376.My Humanity
【第150階層 忘却未来ジェイモン】
"多層階層"
──side:スペード
「まーた僕だけ隔離されてるよ」
舞台ですらないよ。拘束はされてないけれど。
……真っ暗な部屋、多分正面には通路。
とりあえず歩いてみるけれど……。
『おや。やっと来たなスペード』
「……"MotherSystem:END"。ちょっと不用心すぎない?」
元太陽の間……だったのだろう。
ボロボロの部屋で、まだ"MotherSystem:END"は玉座に座していた。
「僕はバグだよ。ここまで近付けたなら、君を壊す事も容易い」
『そうなれば私の望みは絶たれ、君は天知調に消され、【Blueearth】からバグが消え……天知調の一人勝ちだ。【夜明けの月】の味方となった君にとっては良い事ばかり、私にとっては最悪だ。
だが、君は自我を得ると共に致命的なエラーを生んでしまった。
──君は、消えたくないのだろう?』
"MotherSystem:END"は、煽る訳でもなく。ただ淡々と、事実を連ねるように言う。
……僕が【Blueearth】のバグとして、天知調の反証として存在するだけならばもう少しやりようはあったのだけれど。
死にたくないんだ。僕は。
「……そうだね。死にたくない。生き物は死ねば死体が残る。骨が残る。でも僕は、死ねば消える。
それはいやだ。あってもなくても同じ、みたいなのはいやだ。
それは認めるけど、君の味方をするわけではないよ?」
『そこがおかしいだろう。そもそも何故【夜明けの月】に付き従うのだ。
君が他のレイドボスに持ちかけていたように……バグとセキュリティシステムは手を組めるはずだ。
君は本来こちら側の存在であるべきだろう』
「それは違う。僕は天知調の……【Blueearth】にとっての敵だけど、君たち【NewWorld】の敵でもある。
どちらからも嫌われるものだよ」
『そうか。なら仕方ないな』
話は終わりだ、と"MotherSystem:END"はこちらから視線を外す。
……え、それだけ?
「戦ったりしないの?」
『無駄だからな。私の目的において、貴様が邪魔しないというなら、それでいいのよ。
私は暇じゃないのだ』
「随分と寛容だね」
『他人事ではなかろう。次は君の番だというのに』
「……」
『分かっているだろう。お前は最後までいられない。
【夜明けの月】にせよ天知調にせよ、そして私にせよ……誰が【NewWorld】を手にしたとしても、貴様の居場所は無いのですから』
……こいつ。
嫌味〜。やだこいつ〜。
「そんな事言われなくとも分かってるよ」
『いいや分かってない。この階層にて私は【NewWorld】として、セキュリティシステムとして、レイドボスとして【Blueearth】と決着を付ける。
後に残るものがあるとするならば、貴方です。
【NewWorld】が敗北するのならば、最後に残るのは』
「勝手に押し付けるなよ。勝手に自爆して、勝手に仕事を擦りつけないでほしいな」
『擦りつける? そも、【NewWorld】も【Blueearth】も無用に滅ぼすのは……君の仕事では?』
「……もうちょっとさぁ、無為な破壊者であってよ」
『その程度でここまでの事ができるかい。いいからそこで大人しくしておれ』
既に"MotherSystem:END"は崩壊寸前だ。
……最後の力を振り絞って、【Blueearth】を壊そうとしているんだ。
立派な事だなぁ。……ほんとに。
『準備だけは整っているだろう。わざわざ一度死んでまで。
あとは君が決意するだけだ。私が消えれば最後の障害も消えるだろう?』
「そんな事はないよ。……本当に」
最後の障害なら、もう一つあるし。
……僕としては……"MotherSystem:END"の結末を見守る必要がありそうだ。
「ところで。ハートやダイヤは居ないの? あとアカツキも」
『彼らは彼らでやる事があるらしいからね。こちらの知る由もないがな』
……ちょっと残念。
──◇──
多層階層"大樹の舞台"
──side:アイコ&ドロシー
「100%【サテライトキャノン】!」
「あぶなーい!」
天を葉に覆われても刺し貫く光の柱。
いくら世界樹が巨大とはいえ枝の上だけという限られた足場ならば位置の絞り込みは容易い……はずなんですが、先ほどから中々当たりません。
フォレスト階層のレイドボス"スピリット・オブ・ドーラン"……ユグさんは、遠く樹木の幹から生えています。先ほどまでの位置からはずっと離れている。
「──【仙法:赫崩】!」
──転移先はまだ予測出来ませんが、アイコさんなら脚力だけで接近できます。様子見の小型スキル【仙法:赫崩】は出の早い掌底スキルで、スキル演出による行動制限時間が少ない。アイコさんのフィジカルを活かしやすいしスキルとして火力を出せるのでいいチョイスです。さすアイコさん。
しかも最近のアイコさんお得意の、赫の"仙力"100%全振り。小技といえ当たればユグさんといえタダでは済まない火力まで伸ばせます……が。
「あぶなぁい!」
またしても回避──樹木の中へと隠れてしまいます。
これで何度目か。どうにも千日手のようです。
「……100%の【サテライトキャノン】に、100%の赫の"仙力"! それぞれのチャージタイムをお互いで補い合っていて、すごい厄介! これが実戦かぁ」
「アイコさん、戻って下さい!」
ユグさんがまた遠くの枝から生える。
今で互角なのに、ユグさんはまだ攻撃をしてきていません。その余裕を削れていると思えられればいいんですが、残念ながらユグさんは攻勢に転じようとしている!
