356.神秘!筋肉の不思議
【第144階層リメイン:『謎の洞穴!蛇人間は実在した!』】
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探検隊が辿り着いたのは薄暗い洞穴だった!
洞窟の中には貧相な小屋があり、そこには蛇人間が住み着いていた!
交渉を図る隊長。快く渋茶をご馳走になった!
その後小石で足をくじき、探検隊が一人リタイアとなった。
探検隊は残り6名。どうなる探検隊!?
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薄暗い洞窟。
岩や木片を頑張って加工した椅子やテーブルに、随分と小綺麗なカップ。
「お客さんなんて珍しい、と思っていたのだけれど。最近は人が多くて楽しいね!」
おもてなししてくれたのは、首から上が蛇の蛇人間。カウボアさん。
カズハとミカン、そしてあたし。ここに着いた時に意識が不明瞭だったあたし達をここまで運んでくれたのは、このカウボアさんと──向かいに座っている筋肉。
【月面飛行】構成員、ナイス。
「HAHAHA! この紅茶、グッドデース!」
「緑茶だよぉ。こんな地の底じゃ粉末しか用意出来なくてねぇ。あ、水はちゃんと煮沸してるから! 近くの地底湖から汲んだ水だよ」
「……どうも」
カズハもミカンも、もちろんあたしも。警戒はしているけど、それはそれとしてカウボアさんのご厚意に反する訳にはいかないわね。
……うん。普通の緑茶。おいしい。
「それで、ナイス。あんた何であたし達を助けたのよ」
「HAHAHA! 今回、レイドボスに使役される事でシステムと接続されたのですガ、その際に少し思い出してしまったのデース!」
筋骨隆々上裸の変態紳士。勿論カズハならこの状態からでも居合出来る。安全は確保されている。
……思い出す、となると。何が起きたのか察せられるわね。
「覚えてますカ真理恵girl。一度だけ我々と顔を合わせた事。ワタシです。アルス・グッドマンデース!」
──お姉ちゃんの共犯者。【NewWorld】開発者の一人、筋肉博士アルス・グッドマン。
一度だけ顔を合わせた……? 見ていたら覚えてる気がするんだけれど。強烈なインパクトだし。
「……OH.そうでしタ。あの時はまだ【NewWorld】を作っている最中でしたネ。調サンの発明で記憶を飛ばしたのでしタ」
「なにしてくれてんのよ。なにしてんのよ」
記憶いじられてる話は聞いた事なかったけど……こんな目立つ奴を忘れる訳ないわよね。
「Ms.ソニアは思い出していないようですネ。OH.真理恵girlは覚えていますカ?」
「今更ね。こっちは記憶持ちよ。
……それで、昔話をするために助けたの?」
「勿論デース! ワタシはいつだってMs.調の味方デース! 勿論、真理恵girlの味方デース!」
清々しいわね。堂々と【月面飛行】を裏切ってるけど。
「……信じるのです? あのアカツキの【月面飛行】なのです。悪い事考えてるかもなのですよ」
「うーん、お姉さんはそんな企んでるように見えないけどなぁ」
「信じてくだサーイ……」
しょんぼり筋肉。寛容な事を言ってるカズハだけど、柄から手を離してないものね。
……まぁ、ナイス自体の事はハヤテとかから聞いてるからね。嘘では無いし。
それはそれとして、今後どうするか、だけれど。
「今、レイドボスと手を組んでるのよね? その辺は大丈夫なの? ……あ、【NewWorld】開発者なんだからその辺も対策済みとか?」
「Nooo.ワタシ、筋肉のデータを提供していただけデース。パソコン苦手デース」
「役立たずなのです」
「HAHAHA!」
めちゃくちゃ元気ね。つまりどうにも出来ないじゃないの。
「……時に。【Blueearth】は楽しいデスカ? 真理恵girl」
「なによ突然。……楽しいけど? それがどうかしたの?」
「そうですカ。それはそれは……よっこらwake up」
椅子を引いて、カウボアさんにカップを返して。
洞窟の方へ移動して、剣を取り出して。
「では戦いまSHOW!」
「なんでよ!?」
さっきと話が違う!
待つな。筋肉を見せつけて誤魔化すな!
