350.龍の瞳に輝くは
【第138階層ヤマト:松竹梅林軽道】
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人亡き林には何も無い。
かつてこの地で最後の人間が果てた。
彼はこの竹林に逃げたのか?
或いは奇襲のため潜伏していたのか?
語る人間は居ない。看取る人間も居ない。
たった1匹の獣の双眸だけが、彼を視ていた。
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竹林。
一面の竹林。
全員、昨日まで丸2日洋館にいたから……疲労困憊って感じだ。
「……ここは、本当に通り過ぎるだけだよー。次がフロアボスだし、のんびり確実に通ろうか」
スペードもだるだるになってる。ちゃんと歩け。
「フロアボス……つまり、次の拠点階層が近いね。ひいては【セカンド連合】も」
「そうだな。【セカンド連合】との喧嘩もこれが最後になる訳だ。
【月面飛行】かー……情報が少ないんだよな」
副業も、【Blueearth】への貢献も無し。
とにかく階層攻略をするだけのギルド【月面飛行】。
今の所判明しているのは、ギルドマスター【スイッチヒッター】アカツキ。
ヒーラー界最強のデビルシビル、先日サカズキにもいたらしいナイス。サブギルドマスターのアラカルト……。
「バルバチョフが元々在籍していたのよね。変な連中」
「アカツキ自体は真面目にやってるつもりだと思うけどな。ともかく情報が無い。
【セカンド連合】を立ち上げてからは一層階層攻略に専念してて情報を表に出して無いからな」
秘匿主義は悪い事じゃない。【至高帝国】がそうだったように、情報を絞る事は後々有利になってくる。
アカツキの評価は、"よく分からないけど強い、次期トップランカー候補"って所だ。詳細がわからないからこそ【セカンド連合】は成立したのかもな。アレの事を詳しく知った状態で着いていきたいとは思えないだろうし……。
「【月面飛行】……【セカンド連合】最強なのよね? 【バッドマックス】より【象牙の塔】より」
「そうなるな。俺は直接戦った事は無いが……デビルシビルを抱えてるだけでも厄介さは伝わるだろ」
「そうだぜ。俺だってデビルシビルを倒さねェ事には誰も倒せねェと思ってる。あいつがいる限り【月面飛行】は全員不死身だと思った方がいいぜ」
"最強"をしてこの評価である。
……デュークの情報である程度はメンバーを把握しているが、どれもこれも優秀な連中ばかりだ。
「【需傭協会】解散騒動で、大半の傭兵は【飢餓の爪傭兵団】か【首無し】に流れた。第一次ギルドブームってとこか。
つまりは実力者が当時の最前線、今のトップランカーに流れてる。そんな中で【月面飛行】はいろんな溢れ者を集めた。
デビルシビルはまだ当時から有名人だったがな。ナイスとかはまだまだ名前も聞いた事が無い、無名だった。
仕事から逃げ出し足を洗った闇ギルドの一員、どこかのチームで爪弾きにされ路頭に迷った暴れ者、解散した元ギルドマスター……個々人の実力を優先して、チームワークは微妙。そんな感じらしいな」
「なんか【象牙の塔】の方が厄介そう」
「そうでもないぞ。個々人がバルバチョフレベルに強いって事だ。アカツキにカリスマが微塵も無いからこそ連携せずに戦える。割と厄介だ」
「自己完結形ばかり集まってるからね。普通に味方を見捨てたりするよ、彼ら」
スペードのお墨付きだ。……【至高帝国】は自己完結に加えて異様に連携も取れている訳で、格の違いを見せつけているな。
「実際、ライズはアカツキに負けてるもんね。単体戦ならクローバーが蹂躙するだけだけど」
「一杯食わされただけだ。負けてない」
「はいはい。それでいいから」
負けてないから。流すな。
……とにかく。例えば【バッドマックス】はマックスが飛び抜けて強く、他はまぁそれなり。マックス一人を支える連携が強く、マックスが開幕孤立したサカズキでは万全とは言えなかった。
