414.決着:世界に排斥される者
【第160階層 氷砂先陣ブルード】
女王の間──18:00
『……うん。連絡ついたよ。"アル=フワラフ=ビルニ"は無事だ。アタシもレイドボスじゃあ無くなったらねぇ』
"クイーンアント"の意識が戻る。"アル=フワラフ=ビルニ"と交信していたようだ。
"拠点防衛戦"を終え、【夜明けの月】メンバーは全員ブルードに帰還。
……いや、少しだけ違うな。まだ3人足りないし、なんかレインがいる。
「凛、怪我はないかい」
「【Blueearth】では怪我なんてしませんよ兄さん」
どうやらミカンが呼び出したらしく……161階層でたった独り無双していたそうだ。
結果的に、"アル=フワラフ=ビルニ"を討伐したリンリンを差し置いて当"拠点防衛戦"のMVPとなりアリ達に歓迎されている。やや不服。
「……それでジョージ。身体はどうだ?」
「完全復活だよ。我慢してないとも。
どうやらスペードが消えたことで僕の不調も巻き込まれる形で消えたようだね」
ツバキに抱き抱えられながら、ジョージは答える。愛娘に全身くまなくボディチェックされている女児(実父)。
……そうなると、残す懸念は……。
「……じゃ、改めて。レベル上げに行くわよ」
「ええー。色々大変だったろメアリー。休もうぜー」
「何言ってんのよジャッカル。折角1日で解決出来たんだから、少しでもアドを稼ぎにいくのよ。ほら立て」
当初の目的は、行方不明にして瀕死だった"アル=フワラフ=ビルニ"の捜索。
だがそれはスペードを呼び寄せる罠であり、そして──
『……済まなかったねぇアンタ達。騙しちまって』
「いいのよ。結果的には……まぁ、手駒が一つ減っちゃったけれどね。なるようにしかならないわ」
「……っと、そうだ報酬!」
臨時クエスト【砂漠の神秘を掘り当てよ】──その報酬は"ちいさなせかい"。
実際、今回の事件で得られたものはない。スペードを失っただけだ。せめて何か得が欲しい。
『そうだねぇ。まぁお察しの通り、これが報酬"ちいさなせかい"──空間作用スキル【氷砂世海旅行記】を入手するための鍵だよ』
「……鍵? これが空間作用スキル発動のためのアイテムじゃないのか」
渡されたのは、ふんわり浮かぶ球体。
……空間作用スキルには二つ、必要なものがある。
"宝珠スロット"にセットする事で使える空間作用スキルを設定するための宝珠。
そして、空間作用スキルを発動するためのアイテム。
だが今の言い分では発動するためのアイテムではなく、入手するためのアイテム……?
「……そうか。"クイーンアント"は臨時でレイドボスになったが、当然本来はそうではない。クエスト【砂漠の神秘を掘り当てよ】は無理矢理発行させたクエストだ。
このアイテムが、正規の手段で宝珠と対応アイテムを手に入れるための鍵となる訳だね」
『そういう事さねジョージ。本来は"アル=フワラフ=ビルニ"から受け取るものさ。
それを持っていれば必ず攻略階層で氷の城に出会える。後は本人から受け取りな』
なるほど。氷の城はアイテムが無いと辿り着けないのか。そりゃトップランカーが見つけられない訳だ。
「いずれにせよ.明後日の物資補給まで身動きは取れないし……今日は色々あった。無理に今動かず、今日は休息しようぜメアリー」
「……いいえ、あたしだけでも行くわ。ゴーストが戦ってるのに、大人しくなんて出来ないもの」
それを言われると、弱いな。
……全員が頷く。今度は満場一致だ。
どうなるか、どう転ぶから……ゴーストとクローバーに任せた。俺たちは、待つ事しかできない。
せめて、納得ができる結果になるといいんだが。
──◇──
"廃棄口"──18:00
──side:スペード
クローバー。
【至高帝国】を共に立ち上げた、僕の親友。
冒険者スペードとしての友。
「真っ当に相手をすれば勝ち目はない。だから真っ当に相手はしない。当然だよね」
「──はッ、道理だなァ」
クローバーの両腕は、無い。
"灰の槌"も"黒の檻"も失った僕では、冒険者として戦うわけにはいかない。"最強"に勝てないからね。
だからバグを操る。クローバーが攻撃さえしなければ、どうという事は──
「オラァ!」
「頭突きっ!?」
──想定外。両腕がなければ頭とは、野蛮この上ない。
……いや、両腕──右腕が戻ってる!?
