409.手駒を返して、奥の手は秘めて
隔離階層【氷砂世海旅行記】
下位層市街地大通り──15:45/昼か朝
──side:ライズ
「……消えた?」
「行ったみたいねぇ。みんな耐えた?」
「haha.ツバキのおかげでね」
「おめめぐるぐるなのだ」
地面から出てみると、また不思議な世界になっていた。なんだこりゃ。
アイコは居ない。
ツバキの【呪術師】強化スキル【崇徳変妖】──呪いを具現化してNPC化させ、姿を変えて身代わりにしていたのだ。
マトモに究極体アイコの相手なんてしてられるか。
ツバキはもちろん、セリアン、フェイも無事。誰も欠けずに済んで良かったが……。
「MP管理はどうだ」
「だいぶ暴れたからフェイはカツカツなのだ」
「ワタシはまだまだ大丈夫だネ。ツバキは厳しそうだが」
「そうねぇ。みんなの分張り切っちゃったから……」
やはりツバキは相当消耗しているな。しばらくは戦わせない方がいいだろう。手持ちの回復薬だけでどれだけ保つのか、あとどのくらい戦わなくちゃならないかわからない以上は温存しておきたい。
「……上の方で色々とあったみたいだな。どう考えても主戦場はあっちか」
「hum.遠いねぇ。ただでさえ遠かった氷の城があんなに高くなってしまった。
エンブラエルも居ないのに、あそこまで行くのは骨だねェ」
ううむ。しかし訳がわからん空間になったな。
これがバグなら……もしかしてワープとかできないか?
と思ったが、どうやら幻覚の類みたいだ。残念。
……テクスチャがバグってるだけ?
そんなことあるか? 相手はスペードなのに。
「んー……ねぇねぇライズ。ここ、ジョブ強化スキルが使えるってことは隔離階層なのだ?」
「多分そうだ。
隔離階層ってか正確には、【Blueearth】の205階層に属さない階層……ってところか。
アドレのアドレ王宮とか、そういう"その階層に属する別空間処理"とか割と身近にあるもんだ。
その中で、冒険者が自由に使えるフリー素材の隔離階層が空間作用スキルで──」
「だったら【鬼冥鏖胤】で壊せないのだ?」
「……そりゃ、壊せるな。多分」
"焔鬼大王"から譲り受けた対隔離階層用装備【焔鬼の烙印】。
だけではなく、【夜明けの月】は数名が対隔離階層の手段を持っている。
とはいえそれはスペードも知っているだろうし……。
「まぁいいや。やってみっか。【スイッチ】──【焔鬼の烙印】」
「……ねぇライズ。それでこの隔離階層を破壊したら、このバグまみれの空間って何処に行くのかしら」
……ん。
そうだなぁ。【鬼冥鏖胤】は隔離階層を破壊すると言っても本当に壊すわけじゃないからな。
その階層に着地した隔離階層を【Blueearth】の外側に追い出して、中にいた全員を元の階層に戻すって処理だよな? だとするとバグったこの世界はそのまま【Blueearth】の外側へ行くのか?
……もしかして、【Blueearth】の階層の方に来て【Blueearth】全土をバグらせたりするのか?
「やっぱやめとくか」
「そうねぇ」
「……存外行き当たりばったりなんだネ、【夜明けの月】も」
「ライズは結構テキトーなのです」
「うるへー。歩くぞ」
場当たりなのは仕方ない。黎明期は大抵その場の対応力が求められてたんだよー。
……それにしたって、遠すぎるな。
──◇──
中位層城門前──16:00/かもしれない
──side:カズハ
色が落ちたエンブラエル君に襲われつつも、イツァムナちゃんのおかげで上手く凌げている。
とはいえ目下問題は、このおおきな門が開かないという事と……さっきから門が門に見えなくなったりする事なのだけれど。
「……あのおおきな骸骨は、スペード君なのかな?」
「おそらくそうだと思います。スペードは冒険者という拘束から抜け出したと考えるべきです。
そもスペードの冒険者化・【フェイカー】化は天知調からの監視管理を意味しています。
あの灰の槌といい黒の檻といい、もう完全に天知調と敵対するつもりのようです。イツァムナ感心」
縦に伸びた氷の城には、水晶の骸骨。
伸びた先は何処に繋がっているのかわからないけれど……スペード君はあそこを目指しているのかな。
「イツァムナちゃん。私もそろそろ……」
「ダメです。カズハは奥の手です。まだ箱入りでおねがいしますね?」
ウィンク可愛いイツァムナちゃんは、片手間でエンブラエル君を相手にしている。レベルだって追いついているのに、やっぱり技術の差がすごいなぁ。
……レベル上限が解放されてすぐ、ライズ君式デスマーチでみんなのレベルは(ミカンちゃんとベルさんを除いて)155で並んでいるけれど、レベルも装備も同格であればあるほどフィジカルや技術、知識が活きてくる。
黎明期のレベル横並び時代でも頭ひとつ抜けていたセリアンさんやイツァムナちゃんは、やっぱり今でも強いなぁ。
「──みなさん! 空から来ます!」
「っ──閲覧します。【チェンジ】」
「カズハさん、手を! "スライドギア"!」
大粒の雨──ではなく、光の柱。
【サテライトキャノン】が撃ち落とされる。
ジャッカル君の手を取って、並行移動で逃げる。
一瞬で全てを滅ぼす無属性防御無視の殲滅兵器。
この空間では、これを撃てるのは──コノカちゃん以外に1人だけ。
「……厄介な相手が来たな。カズハさん、このまま手ェ借りても?」
「もちろんだよジャッカル君。握ってあげようか?」
「それはダメだ。各方面から消されちまうぜ」
空中からゆっくりと降りてくるのは──ドロシーちゃん。
エンブラエル君と同様に色が落ちている。
「イツァムナちゃん、コノカちゃん! 遠距離行ける2人はドロシー君をお願い!
