382.砂城の王子
【第150階層 忘却未来ジェイモン】
"多層階層"虹の舞台
──side:メアリー&ライズ&クローバー
アカツキ。
セカンドランカー最強ギルド【月面飛行】のギルドマスター。
【Blueearth】の歴史の中でも最大人数のギルド連合【セカンド連合】の創立者。
……構うまでもないチンピラのようでいて、時たま見せる勘強さ。
総じて"よくわからん"男だ。
「俺さ。正直アンタの事は眼中に無かったぜ。
持て囃したところで結局は途中下車した奴だ。そんなのセカンドランカーでは山ほど見てきた」
「そりゃそうだ。というか、今は違うのか?」
「【夜明けの月】全体を見直した。カフィーマじゃ迷惑かけたからな」
「……迷惑を理解できるようになったのか」
「ひでぇ。……ま、お陰様でな」
なんとも、やりにくくなった。
自信に満ち溢れるクソガキだったアカツキは、多分アイコのカウンセリングのお陰か随分と落ち着いた様子だ。
……カフィーマでの【月面飛行】一斉解雇。それによる"宝珠争奪戦"の結末の先送り。
それは即ち、"カフィーマ・リバース"が懸念していた"MotherSystem:END"の悪事の先送りでもあった。
宝珠が7つ揃った瞬間に、"MotherSystem:END"は何かを企んでいた。だからそれを回避するために──或いは、仲間がこれ以上利用されなくするために。
「随分とリーダーらしくなったな。ある種魅力半減だ」
「安心しろよ。俺はまだしっかりカスだ。
……別にお前らに肩入れするつもりはねぇよ。負けたら渡すが……勝ったらちゃんともらうぞ、宝珠」
「デカい口を叩くように……いや、そこは元々か」
さて。
困った。
……実際問題、【スイッチヒッター】としては元からアカツキの方が強いんだよな。
しかもカフィーマで見た感じ、ちゃんと【スイッチ】も戦術として取り入れるようになってる。
……ここでも、既に読み合いに負けてるしな。ここは……出し惜しみはできなさそうだ。
「【スイッチ】【壊嵐の螺旋槍】!」
「【スイッチ】【黒葡萄】!」
距離を詰めるための神速の槍。
対するアカツキは接触起爆の爆弾槌。
相性不利──だが、通す!
「──【スターレイン・スラスト】!」
「来るかよ! なら受けて立つ!」
【黒葡萄】は片手槌だが、アカツキの左手には何もない。片手槌だけ設定している?
とりあえず目に見えた武器じゃないなら何とかなる。流星を纏う突進は、爆発によって押し止められ──お互いに武器を弾かれる。
「「【スイッチ】!」」
近距離での殴り合い。アカツキは剣を出すだろう。
先ずは手を奪う。【簒奪者の愛】と【影縫:猿飛】の短剣二刀流。この近距離なら最速の攻撃だ──!
「──なんちゃって」
「え」
──アカツキの武器が、変わってない。
宣言しただけなら、【スイッチ】宣言分──アカツキの方が速い。
「【兜割り】ぃ!」
「ぐげー!」
単純な振り下ろしスキル。だが爆弾棍棒だ。
爆発で吹き飛ばされる──こっちから攻撃できてないから、武器を奪う事もできてないな。
死にはしなかったがしっかりダメージを受けたな。
なんというか、うん。もしかして俺って単純なのかな。
「次だ! 【スイッチ】【道化師の隠し銃】!」
「やべ──"スライドギア"!」
アカツキの獲物は片手銃。
一度弾いた俺を一方的に攻撃できるからな。そりゃそうなる!
だがどんな体勢からでも並行移動するアイテム"スライドギア"なら回避できる。
距離はあるからな。こっちも銃を選ぶしかないが……。
「【スイッチ】【封魔匣の鍵】!」
「【スイッチ】【サンダーボルト】!」
アカツキが持ち替えるは、雷の槍。
おっとそれはまずい。またしても相性不利──
「行くぜライズ!【スターレイン・スラスト】!」
「クソァ!──【ゼロトリガー】!」
出の早い超高速突進スキルだ。適当に【ゼロトリガー】しても勝手にクリーンヒットしてくれる。
……片手銃だとこれレベルじゃないと相殺できない!
相殺。だが【スイッチヒッター】に武器弾きによるクールタイムは無い。
「「【スイッチ】!」」
──立て直しが必要だ。片手槌【灰は灰に】に盾【ゴルドバックラー】。煙幕焚いて一度距離を──
──おい。ここも読まれるのかよ。
アカツキが選んだのは──この近距離で、両手銃かよ!
