405.罪無き者へ判決を
【第160階層 氷砂先陣ブルード】
女王の間──11:30
──side:ジョージ
地上の騒動はブルード内部にも響いている。
働き蟻とは言うが、戦闘においても一家言持ちとは。熱と冷気に強く、人間ほどの器用さを持つ1mほどの兵隊が無数にいると考えれば相当なものだ。しかも統率も取れている。
正に理想の兵隊。戦闘が始まって数時間経過したが、まだまだ兵隊は地上へと忙しなく進む。
……ゲーム世界といえど彼らは間違いなくここに生きる命だ。演出上の省略というのは起きない。にも関わらず兵隊だけが地上に向かうというのは……帰る事を想定していないのだろう。恐ろしく現実主義な事だ。
『……あんたさん、動けないんじゃなかったかい?』
「なに、この程度で倒れるほど未熟ではないよ。お話よろしいか──"クイーンアント"」
取り巻きの兵士も全員地上へと向かわせた女王蟻の周りには誰1人居ない。あまりに不用心、というよりは……俺を待っていたな。
『大丈夫ならいいんだけれどねぇ』
「女王は、少々嘘を吐きましたな。貴女とレイドボス"アル=フワラフ=ビルニ"は繋がっている。そうでしょう?」
『……シラ切っても仕方ないさね。そうさ。アタシと"アル=フワラフ=ビルニ"は共犯。
この計画は──【NewWorld】と【Blueearth】のバグ、スペードを抹殺するためのものさね』
話が分かる。
……俺がメアリーから受けた任務は、女王蟻の調査。
嘘自体はともかく、何か思い詰めている様子だったからな。女王も……スペードも。
女王曰く。
レイドボス……セキュリティシステム側の見解としては、"MotherSystem:END"の騒動でもう敗北は決まったようなものだと認識しているそうだ。
"エルダー・ワン"が考えたように、彼女達は今後……【Blueearth】に【NewWorld】が侵略された後の事を考えた。セカンド階層のレイドボスとなった"MonsterSystem:ELD"の存在はその意味で彼女達の励みになったようだね。
本来"アル=フワラフ=ビルニ"は特に"拠点防衛戦"など起こさず、【夜明けの月】を素通りさせる考えだった。こちらが"【Blueearth】争奪戦"を行っている事は"MonsterSystem:ELD"から伝達済みらしい。やるな。
だが、一つ──【Blueearth】にとっても【NewWorld】にとっても目の上のたんこぶである、スペードの存在に気付いてしまった。
それを、この世界から排する手段がある事に気付いてしまった。
自我を得たとはいえ元はシステム。"理解してしまった最善の策は実行しなくてはならない"という固定観念が働いたとも言えるね。その結果がコレか。
『……アンタ達にゃ悪い事をしたと思ってるよ。"アル=フワラフ=ビルニ"は最後まで苦しんでいた。
……こんな事、誰も幸せにならないってのにね』
「責任問題というのは複雑なものだ。最近自我を発現したばかりの君達にとってそれは、恐ろしいものだったろう」
もし、"可能"である事を見逃して……後に天知調に、それを逆手に取られて消されてしまったら。
死なんて誰でも恐ろしいが、生まれたばかりの彼らにとっては尚更だ。
そうして今回の問題が起きたわけだが……。
「あまり深く心配する必要はない。あの黒い檻や灰色の天秤を見るに、スペード君もスペード君で隠し球を用意していたという事だ。
あのまま放置しておけば"【Blueearth】争奪戦"直後にでも裏切っていたよ。今より更に厄介になってね。
それを未然に防いだのだから、褒められて然るべしだ」
『……アンタ達は優しいねぇ。取り返しのつかない事をしたというのに。
スペードはさ、きっと楽しんでいたよ。きっと、もう裏切る事すら忘れてたさ。
アタシ達は、そんなスペードに……"仕方ない"って諦めさせちまったのさ』
