338.妖景色"穴虎錦夢跡"
【第130階層 風雅楼閣サカズキ】
薄暗く紅い空、広がる平原に刀の墓標。
荒々しくも美しき白猫は、何処か懐かしむように首を上げる。
「──妖景色"穴虎錦夢跡"。
ここは私の記憶、私の過去。最期の一人を見送った、私の夢……」
"猫又九番守"罰之番──永年妖猫 玉乃条。
サカズキを探索していた時に噂はちらほら聞いた。猫又の始まりの話。
……かつてヤマト階層にいた人間は、古代文明との戦争で敗れ散った。その後、人間の意思を継いだ妖怪猫が文字通り立ち上がり、遂に古代文明が自爆した事でサカズキは勝利を収めた、と。
始まりの猫又は、妖怪だった。美しい白猫だったと言う。
「このサカズキを成立させた存在が、今のレイドボスに見初められた。その結果がコレか」
「どうするライズさん。ここが隔離階層という事は、支援は見込めないか?」
「いや、ver.2は階層全体に影響する。ミザンの時は【黄金舞踏会】自体の性質で隔離されていたがな。
……そういう意味ではver.2の方で良かったな。もし普通の隔離階層なら、俺たち閉じ込められてたぞ」
その場合は【鬼冥鏖胤】で外に出ていたけどな。
……それともう一つ。空間作用スキルとジョブ強化スキルが別になっている、という事。
「玉乃条は冒険者じゃない。つまりジョブ強化スキルは無いし、その強化系であるver.2の影響も少ないはずだ。
実際ミザンの時は、本当に階層全体と癒着しただけの【黄金舞踏会】だった。ver.2で強化されていたのはジョブスキルの方。それが無いなら、そこまで怖くは無い」
影響といえば、こっちの空間作用スキルが使えない事だな。後は向こうに都合の良い舞台にはなっているという事。
……まだ、そこまで理不尽では無い。
「──過去。人間は、武器を取り戦いました。
その頃の私は、まだ非力で。何の助けにもなれなかったけれど──」
玉乃条の瞳が輝く。
──鎧武者が地から生えて、落ちた刀を抜いて構える。
見渡す限りの、侍軍団。
……理不尽!
「本体を叩くぞ。みんなを待ってる余裕は無い!」
「分かった。【スイッチ】──【ドラドルグ・ハンマー】!」
「お姉さんから行くね。【虚空一閃】!」
広範囲破壊を選ぶ二人。
【燕返し】と合わせて超前進しつつ広域を斬り飛ばすカズハ。ひとまず初期位置周辺の侍を殴り飛ばすスワン。
頼もしい限りだ。カズハの火力はトップランカーでも上位な食い込むほど。これがどのくらい通るかでこの後が変わって来るが──
「──あれ?」
玉乃条が、白モヤになって──姿を消す。
そういうタイプか。厄介だな──
「ライズ君! 後ろ!」
「──【スイッチ】【煉獄の闔】!」
まるで気配も何も感じなかったが!
カズハの声に、咄嗟に大盾を呼び出す──
「──デカくないか!?」
猫パンチ。ただしその手が【煉獄の闔】より一回り大きいほどで。
巨大化した玉乃条が、背後から襲ってきた!
防御自体は成功したが、そのまま押し出された──距離が取れたなら暁光!
「【スイッチ】【天国送り】──【パワーショット】!」
狙う先は黄金の瞳──
──ではなく、尾?
違う。また白モヤになって消えた!
ええい白い身体に黄金の炎が二つ、目なのか二又の尾先なのか良く分かんないなぁ!
「──たった一人も仕留められないなんて、不甲斐ない。少々気を取り直して参りますね──」
女将さん、殺意が高すぎる。
薄霧になって逃げて、後は侍兵に任せる訳か。あの気配無しで背後取る技もあるしな。
「カズハ! 一度戻って来い!」
ある程度の方針は理解できた。
侍兵にせよ玉乃条本人にせよ、接近での直接攻撃しかしてこない。なら別行動する必要は無い。
時間さえ稼げれば、その内皆合流──
「まだまだ。夢は覚めません」
──刀の壁!
