404.氷の城の物語
【第161階層デザート:氷晶砂界の第一幕】
8:20 メアリー班:地上到着
──side:ライズ
「【建築】!【建築】!【建築】なのです!」
開幕ミカンの超建築が光る。
持ち前の資材で城壁を創り、周囲の砂を固めて補強する。
ミカンが長く関わってきた"拠点防衛戦"はクリックとミラクリースの二つだが……このどちらでも、常に他の【キャッスルビルダー】がいて、資材を調達するツテがあった。
今回このブルードにいる【キャッスルビルダー】はミカン独り。ともなれば……ミカンの独壇場だ。
ミカンが本来求めていた、本気の"拠点防衛戦"が可能になる。
「周囲の砂を資材として砂岩化して壁にしてるのです。耐久度はカスですが、ミカンさんがいるなら話は変わるのです。
本命の手持ち資材の城壁が壊される前に砂岩壁が壊れてくれるので資材消費が抑えられるのです。壊れた砂岩は砂になって、それを資材認定してまた砂岩壁にするのですよ」
「はー。壁だけか?」
「のんのん。事前の連絡で連中の傾向はわかってるので、砂岩ブロックを利用してとにかく足場に段差を作りまくったのです。逆向きのジャンプ台みたいな形なのでこちらからは丸見えですが向こうから来る分には普通の砂漠に見えるでしょう。
転んだ魔物は"フワフアント"が囲んでタコ殴りにしてもらうのです。こうすれば冒険者を消費せずに済むのです」
撤退してるなぁ。
これはブルードまで押し込まれないと考えていいだろう。さすがミカン。
「じゃあミカンはこのままここで。あたし達は……」
「そうだな。先に進むか。連絡が取れなくなった連中の事が心配だ」
そう。先遣隊、クローバーチームからの連絡が突然途絶えたのだ。
ギルドメンバーリストを見る感じ、死んではないんだろうが……。
「全員失踪するのは明らかに異常だ。特にエンブラエルまで消えるのは有り得ない。
何かタネがあるだろう。あの檻か天秤か……」
「何にしても受けてから考えるしかないわ。例によって孤立だけはしないようにね」
どうにも受け身すぎるが、どうにもならない事はある。
だとするなら流れに任せるしか無いが──
「出るしかないな。行こう、みんな」
覚悟を決めよう。
まぁ、そう簡単には思い通りにはさせないがな!
──◇──
隔離階層【氷砂世海旅行記】
──10:00
side:ライズ
はい。
負けました。
「くそが。ありゃ無理だな」
周囲は氷の城……その末端の城下町ってところか。
贅沢にも水路が通されていて、砂漠でも見た氷のゴーレム……"ベレヤ・アネクメネ"がうろついている。
ご丁寧に、あの黒鎧のやつと天秤磔のやつだらけだ。
俺たちはアレに挑んだところ、天秤磔による"攻撃禁止"によって出鼻を挫かれ……黒檻鎧が触れると、ここへ転移させられた。
飛行していた氷の城は黒檻に閉ざされていたという。黒檻鎧は"収監"の力があるらしいから、この氷の都市を牢屋とみなして"収監"──転移したのだろう。
うーむ。磔天秤の方は空間範囲でルールを決めてくるんだよなぁ。対抗策が無い事には相手してられないか。
他の連中がどっかに消えたのも気がかりだ。とりあえず隠れながら合流していくしかないか……。
「hi.ライズ。ワタシだよ」
「びっ……くりしたぁ。セリアンか」
いつの間にやら背後を取られていた。
現れるは縦セーター着こなす【マッドハット】総店長セリアン。特記戦力のひとつ。
……? 何か違和感が……まぁいいか。
「見つかってないだろうな」
「haha.勿論さ。ところで他の皆は?」
「お前で1人目だ。誰か騒いだりしていたらすぐ見つかるのにな」
「マックスとかネ」
「マックス……そうだな。マックスならすぐ暴れそうだが」
マックス。【バッドマックス】の大頭……特記戦力。
……? また違和感が。
セリアンはふと、俺の肩に指を乗せる。細い指だなぁ。
「ところでギルドチャットはどうだろう。ワタシはとりあえず一言流してみたのだが」