アイコさんが一跳びで僕の隣まで退却。ますますフィジカルに磨きがかかっていますねアイコさん。
「やっぱり、人間じゃない相手は読み難い?」
「いえ、ユグさんは……大分単純で分かりやすいです。転移先も読めるのですが、遠すぎる。
このままでは進展がありません。リスクは承知で動かなくては」
「うん。作戦、任せてもいい?」
「……はい!僕に任せて下さい!」
アイコさんの心は、一点の迷いも無い。僕に対する全幅の信頼。
……まだ記憶が戻ってなかった頃。この"理解癖"が"僕の中の鬼"だった頃。
僕が縋りついた"聖母"は、今も変わらず。
……エルフ派の底力、見せつけてやります!
「いくよー二人とも! 【シンギュラリティ】!」
ユグさんが下半身を樹木に沈めると──周囲の枝が蠢きだす!
「アイコさん。まずは見切ります──あの、お手数ですが」
「……うん。任せて」
ひょい、と僕を──お姫様抱っこするアイコさん。
して欲しいとは思っていましたけど! 両手塞がる持ち方は、ほら、良くないです!
「跳ぶよ──しっかり見極めてね、ドロシーちゃん」
先ほどまで地面だった枝達が問答無用で襲い掛かる。その全てを避け、跳び、躱し──僕は視る。
未だ姿を現さなかったドーランのレイドボス"スピリット・オブ・ドーラン"。
レイドボスの特徴である"拠点防衛戦"が彼女不在でドーランの世界樹で発生している以上、恐らくはレイドボスの出現もまたドーランだったはず。
名前からして世界樹ユグドラシルそのものだとしても、それを伐採できるとは思えません。以後ドーランで生活出来なくなってしまいますからね。
つまり、正当な攻略条件がある……はず。
一番分かりやすいのは、分体とかコアの存在。僕たちはユグさんを狙っていて、ユグさんは回避し続けた。恐らくはユグさんを倒せばいい……と思っていましたが、それよりもあり得る可能性は……!
「アイコさん、多少道が分かりにくくなりましたが……ここは"N-6-3"です」
「……そっか。お店とか何も無いから分からなかったけど、確かにそうですね。凄いですドロシーちゃん」
「えへへ……いやいや違くて」
ドーラン、その枝の上──通称"天秤"には、方角と高度と枝の本数で番地が割り振られています。僕もアイコさんも【Blueearth】が始まり【夜明けの月】へと加入するまでの長い間を殆どドーランで過ごしていますから、未だに土地勘はあります。
「エルフ派の緊急避難先、覚えていますか?」
「もちろん。ここから一番近いのは……"E-6-1から入れる、大樹のウロだよね?」
「そうです。偶然ですが、恐らくそこが目的地です。
……ユグさんは先ほど、"これが実戦かぁ"と言っていました。恐らく戦闘は初めての事なんです。
だから先ほどの回避行動には、意味が無い可能性があります。当たってもダメージが無いのに、なんとなく避けているという可能性は高いです」
「……そっか。なんとなーく、私にもわかりました」
ユグさんはドーランでナツさんと共に活動している冒険者です。
"スピリット・オブ・ドーラン"にそういう性質がある可能性は否めませんが……全く別の経緯で得た肉体と仮定する事もできます。姿を現さないレイドボスが冒険者となってポップするなんて仕様はちょっと現実的ではない。
つまりあそこにいるユグさん自体は仕様の範囲外。ちゃんとした正規ルートが別にあるはずです。
だとするなら。
ドーランのどこに冒険者が居てもレイドボス側から攻撃できて、ドーランのどこの冒険者でもレイドボスを倒せる場所は──大樹の中心、幹の中!
ドーランには相当数、幹のウロがあります。かつて【鶴亀連合】によるドーラン探索の結果おおよその枝葉のマッピングは行われましたが、幹のウロまでは調べ尽くされませんでした。そこを利用して僕達エルフ派の緊急避難先としていたんです。
……エルフ派と【鶴亀連合】のマッチポンプのためにあえて見逃されていた、とも取れますが、その辺は今は関係ないことです。
枝を超え、あっという間にEエリア。
ここまで来るとユグさんも狙いに気付いたみたいですね。枝ワープで立ちはだかります。
「凄い! 良く分かったね! でもこれ以上は行かせないよ!」
「アイコさん!」
「うん。頑張ってね!」
アイコさんは、僕を持ち直して──ユグさんの頭上を通り越すように、僕を投げ捨てる。
「えっ。……えっ?」
「行きますよユグさん。100%です。【仙法・赫蓮華】!」
どちらを、と一瞬迷うユグさんですが、正面からアイコさんの全力投球。転移はせず枝防御をそちらに集中させます。
幹に近すぎると転移出来ないのか、或いはつい焦ってしまったか。実戦経験の差かもしれません。
──幹のウロの中には、輝く琥珀がありました。本来なら何も無いウロですが……これが本体でしょう。
「行きますよ──」
空中で【天使と悪魔の螺旋階段】を構える。もう10秒の猶予はありませんから【サテライトキャノン】に頼れませんし……ドーランなら、普通の銃攻撃の方がいいです。懐かしいですし。
「──【デッドリーショット】!」
走る黒雷が、世界樹を貫く──




