341."最強"の責務
【第130階層 風雅楼閣サカズキ】
──side:クローバー
サカズキ城内部
相手はマックス。それとヒート。
せりあがった床は、サカズキ城の屋根近くまで上がってる。障害物無しのワンフロア、天井は低い。
実に俺向きなステージ。だが……相手が悪い。
マックスとヒート、俺を挟むように広間の両端に陣取っての遠距離攻撃。道理だァな。
「マックス! ちとビビりすぎじゃねェの?」
「んだとコラ! ぶっ潰す!」
──マックスは煽れば来るが──
「あーマックス殿だめであります!【フルバースト】!」
「ぎゃー!」
──すかさず、俺もマックスも巻き込んだ絨毯爆撃。
やっぱり厄介なのはヒートだな……!
トップランカー【真紅道】なだけはある。基礎がしっかりし過ぎてるな。
……特に"最強"メタは、トップランカーにおいて必修科目だ。あの頃はかわるがわるメンバー入れ替えながら挑戦されてたからなぁ。俺の困る事についてはそりゃあもう詳しいだろうよ。
足止め、遠距離攻撃、ターゲット解除の煙幕。
流石に対策してるか。何なら俺要員だろヒート。
「何しやがるヒート!」
「無策で"最強"に特攻は流石にナシであります!」
「ううん正論!助かったぜ!」
「お前らなァ……」
寸劇してる場合じゃねェんだよな。外じゃ万誑命が暴れてんだし。
……俺の仕事を考えないといけねェな。
何か、何でもいいから切っ掛けがあれば……
「──【スターレイン・スラスト】!」
──壁を壊して現れる流星。
マックスが吹き飛ばされ──だが着地。ダメージは流されたな。
「──ライズ。いい不意打ちじゃねェか!」
「いや、倒せて無いどころかダメージも無いなんてな。情け無い」
飛び入りゲストはライズとアイコ。また変わった組み合わせだな。
「──【フルバースト】!」
「蒼の"仙力"── 【蒼鎧布】」
不意打ち返しのヒートのミサイルを、アイコの蒼布が防ぐ。随分と判断が速くなったな。何があった?
「ふむ。増援でありますか」
「邪魔するぜ。久しぶり……ったって覚えてないか」
「まさか。【三日月】ライズを忘れる者などいませぬ。貴方が欠けなければきっと今頃は、こんな騒動にもならずレベル上限解放まで持っていっていたのでありましょうな」
「嫌味ぃー。そん時はそん時だろうが」
セカンドランカーと衝突してからもちらほらあったが……いよいよもって同窓会だな。
とはいえ、俺の知る頃とは何もかも違うだろうが。
「【コマンダー】……フェイさんと同じ、銃火器による遠距離攻撃中心のジョブですね。クローバーさんの苦手とする相手というのも納得です」
「ヒートは俺達に任せろクローバー。マックスを頼む」
……アイコもライズも、防御力なら俺より上だ。多少の被弾覚悟でヒートまで接近できる。
無論ヒートは接近戦でもかなり強いが、俺への遠距離妨害に回れるほどの余裕は無くなる。そうなりゃ俺とマックスの対決になって、そんでもって俺が勝つ……。
「やだ」
面白くねェ。
我儘この上無いが……アイコもライズも、驚きもしないな。流石だぜ大人組。
「……一応、理由を聞いておくか」
「おう。まず何は無くとも、"最強"が敵前逃亡なんて有り得ねェだろ。不利を理由にヒートから逃げりゃ笑い話だ」
確実な勝利を計算するのもまた立派な兵法。自ら好んでピーキーな戦術を選んでるんだ。
ゲーマーは冷静じゃなきゃならねェ。……だが、それはそれとして。
俺は【夜明けの月】の大看板、"最強"のクローバー。この名前に泥は塗れねェよな?
