385.know
さて。どこから話したもんか……。
とりあえず"ディスカバリーボーナス"からだな。
《──門を潜りし者には叶わず。
天界を覗いた者は宝珠を携え、
無座の王に献上する。
これは第二の試練である》
こんな感じ。
レベル上限100を突破した時、ヒガルは"焔鬼大王"の大鐘楼で得た情報。
"門"については、その時点では最前線はまだ79階層に辿り着いてなかったから"羅生門"の存在は知られていなかったが、"焔鬼大王"や鬼の日常会話でちょいちょい出ていた。ある程度は想像できた。
天界ってのははっきり確証は無かったが……まぁヘル階層で煉獄都市だからな。次の80階層がヘブン階層とかなんじゃないかとは予想されていたし、そうなんだろう。
宝珠はよくわからんが、とにかくヘル階層を攻略せずヘブン階層に辿り着いた者が、宝珠を持ってロスト階層のフロアボス……アザルゴン王に宝珠を献上する、という事だとは想像付いた。
……別に俺じゃなくても想像は容易に付くくらいは分かりやすい。この情報は、かなり厳重に管理しないといけないと思い、【三日月】のハヤテとツバキにも内緒にした。
門を潜らない、という点においてはアテがあった。オーシャン階層の"コスモスゲート"によるワープゲートは、オーシャン階層内だが階層間を跳び越えることができる。だとするなら、そのままヘブン階層まで飛ぶゲートがあってもおかしくない。
……とはいえ、俺でも見つけられなかったもんだ。動くのは宝珠の詳細が分かってからでも良いし、ひとまずは"ディスカバリーボーナス"を持っている可能性があるという点を武器にしていこうと考えて──
……【三日月】が解散、したんだよな。
そこから一年はこれに関する事はマジで何もしてないんで割愛する。一気にメアリーとゴーストと出会って、【夜明けの月】を結成するあたりな。
本格的に階層攻略を再開するにあたって──当時の俺は途中下車を前提として動いていたから、この"ディスカバリーボーナス"を誰か信頼できる奴に引き継ごうと考えていた。
階層研究ギルド【草の根】がまだ宝珠とやらを見つけていないあたり(この時点で既にセリアンは宝珠を手に入れている訳だが……)、まだ猶予はありそうだ。
この"ディスカバリーボーナス"が本来どの段階で手に入る情報なのかは分からなかったから、もしもバレた時の事を考えた。
【草の根】はこの情報を流した時点でレベル上限解放まで持って行きかねないからアウト。トップランカーには交渉材料にするので論外。
味方か、或いは完全な中立な立場に任せるしかない。
というわけで、多分味方か最悪でも中立の立場になる【象牙の塔】のイツァムナにこっそり教えた。
……まぁ、根拠は全部アテが外れて……イツァムナはゴリゴリに宝珠を奪い合う【セカンド連合】の大幹部になってしまったんだが。
「ハヤテの事を"人を見る目が無い"とか言ってるけど……アンタも大概よね」
ごめんて。
とにかく、俺は階層を攻略しながらついでにレベル上限解放の方も手を回していた。
オーシャン階層でタルパーが遂にエンジュに飛ばされたと聞いた時はビビった。あまりにも都合が良すぎるからな。
だから【首無し】と交渉して、階層ワープビジネスは待ったをかけていた。こうすりゃタルパー以外にレベル上限を解放させられる奴は居なくなるからな。
ヒガルで宝珠の話が出たあたりで、やっと話が進んだが……俺からすれば割と余裕だったんだ。今言ったように、【Blueearth】ではこのクエストを進められるのはタルパーだけだからな。
あとはコレを【首無し】とかに勘付かれたら困るから、なんとかして【首無し】を潰すかデュークを完全に味方に引き込むかしないとなぁ、って方が不安だったな。
ミラクリースで【象牙の塔】と決着が付いたあとイツァムナに確認したが、イツァムナはレベル上限解放クエスト、ひいては"宝珠争奪戦"自体には興味が無かった。……あの段階ではイシュテルを追う方が急務だっただろうから、イシュテル騒動が終わるまでは警戒していたが。
ミッドウェイで【首無し】問題とイシュテル問題を纏めてデュークが監獄へ持っていってくれた。
改めてこのタイミングでイツァムナと交渉して、イツァムナには【象牙の塔】から一時的に離脱して……タルパーをロスト階層まで攻略させる手伝いをしてもらった。
これは宝珠が7つ手に入った時点ですぐにクエストを進めるための下準備だ。イツァムナがいれば、もし【セカンド連合】が7つ揃えたとしても【セカンド連合】名義で宝珠を扱える可能性もあるし天……あくまで保険だな。
ミザン……ってか【黒の柩】脱獄の際にデュークと色々と話して分かったが、ミッドウェイの"セスト・コーサ・マッセリア"は"MotherSystem:END"とつるんでいた。そんで"セスト・コーサ・マッセリア"と【首無し】がつるんでるんだから情報は筒抜けだった訳だが……タルパー関係の話はまったくもってレイドボスと関係の無い事だったから、"MotherSystem:END"には話が行ってなかったらしい。というか多分、それを盾にデュークは"MotherSystem:END"と交渉するつもりだったんだろうな。俺の挙動が怪しかったからか……?