「え? 通知見逃したか?」
手元にウィンドウを出現させ、ログを確認する。
……あれ。何も無い。
「おいセリアン、送信ミスってるぞ──」
顔を上げると。
──腹を貫く違和感。
「いいや、送信はしたとも。悪いねライズ」
──傀儡の持つ槍が、俺の腹を貫く。
「何故……」
「おやすみライズ」
疑問を聞く暇すら与えられず。そのまま──身体を両断された。
──◇──
「……えぐい」
そんな光景をセリアンの後ろから見ていた俺、ライズです。
「haha.先に本物と合流できて良かったネ。しかしこの短期間でよく考えついたネー」
真っ二つの俺が地に伏せ、消滅する。死体すら残らん。……えぐい。
セリアンはいつもの笑顔のまま。よく淡々とこなせるな。
この氷の都市に転移した直後、俺とセリアンはかなり近いところにいて偶然合流できた。
近場の家に隠れていたのだが……間も無く、外に俺を見つけたのだ。
「相手がスペードだとするなら、そういうバグなんだろうな。記憶ごと丸々コピーされた増殖体だったとしても、ギルドチャットは共有できないはずだからな。
今新たに生まれた俺なら、チャットの履歴は残ってない。実際ギルドメンバー数が増えている訳ではないしな」
「ほぼライズだったが、マックスの名前をワタシが言うまでマックスの存在を忘れているようだったヨ。そういう不具合とかあるのカナ」
「かもな。セリアンの事も見てから思い出した感じだったし。
……とにかく、早期に分身の存在とその判別方法を知れたのは大きいぞ。えげつない事するなぁスペード」
なりふり構わない……とは、違うが。もし本気で殺すつもりならここに転移させた時点で何か仕込むだろうし。
「とりあえずここを離れよう。あの氷魔物にバレたら厄介だ」
「どうにもここはこの氷の都市の端っこみたいだネ。家の中に避難すれば安全だが、移動は出来ない……。
ここはワタシの傀儡を飛ばして探索しようカ?」
「そうだな……。感覚共有みたいなスキルがあるんだっけか」
「【傀儡視界】だネ。NPCマリオネットを直接操作できる。これで偵察と行こうカ。
その間ワタシは無防備になるから、ちゃんと守ってくれたまえ」
「はいよ」
「では」
ぽすん、と俺の胸に倒れ込むセリアン。立ち上がる傀儡。
「……家に避難してからでよかっただろ……!」
『困ったネ。早くワタシを担いで運んでおくれよー』
「確信犯かよ……!」
とはいえ乱暴に運ぶ訳にはいかない。なんとか抱きかかえて近くの家へ……!
『お持ち帰りィ!』
「やかましい!」
愉しんでんじゃないよ!
──◇──
同階層
女王の間──11:00
──side:スペード
「うわ。爆速で対策されたんだけど」
『悪趣味ですねぇ。しかし見た目どころか記憶までコピーしてるのに、よくバレますね』
玉座から遠隔で色々と操作中の僕、そして"アル=フワラフ=ビルニ"。
なんとも複雑な関係になったが、"アル=フワラフ=ビルニ"は僕を殺すために僕を利用しているし、僕は僕のために"アル=フワラフ=ビルニ"を利用する。
つまり相互利用関係であり、協力関係である。
そして何より、この利用関係は悪意によるものではないので……もう普通に協力している。
さて、今回の騒動には問題が幾つかある。
まず着地点。堂々と【アルカトラズ】の力を見せびらかした以上はもう引き返せない。僕は【夜明けの月】とも天知調とも戦わなくてはならない。
……自らの命を削ってまで僕を誘き寄せた"アル=フワラフ=ビルニ"の覚悟もそうだが、いい加減ケリを付けないといけない。"MonsterSystem:ELD"の苦労もあるだろうからね。
という事で。僕の着地点は決まった。
そのためにはまず【夜明けの月】の隔離が必要だ。
【夜明けの月】を"拠点防衛戦"の範疇に収めてしまえば、何処までいっても仕様の範囲内だ。
天知調も丸ごと削除という切札は切れない。メアリーいるからね。
