408.至高の最期
隔離階層【氷砂世海旅行記】
上位層地下水路──15:00
──side:ドロシー
「……随分と広い所に出ましたね」
下氷道の終点は、頭上の果てまで続く階段。
壁に沿って続く螺旋階段を見上げていると、少し目眩がします。
「さっきは結構真上で音がしたと思うんだけど、随分地上は遠そうだね」
「私達は別に上に登ったりしてないものね。地上が遠ざかってるって事は……」
サティスさんとスカーレットさんも見上げます。
……地上が遠ざかる。地上が上の方にある。
ここがあの遠巻きに見えた氷の城だとしたら……この真上には……。
「ちょっっっと待ったぁ!」
パチン、と指が鳴る。
螺旋階段は炎の螺旋へと変貌し。行く手を遮られます。
即ち、僕でなくとも理解できる事──明確な敵対行動。
「スペードさん。申し開きは?」
「ない。それより【サテライトキャノン】撃たないで」
堂々と……堂々としてるかなぁ?
ともかく。【夜明けの月】に敵対しておきながら態度だけは堂々と現れたスペードさん。
……この目で見てしまったから、もう彼が何を考えているのか分かってしまったけれど。
サティスさんもスカーレットさんも戦闘体勢だけは取るものの、僕のリアクションを待つ。
あくまで【夜明けの月】の問題。このお二人はそこを尊重してくれて嬉しいですね。マックスさんあたりだったらもう突撃していました。
「……一応聞きますけど、まだ敵対しますか?」
「する。ここで最期になっても構わない」
嘘。
「メアリーさんやライズさんに相談すれば何とかなる問題では?」
「彼らには何もできないよ。裏切ったのは、君たちの利用価値がもう無くなったからだ」
嘘。
「……【夜明けの月】は居心地が良かったのでは?」
「まさか。徹底徹尾利用するためにいたまでだよ。あまりバグを舐めない方がいいね」
……嘘。
そうですか、そうですか。
意地でも言わないつもりですね。
「……時にスペードさん、知っていますか?」
「何をかな?」
「……僕は、人を気遣うための嘘が大っ嫌いなんですよ」
【天使と悪魔の螺旋階段】を構える。同時にサティスさんもスカーレットさんも、武器を構え直す。
元よりこの炎の螺旋は──スペードさんのジョブ強化スキル【ライアーゲーム】によるもの。
意地を張るというのなら、僕も意地で戦います!
「ジョブ強化スキル── 【極光交差天河観測】!」
「決別ね。だったら仲良く喧嘩なさい。
── 【銃士たちの挽歌】!」
──戦いたくないと思ってるなら、戦うなよ!
──◇──
──side:スペード
レンジャー系第3職【ガンスリンガー】ジョブ強化スキル【銃士たちの挽歌】
三体まで自分の影を再現し再攻撃する、単純に強いスキル。スカーレットが何処でどう攻撃したか全て把握しなくては、過去の影に撃ち抜かれてしまう。
スカーレットはあれでいて戦闘IQがかなり高い。1対1ならまだしも、この混戦で警戒を解けないのはストレスだね。
ウォリアー系第3職【サムライ】ジョブ強化スキル【巌流観們試合】
指定した敵と強制的に相互ターゲット状態にし、武器を構えていない間に協力な防御バフをかける。つまりサティスが攻撃する間しか攻撃は通らないし、任意のタイミングで強制的にターゲットを切り替えさせられる。ジョブ強化スキルはそう連発できるものじゃないが、やりくり上手なサティスなら3回くらいは発動してきそうだ。
レンジャー系第3職【サテライトガンナー】ジョブ強化スキル【極光交差天河観測】。
四次元座標への干渉──発動前準備10秒・クールタイム10秒の大技【サテライトキャノン】の早期発動連射だけでなく、【アステラ・ピット】等の専用スキルの同時発動とかなんかもう色々できて何でもできるえらいスキル。
だが、三次元座標でさえ使いこなすのが困難な【サテライトガンナー】。果たしてドロシーがそこまで扱えるのか……。
どれにしたって、なんにしたって!
1人で3人相手にするもんじゃないねぇ!
「【ミスリーディング】!」
「"act"──"3秒前"!」
ドロシーの狙撃を回避するために遡行回避すると、3秒前のスカーレットの影に襲われる。
「っ……【バックナイフ】!」
「ここだ。【巌流観們試合】」
無理矢理バックステップで回避しようとしたら、サティスの強制ターゲットで方向が変わってスカーレットの攻撃をモロに受ける。
「──【大蛇閃乱】!」
「これマズい……【フェイクニュース】!」
今のサティスは攻撃を受けるまでほぼ無敵なので──受ける!
存在判定を未来にズラす【フェイクニュース】で、連続剣を受けた僕は消えて過去の僕が到着。ちゃんと被弾した上で無傷! 【巌流観們試合】破れたり──
「45%【サテライトキャノン】!」
「のぎゃー!」
45%!?
いくら平時で平均95%出せるからって、四次元座標の習得が早すぎるねぇ!
まだギリ耐えられるけど──この後のクールタイムがズレるはずだ!