そんでサカズキでの一ヶ月のチャージ期間に、一気に"MotherSystem:END"対策を始めた。
必要な事は二つ。一つはタルパーを臨時で【夜明けの月】に加入させる事。もう一つは"エルダー・ワン"関連だ。こっちは今は割愛するが……。
情報収集の【首無し】が不在になったあの段階ならメアリーが突然タルパーと会いに行っても騒がれなかった。それにここまできて突然あそこまでレベルの低いタルパーをメンバーに加えるとは思われないだろうし。
で、カフィーマ後。いざフューチャー階層ってタイミングで……メアリーに頼んで、俺たちの持つ宝珠6つをタルパーに預けた。ちなみに対応させたのは青の宝珠。あいつには海が似合うよな。
タルパーも立派なギルドメンバーだから問題は無い。
……これは割と賭けだったが、アカツキがあれでいてもう半分くらい宝珠を諦めてたっぽいから盤外戦術を考えることにした。
もう敵はアカツキじゃなくて"MotherSystem:END"だ。人間嫌いのレイドボスがどれだけ厄介かは……"スフィアーロッド"や"ヘヴンズマキナ"で身に染みただろ?
このタイミングでクエストが進む="ディスカバリーボーナス"の内容に触れる事になると踏んだ俺は、宝珠をタルパーに持たせた。最終目的地がロスト階層ってわかってた俺は、今の宝珠のルール──宝珠所持ギルドしか宝珠を持てないというルールだけは撤回されると知っていたからな。だって絶対ギルド外の奴になるからな、条件的に。
俺達の持つ宝珠自体は同じ【夜明けの月】にしか渡せないが、その後だとギルド関係なく宝珠を手に入れられるようになるはず。だからイツァムナにサポートを依頼した。
まぁ、色々想定通りだったから階層凍結だけは解除してもらわないといけなかったんだ。肝心のロスト階層が凍ってたら意味ないからな。
本当はそこまでしなくとも、メアリーが紫の宝珠を手に入れたからさっさとロスト階層に行くだけで良かったんだが……残念ながら俺達はフューチャー階層から出られない。
とはいえ"MotherSystem:END"だけが何らかの方法でフューチャー階層を出たとして……あいつにも宝珠は無い。あいつから見たら宝珠は【夜明けの月】が全部持っているんだから、"カフィーマ・リバース"が戻ってきて130階層までとフューチャー階層以降が接続されたらクエストを進められちまう。
だから何らかの方法で宝珠を用意するだろうとは思っていた訳だ。
で、俺は"焔鬼大王"のおかげで宝珠自体は各階層にもある事を知っていた。【焔鬼の烙印】とかはまさに"焔鬼大王"の持つ宝珠の欠片だしな。
という訳で、多分"MotherSystem:END"もこれを利用するだろう。
後はイツァムナに任せた。イツァムナだけは"ディスカバリーボーナス"を知っているし、宝珠は6つタルパーに持たせた。ロスト階層の宝珠をイツァムナが確保すれば、それで宝珠は7つ揃う。
ノータイムでアザルゴン王に献上して、フィニッシュだ。
……そうなると、"MotherSystem:END"は大急ぎで帰ってくるだろうが。
そこでお前の出番なわけだ。
──◇──
【第150階層 忘却未来ジェイモン】
"多層階層"虹の舞台
いかん。
すべての計画が狂った!
既に"MotherSystem:END"としての殻は捨てたが──こうなっては、一度立て直すしかない!
最後の保険、フューチャー階層へと片道ゲートを使って戻れば──
『おかえり"MotherSystem:END"。散歩は楽しかっただろう?』
──私の亡骸の上に座すは呪いの白竜。鱗無き竜。
お前、は、レイドボスとしてのデータは無いはず。
「なぜ、そこにいる……"エルダー・ワン"!
お前は……いや、なんだその虹の輝きは」
"エルダー・ワン"の身体は。鱗無き白。そこに怨念の闇が纏うものだったはず。
今"エルダー・ワン"を包むは虹──オーロラの羽衣。
そんなデータは、何処にも無いぞ……!
『その通り。我はセキュリティシステムとしての"エルダー・ワン"である。
が……元はレイドボスと一体化していたのでな。レイドボスの力を受け入れる器自体はあったのだ』
「──まさか、この私の亡骸を利用してレイドボスに成り変わったというのか!」
『いやいや、貴様の遺物にはそこまでの力は残っておらんよ。そも崩壊寸前のデータなぞとても使えん。
むしろ完全に潰させてもらった。この席を譲ってもらうためにな』
──レイドボスの席そのものが変化する事は、そこまで無理な話ではない。
サバンナ階層では"カースドアース"がそもそも空席となり、ジャングル階層では"グリンカー・ネルガル"と"グラングレイヴ・グリンカー"が共存。
ナイト階層では"セスト・コーサ・マッセリア"が"セスト・テスコ・アルバーニ"へと引き継がれた。
とはいえ、それは正式にレイドボスとしての資格を持っている者に限る。
だとするなら、この"エルダー・ワン"は何の資格を──
「……まさか、こうなる事を予見していたのか!?」
『否。これは我の貯蓄である。貴様の為に使う羽目になるとは思っておらなんだ。いい迷惑だぞ"MotherSystem:END"……だったもの、と呼ぶべきか?』
生意気な白トカゲの背後には──全てのレイドボスの影。
全員から、少しずつデータを掻き集めてきたというのか……!
『さて。"MotherSystem:END"は潰えた。宝珠も持たず、レイドボスとしての力も失った。
どうするかね【夜明けの月】。今の我ならば、そこな小物は容易く潰せるが?』
──小物。
そうか。
……詰んだか。
「【Blueearth】は、壊せず終い……か」
目を閉じる。
もう一介の人間となってしまった私には、それだけで何も見えない。
不便なものだ。……それを自ら選んだのだが。
──こうして、長きに渡る"宝珠争奪戦"は──
──"MotherSystem:END"の抗いは、幕を閉じた。




