372.滅亡領域-エリアZ-
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遥か古代。記録も残らない古の世界。
欲しいもの全てを奪い集めた簒奪者は、文明の頂点に立った。
全てを得た彼らは、侵略をやめた。
奪うまでも無く、全てを造る事が出来るようになったからだ。
永遠の約束だ。彼らは永劫に世界を手に入れた。
都市も、食糧も、命も造ればいい。
そして遂には生きる目的すら、造り物に委ねた結果……。
彼らの軌跡は失われ、"古代文明"と成り果てたのだ。
──ここは【第150階層 忘却未来ジェイモン】
無限の無。命無き生命の楽園。
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【第150階層 忘却未来ジェイモン】
「……これは……凄いわねー」
未来都市って言えばいいのかしら。地面は無くて、黄色いベルトみたいなものが上に下にと伸びている。道路の代わり……?
「浮かんでいる球体は居住空間かな。科学が極端に発達して反重力機能が一般化しているならば、道も家も浮かせる方が空間を良く使う事が出来るという事かな」
「都心に高層ビルが密集する感じ?」
「要するにそうだね。高層ビル、タワーマンションなどがそのいい例だ。エレベーターがあれば本来利用の難しい上の空間を利用出来る。単純な話、二階建てなだけでも土地を2倍使えるという事だからね」
ジョージの階層研究心が揺さぶられてるわね。
……ライズの探究心はクエストとかゲーム側に寄ってるから、結構似て否なるものなのよね。毎度の事ながら参考になるわ。
「つまりだ。文明が発達すればするほど、平米としての土地は狭くなっていく。そしてその分だけ人口密度が上がってくるはずだ。
……だが、どうにもここいらは一軒家が多く見える。つまり、空間を活かせてないように見えないかな?」
「……確かに。非効率的ではあるなァ。だがゲーム的な観点からして、俺達プレイヤーが介入出来る範囲がそうってだけのセンはどうだ?
アドレだって城壁の外にゃ原住民の居住区が更に広がってるが、俺達冒険者は介入できねェ」
「そうだね。俺もそれはそうだと思う。だが、この空間はちゃんとした歴史があった上で成立している筈だ。
【Blueearth】は【NewWorld】へのシステム侵略度合いによって階層の構造が変わり、一度固定化された階層は変化しない。俺達が突入した段階ではまだ【Blueearth】の侵食が進んでおらず階層が不安定だったジャングル階層は、騒動の後で天知調の手に落ち【Blueearth】化が完了したが、未だに階層のシステムは変わらないだろう?
このフューチャー階層も、既に固定化され歴史が作られた後だ。今のこの状況には意味がある」
「どんなに文明が進んでも、余裕を持たせて空間を無駄にする概念ならいいのがあるわよねぇ?
……お金持ちとか、偉い人とか」
見上げてみれば、空は明るく青いけれど空じゃない。
多分ドーム状のバリアに映像が映されてるだけだわ。
……ここが古代文明の心臓部だとするなら、このドームはバリアなのかもしれないわね。
「俺達が触れてきた古代文明は侵略者だった。機械生物を生み出したり、ヘヴン階層を侵略したり、ホライズン階層でマーフリー族を追い回したり、ジャングル階層で"グリンカー・ネルガル"を造り出したり……。だがここには兵器の影も見えない。
瞳の言う通り、ここはきっと古代文明にとって選ばれし……上級国民の居住区だったんじゃないかな。
これまでの古代文明のやり方は、武力の現地調達が戦術の基本になっているように思えた。侵略部隊……例えば軍とかは、きっとこのドームに入る事すら許されなかったんだろう。人員の増加も見込めなかったんだろうね。
