398.未来を捨てて過去へ
【第158階層フューチャー:Code100.密林/調整】
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──《定期連絡より記録空間を再現します》
そこは密林。生物兵器の巣窟。
役割:機械生物兵器の最終調整工場。また、階層コントロールの研究として機械生物の再コントロールシステムを設置する。
警告:問題は特にありません。
推測:階層操作適応機械生物"グリンカー・ネルガル"に管理者が移ってからは問題なく施設の維持が出来ています。叛逆係数は高まっていますが、緊急制御機能"グラングレイヴ・グリンカー"も正常に稼働しています。
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密林に、無数のパンサー系エネミレイト。
本来は暗い密林の中襲いかかってくるエネミレイトが脅威……なんだが。
「hahaha! 派手に行こう! 【金色舞踏会】!」
セリアンの空間作用スキルによって潜伏していたエネミレイトが無理矢理劇場に呼び出され──。
「一網打尽である!【テンペスト】!」
「【風花雪月】!」
「98%【サテライトキャノン】!」
「【キャノン:ファイアワークス】!」
──範囲バ火力チームによる集中砲火。えぐい。
「雑魚敵とはいえレベル154だぞ。それをこうも一方的に……」
「有利盤面に強制的に持っていけるのが空間作用スキルの強みね。これだと範囲火力組しかレベル上がらないから乱用はできないけど」
観客席で優雅に殲滅劇を鑑賞。
あの中に放り込まれたらと思うと、嫌だなぁ。
メアリーも似たような事を考えてんだろう。げんなりしている。俺とメアリーは隔離階層を破壊できるからまだマシだが。
「障害物が無く、こちらが一方的に安全圏にいられるという点では【金色舞踏会】にしか出来ない芸当だな。やっぱ【金色舞踏会】だけ強すぎないか?」
「haha.空間作用スキルは隔離階層……行ってしまえば階層の成り損ないだからネ。何度も使えば結合した階層からじわじわとデータを吸い上げて成長しているのかもしれないナ」
原初の空間作用スキル。セリアンの代名詞。
確かに他の空間作用スキルとは年季が違う。勝手に成長する可能性はある……のか?
「…… 【金色舞踏会】が特にそうだが、そもそもジョブ強化スキルに詰み要素が多すぎる。仕様変更でこっちもジョブ強化スキルが使えるようになったのが救いといえば救いか」
「あと時間制限もね。一部の無敵持ちスキルはマトモに相手してられなかったし……」
その辺を以てして余りある恩恵。そして、それを破壊できる事のメリット。
……俺もメアリーも、そこまでジョブ強化スキルが強みにならないというのがまた珍妙な話だ。
【スイッチヒッター】のジョブ強化スキル【パラレル】は、発動中に所持している武器の耐久値を自身のHPに置き換える……だけのスキル。
【朧朔夜】を運用する上では爆速で武器が壊れてくれるのは嬉しいが、同様に爆速で武器が消し飛んでいくため継戦能力はガタ落ち。というかあまりにも恩恵が薄すぎる。なんだよHP増えるだけって。
【エリアルーラー】ジョブ強化スキル【エアリアル・キューピック】は……座標登録時の物質の挟み込みを無視する。つまり空間転移の前に座標の立方の面に何かを挟み込めば不発にできたところを、それを無視してなんでも切り裂いて転移できる。
……といっても誰でも人体切断マジックするわけにはいかないので……空間転移座標の間に冒険者が挟まっていた場合は、単なるダメージとして処理される。
が、だから何だという話である。そこまで普段と変わっていない。
……普段と変わらないと言えばイツァムナの【図書官】のジョブ強化スキル【共謀綺談】。
収集と閲覧を同時に出来るようになるだけのスキルだが、これに至ってはイツァムナが手動でできてしまう。完全に無意味である。
「初手例外の法則というか、空間作用スキルもジョブ強化スキルもセリアンのやつが超上澄だったな」
「ままならないわね。トップランカーには【マリオネッター】が居ないってのが助かる話だけれど」
「居たとしてもワタシよりは弱いからネ!」
……心強いなぁ。本当に。
未だにドラマ階層でのセリアンの大立ち回りを思い出す。
たった一人で【夜明けの月】も【マッドハット】も全員を相手して好き勝手暴れて、最終的に総力戦でなんとか倒せた……マジの怪物。単体相手にあそこまで苦戦したのはなかなか無い。
それが仲間だってんだから、色々と安心できるよなぁ。
「oh.次の休憩は一緒だねライズ。お風呂にでも行かないかい?」
「一人で浸かっててくれぇ」
……色々と安心して、いいのだろうか?
