369.日陰者達の独奏曲
【リメイン階層レイドボス専用回線】
……"エルダー・ワン"。何かした?
「うむ。"カフィーマ・リバース"は知らん事だろう。
今【夜明けの月】と【月面飛行】は宝珠を奪い合っていてな。それが今【Blueearth】で一番ホットな娯楽となっているのだ。
故に繋げた。映像を流すだけで後は勝手に盛り上がってくれるだろうよ」
そうか。それは……悪い事をしたなぁ。
私の体内の段階でそれを見せられれば良かった。
「まぁそこは仕方あるまい。途中から放送しても変な感じになってしまうからな」
今からなら、まだギリギリ【夜明けの月】vs【月面飛行】として映せる訳だ。滑り込みセーフだね。
……何で隔離されたはずのここの映像が、外に出ているのかな。
「まぁ良かろうそんな話は」
"エルダー・ワン"。
「はい」
私を【Blueearth】と繋げ直そうとしてるね?
「さてどうだろう」
"エルダー・ワン"。
「……我、【夜明けの月】側だから。帰り道は必要であろうよ」
………………流石は邪竜。狡猾だね。
まぁただパスを繋げるだけなら、【夜明けの月】が敗北したとて逆転とまでは行かないだろう。
私が敗れ、それでも負けを認めなかった場合の保険だとするなら妥当だ。
それにしたってこう、今命を私に握られている状況でよくやるよね。消されても仕方ないだろう。
「せっかく命を得たのだから、一つ二つくらい賭けるのが粋というものだよ」
君は知らないかもしれないけど、命って基本的に一つだよ?
──◇──
【第140階層 飛翔遺跡カフィーマ】
──side:メアリー
『──聞こえますか、メアリーさん!』
ポケットから飛び出したドローンから、聞き覚えのある声。
【井戸端報道】の局長様、みんな大好きタルタルナンバンの声!
「聞こえるわナンバン! 繋がったの!?」
『はァイ! こちら【井戸端報道】局長タルタルナンバンですゥン!
──【夜明けの月】と【月面飛行】の決闘で間違いありませんね!?』
「それで構わないわ。繋がってるんなら、後は任せていいわね?」
『お任せ下さァイ! 現在報道準備中……あ、終わりました。ではウチは放送に向かいます! ご武運を!
──撮影ドローンシステム3、発動ゥン!』
ドローンが緑に輝くと──幾つにも分裂し、凄い勢いで何処かへ飛んで行った。どういう技術よ。
「……ごめんね【月面飛行】! 負け戦を全国中継しちゃうわ!」
「何を偉そうに。ここで私達が貴女を倒せば、世論を味方に付けて大逆転出来るかもしれないでしょ。俄然やる気が湧いてきたわ!」
「アラカルトが燃えてるねぇ。大逆転ってなぁどういうこったい」
「ここでアテクシ達が勝っても宝珠は手に入らないのよ。正式には"カフィーマ・リバース"と【夜明けの月】の戦いで、【月面飛行】は"カフィーマ・リバース"の付属品でしか無いから。
でもこれ映像として【Blueearth】全土に公開された状態でアテクシ達が勝ったら、"何で【月面飛行】が宝珠持ってないんだ?"ってみんな思うでしょ?」
「我々にせよ【夜明けの月】にせよ、トップランカーと戦うのに世間の評価はある程度必要になってきマース。故に逆転。張り切ってHarry UPデース!」
「あー。そりゃあテンション爆上がりだな!
……って言っても、世論か。意味あんのかね」
【月面飛行】側の反応もまちまち。
【至高帝国】に次ぐ謎の組織だったものね、【月面飛行】。みんな知らないギルドの事、応援するかどうか分からないわよね。
「……あ。ふふ、杞憂みたいだよアンダー君。ほら」
カズハの示す先。
ドローンの一つが空中に何かを投影する。
……どうやら映像は相互通行みたい。いくつかの階層が、沢山の観客の姿が映っていた。
──◇──
【第60階層 荒廃都市バロウズ】
──【朝露連合】設営、イベントホール
「……やや。同士アンダー殿ですぞ!」
【大太刀廻り】ギルドマスター、ファビュラスなフレグランスの優しき巨人モナールオ。
【井戸端報道】の手伝いで会場設営をしていた所、古き友の姿を見かけた。
「アンダーって誰? 聞いた事ないです」
「新入りは知らんかー。【大太刀廻り】創立メンバーだよ。モナールオさんの弟子だったよな」
「然り。……そうでつか。音信不通でしたが、【月面飛行】に。それは出世しましたなぁ。
頑張れアンダー氏ぃー! 一刀流の底力見せたらんかぁー!」
【サムライ】の主流は二刀流。実際生き残った四天王も上から順にラセツ・カズハと二刀流。
漢ならば一振りに命を賭けよ! モナールオは──【夜明けの月】との縁も忘れて──当然のように、弟子を応援する。
「も、モナールオさん。ここ【朝露連合】のホールですから……!」
「まぁまぁ。そこは気にする必要ありませんよ。のほほん」
ずるりと床下から這い出るは、バロウズに根を張る【需傭協会】代表、ベラ=BOX。
つまりは事実上のバロウズの支配者でもある。
「誰を応援するも自由です。私なぞはデビルシビルのアホでも応援しちゃいますかねー。にひひ」
「そんなのアリなんですか……?」
