393.夜明け:家族愛
──宝珠捜索開始から二週間経過。
トップランカー・【夜明けの月】共に主要陣での進捗会議も、これが最後になる。
「……レベル上限の開放、宝珠の準備。ともに完了だね」
「アザルゴン王、最後の方は半ギレ入ってたなぁ。ヒガルの"焔鬼大王"を思い出す」
「一気に100人近くで押し掛けたからな……。これでいいんだよな?」
「少なくとも【夜明けの月】とその協力者は全員に行き届いたわ。じゃあ……」
グレンが立ち上がる。
──今後、こうして席を合わせる事は……全てが終わるまでは、無いだろう。
「では、予定通り明日12時より正式に"【Blueearth】争奪戦"を開催する。構わないね?」
「【ダーククラウド】異論なーし」
「【飢餓の爪傭兵団】今からでもいいぜ」
「【夜明けの月】も、準備万全よ」
「うんうん。では改めて【井戸端報道】に連絡を回してもらおう。とはいっても中継が入るのは【夜明けの月】が170階層にたどり着いたらの話だが」
正式にトップランカーとドンパチするようになるのはあと19階層先。
だが、その追いつくまでの時間でトップランカーはレベル上げが出来てしまう。
……のだが、現在トップランカーの最前線もまた170階層。約束通りに進行するためには、逆にトップランカーも【夜明けの月】が追いつくまでに20階層を攻略しなくてはならない。
つまり、攻略しながらのレベル上げをしなくてはならないという点で見た場合は五分五分だ。
しかももしトップランカーが190階層に辿り着いたとして、それ以上は攻略しない。これはさっさと攻略したい【ダーククラウド】としては手痛い停滞だろうな……洒落ではないが。
「よし。じゃあ次に顔を合わせる時ぁ殺し合いだな。楽しみにしてんぜ【夜明けの月】」
「こっちがどのギルドから行くのかも楽しみにしていてくれ。では」
ウルフとグレンが退室する。残されるは、ハヤテだが……。
「……メアリー。少しライズを借りていい?」
「……そうねぇ……ツバキはいらないの?」
「いらない、と言うのは憚られるけれど……黒木家的な話がしたい」
「そ。じゃあ勝手にどうぞ」
……俺が口を挟む間もなく売られた。
まあいいか。ここが最後になるかもしれないしな。
──◇──
【第150階層 忘却未来ジェイモン】
──外部接続セキュリティゲート(設備放棄済)
「……どこまで歩くんだよー」
「お、ほらライズ、あそこあそこ。ウルフとベルとサティスが何か話しているよ」
「あのなぁ兄貴。言いたい事あるならしっかり言えよ。……それで解散しただろうが、【三日月】」
「ぐぅの音」
「出てる出てる」
ハヤテに連れられて、でも話す覚悟が決まらず……ジェイモンの端っこまで来てしまった。
なんかこんなのばっかりだな俺達。兄弟だからかな。いや、姉弟か?
