388.夜明け:宣戦布告
【第150階層 忘却未来ジェイモン】
──太陽の間直下、中央広場
「……さて。まず何より、この状況そのものを説明しなくてはならない。
ボクは──世界が誇る大天才、天知調の開発新世界サーバー……【NewWorld】の開発者の一人です」
ハヤテの発言にざわつく。
……アピーさんとかツララとかソニアが白い目で見てる。そうよね、開発者って言ってもハヤテってただの警備員だし。
「【Blueearth】は【TOINDO】と共同開発した、【NewWorld】のエンジンを利用した新世界サーバー対応の質量フルダイブ型MMORPG……というのは表の姿。
その正体は5000人以上の人質を取って表の世界を脅迫しつつ、その存在そのものが【NewWorld】を侵食するという超巨大なコンピュータウィルスなんだ」
「……ウム……」
腕を組んで黙っているバーナード。【TOINDO】の御曹司としては丸々利用されただけだし、思うところはあるのね。
その後ろでニコニコ笑ってるゴローさんは、先代社長のはずなんだけど。寛容すぎる。
「ウィルスの侵攻は205階層に到達した事で成される。つまりみんなは……知らずのうちに天知調に利用されている、共犯者にされた事になる」
「わざわざ反感を買うように言うんじゃねぇよ。目的は何だ」
「【NewWorld】の支配。調さんは30年を待たずして全人類を【NewWorld】へと移行させようとしている。
……調さんの敵はいつだって権力者だった。支配には興味が無いけど、自分と家族が死の恐怖に怯えずに外を出歩ける世界を作るには、ここまでしなくてはならないんだ。
人類管理とかをするつもりは無い……と言っても理解されないだろうけど」
「そこはどうでもいいんだよ。一々いらん事挟むな。
その計画が実現可能なのか、成し遂げられた後に俺達はどうなるのか!」
……なんかさっきから、ウルフがかなり話を進めてくれるわね。助かるけど意外だったわ。
「えっと、まず計画の現実性については保証する。そもそも【NewWorld】は国際連合に奉納したけど根本的には調さんとボク達が作ったものだ。【Blueearth】ウィルスによって主導権の書き換えが済んだら100%誤作動なく動かせるよ。現実側の【NewWorld】を保存している圧縮空間もとっくに(うららが)回収してるから、現実側の干渉で【NewWorld】が破壊される事はない。
全人類電子計画だって、去年全人類のデータ採寸が終わった。だからそのお披露目としてゲームとしての【Blueearth】が開発されたわけだからね。今すぐに全人類電子データ化したとしても問題は無い。
それで、そのあと皆がどうなるのかは……まだハッキリ決まってはない。
でもとりあえず、共犯者としての汚名は与えない。記憶操作で全人類からこの3年間……現実では一年に満たないけれど、【Blueearth】稼働中の事件に関する記憶を消す事になる、かな。記憶干渉はかなり大変だけど、キミ達が今日まで現実を忘れていたように……無理な話ではないと、理解してくれるはずだ」
「……記憶の操作ねぇ。なんでも思い通りか?」
「思い通りだ。こればっかりは調さんの我儘だ。完全に個人的事情で人の記憶を好き勝手操作してしまう。
先ほども言った事だが、これは調さんが生きるためにやった事だ。ここの文句は……別の問題として、改めてお便りフォームにでも送ってくれ。ボクは調さんの味方である以上、そこに言及はできない」
ある程度のざわめきは理解できるけど……思ったより落ち着いてるわね。ウルフは気に入ってなさそうだけど。
「つまり、このまま【Blueearth】を攻略すれば世界的犯罪の片棒を担ぐ。たとえそれが全人類の記憶から無くなったとしても……そういう事かな?」
「そう。だから、キミ達はここで攻略を辞めてもいい。そうすれば【Blueearth】による世界征服に抗った事になるし、万が一にも外の世界による干渉で【Blueearth】計画が御破算した時に罪を被らずに済む。むしろ英雄扱いだね」
「……マイクもらうよ、ハヤテ君」
壇上に一跳びしたのは──着物女児、ジョージ。
……ネームバリューならジョージが最適よね。
「ご存知の方はいるだろうか。俺は……"最強の人類"などと持て囃されていた男。谷川譲二だ」
ここ一番のざわつき。そりゃそう。
あのクソ強ゴリラが超美少女になってるんだから。
「俺は現実世界側から、最後の希望としてこの【NewWorld】に送り込まれ──天知調に敗北した。その後この身体へと弱体化させられ、現実世界の記憶を持ったまま野放しに出来ないため【夜明けの月】に匿われていた。
……ハッキリ言って天知調の知能は全人類を凌駕している。現実世界側から【Blueearth】を、天知調を出し抜く事は出来ないと俺は考えている」
あの"最強の人類"が言うなら間違いない、と納得してるのも多いわね。
明らかに見た目が違うけど、ここまでの異様すぎるフィジカルと醸し出される圧倒的オーラから納得せざるを得ない。
「……もしキミ達が攻略を諦めたとしても、ボク達【ダーククラウド】がなんとかして攻略する。それを止めるのも、止めない。正当な権利だと思う。
ただ、ここからが問題なんだよね。……メアリーさん、頼める?」
「ええ。交代よ」
【飢餓の爪傭兵団】と【真紅道】からしたら、"じゃあ【夜明けの月】はなんなんだ"って話だものね。ちょっと緊張するわ。しっかり話せるかしら……。
「ご紹介に預かりました、悪の組織【夜明けの月】のギルドマスターメアリーよ!