分断されたな。これ合流できるか……?
──◇──
──サカズキ城 領主の間
サカズキが、戦場になった。
……玉乃条さん、元気にやってるな。
サカズキの……ヤマト階層の生き字引。猫又の開祖、本物の妖怪。
俺の一族は何代にも渡りこのサカズキを統治しているが……玉乃条さんはそれよりもずっと永く生きていた。それこそ、まだ人間が生きていた頃から。
永年妖猫。原初にして最古の猫又。
……それがそう紐付けられた存在だったとしても。
俺の、あの人への想いは作り物では無い。
記録ではない。思い出だ。
若く粗暴だった俺を受け入れてくれたあの猫は、作り物なんかじゃない。
「──ああ。楽しそうだな」
暴れるような猫じゃない。
本当に優しいんだ。ずっと昔の紛争を昨日の事のように覚えているというだけで。
多少血が騒ぐ事がある、というだけで。
さて。残るは玉乃条さんだけ。敵は大勢残っているが。
どのくらい残るか。俺の楽しみまで喰ってしまわないだろうか。
……もちろん、玉乃条さんの自由にすればいい。口答えなぞ出来るわけないだろう。
──◇──
──北町
「位置が悪すぎるわね……」
突然景色が変わった──ちゃんと【森羅永栄挽歌】使ったけど弾かれたあたり、ver.2みたいね。
サカズキ城の方は平原になったみたいだけど、こっちは家屋と平原で半々。発動地点周辺の方がより強く隔離階層の性質が出るみたいね。
……つまり、こっちはまだ路地裏。無数の刀と、それを振るう侍兵士に囲まれてる。
「クピコはあたしが飛ばすわ。ゴーストとジョージはそれぞれで中央町に」
「answer:承諾します」
「相わかった」
「キヒ。メアリーサンの護衛、デスね?」
適材適所。まだ障害物が多いなら、ジョージなら単独行動の方が早い。そうなるとあたしが転移したらヘイトはゴーストに回っちゃうけれど……ゴーストはやりたいみたい。させてみるのも良いわね。
「まだ八番も万誑命も、マックスも倒して無いんだから。こんなところでリタイアしないでよね。……じゃ、よろしく! 【チェンジ】!」
クピコは折角助けに来てくれたんだから、ちゃんと最後まで大切にしておきたい。【神気楼】印の優良ヒーラーだし、適当な扱いしたらソニアに怒られちゃう。
──転移先。まだ中央町まで遠い、民家の上に着地すると──
「お待ちしてました」
──白猫の妖怪が待ち構えていた。
「メアリーさん。いきなりで申し訳ありませんが、これにて終いです」
「メアリーサン! 危なイ!」
白爪が襲う。
クピコがあたしの前に出ようとするけど──
──いい加減、この手の奇襲には飽き飽きなのよ!
「舐めんじゃ無いわよ! "スライドギア"!」
【草の根】謹製の瞬間移動アイテム。ライズが一つだけ見つけて確保していたのよね。
あたし自身が転移できるんだけど、だからこそ狙われやすいのも事実。本当はトップランカー相手用の隠し球だったんだけど!
「喰らってくたばれ!【アイシクルランチャー】!」
「物騒ですね」
氷の連射は、虚空を貫く。
白猫はモヤになって消えた……。
「……何か知らないけど、さっさと合流したほうが良さそうね。行くわよクピコ」
「アッハイ」
──◇──
この玉乃条、化かしにおいては一家言持っております。
この夢世界であれば尚更。サカズキの何処にも在り、何処にも居ない。そのような存在でございます。
……というのは、流石に冗句。
ちゃんと実体はあります。化かしているというだけで。
下調べは猫託くんが済ませています。目下、私にとって危険視する相手は──
移動の捕捉が難しく長距離転移を持つメアリーさん。
空中移動が得意なエンブラエルさん、キャミィさん。
後は……万誑命に何か吹き込んだ、ジョーカーを名乗るアイツ。
空を飛ぶ竜には幻影も届きません。だとするなら、次に向かうは──
──◇──
──南町
「僕の方に来るかな普通」
「ご挨拶が必要と思いまして」
メアリーとライズからチャット流れてきたから分かってたけれど。少し様子がおかしいよね?