【ダーククラウド】ギルドマスター、ハヤテ。
元【三日月】ギルドマスター。
或いは俺の兄貴、黒木翔。
「……そういや、親父と会ったか?」
「会ったと言えば会ったけど、向こうが記憶を取り戻してからはまだ。あの親父と顔合わせられないよ」
「被り物で顔は合わないだろ」
「やかましい」
……結局最後まで顔は見せてくれなかったな、親父。
被り物を脱いだところで、半裸の親父が出てくるだけなんだが。
そして兄貴は親父が親父だと知って……いたんだろうな。最初から。
「俺だけ記憶があって、出会う誰もが記憶を持たない。その事を知られてはならない。
……兄貴はずっとコレやってきたんだよな? 大変だったな」
「……成り行きだよ。それに、当時はボクの力で記憶を復活させる事はそもそも出来なかったから。知られる知られない以前に信じてもらえないよ。リモコンはメアリーさんの流用だからね。
……もしあったとしてライズには使えないし、だとしたらツバキに使う訳にもいかないから。何も変わらなかっただろうね」
「だな。……兄貴は、その身体のままでいいのか?」
「んー……これ自分の身体なのに言うのかって感じだけど、ぶっちゃけ凄く良くない? めちゃくちゃ美人だと思うの」
「否定できず」
「自分の事は男だと思ってたけど、それは男の身体に生まれて、男として扱われて、それで特に問題ないと思ってたからだと思うんだよね。今となったら別に身体が男か女かは案外どうでもいいんだよね。
……でも母さんと顔を合わせられないなぁ」
「多分あんまり気にしないぞあの人。親父があのまま目の前に出ても気にしないと思う」
「いやぁ流石に骨格ごと別物だし……」
「中身は変わらないだろ」
……他愛もない会話だが。
当然だが、俺の家族の話なんて俺の家族としかできない。
つい先日に親父と会ったばかりだが……こう、現実の話ができるのは貴重だ。
「全部終わったらどうなる。メアリーに転んでも天知調に転んでも、俺たちは現実世界には帰らないよな?」
「そうだね。ぶっちゃけどっちにせよ全人類データ化は確定だ。母さんもこっちに来る……。
もちろんゲーム世界ではないけどね。【Blueearth】は普通のゲームになると思うよ。その時は……また何百階層か追加するのかな。多分【TOINDO】に任せることにはなりそうだ」
「電子世界で電子ゲームする時代か」
「……まぁ、調さんが負けるわけないけれどね」
「どうかな。メアリーもなかなかやるぜ」
……風が一つ。
ここまで話しておきながら。隣同士で立ちながら。
──まだ、俺たちは顔を合わせていない。
「……昇。あのさ。今からでも【ダーククラウド】に来ない?」
「流石にありえねぇ。何でそんな事聞くんだよ」
「……調さんは、家族のために【Blueearth】計画を始めたんだ。もし【夜明けの月】がボク達を倒して調べさんの前に立ちはだかったとしても、メアリーさんは助かると思う。
……でも、他はどうだろうね。相手は絶対権力者だよ。この電子世界で死ぬ事は無いだろうけど、無かった事にはされるかもね」
「何を言ってんだ。今更そんな脅しが通じるかよ」
天知調とは、ここまで随分色々な形で関わってきた。
──性根の優しい人だ。そう悪い事はしないと、俺でも分かる。
当然、俺より長く一緒にいる兄貴なら尚更。
「……調さんは、ただ家族が安全に外を歩けるようにしたいってだけで【NewWorld】を開発したんだよ。
国、権力……その辺の懸念点を潰すために新世界を作る人だ。
つまり、懸念がある以上は何をするか分からない」
「天知調からしたら、メアリーは懸念では無いだろ。多分……メアリーに負けるならそれはそれで良いと思っているタチだ。何が懸念だってんだ」
「──スペードだよ」
兄貴は──変わらぬ口調で、それでも冷淡さを裏に隠して、言う。
兄貴は天知調のボディガードだ。……その存在を許すことはできない。
【NewWorld】に【Blueearth】をぶっこんだ事で生まれてしまった致命的なバグ。
大天才天知調によって引き起こされた、それに準ずる知能を持って生まれてしまったAI。
バグの首魁、スペード。
「"【Blueearth】争奪戦"終了までにスペードを脱退させろ、昇。
あれを持ったまま調さんの前に立てば、調さんはキミ達を警戒せざるを得なくなる」
……本気だ。
それが、俺にとってどれだけ嫌なのかも分かった上での……命令。
「──兄貴の命令に"はいわかりました"って素直に言える弟がいるか?」
「本気だよ昇。ボクはまだスペードを殺す武器を持っている。
手放すだけでいいんだ。後はこっちで処理をするから……!」
「俺はメアリーみたいに機械に明るくないが、世界のバグが意思を持って会話も交渉も可能ってのはかなり良い事なんじゃないのか?」
「調さんほどの知能がある。今こそいい具合に落ち着いているけど奴は丸々二年間、調さんから逃げ延びているんだよ!」
「本当に天知調はスペードを追っていたのか。 過剰に動いてこなければ割と放置していたんじゃないか?
