38.神の奇跡
頭の中に鬼が住んでいた。
鬼は囁く。
奴を倒せ。奴を殺せ。
鬼は嗤う。鬼は嘆く。
気付いてしまったのだ。
鬼など最初からいなかったのだ。
──鬼は未だここに在るのに。
──◇──
《四方の塔》
──北塔
私の隣に、サティスさんが吹き飛ばされてくる。
何が起きた?
いや、それより確認です。
サティスさんは──まだ生きている。ギリギリですが、回復アイテムを使えば……
「無駄だ。【焔鬼一閃】は相手に7種のデバフをかけるクソ技だ。《回復不可》《スタン》その他諸々。もうサティスは使い物にならないぞ」
あの物騒な刀を引き摺りながら、ライズさんが近付いてくる。
──が。
「──今。報告が入りました。
ハゼは南塔に到達した様ですね」
飛んできた連絡は──ゴーストの撃破。
甚大な被害を出したものの、無事に南塔まで辿り着いた、と。
「だからどうした。ハゼ1人じゃメアリーには勝てないし、まずおまえがここで死ぬだろ」
まだ。
気付いていない!
勝利を確信する。そう。私が死なず、メアリーが死ねば勝ちだ。
「最後の最後で詰めが甘い! 私はこれにて失礼します!
《転移石》、発動!」
──奥の手。それは、事前に設定した2つの所有者を入れ替える超希少アイテム《転移石》。
私とハゼ、シラサギとサティスさんはいつでも転移できたのです。
私はこの北塔から最も遠い南頭へ転移し、そのままメアリーを討つ!
ライズさんが来るまでには可能! 全てはここにライズさんを置いていくための作戦!
「チッ、カメヤマ──やっぱり待ってたか
──なんと?
言葉の真意を聞く時間は無く。転移は成功する──。
──◇──
──南塔。
転移完了。後はシラサギと共に東南通路で挟み撃ちをすれば良い。
周りには──誰もいませんね。ゴーストに全員倒されましたか。まぁ待ち伏せされていないだけ良しとしましょう。
では、早速。東南通路の方を見ると──
──空を切り裂く音が響く。
なぜ?
なぜ私は、スタンしている?
わからない。誰もいない。ここは半径50mの塔。敵を見逃す筈が無い!
私の視界を遮りながら落ちてくるのは──《スタンシード》。
馬鹿な。
これは、
これはまるで──!
「神の、奇跡だと……!?」
その正体も、今やっと理解できた。
いや、理解できない。
だって不可能だ。
「どうやって、そこから撃ったのですか?」
視線の先、東南通路中央。
ここからの距離は、目算500m。
【Blueearth】遠距離限界の5倍の距離に。
一人のスナイパーが、こちらを見ていた。
──◇──
──数日前。
僕はメアリーさんに尋ねた。
なんで僕が選ばれたのか。僕なんかを選んだのか。
メアリーさんの答えは一言。
「だってあんたが《神の奇跡》なんでしょ?」
──なんで。
返事ができなかった僕を見て、メアリーさんは話を続ける。
「エルフ派拠点の修練場。マネキンの中で一つだけ、後頭部が銃痕だらけのやつがあったわ。
何で後頭部? そっち側には森しかないのに。
それで気付いたのよ。似たような事した事あるからわかったわ。
──アイテム化した《スタンシード》を、アイテム化したライフルで撃ったのね。
構造が現実のそれと同じライフルの射程は、100mなんてチンケなもんじゃないわ。これが周囲に誰もいなかった理由ね。
《スタンシード》が現場に落ちてるのは、弾丸の方がダメージ判定になって消滅したからかしら。アイテム化弾丸の設定攻撃力が異様に低いのは、リアルなライフルとして使った時の速度でダメージが加算されないようにするためね。銃の威力が現実のそれになったらパワーバランス終わるし」
メアリーさんが、いつになく真剣に、僕を敵として睨みつける。
「問題はね、アンタが何者なのかって事よ。
なんで記憶を持ってるの?
その射撃精度はどうやって手に入れたの?