……ってのは、まぁ、建前ってヤツで。
「もう一つ。黎明期の伝説だ。
マックスには【三日月】なんだろ? 俺ァ知らねェけどよ」
【至高帝国】は【三日月】解散後に動き始めたから、黎明期の最前線事情は直接見た事は無ェ。
……だから、伝聞だけなんだよな。これでも結構ファンボーイなんだぜ、俺。
この戦いは例によって配信中。ライズの存在は、黎明期を走った冒険者からすれば一つの伝説だ。
そりゃ見たいよな。あのマックスとライズの喧嘩なんて。
折角のお祭りなんだ。主役は譲ってやるよ。
「……そう言われるとなぁ。分かった、やるよ。アイコは要るか?」
「まさか。ヒート一人なら俺だけで充分だ」
さっさと倒して、のんびり観戦でもしたいもんだ。
……長い長い、【三日月】から【夜明けの月】になるくらい長い旅だったんだろうに。心残りは消化させてやりたいもんだ。
なに、もしも負けたとしたら俺がマックスを潰せばいいからな!
──◇──
──南町
賭場:駒狗
「……即ち。【コマンダー】と【ラピッドシューター】の相性は最悪である」
「へぇ。そうなのかい?」
狗五ヱは賽を振る。
我ら【喫茶シャム猫】は──やる事が無くなったので、道楽に興じておる。
狗五ヱがどうにも今の戦力状況から、クローバーとヒートのどちらが有利か……などと聞いてくるので、答えてやるのである。
我らが切込隊長、返り血眩しい紅一点のスティングは……イカサマ対策に目を光らせているが、自分の話だと分かると慌てふためく。
「ええと、ええと……はい。【ラピッドシューター】はセカンド階層以降では、私とクローバーさんくらいしか居ません……。
しかしそれは、研究が進んだが故に不適切であるから、です。【ラピッドシューター】にはジョブとして致命的な問題がたくさんあります」
「へぇ、問題?」
「でなけりゃ"最強"のジョブ、みんなが猿真似するってもんでコック。完全にクローバー専用のジョブと化していますが……ウチのスティングのように、やれる事はありますでキッチン」
うむ。その通り。
……【ラピッドシューター】が使われないのは、僅か一言。
「弱いのだ。【ラピッドシューター】は【Blueearth】においてぶっちぎり最下位、誰がどう見ても最弱のジョブなのである」
「そんなジョブの奴が"最強"なのかい。惚れるねぇ」
「……で、でもクローバーさんの戦い方は、【ラピッドシューター】というより"クローバー式"と例えた方が正確です。……そして、どうあったとしても……【ラピッドシューター】としての問題には直面しています」
【ラピッドシューター】
レンジャー系第3職。
「ええと、ええと……攻撃速度が速くなる代わりにダメージが減ってしまう。それが【ラピッドシューター】の特徴です。比率がおかしくて普通に撃った方が効率良いとかもありますが、何より問題なのは……"通常攻撃に特化した"ジョブであるという事、です」
「通常攻撃とスキルには天地の差があるが、その中でも武器差というものがある。破壊力の差であるな。
両手槌ならば壁を壊せるが、短剣ではとてもそうはいかん。片手銃による弾丸は、物質を破壊するほどの火力を持たん。
即ち、通常攻撃でスキルを打ち破るのは至難の業なのだ」
「例えば正に【コマンダー】がスキルで爆撃してきた場合、爆破前に空中で撃ち抜く事が関の山。押し返すなどとても無理なのでコック」
「へぇ。意外と脆いんだな。だがスキルを使えば良いだけじゃないか?」
「スキル中は強みの通常攻撃が出来ません。隙だらけです……」
「なるほどねぇ。つまり、クローバーが不利って事かい」
……うん?