「──っ、【ミスキャスト】!」
「甘ェ! 俺の持ってる武器は全部片手銃だよ!」
クローバーの愛銃【地獄の番犬】を別の銃に切り替えさせる──ヒット数は1/3だ。蜂の巣にはされるけれど、僅かに猶予がある。
「【ミラーイマジン】【バックナイフ】!」
分身にダメージを肩代わりさせて、僕本体は背後へ。
──視界の端に立つメイドの姿を捉え、理解した。
「そういう立ち回りかい、ゴースト……!」
「answer:私は【アルカトラズ】"無の帳"。この"廃棄口"においては私が支配者です」
遠巻きの虚空に立つゴーストは、クローバーのバグ修正を優先するようだ。とはいえ隙があればこっちに来るだろうから……バグらせつつクローバーの相手をしろって事か。
厳しいなぁ。こと【Blueearth】においてはジョージ以上に"人類最強"だろうに、クローバーは!
「──っし、左も復活! くたばれェ!」
「受けてたまるか! 【フェイクニュース】──"判定消失"!」
数瞬、ダメージ判定を消す。クローバーの弾幕の壁を飛び込みすり抜け、判定を復活。過去の僕が蜂の巣になって、今の僕は無傷。
そしてクローバーの左腕を消失!
右腕は単発銃、左腕は消失。攻撃回数は1/6。
武器を切り替える間なんて与えない!
「捌き切れないだろう!【針の筵】!」
黒い針がクローバーを包み込む。速度より数。
全方位からの遅延射出! 針山になれクローバー!
「──舐めんなスペード! 装填済みなんだよ!」
のこった右腕で──単発の銃だけで、クローバーは周囲の針を撃ち落とす。
弾丸が炸裂弾だったか。【ミスキャスト】される事を読んでいたのか?
「だけど、近距離である事は変わらない。このまま──」
「System:"spatium"起動します」
──"廃棄口"が揺れる。
クローバーとの距離が──遠い!
「……"廃棄口"の支配者。空間操作もお手のものかい!」
「answer:yes。残念ながら、真剣勝負ではありません」
「チートにはバグだ! 容赦しないぞ!」
既にバグ使ってるけども──マジにならないと危ないからね!
──"廃棄口"テクスチャを変化。
重力方向を変化。気温を変化。ダメージ判定を変化。存在数を変化。座標を変化。ステータスを変化。
──いくら電子生命体でも、人間の知能では耐えられない狂ったデータの海へと、変化!
「がっ……クソっ、どこだ!」
「後ろだよクローバー。【不可視の死神】」
視覚も狂いっぱなし。僕を見つける事はできない。
死角からの一撃が──クローバーの背に、突き刺さる。
──仕留めた!
「──再構築します。System:" tempus"起動」
──は──?
全てが。
全てが狂う、前に。
──違う。時間を巻き戻したんじゃなくて、"廃棄口"全てをロードしたんだ。狂った"廃棄口"を全て捨てて、僕達三人だけを残して新しい"廃棄口"を再現した──!
だとしたら、どこまで戻って──
「──悪いな」
クローバーの両手には──三ツ首の銃、【地獄の番犬】。
──最初から──!
「じゃあな、スペード」
光の奔流が、僕を呑み込む。
──やっぱり"最強"には勝てないなぁ……。
──◇──
「──ゴースト!」
ぶっちゃけ俺じゃ追いつけねェ戦いだった。バグったりチートだったり、何が何やら。
だからゴーストのバックアップに全部任せた。動かねェスペードの死体を引き摺ってゴーストの元に駆け寄る。
──いつも通りの無表情だが、項垂れて動いてねェ。大抵こういう時のゴーストは相当ピンチなんだ。
今や【夜明けの月】ン中じゃ割と古株な俺だ。流石にゴーストの不調くれェわかる。
「【Blueearth】を包み込む馬鹿でけェ"廃棄口"の空間操作はともかく、丸ごと全部書き換えたァ?
