381.夜の声
黒木 隆起。
【Blueearth】突入時49歳。
かつては地元で有名な悪童であったが、そんなものは長く続かず。
喧嘩を売った一人に返り討ちに遭い、その後もその男に付き纏い続けた。
その男が勉強が出来ると分かるや否や、執拗に追い回し勉強を教わった。自分より弱い教師の教えを受けたく無かったのだ。
──彼には、流儀があった。
納得が欲しい。
有耶無耶なまま終わるくらいなら、弱肉強食の原始的な価値観で生きていたい。
教わるならば相応しい者から教わりたい。
その流儀はやがて、自分の世界を守るために変わっていった。
──惚れた女のためならば、なんでもしよう。
もし彼女が俺を拒絶するならば、泣いて立ち去ろう。
それこそが、俺の納得。それこそが、俺の流儀。
……拒絶はされなかったが。
ある事件を経て、彼は不確かな"運命"を信じるようになった。
──もしも妻が俺を拒絶していたら。
俺は本当に、素直に立ち去ったのだろうか。
幸せな日常は、不確かな運命の上に建っている。
今日は昨日の先にあり、その道は曖昧だ。
世の中は曖昧なものだらけで、目を背けられるほど若くは無くなった。
ので。
料理人になってみた。
……いや、そういうきっかけでは無いのだが。勝手に端折らないでほしい。
黒木 隆起は、小説家である。
警備員から新聞記者、そこから小説家へと転向し……なんやかんやで、それなりに稼ぎはあった。
息子がオギャってもまだ余裕はある。不確かな世の中を渡り歩くために、少しでも選択肢を持っておきたいと考えたのだった。
……そして気付く。
どうやら俺は運がいいらしい。
考え見ればこれまでのどんな行動も、なんとなく上手く行っている。小説もそこそこ売れて、料理人としてもそこそこ有名になれた。昇が生まれた頃にはテレビにだって出演したぞ。
とにかく。
黒木 隆起は、その豪運から楽観的な価値観を持っていた。
大抵の事は、まぁなんとかなるだろう、で済ませてしまう。
だから、息子の方はもういい。
黒木 隆起の記憶が戻ったとて、どうという事は無い。
俺は。オレ様が、今やりたい事は──
──◇──
【第150階層 忘却未来ジェイモン】
"多層階層"虹の舞台
──side:メアリー&ライズ&クローバー
「行くぞぉクローバー!【オーガチャージ】!」
「それやめろハート!」
【オーガタンク】の代名詞【オーガチャージ】。
ウォーリアー系列のお得意技、無敵判定を纏って突進してくるチャージ系列の一種。
──無敵判定ってのはちと違うか。この辺は仕様の問題だなァ。厄介なのは【オーガタンク】の専用アビリティ"超再生能力(鬼)"。受けたダメージの倍の数値を継続的に回復する。
一度の回復量には上限があるが、回復のスタックは無制限。余剰火力で潰す必要があるが──HPをひたすらに伸ばしたハートは、俺の全力でも5秒を要する。クリティカルは防御貫通だがHPが高い相手にゃ強みが活きにくい。
で、その回復時間を稼ぐのが無敵判定付きの突進スキル。前後の隙にぶち込みたい所だが……【オーガチャージ】には引き寄せ効果もある。変に近付くと巻き込まれてボコボコにされて──ハートの十八番、【Blueearth】物理最強格の馬鹿力【メテオダンク】で潰される。リンリンでさえ真っ当に受け切るのは厳しい火力だ。俺だって喰らえば即死待ったなし。
例えば攻撃の届かないダイヤみたいに、俺でもマトモに戦えねェ相手は少なからず存在するが……マトモに殴り合って依然喰らい付いてこれるのは、未だにハートぐらいなもんだ!
「お前には! メインディッシュが無い!
スキルに対抗出来ないのは相変わらずだな!」
「さて、どうかな? オッサンは知らねェだろうが……俺ァこれでもプロゲーマーだ! 強いったって一発芸じゃ長生きできねェよ!」
【オーガチャージ】の正面に立つ。
"最強"が一々逃げてられっか!
「──【ゼロトリガー】!」
「呆けたかクローバー! 火力乏しい【ラピッドシューター】では、いかに片手銃最高火力であろうと!」
当然、たった一撃で止まるわけがない。
そんなもん分かってんだよ。
──【喫茶シャム猫】スティングから学んだ、新しい戦術!
こっちは二丁拳銃なんだよ!
「──【ゼロトリガー】!」
「ぬっ!?」
両手で二発。ハートの左斧を弾く──既に右斧を振り上げている!
チャージ済みか、そりゃそうだよな!
「チャージMAXだ! 行くぞクローバー!」
赫熱のオーラを纏う──最高火力【メテオダンク】。
流星が着弾するまであと僅か──
「──まだまだァ!【ゼロトリガー】【ゼロトリガー】!」
反動は、筋力で無理矢理戻す──だけじゃ無理だ。
そもそも五連【ゼロトリガー】を決めた【喫茶シャム猫】のスティングはか弱い女性だ。んな事が出来る訳がない。
秘密は──【ゼロトリガー】の反動、ブレだ。
反動がデカいが、銃を持った腕が後方にさえ行かなければ──銃口は正面を向く。
そのブレがジャストで相手を向いたタイミングなら──連撃が可能!
「もいっちょ【ゼロトリガー】【ゼロトリガー】!」
「ぬがっ……まだ撃てるのかっ!」
……痛ェー! 想定された挙動じゃねェなコレ!
だが、まだ【メテオダンク】は止まらねェ!