……ふむ。諦め、か。
思うに、スペード君にはそんな感情があるタマには見えないのだが。
──◇──
隔離階層【氷砂世海旅行記】
氷の城・女王の間──11:45
side:アイコ
──突入前。メアリーちゃんが言っていました。
──────
『多分あの氷の城は隔離階層よ。
あの中でスペードと敵対する事があれば、ジョブ強化スキルも警戒しなさい』
──────
スペードさんのジョブ【フェイカー】──スペードさんとデュークさんしか使えない特殊ジョブ。
そのジョブ強化スキル【ライアーゲーム】は、ミッドウェイでデュークさんがライズさんに使った過去があります。
割れたガラスが槍になったり……周囲の物質を別のものへと書き換えるスキル、といった所でしょうか。
肝心な事は、無敵系のスキルではないという事です。
「行くよ、アイコ。容赦はしない!」
スペードさん──【フェイカー】との試合において警戒すべきは二つ。位置遡行の【ミスリーディング】と、武器強制変更の【ミスチョイス】。
最大火力の【不可視の死神】は私が誰にも見られていない事が発動条件です。が、必ず死角からの攻撃となるので首に"仙力"を集中させればダメージ判定で抵抗できます。
そして【ミスチョイス】は私に限り、武器を持たないため無効。事実上危険視すべきは【ミスリーディング】のみとなりますが──それは平時の場合のみ。
スペードさんの周囲が、揺らぎます。
噴水に見えていた水が、その飛沫が──ガラスの弾丸となって飛来します。
「構いません。こちらから失礼しますね」
──現実ならいざ知らず。この世界においてその程度で死にはしません。"纏い"の戦術でガラスの雨を無視してスペードさんの正面へ──
「【バックナイフ】!」
「【仙法:赫崩】!」
スペードさんは背後に飛びながらの短剣投擲。"仙力"消費の少ないスキルで受けます。
短剣【想死想哀】は投擲後すぐに手元に戻りますので、安全に回避に回れるという判断ですが──踏み込みさえすれば一歩で届く距離です。次のスキルより早く、拳を叩き込みます。
前傾姿勢のまま、着地。踏みしめてスペードさんを追撃──
「【ミスリーディング】!」
加速した私と接触する瞬間、スペードさんが遡行スキルを発動。
数瞬前──今でいう私の背後へと転移します。
このまま振り向きざまの攻撃を受ける可能性がありますので、そのまま前進しつつ空中で回転しスペードさんと向き合います。
その瞬間、"仙力"を赫から蒼へと切り替えて──
「【仙法:蒼鎧布】!」
「あぶなっ。【シャークバイツ】!」
牙のように短剣を突き立て──蒼の飛び布を防がれました。
随分と早い反応──関心する間もなく、シャンデリアが針となって落下します。
"仙力"を"纏い"モードに変換し、脚力で回避。多少の被弾は全身に纏ったダメージ判定で弾けますが、なかなか厄介です。
「やるねぇアイコ。対人においては既にトップランカーに並ぶレベルだね!」
「嬉しいですが、本気を出さないスペードさんが言うと少々嫌味に聞こえてしまいます」
「……バレた?」
スペードさんは、いつも笑顔で無表情です。
なんというかゴーストちゃんと真逆で、表情だけは人間らしくしようとしている感覚です。
「温存と言うよりは……手加減。そう見えます。
今の私は、それを癪に思うところもありますので……こちらは本気で行きます」
ここが隔離階層だとするのなら。
──新しいルールならば、可能。
「参ります。──【讃仙過海】」
それは、私の今できる全力。
ゲームが本領でない私にとって、この世界で一年以上頂点にいたスペードさんを相手取るならば──出し惜しみは出来ません。
──◇──
──ヒーラー系第3職【仙人】
セカンドランカー以上ではエリバとアイコしか存在しない、激レアジョブ。