エンブラエル君は私とジャッカル君で行くよ!」
「応! 任せてもらうぜ──」
「【サテライトキャノン】」
「もう撃てるのかよ!」
威力は抑えられているけれど、明らかに20秒のインターバルを無視してる。これはジョブ強化スキル【極光交差天河観測】を使ってるね……!
こっちにも【サテライトガンナー】のコノカさんは居るけれど、だからといって同じように【極光交差天河観測】を使う訳にはいかない。
扱いが難しくて、ドロシー君でも使いこなす事はまだ出来ていないんだもの。コノカさんではまだ扱い切れない。
……私の【巌流観們試合】は常時展開形じゃないから、高速で飛んでターゲットの難しいエンブラエル君にも遠すぎるドロシー君にも使えない。
イツァムナちゃんの【共謀綺談】はそもそもイツァムナちゃん自身の技術で再現できちゃうから使うだけMPの無駄。
ジャッカル君の【ソードダンサー】用ジョブ強化スキル【トライバルフューゾナ】は……踊りの方に寄ったスキルで、ジャッカル君には使いこなせない。
……このメンバーだと、ジョブ強化スキルが扱い切れないなぁ。
「ここでドロシー君を抑えておけば周囲への被害も減るはずだよ。がんばろう、みんな!」
言葉にしないと気持ちは伝わらない。たとえ不利な状況でも──1人ではないから、きっと何とかなる。
──"……って……"──
──何か、脳裏に音が──声が、よぎる。
──◇──
上位層氷の城──16:15/未明
──side:リンリン
『よくぞここまで辿り着きました。勇敢なる冒険者』
城門をバーナードさんが爆破して、入ってすぐに……褐色の美人さんがいらっしゃいました。
恐らくはレイドボス"アル=フワラフ=ビルニ"。氷の魔女。
この"拠点防衛戦"においてはラスボス……のはずですが、門開いて目の前にいるとは思いませんでした。
が、今はそれよりも……。
「……姫花! 目を覚ませ!」
「何をボサッとしてんのよサティス! あほ!」
色こそ落ちていますが──スカーレットちゃんとサティスさんが立ちはだかります。
言葉一つ発さず── サティスさんの刀【瑜伽振鈴】の柄にぶら下げられた鈴だけが、無情にも音を鳴らします。
『……聞いてる?』
「そちらのお二人は、貴女様の仕業でございますか?」
『い、いえ! 私ではありません! あのスペードめの仕業です!』
ソニアの問いかけに凄い形相で魔女を睨むお二人。"アル=フワラフ=ビルニ"もたじろいでます。
……やはり、スペードさんですか。
「……女王。氷の魔女! 貴女は利用されているのですか?
だとすれば、わたくし達と手を取る事も出来るのでは──」
『……ぁ……いいえ。私とスペードは、お互いに利用しています。
残念ながら、貴方達の手は取れない。もう引き返せないのです』
少しだけ思い悩んで、でも決意を秘めた瞳で答える魔女さん。
……説得は、きっと難しい。きっと、命を賭けている。
この人も……スペードさんも。
「そう。じゃあ薄情なサティスのあほ共々、叩き潰してやるわよ」
「……貴様も、スペードも……楽に死ねると思うな」
「こ、これではどちらが悪役か……」
「あら、【夜明けの月】は悪の組織なのではございませんこと?」
そ、そうでした。
……そうですか?
し、しかしそうなると……わたしの出番、です。
「あ、あなたの覚悟、理解しました。
──ここからは真剣勝負で、宜しいですか?」
『……ええ。ですが、いいのですか?
たった4人でレイドボスに挑戦すると?』
「4人じゃないわ。私は戦わないから。行きなさいアンタ達」
「……俺は……姫花を相手する。他は……任せた」
「うわー。やりたい放題ですわね」
なんとも我儘な主張。
ですが。
「──【フォートレス】ジョブ強化スキル【矛盾崩御】──展開」
蒼き海の盾【オールブルー】が、更に巨大化。帯がわたしの周りを囲むように展開され──全方向に隙は無し。
「ソニアさんも、好きに動いていいですよ。
わたしは"無敵要塞"──【夜明けの月】の盾、リンリン。
わたしが居る限り、誰であろうと傷ひとつ付けさせません」
たとえレイドボスが相手でも。
サティスさんやスカーレットさんが相手でも。
わたしは、倒れません。
それがわたしの覚悟、なので……!
──◇──
空間が螺旋を描き、上へ上へと落ちてゆく。
天知調まで届くかどうか。
まるで砂上の楼閣。だが、腐ってもスペード。
その捻れた階層に、隙は無かった。
「故に。きっかけが必要なのじゃ」
スペードは天知調を警戒している。
それ以外を見下している。
「ポイントは後2つ。連中がどこまでやってくれるか、だなぁ」
隔離階層【氷砂世海旅行記】に閉じこもっている間は、内側からも外側からも干渉できない。
狙うは、スペードが追い詰められた時。
奴が逆転する時、我々も逆転する。
「鍵は3つ。道は1つ。欠ける事なく最後まで残れば、或いハ?」
──戦っているのは、【夜明けの月】だけではない。
戦っているのは、天知調だけではない。