アンタ、何者なのよ」
返答次第では容赦しない、と暗に言うメアリーさん。
それに、僕は──
「き、おく? 何者って、え、どういう事ですか?」
「……いや、現実の記憶よ」
「現実って、どういう? あ、もしかしてアイコさんが武器を使わなくなった事と関係あるんですか?」
「……え、なに、もしかして偶然?」
「えっと、確かに装備しないで使うとコレができるってのは、気付いて。えっ、現実? これ夢?」
「えー……あー……ちょっとこっち来なさい」
メアリーさんにこっちこっちされる。
どこからかリモコンを取り出して。
──リモコンってなんだっけ。
何か変な記憶が、と考える間も無く。
メアリーさんが僕の頭に──リモコンを刺す!
「おらぁ!」
「ぐわー!?」
──◇──
──思い出したんだ。
僕の──轟秀太の記憶。
本当に、なんて事ない子供だったけど。
中学生らしく、相応に銃なんかに憧れたりして。
ただの子供だ。どこにでもいる。
平凡な世界の、平凡な子供だった。
──本当に?
頭の中で、その疑問が生まれたのはいつか。
──おまえの母親はお前に失望している。
──平凡なおまえの名前に「秀」が入っているのは。
──秀でた子供が欲しかったからだ。
──自分を捨てた旦那を見返すために。
脳内で、悪い考えがよぎってしまう。
別に、みんな考えた事があるんじゃないかな。
自分の平和の背景に、身勝手な妄想を押し付ける。
本当に普通の事だ。
──なぜ母親は父親の話をしない?
──答えは嘘かもしれない。
──お前は愛されていないのかもしれない。
心の奥底で何かが燻っている。
最初は気にならなかったのに。
僕は母さんに直接聞く度胸も無かったから、その火はやがて燃え上がって。
僕の皮一枚を残して、内側を焼き焦がした。
──くるしい。
──母親を信じたいか。
──かなしい。
──疑う自分が? 騙した母親が?
知りたい。知りたい。知りたい。
この心の苦しみから解放してほしい。
どんな答えでもいいから、知りたい!
──その時の答えが、たまたま、僕の想像通りだったから。
──もう僕は、人を信じる事は出来なくなった。
誰でもいいから助けてほしい。
依存する相手が何を考えているのか全くわからない。
こわい。
だから調べる。
どこで生まれたの?どこで育ったの?好きな食べ物は?僕を助ける理由は?連絡先は?昨日何食べた?誰と会話した?知り合いはどれくらいいる?買い物はどこで?いつ家に帰る?荷物はどこに何が入ってるの?
何でも調べる。
その人を理解すれば安心できると思ったから。
──心の底からの善意なんて、向けられるわけないのにね。
心の中の鬼はいつの間にか消えていて。
そうじゃなくて。
僕が鬼だっただけなんだ。
──◇──
ごめんなさいカメヤマさん。
なんであんな事するのか知りたかった。
悪意の理由を知りたかった。
だから調べました。アイコさんの《奇跡》と兼業で、カメヤマさんを知りました。
僕が頭を狙っていたのは、僕の中の鬼がそうさせていたと思っていた。ただのクセだと思っていた。
でも、違いました。僕は鬼で、頭を狙っていたのは純粋な殺意だった。
僕はただの人殺しです。汚い外道にも劣る悪意の塊です。
僕は、勝手に人の内面を見て、勝手に失望する。
知れば知るほど他人に失望してしまう。
そんな中、初めて出会ったんです。
心の底から、誰にでも善意を振りまける《聖母》に。
僕は、アイコさんを守ります。
《神の奇跡》なんて言いふらして、アイコさんを絶対にして。
邪魔な奴は全て、僕が消します。
あなたが背負えない悪は、僕が浸ります。
だからどうか、お側に置いて下さい。
ごめんなさいカメヤマさん。
もうあなたの癖は知ってしまいました。
あなたは僕から目を逸らさず、射線上から外れるために南西通路へ逃げたがる。そっちに照準は合わせてあります。
動きのクセさえ知れば──練習、ずっとしてきたので。500mくらいなら、当てられるんです。
ありがとうカメヤマさん。
あなたを知ったから、今日も僕は僕を軽蔑できる。
──◇──
──3回目のスタン。
動けない私の、頭を、目を、的確に狙って《スタンシード》を撃ってくる、悪魔。
ドロシーなど、取るに足らない一介の冒険者が!