本来はメンバーの希少性をトップランカーとの決闘の材料としようとしていた【夜明けの月】にとって、アイコが仲間入りするのは自明の理だ。
……まぁ実際は順序が逆だったんだが、それはそれ。
当然【仙人】にもジョブ強化スキルは存在し、【セカンド連合】との抗争が終わり隔離階層とジョブ強化スキルが真っ当な戦術に組み込めるようになった現在──【夜明けの月】全員が宝珠とジョブ強化スキルを使えるようになっている。
とはいえジョブ強化スキルには当たり外れがあるので、一概に強化とは言えないのだけれど……。
一通りのジョブ強化スキルを確認したから言えるけど、【仙人】は間違いなく大当たりの部類だ。少なくともアイコにとっては。
アイコは、赫と蒼と翠の"仙力"を身に纏っている。
そう、全ての"仙力"を、出力100%で纏っている。
【仙人】ジョブ強化スキル【讃仙過海】。それは……至極単純で、赫蒼翠の三色足して最大100%だった"仙力"が、常時300%になるだけのスキル。
そもそもが翠の"仙力"を上手く使えられれば通常時で無敵なジョブなんだ。事実上の無敵系ジョブ強化スキルと言える。
「【仙法:蒼鎧布】!」
「……【ミスリーディング】!」
飛び来る蒼の布を回避し横に避ける──と、飛んだ蒼布の先にアイコが居た。
【チェンジ】もびっくりの瞬間移動だ。そも【仙法:蒼鎧布】は布を飛ばして引き寄せたり自分が飛んだりするスキルだが、早すぎ。
……その上で100%赫の"仙力"パンチが来るんだもんなぁ!
「【仙法:赫蓮華】!」
「【フェイクニュース】!」
極短時間のみ、データのみ未来に跳ぶスキル【フェイクニュース】。
僕の顔面が跡形もなく砕け散るが──数瞬後、無傷の僕が成り替わる。この一瞬のみ、"僕ではない僕"がダメージを肩代わりした。
……え、頭吹き飛んだんだけど?
「【仙法:蒼飛龍】……四連!」
「うっそ何ソレ!」
【フェイクニュース】は初出しだと言うのに、アイコは全然怯まず──蒼の"仙力"最大技【仙法:蒼飛龍】をかます。
竜の闘気を放つ遠距離攻撃──"仙力"を追加で払うと追尾する。それを4連続! いくら"仙力"が無限とはいえ無法が過ぎる!
火力で……いや、今の僕では難しいか……!
「……見事だよアイコ。冒険者としては勝てそうにない……!」
なんとか4匹の竜を掻い潜るが──あまり時間をかけてはアイコが飛んでくる。架空の竜より現実の"聖母"の方が怖いに決まっている。
早くも奥の手を使わないとならないか!
「──【不可視の死神】!」
──対人戦における切札。相手の死角に転移し、不可避の攻撃を首に刺す──
「──まだ、です」
アイコの首筋に赫の"仙力"が集中する。そりゃ対策されてるか。
でもね。
「──権能解放:【灰の槌】!」
僕の手には短剣は無く──灰色の法廷槌。
「それは──」
「審理する! 判決は──有罪!」
アイコは一瞬で赫の"仙力"を吹き上がらせて、反動で僕から離れようとするけれど──もう遅い。
一度振り翳した槌は、必ず落とされる!
槌を虚空に落とす。
カン、と乾いた木槌の音が響き──
「──やられ、ました」
──アイコの身体から色が消える。
たった一度で冒険者を潰す最終兵器。それだけなら白の劔の方が有効だが──こちらには課罪処置権がある。
「アイコ。君の罪を禊ぐ。
──僕の兵隊となれ」
色の消えたアイコは返事をしない。
これで。やっと一手だ。
「メアリー……ライズ……【夜明けの月】。
時間をかけて悪いが、ここからだよ。
足りない戦力はそちらから貰う。将棋の鉄則……だろう?」
槌は消えた。発動条件から権能解放時間まで、何から何まで使いにくい、消費が激しい。
右腕が千切れるほど痛い。でも、まだ1人だ。相手は23人もいるんだから……!
「始めよう、【夜明けの月】。最後の戦いを──」
氷の城によって冷え切った世界の中で。
右腕に走る痛みだけが、熱を持っていた──。