個人が強い話なら【首無し】が近いか。アレもかなり厄介だったからなぁ。
「つまり、1対1だと不利ですが2対2だとこちらが有利という事ですね?」
「おっ、アイコ大正解。かしこい。えらい。
そういう事だ。どういう"宝珠争奪戦"になるかはわからないが、単体で相手さえしなければ連携の取れるこっちが優位になる」
問題は、あいつらが何考えてるか分からない事だが。
宝珠の数では1対6。既に世間は【夜明けの月】が宝珠7つを手に入れた時に何が起きるかに注目している。
逆転しなくちゃいけない【月面飛行】はどう動くのか。ナズナみたいに脅して来るのは勘弁してほしい。
──◇──
【第139階層ヤマト:日光秘飛彩天満宮】
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人亡き宮に刀一つ。
敵はいつの間にか退いていた。
人間は既に居ない。この大地から戦争は消えた。
供養する肉も残らぬほどの時を経て。
かつて血に染まった宮は平和の象徴となった。
平和を乱すものは許しはしない。
主亡き宮には、神が居座る。
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森の中の大本堂。
随分とまた綺麗なもんだ。バカでかい像と、バカでかい竜が居なければ、だが。
──【スキャン情報】──
《阿克風神右像》
LV145 ※フロアボス
弱点:打
耐性:突
無効:地/風
吸収:
text:
ヤマト階層を守護する護神像。
人も魔物も、ヤマトに存在する全てを守る善の依代。
冒険者には試練として戦闘する事となる。
存在する限り護神龍に地属性と風属性の無効耐性を付与し、左像の突属性弱点を打ち消す。
最上級魔法、槍による攻撃の他、回復魔法を使い左像と護神龍を支援する。
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──【スキャン情報】──
《吽芭雷神左像》
LV145 ※フロアボス
弱点:突
耐性:打
無効:火/水
吸収:
text:
ヤマト階層を守護する護神像。
人も魔物も、ヤマトに存在する全てを壊す悪の依代。
冒険者には試練として戦闘する事となる。
存在する限り護神龍に火属性と水属性の無効耐性を付与し、右像の打属性弱点を打ち消す。
最上級魔法、拳による打撃攻撃の他、能力上昇バフで右像と護神龍を支援する。
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──【スキャン情報】──
《大和飾龍神》
LV145 ※フロアボス
弱点:
耐性:斬/打/突
無効:光/闇
吸収:
text:
ヤマト階層を守護する護神龍。
試練を介して冒険者の善悪を測る天秤。
戦闘に入ると天満宮の屋根へと退避し、右像と左像のどちらかが撃破されると飛翔。天から雷を落として攻撃してくる。
右像と左像の両方を撃破した場合、地上まで降りて直々に暴れる。右像と左像が自己修復した場合、全回復するがそのまま地上で暴れ回る。
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「気を付けろよ。トップランカーは一回、こいつらに負けてるからな」
クローバーの忠告も納得のガチ仕様。これはクローバーでも困る相手だろうな。
『──汝、既に試練を超えし者。挑むか?』
右の像が問いかける。クローバーはやらなくていいよ、って事か。
クローバーはこっちを一度振り返ってから、小さく笑う。
「……いや、俺は今は【夜明けの月】のクローバーなんでよ。もう一回やらせてくれや」
『構わない。べらぼうに嫌だが、構わない。龍神様もそう仰っている』
『いやだなぁ』
『龍神様は万物に寛容である』
今、"嫌だなぁ"って言ってなかったか?