「"act"──"12秒前"──【デスペラード】!」
「仕留めます。68%【サテライトキャノン】!」
「逃げ道無しだ。【虚空一閃】」
これは──無理。
3人のスカーレットに囲まれて絨毯爆撃、上からは致死の光、僅かな抜け道は【虚空一閃】のバカ範囲でカバーか。
連携取れてるなぁ。ジョブ強化スキル使っての連携とか初めてだろうになぁ。
……よし。
「──負けた!」
──◇──
──side:ドロシー
光でよく見えない──スペードさんの考えが読めない。
でも、今スペードさんが言った言葉は3人とも聞こえていて。
「負けた……?」
ジョブ強化スキルの時間切れ。僕もスカーレットさんも通常状態に戻りましたが、まだ警戒は解けません。
サティスさんはいつでも【巌流観們試合】を発動できるよう構えてもらっています。
だって、あのスペードさんがそう簡単に諦める訳がありませんから。
【サテライトキャノン】照準は中央。あと6秒。
「──もう撃つわよ。【ツインショット】!」
スカーレットさんの射撃が──光を貫く。
影が、ゆらりと立ち上がる。
「──先に言っておくけれど。君たちのせいではないからね」
最初に見えたのは、巨大な骸骨。
光が陰ると──水晶の骸がそこにいた。
「僕は天知調によって冒険者にされていた。その枠組を超えてしまえば削除されてしまうし、最早僕という存在を【Blueearth】に固定するにはそうせざるを得なかった」
視界が揺らぐ──その骸を認識しきれない。輪郭がぼやける──スペードさんの姿にも見えるし、恐ろしい水晶骸骨にも見える。
紅く輝く心臓を抱く、蔦に巻かれた廃墟──いや、骸骨。
それを認識する事を妨害されている──?
「【アルカトラズ】の力を得て、レイドボスという外部概念補強を得た。そして──冒険者としての僕が、死んだ。
即ち肉体からの脱却だ。やっと僕は天知調に対抗できるようになった」
認識の妨害が進む。
ここは、地下の螺旋階段だったはずだけれど……いつの間にか草原にいる。
違う。砂漠……洞窟?
「何処にも属さない間違えたレイドボス。バグの終着点。
──レイドボス"至高の最期"、三度目の誕生だ」
──◇──
書き換わる。
置き換える。
氷の城が高く高く、伸びてゆく。
天へ天へと伸びてゆく。
──空へ空へと落ちてゆく。
天知調の隠れ家が引き寄せられる。
全てを騙し、全てにエラーを出す【Blueearth】と【NewWorld】のバグ──"スプレマシー・スペード"。
ここに、間違いなく【Blueearth】の破壊を──【NewWorld】の破壊を──世界の崩壊を、宣言した。
──◇──
【天知調の隠れ家】
──15:15? 或いは朝か夜。
「時間と空間の認識が歪んでいます。調様、これ以上は……!」
「ええ。どうやら冒険者としての檻から解き放たれたようですね」
かつての──まだスペードがバグの本体と分からなかった頃を思い出します。
あまりにも殺意の高い、致命的なバグの数々。
即ち、それが貴方の望みですか。
「調様、我々は──」
「やめやしょうラブリ。あっしらに出来る事なんざ何もありゃしやせんよ。
人類最高の知能が二つ揃って、遊びも油断もなく殺しあっちゃぁもう誰も口出しできませんでして」
デュークが私に手を振って、ラブリと共に──アドレの【アルカトラズ】本拠地へ撤退しました。
この隠れ家は【Blueearth】にあって【Blueearth】では無い。それが今、【Blueearth】に引き寄せられている。
もしこのままあの隔離階層【氷砂世海旅行記】に落下したとすれば──私もまた【Blueearth】の一つとしてプログラミングされ、即ち殺害が可能となってしまう。
私の死なぞ惜しくはありませんが──このまま行けば【Blueearth】も【NewWorld】も容易く壊されてしまいます。
「舐めてくれますね……私」
この3年間で、私だって成長しました。
……いや、成長したのはここ数ヶ月の事かもしれませんが。
貴方の遺したデュークによって、私は──人を嫌う事ができるようになったのです。
「嫌いですよ、スペード。無理矢理引き摺り出して、目の前でもう一度言ってあげます」
──バグがバグを呼ぶ波状攻撃。
こんなもの、私に通用すると?
もう一つ成長した事といえば、他人に頼ることを覚えたという点ですかね。
──せいぜい私に気を回して下さいよスペード。その間に真理恵ちゃん達が、貴方を潰しますから。
──◇──
隔離階層【氷砂世海旅行記】?
中位層元火薬庫・現会議室──15:30または明け方、或いは昼間
──side:メアリー
「……何がどうなってんのよ」
氷の城……だったと思うのだけれど。
ここは現代的な会議室になって、外に飛び出してみれば形容し難い何かが積み重なっている。
ポップなバルーンが飛んだり落ちたり。
商店街を往来する人の数々……いや、ここに商店街なんてない。目を凝らせば元の氷の城壁。
「こりゃあどういう事だ」
「マックス離れないで。……スペードが、バグが敵である以上は……これもバグなんでしょうね。
プリステラ、ブックカバーさん。何が見える?」
「商店街が見えたわ」
「ふむ。見える幻影は同じようである」
「あん? ……うおっ。商店街だったはずが元通りだ!」
「……否。幻影が晴れるかどうかは個体差アリのようであるな」
また厄介なバグね。
でも、そう変わるものじゃなくてそう見えるだけならまだなんとかなるわ。複数人でカバーすればある程度問題はない。
……問題があるとすれば、そう見えたものが現実になってしまう事。バグだから充分あり得るわね。
「……とりあえず合流を優先するわよ。さっき下位層からアイコが飛んできたけれど、多分城門前に誰かがいるわ」
「おっ。やっとか」
「ええ。動くわよ!」
さあここから、やっていくわよ!
……と見上げれば。
城から巨大な骸骨が生えているわ。
「……幻覚?」
「吾輩にも見えるな」
「見えるわねぇ」
……やっぱり帰ろうかしら。




