394.旅立ち:ライズ式デスマーチ(怪)
【第150階層 忘却未来ジェイモン】
──【朝露連合】【マッドハット】合同商会による消費アイテム・武器強化補修設備準備完了。
【夜明けの月】のログハウス大倉庫98%を占有。
──レイドボス"MonsterSystem:ELD"によるフューチャー階層クエスト発行。
「【夜明けの月】連合は26人。暫くぶりのデスマーチだが、錆びついてないだろうな?」
「任せなさいライズ。忘れたくても忘れられないし。
……でもデスマーチって10人チームが最高効率よね。8人か9人×3チームで動くの?」
「いや、効率を僅かにでも落とすつもりはない。
そして休憩も無い。基本は10人2チームだ」
編成事前に協議を重ね……恐らく、これが最適と判断した。
全員揃った事だし、改めて説明しておくか。
「まず第一に、ミカンとベルはレベル上げから外れる。ミカンは既にレベルで強化できる所が無いし、ベルはここまでなんとかやってきたが根っからの非戦闘要員だ。主に移動手段と裏方に徹底してもらう」
「ミカンさんに任せるのです」
「ジョージのペットは基本的に私が引き継ぐわ。どうせ戦いやしないんだから運転は私に任せなさい」
「残る余り4人は休憩か、階層攻略に必要なギミックがあった時用の待機だ。魔物の妨害でパーティメンバーが吹き飛ばされたりした場合も即座に穴埋めとして入って、必ず10人パーティを崩さないように立ち回る」
常に限度いっぱいまで魔物討伐系のクエストを受け、パーティ共有で10倍の速さで10倍の報酬を受け取るライズ式デスマーチ。とはいえ既にそれほど楽な話ではなく。
フューチャー階層の適正レベルは150〜155。既に雑魚敵のレベルが150以上なんだよな。
無理は出来ない。あまりに頑丈すぎる相手はクローバーに任せて、全員が上手く立ち回る必要がある。
「この交代要員にクローバーとリンリンは含めない。"最強"だけは最速でレベルを上げて貰わなくちゃならないし、リンリンは攻撃手段の少なさから比較的レベルが上がりにくい。無茶をさせるが……」
「弾ァ気にしないでいいんだよな? 商人!」
「無駄撃ちはするんじゃないわよ。あと今支給してるのは未強化の弾丸だからダメージ計算間違えないでよね」
「強化弾薬は【朝露連合】の十八番だが、市販品となると【マッドハット】の領分サ。【セカンド連合】の運営費も拾った事だし、幾らでも回してあげるとも!」
「……おい。預金が尽きていたのは貴様のせいであるか」
「まぁまぁブックカバー。言いっこ無しにしようじゃぁねぇの?」
「……マックス。幾らで買収された」
「な、なんのことだぜ?」
「なんだその口調は」
……賑やかになったなぁ。まさかブックカバーやマックスとも一緒に冒険する事になるとは。
「あくまでトップランカーとは【ギルド決闘】で決着を付ける。だからレベル上げは【夜明けの月】メンバーを優先するが……レベル上げの性質上、対単体戦力の前線組は比較的休みが少なくなる。気合い入れろよー」
経験値の基本システム。
魔物にダメージを与えた場合、その与ダメージの割合によって"保持時間"が生まれる。その保持時間内でその魔物が倒れた場合、100%ではないにしてもある程度の経験値が手に入るというものだ。
だからこういう大所帯で魔物を殲滅しながら進む場合は、広範囲の魔法系は一気に経験値を稼げる。
そして、対単体や対人想定の接近戦ジョブは逆にかなりレベルを上げにくい。一番効率的なのはちょっとダメージを与えながら交代しまくって倒す事だが……ブックカバーの【テンペスト】然り、広範囲魔法系列はそんな小細工を鼻で笑う火力がある。