ともかく、決まったな。後はメアリーに任せるか。
「……両脇の像を倒さないと龍神が硬いってことね……。クローバー、全部無視して龍神は倒せる?」
「自信はあるぜ。だが耐性に加えてギミック物理バリアも展開されてるからレイドボス級の耐久性はあるな。順当に攻められんならその方が良い」
「分かったわ。じゃあ──やるわよ」
二対の像が槍と拳を構える。
龍神が天満宮の屋根へと浮かび渡り──戦闘準備が完了する。
『いざ』
『尋常に』
像は、龍は、こちらを見つめる。
──最初に動いたのは、二対の像。
『【テンペスト】!』
『【サンバーン】!』
──最上級の風と火属性魔法。そして広範囲! 雑に出るなぁ。
矢面に立つは我らが"無敵要塞"リンリン。
「【ワイドシャッター】……!」
最上級魔法なんのその。たった一人で防ぎ切るその背中は偉大すぎる。
「クローバーは左像の早期撃破! 右像はアイコとカズハを中心に打撃斬撃で固めるわ。
龍神担当のメインはあたしとツバキ、魔法組! ドロシーとミカンはあたしの支援よ!」
「分かった。ゴースト・リンリンは龍神、ジョージは右像、スペードは左像。俺は……俺も龍神行くかな」
「「「了解!」」」
右像と左像は、それぞれに耐性を付与し合っている。だがクローバーならそれを無視して力技で解決できるだろう。左が右に与えているのは打撃弱点耐性。これが解除されればアイコが右を潰せる。
『かかって来い──』
「言うまでも無ェ! 蜂の巣だァ!」
クローバーとスペードで、左像へ接近。拳を主体とする左像の攻撃がクローバーを狙うが──一瞬にしてその姿が逆行する。
「──【ミスリーディング】。クローバーの位置は数瞬遡行する。人にも使えるようになってね」
──光の壁が左像を包みこむ。
ならばと右像は、大槍をアイコに向ける──
「【迅雷一閃】!」
雷速の一打。身の丈以上の大槍を、カズハの一閃が打ち返す。
「【建築】──アイコ君、跳べるかい?」
「お任せください。解決策は見出しています──蒼の"仙力"!」
瓦礫を作り足場にするジョージの隣で、蒼の"仙力"を布にして飛ばし空を飛び回るアイコ。左像はカズハを警戒しているのか目で追えないのか、二人の接近に気付かず──
「ここで使い切ります。赫の"仙力"──【仙法・赫蓮華】!」
赫の掌底が左像の頭にクリーンヒット。"仙力"の温存を無視した【仙人】の全力攻撃だ。左像は大きくのけ反るが──目を見開く。
『大層な威力だが──後先を考えねば、な!』
「残念ながら、いらない世話だ」
左像の反撃、そこに移行する前。
既に上を取っていたジョージが、廻り落ちる。
「──【炎月輪】!」
ほぼ同時に二対の像を撃破。龍神は飛翔を始める。
──本来は片方撃破したら飛ぶはずだが、あまりに速すぎたようだ。
龍神は空へ。俺たちは──
「出来たのです。垂直射出カタパルト!
方角ヨシ、距離ヨシ。──いってらっさい、なのです!」
メアリー、カズハ、ドロシー、俺。全員纏めて空中へと放り出され──龍神の目の前まで辿り着く。
「【アステラ・ピット】!」
全員の足場としてドロシーがピットを展開。──メアリーは、空中戦を挑む。
「ほっとけば降りて来るけど暴れられるのは厄介だからね。ここで魔法で仕留めるわ!」
『おもしろい』
龍神は目を細め──天が曇る。落雷攻撃か。
「【スイッチ】【煉獄の闔】! ……こいつは物理が元々半減だから、魔法で仕留めるって事だな?」
「そうよ。ツバキもある程度の攻撃魔法はあるけど……今はあたしの補助、ね!」
「はぁい。こっちは久々ね……【エンチャント:アクア】【エンチャント:マジック】」
メアリーへの攻撃を全部俺が受け、ツバキがメアリーにバフをかけて──
「一気に削るわ。【風花雪月】──【クロススペル】で二倍よ!」
氷華二輪が龍神を包む。荒れ狂う氷の嵐の中──龍神の目がこちらを睨む。
『──まだ甘い』
龍の尾が俺たちの足場となっていたピットを、纏めて薙ぎ払う。
──全員落下する最中。メアリーは、最後の一手を動かす。
「あそこで仕留められればギルドマスターカッコいい!で済んだのにね! 【チェンジ】!」
飛ばすは、たった一人。
空に取り残された龍神の前に転移するは──
「──100%。【サテライトキャノン】!」
『ぬぉ──!』
光の柱が龍神を貫く──
──◇──
『やられた』
龍神がしわしわになって降りてきた。
尚、【チェンジ】無しで高所に行った俺たちはミカンの作ったクッションに落下した。落下ダメージ有効だからな。
「流石はNo.2。見事な点前だぁ」
「あうう……少し、ギリギリすぎましたかね?」
「ありゃメアリーが仕留め切れて無いのが悪い」
「結構全力だったんだけど!? あたしも褒めてよ」
「あたしで良ければ褒めてあげようか? 今晩にでも……」
「貞操の危機を感じるから結構よ!!!」
実際、少しギリギリ過ぎた感は否めない。前途多難だなぁ。
 