ナレーションの通りなら、このドーム内の武力を持たない上級国民が腐敗して滅亡。内部に戻れない外部軍人達が何かしらの生存に必要な物資の供給を絶たれて絶滅。現地調達のために外部出力で永久的に稼働する工場のみが世界中に遺されたが、時代の流れとともに地中海中へ。今はたまたま地上に掘り起こされたものが動いている……といった感じかな」
「はえー。ずっと続いていた古代文明の暗躍も、いざ本拠地に辿り着いたら既に滅んでました、なんてなんとも肩透かしね」
「割とよくある事だよ。カリスマ一人に依存した宗教組織にいざ突入して制圧していたら、玉座に白骨死体が縛られていた……みたいな」
「ヒェッ」
「……まぁ、外に遺された側がそういう根性見せずに滅びたあたり、ドームの外の連中も腐ってたんだろォよ。
そんで、それだとどうなんだ?」
「上級国民は誰の指示に従うのか、という話だ。
例えば、何処からでも見える場所……」
ドームの中央付近、高い位置に浮かぶ太陽のような球体。
……このドームにいる限り、どこからも見えるもの……。
「あの太陽に居るの?」
「ナレーションからして、恐らくはこのフューチャー階層の支配者が居るだろうね。そしてそれは……レイドボス"MotherSystem:END"のはずだ」
「……でも道路が繋がってないのです。あそこにどうやって行けばいいのです?」
「誰も通ってない道は出現しないようになってんだ。乗り物に乗れば道が出るはずだが……おかしいぜ」
「そうだね。僕達がここに来た時は……」
元トップランカーであるクローバーとスペード……【至高帝国】は、160階層まで到達した。
だからこの階層の事も、2人だけは見た事があるのだけれど……どうにも様子がおかしいわね。
「……原住民がいたはずだよ。スクリムナという、過去を再現したホログラム生命体。
過去の生活を投影することでジェイモンを維持しているんだ。過去と同じ事をすれば現状維持は出来るからね」
「それだけじゃねェぞ。先に来たはずの【満月】連合はどうした。あまりにも静か過ぎるだろ」
「……そういえばそうよね。ノータイムで【Blueearth】を凍結させるために【満月】連合到着のタイミングからそう時間は空いてないはずだけれど」
あとアカツキもね。あいつが黙って待ってるとは思えないんだけど。
……今、【Blueearth】はこの150階層以降しか動いていない。160階層以降は【ダーククラウド】の手で封鎖して、万が一にも"MotherSystem:END"が逃げ出さないようになってる。
あたし達にせよ"MotherSystem:END"にせよ、出口は無い。
「行くしかないわよね。ドロシー、準備なさい」
「え? ……えぇ?」
──◇──
【第150階層 忘却未来ジェイモン】
──中央、母なる太陽の間
ジェイモンを照らす太陽、その中は宇宙。
否、球状の壁面に映し出されるは【Blueearth】の各地の映像。
即ちここは、古代文明の監視室。全ての階層を映し、全てを識り、判断する。
中央の玉座に座するは終焉と永遠の母。
人間の姿を投影しただけの宇宙。休む事無く色が移ろいゆく虹のドレス。
顔面は砕け、核となる球体が宇宙に浮かぶ。
──【無我安寧 MotherSystem:END】。
「……切り離されたっぽいな。どうすんだ?」
このジェイモンに生きる希少な存在──【月面飛行】ギルドマスター、アカツキは、床に寝そべる。
本当に一瞬の出来事だった。まさか"カフィーマ・リバース"が早くも再起動し【Blueearth】を分断するとは。
少し遅れれば、用意のために駆り出していたアカツキまでも奪われるところだった。
『問題は無い。そも"カフィーマ・リバース"は勘違いしているが、既に【NewWorld】を経由して他のセキュリティシステムと繋げられるようになっているのだ。
……凍結されたのは予想外だったけども。だが解凍は私でも可能だ。それに、本命は読まれないだろうからな』
「ほーん」
『……この部屋でポテトチップスたべないでくれる?』
「いやだってこの部屋から出るなって言ったじゃねーかよ」
こいつきらい。