──侍の数が多いのは分かるけど。白猫……というか猛獣が、牙を隠す事すらしていないのだけれど。
「ジョーカー様。私、万誑命の妻の玉乃条と申します」
「あ、どうもご丁寧に。そっか、八番目は奥方が。旦那殿は果報者だねぇ」
「ええ、ええ言葉が達者でいらっしゃる。
時にジョーカー様。ここ数日、万誑命が何か思い悩んでおります。お心当たりは?」
あ、殺される。
……いやいや、別にバグらせた訳じゃ無いから。僕悪くないよね?
「話し合いませんか奥様」
「どうにも嫌な匂いもする事ですし……疑わしきは罰するという事で。なにぶん、罰之番なので」
あまりにも理不尽。
……サカズキに数千年存在するバックボーン。サカズキの構造の根本に食い込む存在が、レイドボスと同様に何らかの優遇処置を施されているのかな?
玉乃条は大口を開く──もう殺意隠すつもり無いよね。
「【ミスリーディング】!」
とりあえず数秒前まで撤退!
──噛みつかれた僕の幻影、間違いなく首から逝ったね。でも玉乃条も本体じゃ無いみたいだ。
「いじらしいね。万誑命君、君に逢うために城下に降りる事もあるんだって?」
侍兵は取り囲むだけ。敵というより、リングだね。脱走防止か。
巨猫を回避しながら、とりあえず舌戦。
「ええ、ええ。善い子でしょう万誑命は」
「そうだねぇ。だが、そこまで想われておきながら君はノーリアクションだったのかい?」
──爪の速度が上がる。まだ、まだ見切れる。
攻撃も単調になってきたからね。
「──と、言うと?」
「長生きで感覚が鈍ってしまったようだね。落ち込んでいる旦那様に、誰とも知れぬ雌猫が擦り寄る可能性は考えなかったのかい?」
──大地が割れた。
もう幻影が維持されていない。怒らせすぎたね。
「──万誑命の何を知っているか! 私は、彼に乳を与えた事すらあるのだぞ!」
「うわぁ。……いや本当に、君も人間味が出てくれていて助かったよ」
「何──」
玉乃条は気付いていない。
猫又の開祖。人間が倒れてから猫が立ち上がった、その理由。
詰まるところが、猫又の正体──
「【不可視の死神】」
──◇──
"猫又九番守"玉乃条 撃破
【夜明けの月】ジョーカー 花火獲得+1
──◇──
白の幻を切り裂き──中に居たのは、小さな猫。
猫又という種族は。妖怪猫 玉乃条によって生み出された幻影の兵士。
それが幻から現実へと昇華していようと──原初の存在は、所詮は唯の猫だ。
「──くふっ。お見事、です」
「煽って怒らせて不意打ち、のどこが見事なのやら。せめて恨んでほしいな」
「いえ。貴方への罰は、ちゃんと下りますから」
意味深な言葉を残して、白猫と共に物騒な世界が晴れる。
──隔離階層ver.2も解除されたみたいだ。早いところライズ達と合流しないと──
「──許されん事だ」
──サカズキ城が、揺れている。
化け猫が生んだ化け猫。幻影から出でる妖。
サカズキ城の上に現れる、あまりに巨大な斑猫。
「玉乃条。我が誇り。我が愛。よくも、よくも傷付けてくれたな──ジョーカー!」
えっ。
明らかに怒り狂っていらっしゃる巨大な猫──どう見ても万誑命。
"猫又九番守"を八番目まで撃破したのだから、そりゃあ現れて当然ではあるけれど──
【猫又九番守-久之番 双妖万誑命】LV200
──ガチギレのレイドボスなんて、溜まったものじゃないよ。