だからバランス良くレベル上げをする場合、範囲攻撃を持たない前衛組は休憩が少なくなる。
なお、回復やバフはそれだけでも経験値が入るので対人接近戦のアイコや大剣使いのソニア、銃使いのプリステラはこの対象外である。
「クローバーはともかく……スペード、ゴースト、ジョージ、俺。連合側で言えばスカーレットとジャッカルあたりが該当するな。
そしてその中でも単体火力の補強に難があるのがスペードとジャッカルと俺だ。
……ローグ系スピードタイプはこれだからよぉ」
「ライズはその上でスピードもそんなにないな!」
「ジャッカル。あまり本当のことを言ってはいけないよ」
「覚えとけお前ら」
……仕置きは後にするとして。準備は完了した。
このメンバーでフューチャー階層経験者は、元トップランカーのクローバーとスペードとバーナード。
【セカンド連合】の最終攻略記録持ちのマックス、ブックカバー、イツァムナ。
全員の実体験を聞いたうえで、元【月面飛行】の面々、特に階層攻略に前向きだったマリリンとアラカルトの攻略記録をアテに情報を収集した。
抜かりなし。最善は尽くした──後は、進むのみだ。
「よし。じゃあ出発するわよ。
【夜明けの月】、侵略開始!」
メアリーの号令に、全員が当たり前のように頷く。
……【夜明けの月】メンバーはともかく、トップランカーでもないのに随分と贅沢な面々が揃ったもので。そのボスがメアリーだと思うと少し面白いな。
──◇──
【第151階層フューチャー:Code3.草原/観測】
──────
──《定期連絡より記録空間を再現します》
そこは草原。【Blueearth】において最も遠くにある空間。
役割:繁栄レベルの観測。ジェイモン移住先の候補地として観測基地を設営。
警告:基地代表者が不在です。観測員管理人が不在です。基地データの97.5%が試信号に反応していません。回線を再確認し、再度試信号を送信する指示を下さい。
推測:この基地は機能していません。現地設備では基地保全機能を更新できなくなり、無人となっている可能性があります。機密漏洩防止の観点より、設備放棄を提案します。
──────
一面の草原……が、空間に投影されている。
でもすごい再現度だわ。草の質感とかまるで本物……いや、この電子世界においては普通に本物なんでしょうけど。
「パーティーは二つに分けているが、基本的には20人で纏まって行動するぞ。クローバー以外の前衛は最低でも二人で討伐に当たれ! 後衛広範囲組はとにかく範囲攻撃で経験値を稼げ!
このメンバーだ。多少魔物に集られても敗走はしない! マジで厳しい時はリンリンを頼れ!」
ライズが活き活きとしているわね。ヒリついてきたわ。
現在の想定としては、1階層1日のペース。つまり最短で動けたとしてもトップランカーとの決戦には19日かかる。
それでも超ハイペースなんだけどね。何せこのあたりは既に、トップランカーでも月単位で攻略に手間取っていたレベルの階層なんだから。
「メアリー嬢。差支えなければ、吾輩が見ようか」
ぬっと後ろから現れた紳士、ブックカバーさん。
……アドレ、バロウズ、ミラクリースと三度にも渡って敵対してきた、【夜明けの月】にとってある種ライバルとも言える存在だけれど、あたしからすれば魔法方面での師匠。ライズが絡まなければマトモどころか頼りになるのよね。あたしに【エリアルーラー】を勧めてくれたのもこの人だし。
……ここは、成長した姿を見せつけてあげますか!