無事な訳がねェだろ! 俺はどうすりゃいい!?
おいコラスペード起きろアホ!」
「──answer:……生きていま、す」
「……僕も……生きてるから……振り回さないで……」
んだよ、スペードを生きてんのかよ。よかったじゃねェか。
とりあえず……とりあえず、よかったが。ここからどうすんだ。
「……随分と……命懸けだね、ゴースト。こんな事すれば、君とてタダじゃ済まない……」
「answer:──私は、"廃棄口"は。【Blueearth】の外敵を排する。役割は……遂行、します」
「……は、は。真面目だねゴースト」
「──それでも」
ゴーストもスペードも、横に並べる。身動き一つ取れない。
……ゴーストは、目を閉じて──唇の端を噛む。
「私は、【夜明けの月】に居られて良かった。マスターに拾われて良かった。
貴方も、仲間だった。仲間に牙を剥くのは……辛かった」
「……ゴーストは、割と本性はそっちだよね。辛い事をさせたね」
「責務だから。存在意義だから。これだけは果たさないと。これだけは、終えないとならないの。──でも」
ここにいるのは、俺と──怨敵であるスペードだけ。
メアリーやライズに見せようとしなかった本性が。
人間として当たり前の感情が。ゴーストの口からつらつらと出てきて──
「──死にたく、ない」
一言。
"ゴースト"が絶対言わない、たった一言。
……いや、これまでも心の底ではそう思っていたのか?
「死ぬなよ。ライズもメアリーも……【夜明けの月】みんな、待ってんぞ」
「……そう、だね。僕のために消えるなんて勿体ないよ」
「テメェもだよ馬鹿! ……なァ、なんとかならねェのか。どっちも……消えるなよ」
【Blueearth】に"死"は存在しない。
ただ、この"廃棄口"から外側へ落ちた存在は──明確に"死んだ"と言えるだろう。【Blueearth】や【NewWorld】のように、人間が立ち入る事を考慮された世界じゃない。1と0しかない、完全なる電子の海だ。
今、こいつらはそこへ落ちようとしている。身体はここに横たわっているが──中身が、どんどん流れていってる。
──"死ぬ"。
「──クローバー。巻き込んで、ごめんね」
「……そうだね。始めは【至高帝国】から……僕としても、巻き込んで申し訳ないよ」
「うるせェよ。まるで今生の別れみてェに……!」
二人して諦めやがって……!
考えろ。俺は"最強"だ。
天知調は何故干渉しない?
……恐らくはゴーストがそう望んだ。俺じゃ天知調に声を届けられねェ。
ゴーストは最初から相打ち狙い?
だとして、俺を巻き込んだのは?
──俺ごと自決するような子じゃねェだろ。
出口はある。俺1人でも見つけられる出口が!
「よし。行くぞ」
「……なに、を」
ゴーストとスペードを担ぐ。
"廃棄口"はまだギリギリ【Blueearth】。多少の重労働も補正が効くな。
……そうじゃなくとも、女とチビぐれェ抱えられなきゃなァ。
「【Blueearth】には冒険者しか存在できねェ。つまり、【Blueearth】に戻ればお前ら2人とも元通りになンだろ」
「……やめよう、クローバー。【Blueearth】に近いとはいえ"廃棄口"は色々と、異様だ。
冒険者として再構築される際に、ここの3人が丸々融合しちゃうかもしれないよ。……"LostDate.ラブリ"のような事になるかも」
「うるせー。最悪そうなったとして、メアリーならなんとかしてくれんだろォよ」
──あった。
不自然な亀裂。ここが、【Blueearth】への道か。
もがく力も残ってないのか、スペードもゴーストも喋らなくなって。
俺は俺で、なんやかんや2人運ぶのがキツくて黙っちまって。
……一言だけ、2人の発した言葉を聞き取れた。
「──ありがとう」
「ばかだね、クローバー」
おいちゃんと感謝しろスペード。