ああ、そういう流れになっておるな。
「まさか。勝つのはクローバーである」
「……それまた、どうして」
「当然であろう。奴は"最強"なのだ」
そも。
そんな理屈で倒せるならとっくに"最強"を降りているのである。
狗五ヱは少し驚き、くつくつと笑う。
「……賭けにもならないレベルかい。面白い」
「いや、つまらん。誰が勝つか分かり切っておる」
「確かにね。ほうらピンゾロだ」
「ぬぅ!? イカサマである!」
「いいじゃないか何か賭けてるわけでもなし」
「気に入らんのである!もう一度!」
……どうせ、クローバーが勝つのである。
そんな事より賽遊びの方がまだ建設的なのである。
──◇──
──サカズキ城
【コマンダー】
レンジャー系第3職。
ミサイルやランチャーなど、あらゆる火器兵器を扱う広域殲滅系ジョブ。
遠距離中距離は勿論の事、アイテムの選定さえ適切であれば近距離でも充分に戦える……戦闘におけるオールラウンダー。
最前線ではクアドラの存在により【サテライトガンナー】が三種の神器の一つと呼ばれるようになったが……アレはつまりクアドラ一人によるもので、クアドラ不在の今となっては【コマンダー】の方が重宝されている。
バランス型と呼ぶには高火力。【サテライトガンナー】のような不安定差や脆さの無い、ド安定ジョブ。
「行くであります!【エアストライク】!」
【コマンダー】でも二種に分けられる。固定砲台となり火力に回るか、戦場に潜み支援に徹するか。いくらオールラウンダーとはいえ最初から接近戦は叶わない。
ヒートの場合は……強欲に"両取り"。戦場を駆け回り目立ち、それでいて火力を押し込む。流石は【バッドマックス】を師事するだけはある。
襲い来るは不可視の弾頭。それも複数。
だが、そこまでの強度は無い。まだ撃ち落とせる。
「──どうしたヒート! 俺が降りた頃からあんま進歩が見られねェぞ!」
「ええいうるさいであります! そちら新たな切り札を抱えている事はご存知の上で! 立ち回っているのであります!」
挑発に乗る女じゃねェ。
……比較的、俺にビビってる方のトップランカーだ。俺への警戒は怠らねェな。
特に空間作用スキルにビビってんだろうが……そりゃ仕方ねェな。【ミチレック:109】は一度発動すれば全ての攻撃が必中になるクソ馬鹿スキルだ。
……が、このまま距離を取られちゃ堪らねェ。ライズに啖呵切ったんだ。ちゃんとやるか。
「行くぜヒート。ちゃんと立ち回れよォ!」
「──な、なぜ!?」
前進。正面突破、最短経路でヒートを目指す!
流石のヒート。事象の是非より早く、対応の構えだ。
もうライズとかが妨害してくるとかは考えていない。俺相手に他所事考えるほど馬鹿じゃねェわな。
「来るというならば! 【グレネードバスター】!」
撃ち出すは必殺のランチャー。通常攻撃では迎撃不可能、そして俺が前進中はとても回避できない誘導弾。
【コマンダー】は重火器の発生にスキル時間を割くから、実質的にスキルの溜め時間が存在しない。隙さえあればぶち込もうとずっと背負ってたの、見えてたぜ。
そこまで複雑な話じゃない。通常攻撃が通用しないなら──スキルを使うだけだ。
一瞬。1F単位の世界。
銃口が接触した瞬間にしか使えない、射程距離0の必殺スキル。
ランチャーミサイルと銃口が接触し、ミサイルが爆発するより早く──
「【ゼロトリガー】!」
ミサイルが爆発する。スキル演出の入った俺には、その爆炎は届かない──
ヒートは──小さく笑う。
「読んでいたであります」
もう一つの【グレネードバスター】が現れる。
俺が何らかの手段で解決すると踏んで、二度打ちか。
……奇遇だな。
「俺も読んでたんだよ」
──【ゼロトリガー】を撃った反動の残る左腕を──筋肉の力で元へ戻す!
【ラピッドシューター】のデメリットである威力減少。ジョージとアイコから散々教わった筋肉への意識!
──しかも、前例アリだ。ここでしくじる道理が無ェ!
「二連──【ゼロトリガー】!」
爆炎。
一瞬も一瞬、ミサイルと接触してこっちが後手に回ればお陀仏。"最強"の看板もサヨウナラだ。
……が。
ダメージを受けてねェ。
「──嘘であります。そんな──」
「余所見厳禁だぜヒート。射程距離だ」
余裕は無い。ヒートの目の前から飛び出すしか無かった。
リアクションは、声より顔より早く、身体で。ヒートの通常装備は──奇しくも片手銃。
ここまで追い込んだなら。右腕だけで充分だ。
「──あばよ」
光の奔流が、ヒートを飲み込む──