「お手柔らかに……は、結構ですブックカバーさん。ビシバシお願い」
「吾輩、出来の良い教え子にはそこまで厳しくはないのである。
まあ平行詠唱のクールタイムが0.5秒でも遅れようものなら蹴り飛ばしたりはするが」
「0.1秒だってズレないわよ。しっかりと、見ててよね? ──【風花雪月】!」
「ぬっははは! 良かろう!【テンペスト】!」
「おーい馬鹿二人! 範囲攻撃ガンガンしろとは言ったが、味方の視界を埋めるな!」
「「ごめんなさい」である」
──◇──
ライズ式デスマーチ開始時休憩班:カズハ・ドロシー・スカーレット・エンブラエル
移動要塞"ベラシート"内部──簡易拠点【夜明けの月】のログハウス
「これは驚きだね。【夜明けの月】のNo.2とNo.3が休憩か」
「休憩じゃないわよエンブラエル。一番問題が起こりやすいスタートダッシュ用に、対応力と瞬間火力が高い私達が選ばれたのよ」
とは言ってますが……勝手知ったる我が家と言わんばかりにスカーレットさんはソファで寛いでますし、フルーツジュースとお菓子も手の届く位置にセッティングしています。
カズハさんがスカーレットさんを甘やかしています。忘れがちですが、カズハさんは周りを甘やかしダメにしてしまうという意味不明な理由で階層攻略を降ろされた経歴を持ちます。どういう事ですか。
……4時間交代なので、休むなら全力で休むというのも正しいとは思いますが。
「そういえば、レベル上限……100から150に至るまでに、新たなジョブスキルやアビリティは得られませんでしたね。なんというか、もう少し特典とかあれば良かったんですが」
「スキルの性質とかはもうジョブチェンジの段階で殆ど解放され切ってるからね。
レベル上限100突破の時はサブジョブ。
150の時は空間作用スキルとジョブ強化スキル。
全冒険者に与えられた特典は基本的に外付けというか、別枠で用意されているのかもね?」
「おお、確かにそうだね。それにしては空間作用スキルには制限が多すぎるようだけど。
ゲーム……MMORPGとして見るとかなりアウトだよね、隔離階層の全プレイヤー共有って。
ゲームとして不自然なところは、【NewWorld】を【Blueearth】に変換する際に生じたゲームシステム変換の弊害……と見ていいのかな」
エンブラエルさん達もまた、先の事件で一気に記憶を取り戻しましたが……【夜明けの月】の不審な行動を長く見てきたからか、結構簡単に受け入れてくれました。
……一番大きな要因は間違いなくライズさんですが。
ああいう効率厨的な行動をしていた人を不審がっていましたが、記憶を取り戻した今ならばただのゲーマーだと納得してくれたようで。
そのおかげで、ライズさんがいつから記憶を持っていたかで周りと実際の期間に差が生じていますが。ライズさんの奇行は別に記憶が無い頃からそうなのですが。
「……【Blueearth】が正式なゲームでは無い以上、全ての要素が完璧に作られているとは思えないけれど……使えるものは使う。それが【夜明けの月】流よね。
でも……お兄様がジョブ強化スキルを使ってきたら勝ち目が無さそうなのよね」
「……グレンさんの妹さんなんだよな? 本当に。
家族と再会できるなんて運がいいね。俺の家族は多分誰も【Blueearth】には居ないだろうからなぁ」
「エンブラエル君はどういう家庭だったの?」
「単純に、みんな国内に居ないんだよ。だから国内先行体験はムリ。親父がパイロットで、母さんがCA。兄さんが南極にいて、下の弟は海外の遺跡カメラマン。俺は飛行機整備士で国内の空港に常駐していたんだ」
「凄いね! 整備士さんだったんだ」
「……変な縁と言えば、親父……マスタングの親父は、下町の部品屋だったのかもしれないな。会った事がある気がする。……いや、気の所為だったかも」
【コントレイル】の元ギルドマスター、マスタングさん。色々あって【Blueearth】から脱出し、現在は月に到着……しているといいのですが。
しかし、心を読む限りは……。
「きっとマスタングさんだと思いますよ、その人。
だとしたらまた、運が良かった事になりますね」
「良かったじゃないのエンブラエル。ドロシーは人の心が読めるのよ? きっと間違いないわ」
「本当? ………………だったら、凄く嬉しいなぁ。
そうだ、【Blueearth】が終わったら親父を拾いに行かないとね。メアリーが勝ったら、月まで行けるかな」
「行けるよ。メアリーちゃんなら、多分手伝ってくれた皆の願いを叶えられるだけ叶えると思うよ」
それは本当にそう。"エルダー・ワン"との約束だって果たそうと心から思っていましたからね。
……しかし、家族。エンブラエルさんはマスタングさんを本当の父親のように思っています。
……僕は、血の繋がった家族にはそこまで執着はありませんが。
【夜明けの月】の事を思うこの気持ちは、きっと家族愛なんだと思います。
……だから、変に兄弟喧嘩する前になんとかガス抜きさせたいんですよね。ライズさんと、スペードさん。




