397."愛"は地を割るほど深く
【第156階層フューチャー:Code73.地獄/分断】
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──《定期連絡より記録空間を再現します》
そこは地獄。創り出された過酷。
役割:資源こそ乏しいものの、単独の力で階層空間を創り出した"焔鬼大王"の能力を確認し、この階層から外に出させないようにするための檻を設置する。
警告:監視システムが焼失。管理人が不在です。
推測:"焔鬼大王"に監視を察知され攻撃されたものの、管理人権限により"焔鬼大王"の拘束には成功したものと考えられます。"焔鬼大王"の生命書き換え能力により従業員は全て鬼となったものの最低限の目的は果たされているため、設備の放棄が妥当です。
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──side:アイコ
「行きます──【仙法:赫崩】!」
常に両手のみに"仙力"を集め、打撃直前に当たり判定のある掌に更に集中させます。
【仙人】のダメージは判定箇所にどれだけ"仙力"を集中させるかで変わってきますので……この"仙力"集中を洗練させていきます。
鬼さんを弾き飛ばすものの、私をして見上げるほどの巨漢を一撃で崩す事は出来ず、そのまま返す棍棒が迫ってきます。
回避は可能ですが──再度"仙力"を集中させます。
「【パワーショット】……!」
背後から狙撃の支援──【バレルロード】の狙撃王コノカさんが後押しして、棍棒を弾きます。
これならば、もう一押し──!
「……【仙法・赫蓮華】!」
更に火力の高い掌底。
鬼さんを仰向けに転がして──撃破。
……"仙力"が切れました。
「アイコ! 前衛代わるわ」
「一度退くよね? 俺に任せなさい」
スカーレットさんとジョージさんがすかさず前衛を受け回してくれます。
……この階層では、シンプルに硬く強い鬼さんがたくさん出てきます。対単体近接戦闘は【夜明けの月】の得意とするところですが、やや数が多い。ここはお言葉に甘えて──コノカさんの隣へ一跳び。
「わわっ、は、速いですねアイコさん……」
「支援、ありがとうございます。助かりました」
「は、はい……。でも、今のは私が気付いてなかったら攻撃を受けていました……。一声かけても……いえ、私が声を掛けるべき、でした」
「そんな事はありません。コノカさんが対応出来るという事はこちらから把握していました。狙撃手の位置だけは把握するのが【夜明けの月】の方針なので」
……【夜明けの月】の狙撃手を担っているドロシーちゃんの視界に入っている限り、ドロシーちゃんが自動的にこちらの考えを汲み取って支援してくれます。それに慣れてしまっている感が否めませんが……コノカさんも、相応の精度で支援が入りますのでカバーできています。
ドロシーちゃんと違う点で言えば、かつて【バレルロード】と共闘した頃から変わりませんが──狙撃の正確さが挙げられますね。コノカさんの狙撃は非常に正確で、そして素早い。遠距離限度100mの狙撃なら、ライフルを構える所から数えて3秒あればほぼ正確に撃ち抜ける技量です。
「……あ、アイコさん。少し焦ってますか……?」
「そう、ですね。私の……【仙人】の戦闘能力はステータス依存なので、レベル上げに大きな意味があります。
