339.久之番-双妖万誑命
──サカズキは、一匹の猫が見る夢。
夢は永い時を経て現実となり、彼の猫は──未だ夢を視る。
その猫は、強靭であった。
既に争いが収まった平定の世に生まれ落ちた。
役割が無い。武力など、このサカズキに必要だろうか。
──求められるのならば。
我らが親であり主であり、愛すべき上位存在よ。
私に何を求め、私を生んだのか。
その猫は刀を取る。
求められておらずとも、私はここに在らねばならぬ。
我らが母は、私を見ると──
「戦いは終わっていません」
「刀を持ちなさい、猫又。我々は人間に替わり、このサカズキを治めなくてはならない」
俺の責任だ。
俺が生まれたから、サカズキはこう成った。
ならば責任を取るは至極当然の話だろう。
それは、それとして。
「我が愛を! 我が妻を! よくも傷付けてくれたな、ジョーカー!」
──キレるものはキレさせてもらう。
──◇──
【第130階層 風雅楼閣サカズキ】
──中央町
サカズキ城 正門前
ガチギレにゃんこ。
"猫又九番守"久之番。双妖万誑命。
ものの見事にこっちを見ていないな。玉乃条を倒したスペードしか眼中に無いか。
……サイズは、玉乃条よりさらに大きい。レイドボスに相応しいな。
サカズキ城の屋根に被さるほどのサイズだ。刀は帯刀しているあたり、まだ二足の猫又として戦うつもりだろう。
「今のうちだ。サカズキ城内部組を助けるぞ」
「スペード君はいいの?」
「ほっとけ。死なないし、死んでもそこまで支障は無いだろ」
「冷酷だねライズさん。そういう所もいい」
何でもアリだなスワン。
……実際、万誑命がここに向かってこないならひとまず安心だ。今は全員ここに集まっている所だし、サカズキのどこにいてもあのデカ猫は見えるだろ。
それより目下最大の問題は、未だにアナウンスがされていない【バッドマックス】の花火。
バーナードが先ほどチャットを飛ばしてきた。どうにもマックスは今、サカズキ城内部にいるらしい。
クローバーとマックスは……というか、誰だってクローバーとは相性が悪い。全人類特効だ。"最強"だし。
なのに放送の一つもないという事は、何らかの理由で苦戦しているという事だ。バーナードまでいるんだぞ。
考えられるのは……【真紅道】のヒート。
あいつ一人でクローバーとバーナードを抑えられるとは思わないが、【コマンダー】のヒートと遠距離寄り【ヴァイキング】のマックスなら時間稼ぎは可能だ。
……何かとっておきもあるかもしれないし、先にマックスを倒してからレイドボス討伐に挑むのが定石だろうなぁ。
──突風。城屋根の万誑命が、南町へと跳んだ。高い所からならサカズキ中をひとっ跳びだな。
「よし。行こう」
「じゃあ私は地下牢に行くよ。一緒に来たエリバ先輩がいるだろうから」
「地下牢は……ツバキが拉致されたんだよな。倒されなくて何よりだ。本当にエリバ様様だな」
「本当にその通りだ。ところでライズ君は、どうして瞳を単独行動させているのかな?」
「……お早い到着で」
何時の間にやら、背後にジョージ。
殺される。
「いや、不可避であった事は考慮するよ。瞳……ツバキの性能は、隔離して各個撃破するしか対処出来ないからね。
理屈では理解しているよ。やるせないけれどね。本当だよ」
「無意識だろうけど、その片手剣振り回すの止めなさいよ」
「おっと失礼……早かったね」
転移して現れるはメアリーとゴースト、それに【神気楼】のクピコ。
「ご無沙汰していまス」
「おー。うちのマスター達を助けてくれたって? 感謝するよ」
「イエイエ……クヒヒ……」
実際本当に助かった。北町の混戦はほかの所の比じゃ無かった。
ここからのレイドボス戦にも出られるし、回復要員なんていくらでも欲しいからな。
「クピコさんは……一回西方向に行ってくれ。ミカンが簡易拠点を作ってるから、そこを"医務室"にして薬品精製に集中してくれると助かる」