「【Blueearth】、楽しんでくれているのなら。
ワタシにはこれくらいしか出来まセーン!」
「……あたしの事ばっかり言うけど、アカツキとか【月面飛行】については何か思うところ無いの?」
「義理を語るならばMs.調には勝てまセーン! それに、ここで戦えばレイドボスにも【月面飛行】にもMs.調にも顔がwake up! 問題ありまセーン!」
下がるつもりは無さそうね。何かしらのリアクションを間違えたかしら。
「ミカン。カウボアさん家を守っといて。あたしとカズハで行くわ」
「任せて。お姉さん、張り切っちゃう」
「了解なのです。カウボアさん、奥に隠れておいて下さい。狭いので余波来るのです」
「なんだい喧嘩かい? お茶を淹れて待ってるよ」
「この人すごいマイペースなのです!」
外敵も見当たらないけれど、この階層がどういうものなのか全くわからないのよね。
ナイスはこの階層と接続されているのは確かだし、何らかの特権があるはずなんだけれど……。
「【月面飛行】構成員ナイス! にして、【NewWorld】開発者が一人アルス・グッドマン! 真理恵girlの壁として、立ちはだかるwallとなりマース!」
「面倒な流れになってきたわね。頼りにしてるわカズハ!」
「はぁい。ナイスさん、2体1でもいいかな?」
「Ms.ミカンは温存デスカ?ワタシは三人相手でも構いまセーン!」
……ナイスは【グラディエーター】。かなり模範的な片手剣使い。勿論単体での練度が高い【月面飛行】の戦闘員ではあるけれど、カズハと二人なら苦戦するような相手じゃないはずだけど──
「【虚空一閃──!?」
一瞬。
カズハが刀を抜く前に、ナイスは──いつの間にか、カズハの目の前まで接近。腕力で柄を上から押さえつける。
「──GAMEと現実のリンクには多少の差異がありマス」
「っ、メアリーちゃん!」
「【チェンジ】!」
とりあえず距離を取る。ナイスは……何をするでもなく、むしろ腕を組んで思案していた。
「現実に追従し過ぎれば、武器など到底振るえまセン。【NewWorld】には不要な概念ではありますガ、娯楽としては平等性が求められマス。故にスキル──全人類共通のActionが設定されていマス。
But.それを発動するまでの所作ならば外部より介入できマス」
「……説明どうも。ウチにその辺に詳しいのが居てね。その辺りはもう詳しいものよ」
ジョージやアイコがよくやってる、起こりの潰し。筋肉博士ともなればそれも容易いって事? いや知ってるからって出来るわけじゃないでしょ……。
「詳しい? HAHAHA! 筋肉において、このアルス・グッドマンより詳しい者は居ませんヨ。でなければ、ワタシにMs.調の隣に立つ資格は無い……!」
「メアリーちゃん、また来るよ! お姉さんの後ろに──」
「動きを待ってからじゃ遅いわ! 【チェンジ】!」
攻撃封じだけじゃない。謎の急接近も考えると、あたしの【チェンジ】で撹乱してから攻撃した方がいい。
転移先はナイスの視覚外でカズハの射程範囲内、背後10m地点──
「──like this!」
──これまで、見切られていた。
またしてもカズハの目の前に瞬間移動し、刀を手で押さえるナイス。この段階だと筋力勝負になるから、刀が抜けない──!
「歩法を変えれば、あたかも瞬間移動したかのように振る舞えマス。筋肉だけでなく、視線誘導なども利用できマスね。
専門は筋肉ですガ、人体ならば何でも知っていマース! 次からは攻撃に入りますので、ヨシナニ」
決してこっちを甘く見ず。ただの宣言。
──あたしは丸っきり甘く見てたけど。
"最強の人類"ジョージがやっていた事は、誰にも出来ないと思い込んでいたけれど。
その分野の専門家が、この電脳世界の設計に携わっていたとすれば──何の冗談でも無く。
ナイスは、【Blueearth】最強のフィジカルを持っている──!
──◇──
──天知調の隠れ家
ラブリです。
調様と新入りが何やかんや騒いでいて、最近は賑やかです。
「ほらー旦那がピンチでして! はよ助けましょうや!」
「特定の勢力に肩入れしない! まだ私達が動くような状態じゃありませんよ!」
「しゃらくせぇー。妹ちゃん好き好きちゅっちゅで良いでしょうがよ。階層構造の変容は明らかにルール違反でしょうが!」
「ええいお黙り! 私が絶対! 私が正義!」
「横柄だー横暴だー。ラブリさん、一緒に下剋上しやしょうぜ」
「ラブリを巻き込むなぁ!」
「調様が楽しそうで何よりです」
「楽しくない!」
……こうは言っていますが、人類で調様、真理恵様に続く知能の持ち主としてこの新入り……デュークはかなり評価されています。運営としてのアレコレを調様直々に叩き込んでいますからね。
「しかし調様、新入りの言う事にも一理あるように思えます。リメイン階層は、明確に【Blueearth】のシステムを崩そうとしている様に見えますが……」
「……うーん……そうですね。ちょっと、ちょっっっとだけ感情的になっていました。
手っ取り早く言うと、リメイン階層の問題は真理恵ちゃん達……【夜明けの月】で解決出来る範囲だと想定しています。
それより我々が想定すべきは次、という事です」
「ちゃんと冷静に話せるじゃないですかい」
「誰のせいですか」
「感情に振り回されていたのは調サンの責任では」
「……それもそうです。やや反省」
「反省せぇよ」
「なぐります」
「調様、話が進みません。落ち着いて」
どうにもデュークが居ると、これまで賛同者しか居なかった調様に新たな感情が芽生えてしまいますね。
翔とはまた別視点で、調様が興味を持った数少ない人類だからかもしれません。教育には悪いけどいい勉強になっている気もします。
「ええとですね。次というのは、そのままの意味です。
リメイン階層が何かを恐れたために発生した今回の問題。即ち、その先にあるもの。
それは私達の敵と同義なんです」
「スペードを抑えた今、バグは発生しないんじゃないですかい?」
「そっちも問題ですけどね。そのうち本性を現してきますよ。……とかく、今はバグ自体は恐れていません。
というかバグに目移りし過ぎました。私達が本来戦わなくてはならない相手を、放置し過ぎた」
──バグとは、即ち【NewWorld】侵略ハッキングウィルス【Blueearth】を成立させるために生み出された膿──つまり、言ってしまえば身内の不祥事。
本来の敵、それは即ち──
「【NewWorld】セキュリティシステムとの全面対決。
【Blueearth】の侵略を待たずして、それが間も無くやってきます」