「8連だ!【ゼロトリガー】【ゼロトリガー】!」
「ぬががが……!」
ブレがデカすぎる。これ以上は無理だ!
ハートは、ハートの右斧は──
──止まらない!
「──【メテオダンク】!」
──◇──
──運命とは如何なるものか。
俺が歩んできた道は、偶然が重なって成立していた。
一歩間違えれば、ボタンのかけ違いがあれば、或いは俺も──の様に朽ち果てていただろう。
俺は、偶然によって生かされた……救いようのない乱暴者だ。
幸せを感じれば感じるほど、息が詰まる。
俺はこのままでいいのか?
……世間は、30年後の全世界電子化に注目している。
死も老いも無い新世界だ。
……そこに、変化はあるのだろうか。
俺のような救えぬ者が、偶然によって救われる世界はあるのだろうか。
「──あーしに何か用?」
酒場に入り浸る小娘を見た。
最近有名な魔法使い、イツァムナの腰巾着。
当時のオレ様は……まぁそれなりの傭兵だった。
というか今更ながら、翔とも昇とも既知の間柄だったのだ。当時は鉄仮面ながら服を着ていたし名前も違ったから連中は気付かんかったがな。
ともかく。そこにいた小娘こそ、後のダイヤ。当時はナギサを名乗る魔法使いだった。
「用事というほどの事もない。ただ、小娘がこんな所で一人なのが気になっただけだ」
「いいじゃん別に」
「うむ。別に構わん。故に用事というほどのものでは無いが──相席失礼する。これも何かの縁だ」
強引に席に着く。この時何故こうしたのかは当時は分からなかった。
──今なら分かる。そして、安心した。
「なんぞ気分の悪い事でもあったか?」
「……オッサンこそ。わざわざあーしみたいな美女ひっかけて、ヤケになるほど嫌な事でもあった?」
「ふむ。それが、まーじで何も無いのだ。傭兵稼業は羽振りが悪い」
「なにそれ。ずっと嫌な感じ?」
「むぅ。ドカッと嫌な事が起きてくれた方が気分が良いまであるな! こうじんわりとクるタイプの不景気はちょっとな」
「あはは。たしかにー」
……他愛もない話だ。
それから、なんとなく連るむようになって……スペードとクローバーに巻き込まれたんだった。
俺のやりたかった事は。
……全ての記憶を失った【Blueearth】で、ちょっとの善行を積めたという事だ。
俺は、記憶を失っても悪では無かった。
では生まれながらの善性か? それはあり得ない。
つまり、記憶が無くとも現実の改心は魂に刻まれるのだ。
……俺が積み上げてきた歴史は、ちゃんと意味があった。
……ならば──の死にも、意味があったと思いたい。
そうだ。杞憂だ。
怯える必要など無いのだ。
俺は、家族と共にいてもいい人間だ。
……やっとそう思えるようになったんだ。
「……とりあえず。母さんを迎えに行きたいなぁ」
──◇──
──爆心地。
そう言っても過言ではない。
チャージMAXの【メテオダンク】は流星の如く地に堕ちた。
直撃すれば耐えられるのは"無敵要塞"くらいのもの。耐久に振っていないクローバーならば、考えるまでもなく即死。
……の、はずだった。
「……天晴れだ、クローバー」
振り下ろした斧は──クローバーの肩に刺さる。
否。貫通して床に刺さっているのだが、クローバーが片腕で俺の腕を拘束しているのだ。
あの8連【ゼロトリガー】は【メテオダンク】を止められる事はできなかったが──威力を減衰させる事はできた。
即ち、俺は誘い込まれたのだ。
「……なれば!」
「最後だ!」
クローバーの銃から溢れるは光の奔流。
秒間1008発。問答無用の超火力。
だが、序盤にどれだけクリティカルを引けるかでダメージもある程度は変わってくる。
俺のHPは、保っておよそ5秒から7秒!
残された左が、まだある!
「──【メテオダンク】チャージ!」
「根比べか!」
徹底的に鍛え上げたHPが容易く溶けていく。
3秒。ここからは全弾確定クリティカル。
「──さあ祈れ、クローバー!【メテオダンク】!」
「プロゲーマーは祈らねェ! ──【ゼロトリガー】!」
僅かな時間だが、チャージされた【メテオダンク】を──弾かれる。
くそ。まだ撃てたか。
クローバーは──俺を掴む方の腕を離して、三ツ首の銃口を向ける。
「あばよハート。今回もまた、俺の勝ちだ」
……最後くらいは、勝たせてほしいものだ。
容赦無いな。隣で見ても、こうして正面から見ても。
──光の奔流に呑まれ、俺は斧を手放した。
──◇──
……"ミドガルズオルム"に"ベルトロールアシスト"喰われて、ここで弾もほぼ使い切った。あと右腕動かねぇわ。
これ多分ジョージのリミッター外しみたいなもんだな。人体ってこんな無茶出来るんだなぁ。めちゃくちゃはちゃめちゃに痛ェわ。
どいつもこいつも、マジで強ェ。トップランカーを前にして"最強"が倒れる訳にはいかねェけどよ。
「……そういや"最強"の看板をどっちが掲げるかで戦ったよな。そん時も俺の勝ちだったが」
お前が俺のメタ張ってHPを伸ばすようになったように。
……俺も、お前の【オーガチャージ】と【メテオダンク】を打ち負かす方法をずっと考えてたんだぜ。
やっと言える。一切の負い目も無く。
ここまでやって褒美がこれっぽっちなのは残念だが……満を辞して、言わせてもらうぜ。
「やっと俺の勝ちだ、ハート。
……俺が"最強"だ」