本当の名前は天知真理恵! あの大天才天知調のたった一人の妹! 信じるかどうかは任せるわ。
あたしは、お姉ちゃんからこの【Blueearth】をぶんどりに来てるわ! どうしたって安住の地は無いわね!
お姉ちゃんに世界征服されるか、あたしに世界征服されるか選びなさい!」
──◇──
メアリーの啖呵が予想の斜め上に行った。いやまぁ間違って無いけどさ。
……そうだよなぁ。【飢餓の爪傭兵団】と【真紅道】からしたら、どう転んでも世界征服はされるんだよな。
「ライズさん、あれ大丈夫でしょうか……脳内はパンク寸前ですが」
「大丈夫だ。喋ってれば調子出てくる」
【夜明けの月】の目的を、改めておさらいしておくと……。
トップランカーを下して階層攻略権を掌握し、これ以上【Blueearth】を侵攻させない状況にする事で天知調を交渉のテーブルに着かせる。
だからここで【飢餓の爪傭兵団】と【真紅道】が降りてくれるならそれに越した事は無いんだが……。
「……じゃあ、攻略すっか」
「総頭目! ええんです?」
「唯一の道があるだろ。メアリーと同じ事をすりゃあいいんだ」
ウルフは頭の回転が速いな。
そう。メアリーのやってる事は別に【夜明けの月】じゃなくても出来るんだよ。
「まず【夜明けの月】が追い付けないよう攻略を再開する。そんで【ダーククラウド】と【真紅道】を潰して、【夜明けの月】を迎え討つ。
そうすりゃメアリーの言うように、攻略の手綱を俺たち【飢餓の爪傭兵団】が握る事になる。俺たちが【Blueearth】をぶん取れる。
要するに205階層に到着しなけりゃ【Blueearth】はその時最高位にいる連中のものになるんだろ?」
「……君たちに任せられるか。その椅子は【真紅道】にこそ相応しい」
流石に3年間ガチ勢やってきた連中だ。闘争心は揺らがない。
……むしろやる気を焚きつけちまったか?
「……分かったわ。じゃあ、予定通り後ろから叩き潰す。
あたし達を止めたければ【ギルド決闘】で相手してもらうわ。勿論、そのまま通してくれてもいいけどね?」
「ハッ。いいぜ、待ってやるから早く上がってきな」
「我々は逃げも隠れもしないよ。【ダーククラウド】と【夜明けの月】を倒さない限り平穏は訪れないのだから」
……さりげなく、一番問題だった所が解決したな。
つまりはどうやってトップランカーを乗せて【ギルド決闘】するか、って部分だ。
トップランカーに相手にされず階層攻略を進められたらこっちの負けだったからな。基本情報を共有して目的も全部バラしちゃったが、そのおかげで逆に【ギルド決闘】の確約を頂いたわけだ。
「だとして、次は……レベル上限の解放についてだね。ライズさん、そろそろ出てきてくれるかな」
うん。ここからは俺か。いやだなぁ。
壇上に上がり──ハヤテの隣に立つ。
このまま突然横っ腹に風穴空けたら諸々解決しないかな。
「……レベル上限について、だ。100レベ突破ん時もそうだったが、正式に150レベルの壁を突破するには条件がある。それについても解明済みだ」
トップランカーにそれを教えない……というわけにはいかない。
【セカンド連合】とのゴタゴタの間、トップランカーは(一部お祭りを除き)こっちの邪魔をせず、むしろ協力してもらっていたからだ。
ここで不義理であったら、【ギルド決闘】を受けてもらえなくなるだろうな。
だから、少しでも有利にするために一つだけ。
今この瞬間にしか使えない、俺の最後の手札を切る。
「だがその前に。お前らが気になっている事を説明させてほしい」
「気になってる事……?」
「そのものズバリ、俺の事だ。
──俺はメアリーと共に【夜明けの月】を設立した。その前は一年間潜伏して、その前は【三日月】。お前らは半数近くは【三日月】時代からの友人だよな?