……ともかく。私の完璧な計画は健在だ。
『宝珠が7つ揃う、その瞬間そのタイミングが重要だ。
それは私の目の前で起きなくてはならない。叶うならば協力者であるアカツキが手に入れるのが望ましい』
「俺が負けたとしても問題無いって事かよ」
『大きく計画はズレるが、この閉鎖されたフューチャー階層ならリカバリーが効く……くらいのものだ。
それに、流石に集団で攻められてはアカツキも困るだろう。
故にこの太陽だ。ここへ至る道には幾つもの試練が待ち構えている。全員でここまで辿り着くのは不可能だ。
そうして疲労困憊の【夜明けの月】をアカツキが容赦なく叩き潰す。完璧なプランだ!』
「そりゃいい! ところでジェイモンの入口ってどっち側だっけ。ここ閉鎖されてっから方向感覚狂うぜー」
『私の正面方向だよ。それが何か?』
「ほーん。じゃあ危ねぇな」
全然私の質問とか会話に答えてくれないなこの人間。
アカツキはおもむろに起き上がり、私の隣まで歩いてきて……私と話すでもなく、私と同じ方向を向く。
『何を──』
「んー……決め台詞が来まらねぇな。何て言うかなぁ」
『話聞いてくれる?』
「お前も考えた方がいいぜ。
……悪巧みってのはよ、大抵上手くいかねぇもんだ。試されるのはアドリブ力だぜ」
なにを、と聞き返す前に。
「──100%【サテライトキャノン】!」
──太陽の間が半分、消し飛んだ。
『な、なんぞなんぞ! であえであえ!』
「ダサっ。もうちょいマシな台詞ねぇのかよマザーコンピュータ」
無理だろうコレは!
なんで突然ここに乗り込んでくるんだ連中は! 拠点での破壊行為はペナルティだろ!
「【チェンジ】──はいこんにちは黒幕さん。悪の組織が来てやったわよ」
悪びれる素振りも無く。悪の組織──【夜明けの月】が土足で乗り込んでくる。
ギルドマスターメアリー。怨敵天知調の妹にして、この【Blueearth】を支配せんとする……私にとって仲良くなる理由が無さすぎる、敵。
「流石だぜ【夜明けの月】。んじゃあ最後の勝負と行こうぜ!」
『ば、馬鹿馬鹿待て待て! こんな所で最終決戦などさせるか! 勝てる訳が無いだろう馬鹿!』
「んだよ。目の前でやれって言ったのはテメェだろ」
『そうだが! このままだとダメとも言ったよね!?
ええい早くも奥の手だ! いくぞ"階層複合"!』
いきなり奥の手も奥の手だが! こうなれば仕方ない!
使えないなぁアカツキ!
──◇──
……多分、アレが【無我安寧 MotherSystem:END】なんだろう。
人の姿だけを模倣しておきながら、顔面だけは壊れている。ガワだけを重要視して内面がどうでもいい、みたいな感じか。
しかしマザーコンピュータによる文明崩壊とかSFだなぁ。この手のマザーコンピュータが人間嫌いな事ってあるんだな。愛故に滅ぼすとかじゃないんだ。
……自我が目覚めた影響なのか、それともアカツキの人間性に感化されたか。随分と人間臭いところを見せてくれるが……警戒は怠れない。
"階層複合"……恐らくはジャングル階層で"グリンカー・ネルガル"がやったような事か……!
『多層階層に巻き込んでそのデータを散り散りにさせてくれる! 一度きりの大技だが、【夜明けの月】を全員消せるならば安いものだ!』
「容赦なく殺しに来てんねぇ!」
ここまで堂々と殺意ぶん投げてきたのは初めてだな。"スフィアーロッド"でさえ殺しには来てなかったぞ。
……ともかく。
「ゴースト」
「answer:yes:"廃棄口"接続します」
スペードとの併せ技で一回【Blueearth】外部へ避難して……戻る。
おや。随分と混沌とした世界になったな。まるで宇宙空間のようで、あちらこちらに足場……いや、階層が浮かんでいる。これが"複合階層"か。
『……避けられちゃった!!!』
……ダメだ。どうしても舐めちゃいそうだ。
アレでいて天知調を追い込むほどのヤバいやつなんだ。油断しちゃダメだ……!
くそ、なんでこんなに弱そうなんだこいつ!