「……フム……ソニアが居ないなラ、現場判断ヨシ! 承知致しましタ。一応、簡易精製した回復薬と武器修復薬、解呪薬と万能薬、"リセットファージ"をメアリーサンに渡していまス。完成版が精製されたら運びますので、それまではこちらを……」
「……すごいな。そんな隙あったか?」
【ドクター】は魔法ではなくアイテムによる回復を行う。非回復要員でもアイテムを渡すだけで回復要員になれるので、攻略三種の神器に次いで人気のジョブだ。
自分たちで回復アイテムを精製できれば節約にもなるしな。【夜明けの月】は道具屋商会とズブズブだからその辺は気にしていないが。
それにしたって、そこまで品質も悪くない。どこかでどっしりと"医務室"を構えた訳でもないのに、かなりの腕前だな。流石はヒーラー系の新たなる金字塔【神気楼】なだけはある。
「エヘヘ……ギヒッ。それでは、ご武運を」
クピコが西に向かうと同時に──東から双竜が落下。
「スワン。勝手に名乗りを上げたな? やんちゃめ」
「キャミィ先輩。エンブラエルさん。……喧嘩は終わったのかい?」
「手合わせだ。なまっていないか確認する義務がある」
「嘘だぁ。絶対喧嘩だったぞ。……途中【バッドマックス】の空中部隊が横やり入れてくれたから中断できたけど」
【ダーククラウド】キャミィ、【コントレイル】エンブラエル。どちらも【夜明けの月】とは敵対していないが……両者は、別に停戦している訳じゃない。いろいろそっちのけで空中デートしてやがったなこいつら。
よく見ると、エンブラエルの飛竜の背にもう一人──跳んで着地するはアイコ。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。……リンリンからも連絡があったわ。ドロシーと一緒にこっちに向かってるって」
「じゃあクローバー以外は集まる事になるか。……どう割り振るかな」
サカズキ城にはマックスとヒート。場合によってはヒートを味方にしてマックスを袋叩きにできるだろうが……引っ搔き回しに来てるからな。負けても損害無いし、多分こっちが優勢になればなるほどマックスに加担するだろ。個人的な恩義もあるだろうし。
南町は万誑命。こっちをスペード一人に任せるのは流石にマズい。
自分の階層で"拠点防衛線"中のレイドボスだ。どんだけ強さ盛られてもおかしくない。
実際、そういった状態のレイドボスの撃破実績は……クローバーがケイヴ階層の"岩窟大掃除"でミドガルズオルムを討伐したな。なんだあいつ。
……ともかく。スペード一人には分が悪い。
「対人向きなスペードはむしろマックス戦に欲しいな。移動でメアリー、対レイドボス戦闘でカズハ、キャミィ、エンブラエル。ドロシーとリンリンも南町に行ってもらうよう指示するか。
ゴーストとジョージとスワンは地下のツバキとエリバを回収し脱出。俺とアイコでクローバーを助太刀しつつマックスを倒しに行くか」
「そうね。できる限りここに誘導するわ。この広場なら戦いやすいし。
あたしはリンリンとドロシーを拾ってから行くわ。カズハとキャミィとエンブラエルでゆっくり南町方面へ向かって。スペードが死んだら花火移動の放送が入るから、そうなったら時間稼ぎをよろしく」
「任されよう。……レイドボス相手か。スフィアーロッドを思い出すな」
「あー……今更だが、レイドボスってレベル200固定だよな。強さに差はあるのか? スフィアーロッドレベルの無茶苦茶で来たら、この人数いても難しいだろ」
エンブラエルの懸念も分かる。"拠点防衛線"とはいえ、レイドボスが直々に出張ってくるとは限らない。
レイドボス自体の強さは──クローバーみたいな例外を除き──単独撃破など到底叶わない、化け物だ。
だがスフィアーロッドのアレは特例も特例。バグに加えてスフィアーロッドが自身の存在を投げ捨ててまでやった結果だからな。
万誑命はあくまでルールの範囲で戦ってくれるだろう。無理する理由も無い。