──◇──
【第159階層フューチャー:CodeEX.無/我】
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そこは無。資源も何も無い、原初の無尽。
役割:この空間はジェイモンの起源、我々新文明における護るべき墓標です。
警告:だれもいません。なにもありません。
推測:すべてはここから始まりました。彼はその優れた知能から、幾つもの兵器を開発しました。故に文明は発展し、戦争は起こり、彼は死にました。
既に死を超越した彼は、世界へ復讐を誓いました。この何も無い墓標の地の底から、新たな文明を一から創り──それは世界最大の文明となり、やがて滅びました。
彼だけが残されました。いいえ、ここにはなにもありません。だれもいません。
──《定期連絡を終了します》
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何も無い、真っ暗な広場。
或いはクレーターなのだろうか。足元は土ですらないが……。
「トップランカーはここで3回撤退したぜ」
「情報を集めた【セカンド連合】での突入作戦も2度必要とした。原因は、奴である」
クローバーとスペードが苦い顔をする。
ブックカバーの指差す先には──この未来技術溢れたフューチャー階層にはとても似つかわしくない、木製の十字墓。
「──来るぞ!」
墓が揺らめくと──いつの間にか、黒炭の何かが磔にされていた。
これが、フューチャー階層のフロアボス……!
──【スキャン情報】──
《オリジン=J.M》
LV155 ※フロアボス
弱点:可変
耐性:可変
無効:可変
吸収:可変
text:
全てを産み出し、全てを滅ぼした。
文明を創り出し、文明を滅ぼした。
全ては彼の思うがままに。
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……何も分からない!
「こいつはデータを改竄する!
位置、耐性、スキル演出、数……その辺だ! こっちは全員適正レベルまで上がってるが、僅か5レベル前のトップランカーが総出でかかってもやり直し喰らったって事を忘れるなよ!えぐい長期戦も想定しろ!」
元トップランカー、元【セカンド連合】上位陣……こいつとの交戦記憶のあるメンバーがかなり真剣になっている。それほどの相手か──
「ねたましい」
気付けば。
俺の四方を囲むように、十字架が──磔にされたオリジンが4体。
これは何かマズい。すぐに"スライドギア"で回避を──
「ライズ! 避けるな!」
「えっ」
「俺が行く……【ドロップアンカー】!」
クローバーの声に一時停止すると──俺目掛けて、バーナードが碇を飛ばす。砲撃の雨を降らせる──!
「ちょ、何──あれ?」
気付けば。
俺はバーナードの攻撃を見ていた。
爆心地には十字架が四つ……あの真ん中に俺がいたはずだ。メアリーが【チェンジ】した……訳でもない、か。
「……よし! スペード、説明頼むぜ」
「うん。フロアボス"オリジン"は、端的に言って嫌がらせの天才だ! 見える情報から取るべき当然の行動を行った時、こちらにペナルティを課してくる!
今回で言えば"どう考えても回避しないといけない状況"で、"オリジンは攻撃をしてこない"!
回避すれば残る状況は"攻撃されてもいないのに逃げた"という事実だけが残りペナルティを与えられる!馬鹿げた話だけれども!」
「反射的、直感的に戦ってはならぬ。動いていいのは彼奴が動いてからである! それが出来ぬ者は今のように、外部からその謎かけを壊す役割に徹するのだ!」
……頭が痛くなるな。
だがシステムは少し理解した。つまり、"殴った方が悪い"っていうルールを無言で(ここ最高に性格悪い)取り決めて、こっちをビビらせて攻撃させるって事か。
こっちが攻撃すればペナルティ、何もして来なければ向こうが殴るしかない……で、外部から妨害されれば仕切り直しで俺は転移されると。
なるほど、これを一から調べるのは骨だな。トップランカーみたいに人数が多ければ情報の伝達も難しそうだ。初見殺しすぎる。
「ここからは分断される事もある! が、近くに居る仲間を無理矢理分断する事は無いから出来る限り固まって動くように!」
「自分が狙われている場合は動くな! ただ、ルールを制定してなくて普通に殴ってくる時もあるからその時は反撃だ!」
──霧がたちこめる。いつの間にか、周囲が暗くなっていた。
おいおい、近くに誰か──
「うらめしい」
……また俺かよ!