「別にいいでしょう。お祭りですよお祭り。わっしょい」
──◇──
【第90階層 水鏡基地ミラクリース】
──中央広場
「アカツキは出んのか?」
「………………背中側へとカメラが回ったけど、居ないみたい」
元【月面飛行】、【水平戦線】大統領バルバチョフ。現在、通信映像最前線にて観戦中。
ミラクリースは本日快晴、高度上々。"拠点防衛戦"の発生の兆候も無く、大統領令により全員で観戦である。
「アカツキは……」
「カフィーマ側も映りましたぞ! ……しかしアカツキ氏は不在のようですなー」
「【月面飛行】ってなぁ10人ギルドじゃ無かったか……? あの訳わからんロボに乗ってんのか?」
「いや、目立ちたがりのアホのアカツキがあの中にいるとは思えんでおじゃる。特に真上でデビルシビルがアホ目立っておるしの」
「………………何か、あったのかな? 裏切り?」
「裏切りはあれど、アカツキを捨て切れるもんでは無いのでおじゃる。心情的にも物理的にも。アカツキは油汚れより頑固であるからのー」
バルバチョフは【月面飛行】を脱退して久しいが、ずっと【月面飛行】とアカツキを心配していた。
故に、こうして【夜明けの月】と【月面飛行】が戦うの……は、別に構わないというか嬉しく思っているが。そこにアカツキの姿が無い事だけが気掛かりだ。
……が。
まぁ、アカツキのことを心配するのに時間を割くのも、癪だ。
「よーし。頑張れ【月面飛行】! である!」
「………………【夜明けの月】も頑張れー」
友と友が戦うのなら、応援しない訳にはいかないものだ。
──◇──
【第80階層 天上雲海エンジュ】
中央ステージ──特設映像パネル前
【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】の代表の一人、元【鼠花火】ギルドマスター、パンクな着物ヤンキーのマーモットは嫌な顔で液晶を睨む。
「んだよ……シュタインの野郎、【月面飛行】にいたのかよ!」
【月面飛行】シュタインは、元は【鼠花火】の一員。エンジュで【鼠花火】が解散した後に姿を眩ませていた。
【鼠花火】メンバーは、事実上の裏切り者であるシュタインを良く思ってない……という建前ではあったのだが。
「元気ならよぉー……一言くらい言えよな。馬鹿野郎……!」
純粋な実力不足で攻略を断念してしまった【鼠花火】。
その一人が、よもやトップランカーに食い込まんとするセカンドランカー最強の【月面飛行】に居たとは。
言葉には出せないが。
言葉に出す訳にはいかないが……!
「……頑張れ」
無理だ。
だってあまりにも嬉しいのだから。
「やれシュタイン! 見せ場だぜ!」
やっぱり友達には頑張って欲しいよな!
──◇──
【第149階層リメイン:『遺跡の起源!その髑髏が伝説の真実だ!』】
──ドローンが一つ、裂け目から入ってきた。
アラカルトが消えて、ここには俺──【月面飛行】ギルドマスター、アカツキ様がひとりぼっちだ。
「……んだよ。アホ臭ぇ」
役立たずのアカツキ。
裏切り者のアカツキ。
嫌われ者のアカツキ。
ただ【Blueearth】を攻略するだけで、散々な名前が付けられたもんで。
しかも全部ダサい。てか悪口。
未だに渾名の一つも無い、情け無い小悪党。
だから、徹底して隠した。
俺が俺と分かれば軽蔑されるし幻滅される。
だから【月面飛行】は徹底的に情報を隠した。
秘匿によって生まれた俺という神秘が、【月面飛行】の数少ない武器だったが……メンバーからしたら巻き込まれ事故で名声を失ったようなもんだ。
【サムライ】第五位の実力を持つアンダー。
"最強の大天司"であるデビルシビル。
【真紅道】の仕上げ屋ナイス。
【飢餓の爪傭兵団】の先生マリリン。
きっと【月面飛行】に居なければ、もっと目立っていただろうよ。
だから、って訳じゃないが。
聞こえててくれよ。
この歓声は、お前達のものだ。
「……覚悟決めるか」
俺は動かねぇとダメだ。
【月面飛行】として、【セカンド連合】として。
最後を作らねぇとならねぇ。
貧乏くじとは思わねぇ。妥当な末路だ。
だが……だがよ。
こんなに望まれるんだから、もうちょっとくらいいいよな?
「頑張れよお前ら。天下の【月面飛行】なんだからよ」
立ち上がる。
壁の亀裂の外は──光。
一つ、心残りは。
最後のチャンスだってのに、一緒にいられねぇのは残念だな。
──◇──
──天知調の隠れ家
なるほど。
"カフィーマ・リバース"の起こした問題は、やがて解決する様子でして。
しかしこれは……大天才天知調には理解出来ない事でありますが、荒れるのは間違いないんでして。
多分天知調はこのままアカツキの旦那が大人しく【月面飛行】を畳むと思っているんでしょうが……。
あのアカツキの旦那に限って、そんなマトモな事ぁ考えてるわけが無いんでして。
するってぇと、アカツキの旦那がやらかそうとしている事は……。
……。
……ま、いいか。
いざって時は天知調が何とかするでしょう。
あっしはのんびり、事の顛末を見送るんでしてー。