……というかあのアホ呪竜がおかしい。あの時点でトップランカーセカンドランカー山ほど動員して数日掛かりでやっとギリギリ滑り込みセーフだったんだぞ。加減を知ってくれ。
「よし、じゃあ早速取り掛かるか。敵も残り少ないしな」
「そうね。そっちは任せるわ、ライズ」
「ん。……何かさ、今回はちゃんと最初から一緒なのに、俺達結局別行動になるよな」
「なーに変なこと言ってんのよ。今回は"廃棄口"に落ちてないし、投獄されてないし、奴隷にもなってないじゃないの」
「うーん前例が異常。よくここまでやってこれたな俺達」
「優秀な部下がいっぱいいるからね。さっさと行け」
「へい」
メアリーも一人前だなぁ、なんて偉そうにはできないけれども、だ。
いよいよ大一番。派手に終わらせるとしようか。
──◇──
──サカズキ城
「……なんだこりゃ」
入ってすぐ、吹き抜け。
地下への階段はあるからゴーストたちとは分かれたが……あまりにも物騒すぎる。
「ライズさん。どうやら上で戦っているようです」
アイコの指差す先は、天井……いや、どうやら床がせりあがった様だ。
この目の前の奈落は、舞台の下側か。
「アイコならフィジカルで登れるか?」
「そうですね……柱がこの数あるなら、余裕をもって。しかしライズさんが問題ですね」
「ちょっと迂回してみるか。サカズキ城の外壁沿いの地形は変わってないみたいだし、多分上の方からなら直接入れるだろ」
「そうですね。道案内は任せても?」
「任せろー」
……【夜明けの月】メンバーはいい子だらけだが、特にアイコは話が円滑に進むのがいいな。
奇襲できるならそれに越した事は無い。邪魔者もいないので、出来る限り静かに階段を上がる。
「ライズさん。マックスさんとは、クリックで一度負けていますよね?」
「ああ、あいつを再点火した時な。あの時もしっかり本気で挑んだんだがな。……来る上位陣との戦闘のウォーミングアップとして」
【ダーククラウド】に敗れ、同期と比べて階層攻略の速度が大幅に低下してしまった当時のマックス。
"イエティ王奪還戦"のため再起させるべく喧嘩を売って、俺はぼろぼろに負けた訳だが。
「マックスは戦闘力にムラがありすぎる。ノッてる時は【セカンド連合】最強格と言っていいだろうな」
「では、今は?」
「多分ノリにノッてる。メンタル的な不安を取り除いたうえでクローバーとかいう最高のおもちゃで体を温めてるんだからな」
戦闘力を大雑把に当てはめるとするなら……。
トップランカー最上位にウルフやグレンやハヤテを置くとして、
そこに並ぶが"最強"候補の五本指。事実上【セカンド連合】最強が【マッドハット】のセリアン。
この下にトップランカーの上澄みがいて、この辺がアカツキとかイツァムナとかブックカバーとか。
一般的なトップランカーの位置に【喫茶シャム猫】のシャムがいて、そこから下に各【セカンド連合】ギルドマスターとかギルド内指折りの実力者たち。
その下が一般的なセカンドランカーレベルってところか?
マックスは今で言えば、上はアカツキレベル、下は一般的なセカンドランカーレベルってくらいまで上下する。
セリアンは【セカンド連合】どころか【Blueearth】でもトップクラスの怪物だが、そもそも戦闘行為を避けるし気分屋で最後まで本気を出さない事も多々ある。だがマックスは、困ったことに常に全力で喧嘩っぱやい。
トップランカーも蹴散らすほどのパワーで暴れ散らかすんだ。警戒は怠らないに越したことはない。
「よく認めているんですね、マックスさんの事」
「……まあ、黎明期を走った面子であいつを舐めてかかる奴はいないよ。そのぐらい強烈なんだ」
良くも悪くも目が離せない。どうしたって派手は色男。
……マジで陰謀とか何もなくて良かった。マックス以外に考える事があったら、隙を突かれて負ける。
「指示は一つ。油断も躊躇も温存も無く、全力で当たる事だ。頼むぞアイコ」
「ええ、お任せ下さい。少々……腕が鳴ります」
……やっぱ、ちょっとだけ好戦的になってるよなアイコ。
 