「防御貫通だ! 【デッドリーショット】!」
「クソッ、いい加減にしろよ……!」
黒い稲妻が横一直線。戦場を走る──
──◇──
アカツキは、これまでまともに【スイッチヒッター】を鍛えてこなかった。
そも第3職を渡り歩く変人。【スイッチヒッター】としての練度自体は、正直な話がライズを上回る事は無い。
彼が彼を"最強の武操者"たらしめているのは、武器の扱いではなくジョブの扱いである。
相手の土俵で勝ちたいというあまりにも無謀なバトルスタイルに、特別負けず嫌いな性格。それが産んだ副産物。
──あらゆるバトルスタイルの超高速習得。即ち、その場での情報習得。
"同じジョブ"との戦闘経験に関しては、アカツキの右に出る者はいない。そしてそうなった場合、最も有効なのは──如何に相手の嫌がる手を知っているか、に限る。
アカツキという男は、そのジョブを選んだのは全くの偶然だったが──正に【スイッチヒッター】を天職とする存在なのだ。
しかし、これまではその素質に気付いていなかった──別に今も自覚はしてないが──。
アカツキが【スイッチヒッター】として修練を積み始めたのは、【夜明けの月】がミラクリースにいた頃──【夜明けの月】と【水平戦線】の"宝珠争奪戦"を見てから。
かつての仲間バルバチョフが、映像の先から言っているように感じた。
──こいつらが、お前を潰すぞ──
その時点でアカツキは現実世界の記憶を取り戻していたが──ブックカバーやマックスのように想い塞ぐほどの過去は無く。
ただ、諦観があった。
このまま【夜明けの月】から宝珠を奪い返したとして。宝珠の力を得たところで。
……トップランカーには勝てない。そう、心のどこかで諦めていた。
そんな時にバルバチョフの発破である。悩む暇もくれない。さっさと本気を出せと、言われた気がした。
──それから。人知れず、こっそりと。【スイッチヒッター】としての戦い方を学び始めた。
コツは"後出しジャンケン"だ。
相手の嫌がる手を見抜いて──それが無理ならなんとなく感覚で──素早く、可能な限り同時に近いタイミングで繰り出す。
【スイッチヒッター】同士の戦いにおいては、それが最大限活かされる事になった。
実際、ライズは武器も命も一方的に削られている。
明確な有利対面だ。
アカツキという男は、後で確実に調子に乗るために、戦闘中は調子に乗らない。
冷静に、ライズにできる手を見抜いていった。
アイテムを活用した手数の多さ。なるほどそりゃ厄介。
だが──それ込みでも、まだ予測の範疇だ。
ライズにゃ出せない手札がある。
少しでも突出した火力を見出すために、ピーキーな武器やアイテムに頼っている。だがそんなマイナー装備、大抵は厳しい発動条件とかその辺があるんだよ。
だからライズの手は、かなりガタガタだ。奇策もまとめてバランス良く手札を揃えているせいで、奇策に偏った部分の手札が結果的に弱くなっている。
そこを突く──のは、二流だ。そこまではライズもわかっているから。
そこは撫でる程度に。あくまでライズ自身が考えた手を読んで、そこに返し手を合わせる。バランスの悪い部分に誘導すれば、弱いとわかっていても手を誘導させられる。
「──さあ、次はどうするよライズ! もうお手上げか?」
「るっせぇ。【スイッチ】── 【忘れじの灰晶短剣】!」
「【スイッチ】【クレイガード】!」
投擲に強い盾。ライズが呼ぶのは一撃で壊れる短剣。
分かりきった不利対面でも、今のライズの位置と俺が見せた装備からはこうするしか無い。
……なんか、おかしくないか?
ふと、違和感を覚える。
あまりに上手く行きすぎている。
いや、俺の方が上手なのは間違いねぇけど。
そうじゃなくて、ライズの行動は──
──まるで、後先考えてないみたいで──
「──流石はセカンドランカー最強。簡単には勝てないな。
【スイッチヒッター】の先輩としては脱帽だ。"最強の武操者"の称号は貰えそうにないな」
ライズは──武器を構えない。
となるとアイテムだ。まだ見せてない何かを出すつもりだ──!
「【スイッチ】【サンダーボルト】──」
「"ミステリータイム"!」
──僅かに、視界が揺らぐ。
違う。俺そのものが空中に固定されて、ゆっくりと回転している……?
「発動条件は……"時計の針を一周させる事"。だがこの時計は1時間進むためには……その度にお前に接触しなくてはならない」
ライズの首に下げられていたロケットの蓋が開いている──懐中時計だったのか。
ヤバい。……いやヤバくない。
この停止はそこまで長くもたないはずだ。そして武器も削られまくったライズには、俺を一撃で倒せる手札なんて──
「【スイッチ】」
──弌ツ。己が命を闘争に奪われる事。
「──うそだろ。どうして」
あり得ない。あり得てはならない。
だって、お前、そりゃソレなら俺を倒せるかも知れないけど──
──弐ツ。七の同胞を失っている事。
「分かってんのか! それやったら、お前……"MotherSystem:END"にどうやって対抗すんだよ!
俺しか倒せねぇんだぞ!」
「ピーピーうるさいぞガキンチョ。俺は、お前に勝つ」
詳細を知ってからずっと馬鹿にしてきた、ライズの必殺技。
火力不足が泣きついたネタ装備。俺はそう思っていた──別に今もそう思ってるけど。
そのデメリットは──言うに及ばず。
──参ツ。その一振りのみに全てを捧げる事。
「【朧朔夜】──」
それは一つの闘争の終焉。決別の敬意。
月も霞む程の陰炎がその刀身を覆い隠す。
炎と怨に蝕まれた妖刀の、閃光の如き抜刀術。
「──【焔鬼一閃】!」
──蛮勇を讃える赫の亀裂が、ひとつ──