正面に、磔にされた男が──大鎌を振りかぶる。
どっちだ。これは攻撃か、脅しか──
「【ホーリーブラスター】!」
──横からの極太光線で、十字架が消し飛ぶ。
案外近くに居たな……!
「ブックカバー。助かった!」
「ふん。あれは本当に厄介である。
まだ我々は見つけておらんが……どうにもこの分身には個体差があり、中核となる存在がいる……のやもしれん。探せるか、"妖怪"」
「……なるほど本体。そりゃそうだ」
トップランカーをして長期戦と言ったが、フロアボス戦の本質は……"無脱落攻略"だ。ここで倒れた奴はまたここまで来て戦う必要があるが……当然脱落者だけでは攻略出来ないので、再度全員でやり直す事になる。大体ロスト階層あたりからずっと付き纏う問題で、一般的な冒険者ギルドが解散・縮小・合併する原因の多くを担っている。
"羅生門"先のエンジュに【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】を設置しているのもそのためだな。
だから安定を取って長期戦……とはいうが、他にも手はある。
つまり本体の捜索。探索ならば……"妖怪再起"の出番だ。
「ちなみに長期戦ってどのくらい?」
「【セカンド連合】では丸2日相手をしたな。ここで攻略法を確立すれば2日近くの短縮である」
「そりゃ腕が鳴るね。手伝ってくれるか?」
「あと一人確保してからである。今のままでは吾輩が狙われた時に貴様が吾輩を助けねばならぬ」
ううむ冷静。
だが既に俺のセンサーが囁いている。未知への興味が俺を突き動かす。
「……いや、ブックカバー。多分二人で充分だ」
「うむ?」
「こうするからな」
と、俺は──攻略の布石を打つ。
──◇──
──フロアボス"オリジン=J.M"に自我は無い。
怨念に近い存在は、ただ自動的に嫌がらせをする。
その行動の根幹は、二つのシステムに依存する。
即ち、"定めたルールと報酬とペナルティ"、そしてオリジン自身である。
ルールを定めるのはオリジンだが、そのペナルティを強要するからにはオリジンもペナルティを受けられるようにしなくてはならない。故にルール開示をしない事で相手が自発的にルール違反をするのを待つ訳だが……。
敗因は、そのオリジンのシステム……"嫌がらせをする"事であった。
今回の獲物の中に、動かない者がいる。
ただオリジンを待つのではない。もはや、座っている。武器も置いて茶を飲んでいる。
こんな奴の所に行ったところで、果たしてオリジンを攻撃するだろうか。それがシステムを理解しているかどうかは然程問題ではなく(それを判断材料にするだけの自我は無く)、あくまで"嫌がらせが出来るかどうか"が基準となっているのだ。
だが、この階層にいる限りはちょっかいを出さなくてはならない。オリジンはそういうものだ。
動かぬ者への嫌がらせ。つまり、動かす事。
"動いた者にはペナルティ"というルールで、接触すればいいか。
十字架に磔にされた分身を奴の目の前に出現させれば──。
「【テンペスト】!」
──大嵐!
これは、いけない。動く。
オリジンの分身が、動いてしまう。
ペナルティを受ける。オリジンが受ける。
"動いた者には、動いてしまうペナルティ"を!
分身が即死してしまったから、受けるのは……オリジンの本体!
「……あん? なんだお前」
──地面を蠢かせ。
地中から姿を現してしまったオリジンが見たものは──【Blueearth】"最強"。
急いで地中に戻らなくては。などと、思考を巡らせた事が敗因である。
その隙さえあれば──クローバーは、ソレを蜂の巣に出来るのだ。
──【夜明けの月】第159階層踏破。
記録は僅か2時間。ワールドレコードである。