大味な最終兵器を抑えたら、次に小技──それでもエンドカード級だけど──そこを潰す。
即ち三つの権力。白の劔、灰の槌、黒の檻。
冒険者に対して絶大な力を発揮する三大権力。ミッドウェイの騒動で完璧に冒険者になってしまった僕にとっては致命的な弱点だ。
それは昔から分かってたから、対策として──事あるごとに【夜明けの月】を利用しながら──こちらもコピーの三大権力を用意した。
一番肝心な白の劔だけはバーナードによって事実上阻止されたけれど。本来の計画なら、サバンナ階層でバーナードを脅して協力させて、レイドボス化させてからブランに断罪させる。その後の死体を回収してデータを奪うつもりだったんだけど、まぁ色々と想定を外れちゃったからなぁ。
ともかく、二大権力までならある。【夜明けの月】を相手するならこれで充分。
……とは言えない。なにぶん手数が足りない。使える兵隊は"アル=フワラフ=ビルニ"の氷兵だけだからね。
この氷兵に二大権力を与える事で実質無敵の兵士としたけれど……馬鹿正直に相手してくれないよね、普通。
勝てないなら無視してここまで向かうってものだよ。
なので【夜明けの月】を狙い撃ちする兵隊が必要だ。
そこで作り出したのがバグ分裂兵士。
この【氷砂世海旅行記】突入段階でのみんなのデータを丸々コピーして、別の冒険者として配置する。
装備はコピーできるけど、色々と履歴は残っていないから……セリアンとライズがやったみたいに、ギルドチャットの履歴で判断したりできるんだよね。
他にも、データはあるだけで直接会った記憶が無いせいで外部からの干渉が無いと味方のことを個別で判断する事ができなかったり。漠然と"みんな"と捉えるけど、誰の事か自分だけじゃ思い出せなかったり。
……このへんのバグは、ある程度【夜明けの月】と同行したら裏切って戦闘に入るプログラムのために生まれたバグだけど。そうしないと【夜明けの月】の味方が増殖しただけになるからね。
「さーて、あとどのくらいの手が必要かなぁ」
『楽しんでますね。結構ピンチでは?』
「ふふん。舐めちゃいけないよ魔女様。
これでも事前に危険人物は処分しておいたのさ。あとここに突撃できるフィジカルの持ち主は1人だけ──」
──瞬間。氷の壁を砕く轟音。
『ななな何ですか!?』
「……早くない? アイコ」
フィジカル的にこの氷の城へ単身乗り込めるのはアイコくらいだと思っていたのだけれど──対策するより早く来ることないじゃないか。ジョージはなんとか間引きできたけど。
「スペードさん。レイドボスに利用されているのでは?」
「半分当たり。でも僕は僕の意思で【夜明けの月】と敵対する事を選んだから、その方は心配しなくていいよ。ありがとう」
アイコは……ドロシーやツバキほどではないにせよ、人の心を読む事に長けている。
……僕の事も理解してくれるというのは嬉しいけれど、僕は何処まで行っても人間ではないんだよね。
アイコは僕の眼を見て──納得したように一つ頷く。
「……そうですか。では、私とメアリーちゃんの所に行きましょう。共に行きますから」
「それは叶わない。……最後まで気にかけてくれて嬉しいよ、"聖母"」
短剣……【想死想哀】を持ち、玉座を離れる。
元は【ソードダンサー】となった僕にライズがくれた短剣だ。【フェイカー】の基本データは一般的ローグ第3職のものと合わせられているから、【フェイカー】となった今でも……【夜明けの月】のジョーカーとしての愛剣として扱っている。
アイコは赫の"仙力"を──薄く、全身に纏う。あのモードはフィジカル強化全振りか。あれが一瞬で両腕強化モードに移行するんだから危険だよね。
……もう、待ったなしだ。
「もう引き返せないんだ。それでも君は、僕を止めるのかい?」
「受け止めます。どうか、諦めないで」
救世の女神が、慈愛を僕に向ける。
──光栄なことだ。
「行くよ。ジョブ強化スキル──【ライアーゲーム】」
──僕にとっての戦いの狼煙が、たち昇る。