ですが私が戦うには"仙力"の調整が必須。ここの鬼さんとまともに戦うには"仙力"の2割ほどの力で二度は叩かなくてはならないので……【瞑想】の手間が多くなってしまいます。
戦闘か回復か、どちらに移るにしても"仙力"は必要なので……少々焦りがあるかもしれません」
現状、ヒーラーの本場である【神気楼】のソニア様は勿論の事、プリステラさんも回復役に回ってもらっています。
本来ならば私が回復と攻撃を兼任すべきですが──"仙力"を全身に薄く纏っていた従来のスタイルと異なり、必要箇所に必要分"仙力"を集中させる今のスタイルでは火力は出せても複数の"仙力"を操作する事が難しくなっています。攻撃にいる間は回復に回らないのが現状です。
……だとするならば……。
「せ、【仙人】は先駆者もエリバさんだけで……ほとんど独学我流になっていますよね? 全てが手探りで……それは、大変な事、です。
我々はどこまでいっても所詮は外野。アイコさんの戦闘スタイルはアイコさんが突き詰めなくてはならない……。
なので、我々は……ちゃんと支援しますから。アイコさんは落ち着いて、色々と試してみて下さい……!」
コノカさんは……以前、記憶を取り戻してから少しだけお話した事があります。
曰く、その高身長がコンプレックスだった普通の少女であると。
……TVで活躍する私が、心の励みになっていた、と。
嬉しい話です。同じ悩みは、私も抱えていましたから。
だからという訳ではありませんが、彼女にはあまり情け無い所を見せたくありませんね。
「……プリステラさん! 少しだけ試してみたい事があります。回復役を譲り受けても?」
「構わないわぁ! コノカの近くで控えてるから、キツかったら合図してよね」
プリステラさんが回復を止めた事を確認して、一つ跳んで前線へ。
スカーレットさんとジョージさんの元へ戻ります。
「早いわね。大丈夫なの?」
「はい。少し掴みました」
「……では、ここは譲ろう。俺はあっちを回るかな」
スカーレットさんは右、ジョージさんは左。
私の前には、先ほどと同じタイプの鬼さん。
「では──参ります」
深く一つ、呼吸を整える。
私の戦闘スタイルは二つ。
一つは赫の"仙力"を薄く薄く"仙力"全体の1%以下の出力で全身に纏う事で、ほぼ永続的に全身にダメージ判定を発生させる戦法。フィジカルをそのままダメージとして出力できますが、速度と重さに頼ったものでダメージそのものはそこまでありません。ただ、余った99%近い"仙力"を支援に回す事が出来ます。
そこを解消した二つ目が、必要時──例えば敵と接触する瞬間だけ、"仙力"を一気に集中させるスタイル。こちらはかなりのダメージを出す事が出来ますが、あっという間にガス欠します。"仙力"集中に意識を取られてとても支援できる状況にないという弱点もあります。
……この二つを、両立させればいい。
鬼さんの棍棒を──回し蹴りで弾く。武器への攻撃はダメージを見込めない。"纏い"のスタイルで充分です。
「──【仙法・赫蓮華】!」
ガラ空きの胴体へ、"集中"のスタイルで拳を叩き込む。今はダメージが求められるから──しかし残る"仙力"は6割ほど。すぐさま"纏い"のスタイルに戻して、脚力で退避。その片手間に──残った"仙力"をスカーレットさんとジョージさんに向けます。
「【仙法:翠巒翠玲】」
回復用の翠の"仙力"──元より"纏い"のスタイルなら可能だった支援が、滞りなく二人に届きました。
……これなら、いける!