怒りも恐怖も現せず。
ただ動けないのみ。これはマズい。
次だ。スタンが解除一瞬で、もう一度転移する。
そうすればライズさんの前に出るだろう。だが、ライズさんもサティスさんの転移石を奪っているはずだ。
ならば転移後にそっちの転移石を使えばライズさんとシラサギを交換できる。
時間さえあればサティスさんをアイテムで回復させて仕切り直しできる!
スタン解除まであと3秒。
2。
1。
「《転移石》、発動!」
光が私を包む。新たな弾丸は私の頭を貫通するが、ダメージもスタンもない。
──成功だ!
──◇──
──北の塔
「おかえり」
転移成功。目の前にはライズさんがいるが──私の配った4つの転移石の発動権は、私にある!
「さぁ、第2ラウンドです! 《転移石》、発動!」
光が周囲を包み──
「筋肉進軍! ──おや?」
シラサギが現れ──
「じゃ、もういいか?」
あれ?
ライズさんまだいるのですが?
消えたのは──サティスさん!?
「《窃盗》がセーフなら逆もセーフよ。商人スキル【押し売り】を使わせて貰ったわ」
──────
【押し売り】
冒険者間でのアイテム譲渡を行うスキル。
ついでに金をふんだくる。
発動すると商人としての信頼が落ちる。
──────
「確かに奪ってたんだよ《転移石》。だからベルを連れてきてたんだよな」
「サティスは相変わらず動けないし。覚悟しなさい」
嗜虐。
人を貪る事に悦びを覚える、悪魔が二人。
全ての策が、最初から予測されていたなんて。
「何者なんですか……メアリーという小娘は」
悪魔二人は顔を合わせて、笑う。
「ただの生意気な小娘だろ」
──【ギルド決闘】終了の鐘が鳴る。
──◇──
──おわった。
ライフルを捨てて、そのまま倒れる。
狙撃は、理論的には難しくはない。ギリギリまで【翠緑の聖域】で練習射撃してきたから、体にも馴染んでる。
それでも、撃ててしまった。
記憶を取り戻したのに、何の罪悪感も無く。
──なら、これからも。
自罰、自虐はやめない。でもそれを何かに利用できるのなら。
これからも、アイコさんを守っていたい。
──【夜明けの月】に居場所がある限りは、【夜明けの月】を守っていたいな。
「お疲れ様、ドロシー。よくやってくれたわ」
メアリーさんが、僕の横に座り込む。
「今回はあたしは体張ってないけど、疲れたわ。
あんたの狙撃能力が無いと不可能だったわ。お手柄よ」
僕の頭を撫でるその手は微かに震えていて。
それでも声を掛けないとと思ってくれたみたい。
「──どっちにしても逃すつもりはないわ。【夜明けの月】はあんたの家よ。好きに過ごせばいいわ。
でも、覗きは禁止ね。聞きたい事は正々堂々聞きなさいな」
──メアリーさんは、僕の事をもう理解している?
