定権を得る。そうすれば誰も205階層を突破できず、即ち天知調の策は崩れる。
必然、天知調は交渉のテーブルに引き摺り出される……という作戦だ。
そこがある程度視野に入ってきたヒガルあたりでスペードを手に入れて、アレがバグの元締めである事が判明。味方に引き入れたのは、天知調との交渉用だ。
交渉できるようになったところで【夜明けの月】に魅力が無けりゃ、最悪はデータごと潰されておしまいだからな。入場料ばっかり気にしても手札が無いんじゃ話にならない。
だから天知調に対抗するための剣としてスペード、いざという時の回避手段として"廃棄口"を扱えるゴーストを抱えていたわけで。
……どうやって天知調に対抗するかねぇ。
荒事になるのは避けたい。とはいえ、もうテーブルひっくり返して直接対決くらいしか勝ち目が無い──それも僅かなものだが。
そも、手札になり得るものがもうない。
バグは消えて、悪巧みするような冒険者は不在。
レイドボスも完全にお手上げだ。
……そういえば、今回スペードがやらかした事は……。
天知調を無理矢理【Blueearth】に接続させて、倒せる状況に持ち込もうとしていた、のかな?
だとするなら、それが有効なら……。
……うーん。
「もしかして、"ver.2"か?」
【Blueearth】に存在しない隔離階層を、一時的に【Blueearth】へと完全接続させる。
この現象は、そのまま天知調を巻き込める事にならないか?
だとすれば……うーん、野蛮すぎるか?
要するに天知調と戦おうって事なら……。
「……ま、なるようになるか」
【夜明けの月】最弱として、できる事はなんでもやっておかないとな。
……それ以前に、トップランカーを倒さなきゃならないんだが。
……気が重いなぁ。
 