「攻防一体……見事なものだねアイコ君」
「いえいえ、まだまだ」
ジョージさんに回復を投げたはいいものの……この混戦にしてジョージさんは無傷。投げる支援の種類は吟味しなくてはなりませんね。
──◇──
「──戦いの中で成長、にしても限度があるわよねぇ?」
「なんたって"聖母"です……! 力に限度はありませんよ」
「それ"聖母"に対して使う表現で合ってる?」
──◇──
【第157階層フューチャー:Code80.天国/支配】
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──《定期連絡より記録空間を再現します》
そこは天国。侵略を終えた安息地。
役割:雲上に安全地帯を作成し、侵略のための前線基地とする。
警告:特になし
推測:観則兵器"ヘヴンズマキナ"による侵略は完了しました。当該設備は稼働停止中です。
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──side:ツバキ
ここのエネミレイトは竜。
ヘヴン階層では、本来の原住民は竜で……古代文明である"ヘヴンズマキナ"が竜を追い出して占領したのよね。
エネミレイトは現地の魔物を模している……戦力兵器としての投影だとするなら竜を選ぶのは当然ねぇ。
でも竜種って、呪いが効きにくいのよねぇ。
「ねぇバーナード?」
「……なんだ……」
コンビ相手は寡黙なバーナード。あたしの仕事はバーナードを呪って、そのデバフを【愛し憎し】でひっくり返して強化する事。でも手持ち無沙汰なので、ちょっとお喋り。
「18歳の女の子と恋愛するのってどんな気持ちなのかしら?」
「ングッハ……!」
聞いた事ない声出たわ。
……面白。
バーナード、その正体は藤䕃堂財閥……世界最大のゲーム会社【TOINDO】の御曹司。そして【Blueearth】開発の責任者。
色々と重苦しい肩書きはあるけれど……バーナードはたった一人の恋人、スカーレットのために生きていた。記憶を取り戻して最初にする事がスカーレットの心配だったくらいだし。筋金入りの愛の戦士なのよねぇ。
そしてあたしは恋バナ大好き花の女子高生。聞かせなさいよラブでメロなお話を。
「……俺、は! 姫花に手を出した事はない。
彼女が成人するまで、不用意な接触は……」
「手を出したかどうかは聞いてないんだけれど」
「ホデュハ……」
また変な声出したわね。面白いわ。
「……10年近く共に過ごした、家族同然の仲だ。年齢差については……あまり気にならなかった」
「家族同然なら尚更、そっち方面に舵を切るの難しかったんじゃなぁい? お兄さんもいたのでしょう?」
「……む……それは、そうだが。考えてみれば、俺は最初から姫花の事を……妹のように扱っていた……。
ある時から蓮が俺と姫花を二人きりにするようになった……その頃、姫花は蓮に俺への恋心を相談、していたらしい……」
「あら、スカーレットちゃんからアプローチしたのね。家族同然の妹から恋愛感情を向けられて、満更でもなかったの?」
「……流石に困惑が勝つ。普通ならば、その恋愛は憧れによるもので……マトモに取り合うべきではないのだろう。
……だが、あの兄妹は何をするにも本音で真面目だったからな……」
押しが強いのはなんとなく分かるわね。
未成年で妹でもあるスカーレットと付き合うにしては、バーナードが奥手すぎると思ってたけれど……兄妹コンボで追い込んだのねぇ。
「それは、思い出した時は辛かったでしょうねぇ」
「……親友の妹が、実の兄に恋愛感情を向けているという目に見えた危機。
そして記憶が無いからといって……姫花が俺を忘れてしまっていたという、悲しみ。
……馬鹿馬鹿しいな。俺だって姫花の事を忘れていたというのに」
「でも貴方達3人は、【Blueearth】でも集まったんでしょ? それが絆ってやつなんじゃないかしら」
「……絆……」
実際、現実で何らかの関係にあったとしても【Blueearth】で出会っているのかは別の問題。なのに3人して最初っから仲が良かったというのは……割と奇跡よねぇ。
「バーナードは少し、自己評価が低すぎねぇ。
移り気でワガママなスカーレットが、グレンに恋してるからといっても貴方と信頼関係を結んでいたのは……きっと現実の絆が影響を及ぼしていたのよ」
「……そうか……だといいな。流石は【黒髑髏】のママ……含蓄がある。頼りになるな……」
「あら。あたしもスカーレットちゃんと同じ18なんだけど」
「……ははは。……は?」
あら。
……そういえば連合軍のみんなとは年齢の話にならなかったわねぇ。女性陣は女子会で話したけれど。
それにしてもバーナードはサバンナ階層からずっと記憶持ちなのに、疑問にも思わなかったのかしら。
「スカーレットちゃんに言っちゃお」
「……どうか……ご容赦を……っ!」
平謝りのバーナード。
遠くからこっちを見るスカーレットちゃんに……軽くサムズアップ。返してくれたわ。
女を泣かせちゃダメよ、バーナード。スカーレットちゃんは多分泣かないから、代わりに泣きなさい。