……お察しの通り。俺は最初から記憶持ちだ」
理解した【真紅道】と【飢餓の爪傭兵団】がざわめき、【ダーククラウド】と【夜明けの月】も驚く。後者は"何言ってんだこいつら"って驚きだが。
──実際は全然嘘だ。だが、俺が最初から記憶持ちであるというハッタリはここでしか使えない。
「た、確かに。あの異常極まりない階層研究は今にして思えばイカれたゲーマーのそれだ」
「ライズ式レベリングもそうだ。倫理観と労働基準法を無視したような重労働は間違いなく廃ゲーマー。シラフでやってたらやべぇよな」
「浮いてたもんなあいつ」
ははは。ここぞとばかりの罵詈雑言。泣きたい。
だが泣けない。"そうです計画通りです"という顔でいかなくてはいけない。
「……つまり、俺は3年分お前達より先を行くゲーマーだ! ゲームとして【Blueearth】を知る者の中で俺より優れた者はいまい!」
います。"最強のゲーマー"アシュラことクローバーとかいます普通に。
「この経験値を前にして、全く同じ土俵で戦えるか?
こっちはレベリングしながら攻略するなんて訳無い話だ。だがお前達はどうだ?
果たして俺がいる【夜明けの月】の攻略速度を振り切って、トップランカー同士で潰し合えるか?
そこで、ちゃんとルールを決めよう! ハンデ戦だ!」
あたかも凄いゲーマーみたいに。
──何が起きてもトップランカーを逃さないように!
「トップランカーは3ギルド。残る大階層は5つ!
大階層ごとにトップランカーが待ち構えるスタイルで行こう! 俺たち【夜明けの月】は必ず、待ち構えたトップランカーを倒すまで先には進まない。トップランカーを無視しない!
勿論、【夜明けの月】が指定した階層に辿り着くまではトップランカーで共同で攻略して構わない。レベル上限が取っ払われたところで、バラバラに攻略できるような難易度じゃないだろ?」
この手の話に最初に食いつくのは──ウルフではなく、グレン。一番判断が早いのはお前だよな。
「……確かに、それは嬉しい申し出だ。うん。【真紅道】はその案を呑む。二人は?」
「あー……まぁ、そりゃそうか。ちゃんとレベル上限解放の手段は教えるんだろうな?」
「今すぐにでも。だが先に確約が欲しい。もしその後で俺達が情報を出し渋るというなら、【夜明けの月】の存在を快く思わない【ダーククラウド】が俺たちを処分する」
「えっ」
「するよな?」
「……えっと……うん。します。
【ダーククラウド】としても、うん。それがいいと思うよ」
兄貴、やっぱり立場的に【夜明けの月】と敵対してる事を忘れてたな。
これで約束は取り付けた。これで……【ダーククラウド】は出し抜けない。
このまま全部無視して【ダーククラウド】が205階層に辿り着いたら終わりだ。なんとしてでも足を止めてもらうぞ。
「……よし、じゃあレベル上限解放の手段についてだが……そのついでに、もう一つ提案する!」
「まだなんかあるのかよ」
ウルフが唸ってる。だがこれは悪い話じゃないぞ。
「【セカンド連合】との戦いで盛り上がってたところに記憶関連で水を差されたんだ。ここはもう一度盛り上げていこうぜ!」
──もう、【Blueearth】にいる全人類を巻き込んでしまおうという話だ!