……あの人、もしかするとスペードすら殺したく無かったんじゃないか?」
「それは! ……そう……だよ」
ハヤテとは、ヒガルでの決闘で本音をぶつけ合った。
……でも、それはそれとして言いたい事があるんだろうな。
「……兄貴。俺は大丈夫だ」
その一言で、ハヤテは今日初めて俺の顔を見た。
──苦悶の表情のまま。
「……あの恐るべきバグが、ボクが取りこぼしたあの悪魔が、大切な人の妹と……大切な弟の側にいるのが、耐えられない。
何が起きるかわからないんだよ。……ボクがこうなったのは、アイツのせいなのかもしれないんだよ!
……そんな、酷い妄想に取り憑かれてしまう、ボクが嫌なんだ」
……ハヤテが、兄貴が今の姿になった理由。
【NewWorld】完成後──質量フルダイブのテストにて、7人の協力者が【NewWorld】へと送り込まれた。
小峠ヨネ。霧切うらら。アルス・グッドマン。月浦美都。鳳凰院ソニア。那桐傘座。
そして、兄貴──黒木翔。
【NewWorld】突入後、天知調生まれて初めての失敗が起きる──兄貴だけがデータを破損し【NewWorld】に散らばりかける。
強制帰還の前に、他6人の協力者はそれぞれの記憶データを揺籠として兄貴を保護。
以降、【NewWorld】は国際連合との取り決めの通りに納品されてしまい──天知調と6人の協力者は、兄貴を助け出すため【Blueearth】計画を始動。
天知調、人生たった一度の失敗。
それが自然に発生したものなのか──?
「……スペードは、【Blueearth】が【NewWorld】を侵略した事によるデータ衝突で生まれたバグだ。兄貴が分解されたタイミングとは合わないだろ」
「ボク達7人が【NewWorld】に突入した時も、【NewWorld】とデータの衝突は起きている。
……スペードの元となったバグが、その時に発生したとするなら。
外敵となったボク達を排除しようとしたのなら!」
……否定するほど詳しくはない。
ない、が。
「もしそうなら、そうだとしても【夜明けの月】で処理する問題だ。真偽はこっちで調べるし……決断するのはメアリーだ」
「調さんもメアリーも、昇も悠長すぎる! ボクは……!」
「いいから! ……いいから任せろよ」
二面性。
──アイコが諭してくれた、俺の性格。
「俺は、仲間であるスペードを信じたいと思ってるし……それと同じくらいに!
……もしも兄貴を壊したのがスペードなら、許さないとも思ってんだよ」
真反対の感情が、両立する。
矛盾した感情が俺の中で渦巻く。
だが、どちらもなあなあで終わらせるつもりはない。
「答えがどっちだとしても。やっぱり【夜明けの月】の──俺の問題だ」
これ以上話してたらダメだ。明日には動くんだからな。
……俺からは兄貴の方を見れなかった。気持ちが伝わってたら、いいんだがな。
──◇──
「いい話である」
「うわっ父さん。突然湧かないでよ」
「虫か何かのように扱うな翔。パパ悲しい」
「……まぁいいや。どこまで聞いてたの?」
「最初から。"黒木家的な話"なのだろう?」
「……はぁ。それ言われると怒れないなぁ。
父さんだったら、どうした?」
「オレ様はお前らのパパだぞ。
当然、お前らに何も言わずにスペードをボコボコにするだろうな」
「だよねぇ。黒木家ってそんなんばっかりだ」
「母さんも脳筋であるからな」
「ひどい家系だ」
「うむ。母さんならまず俺達を再起不能になるまでボコボコにして邪魔させなくしてから巨悪を潰すであろう」
「良かった父さん似だ」
「変人が集まるところは母さん似である」
「あっ……そうだね」
「今オレ様のどこを見た」
「全身」