だとしたら、あの恐怖に打ち勝っているのだとしたら──
「言っておくけど、あたしだって怖いんだからね。あんたの強みは執着の方じゃなくて、実行する勇気の方よ」
わしゃわしゃと乱雑に頭を撫でられる。
ぐわー。
照れ隠し? 何にせよ、悪い気持ちじゃない。
「……これから宜しくお願いします、ギルドマスター」
「はいはい。存分にこき使ってあげるから覚悟しなさいよね」
そう言って立ち上がるメアリーさん。
──ゴーストさんの方へ行くんだ。きっと。
僕もなんとか立ち上がり、メアリーさんに肩を貸した。
──◇──
【ギルド決闘】《四方の塔》
【朝露連合】vs【鶴亀連合】
──【鶴亀連合】GMカメヤマ撃破により、【朝露連合】の勝利。
~ジョブ紹介【スイッチヒッター】~
《寄稿:【夜明けの月】ライズ》
はい。激レアジョブ【スイッチヒッター】の紹介しますよ。
すべての武器を装備できる事。特徴は本当にこの一言に限るな。
とはいえ一つの武器に特化すると他のジョブの下位互換と言わざるを得ない。
今回はその辺を含め、細かい裁定について説明するぞ。
・アビリティ
《二刀の極意:武神》
※スロット外強制装備アビリティ
ジョブ専用装備を含めたすべての武器を装備可能になり、全片手装備の二刀流が可能になる。
だがあくまで装備可能になるだけなんだよな。例えばライダー系列の《鞭》を装備しても魔物を従えられるわけじゃないし。
まあ【スイッチヒッター】の代名詞と言えるな。このジョブであるという事は、距離問わず戦えるという事だ。実際の持っている装備にかかわらずな。
近接→片手銃で中距離→両手銃で遠距離とスムーズに移行できるから、逃げる相手には強く出られる。
《武術の神髄》
武器適正が最高値の武器の統一される。短剣で【トリックスター】をやってきたとしたら、短剣の武器適正で両手剣も槍も斧も使う事ができる。
だが当然、短剣を使うか短剣の武器適正を別の武器適正が超えない限りは武器適正が伸びる事は無い。
他のジョブは使うだけ武器適正が上がるが、【スイッチヒッター】は武器適正を上げるのが難しくなる。
かといって同じ武器ばかり使ったら他ジョブの下位互換だ。悩み物だな。
・スキル
【スイッチ】
「右手左手にそれぞれ何の武器を持っているか」をスロットに保存し、瞬時に呼び出す。
保存した装備はインベントリ内から外れた場合にスロットから外れるので注意が必要だ。
武器強化の都度再設定しなくてはならない。割と忘れがちだから気を付けような。
また、武器は基本的に臨戦態勢で保存される。背負うタイプの両手剣は抜き身で両手で持った状態でしか保存できない。
これには例外があって、特殊な両手剣《刀》だけは納刀状態で保存される。抜刀する事が攻撃行動になる武器だからな。
スキル発動時に脳内で武器を思い浮かべるか、あるいはスロットナンバーを想起すると成功し呼び出す事ができる。
この瞬間呼出は装備即防御になる両手盾が優秀だ。瞬間的な防御が可能で、本来防御行動が取れない両手装備や二刀流でも瞬間的に上質な防御行動が取れるのは優秀だ。
また、突進系のスキルを武器自体を変更させて中断させるスキルキャンセルというテクニックもある。
攻撃スキルは重複不可なので、キャンセルしたスキルが終わる時間になるまでは別のスキルに制限がかかる点は注意だ。
【武器旋回】
手持ちの武器を思いっきり一周、旋回する攻撃スキル。
ただそれだけなんだが、例えば槌なら協力な吹き飛ばし攻撃、両手斧なら範囲・速度共に破格の攻撃性能。
二刀流装備なら実質二周回転で、盾だとリーチ0で回る変な奴になる。
どんな状況・装備に関わらず、【スイッチ】と組み合わせる事で全方向攻撃が可能。これ、けっこう馬鹿にならない。
【武闘円舞】
とっておきの奥義だな。インベントリ内のあらゆる武器を同時に召喚して次々と攻撃するスキルだ。
が。武器チョイスがランダムであり、特定武器の為に武器数を絞ると強みが生かしにくくなる事、盾が大外れである事、
そもそも攻撃速度的に慣れれば俺でも人力再現可能なレベルである事から、まあハズレスキルだ。
【スイッチヒッター】としてのスキルはこんなもので、基本的には武器スキルの方を使用する事になる。
つまりは派手なスキルが無いんだよな。見栄えは悪い方だろう。
所得するにもすべての第2職を解放しなくちゃならないから手間のかかるジョブだ。
俺? 俺はもちろん大好きだとも。
手間のかかる子ほど愛おしいものだろ?




