332.聖獣、吠える
【第130階層 風雅楼閣サカズキ】
──side:アイコ
「──ふっ!」
「にゃー!」
サイボーグのドットさん、灰猫の猫番さん。
どちらも徒手──猫番さんは爪ですが──による戦闘。
細やかな指の動きが出来ない直線的な動きなら、まだ二人相手でも受け流せます。
ドットさんを受け流して、猫番さんを放り投げる。猫番さんは空中で回転し、着地と同時にこちらへ突進。これはスキル判定が入ってそうですね。
遠距離攻撃用、蒼の"仙力"を薄い布状に延ばし──猫番さんを離陸させます。
「んにゃー!ぜーんぜん触れない! 噂のトップランカーってやーつ?」
「いや、俺の方がトップランカーだ」
「オイル人間さんの方が強いのかい? どう見てもあちらさんの方が強そうだねぇ!」
「ぐっ……相性というものは、ある!」
「その通りです。ドットさんは決して弱くありません」
「そのつもりだが、傷一つ付けられてない現状でそれを言われるとなぁ!」
気遣いは良く無かったかもです。反省……。
実際、相性の問題はあります。素手相手なら二人くらいなら全て受け流せます。
流せますが……そこから攻撃に転じる事が難しい。
赤の"仙力"で攻撃すれば残る片方から攻撃を受けてしまいます。なので"流し"より"投げ"で対抗して時間を稼ぎたいのですが……猫番さんの復帰能力が高すぎますね。
「何とも平然としているな。一体どのような手品か……!」
「マニュアル操作の延長です。ドットさんなら指導あればすぐ出来ますよ」
「誰が、誰に教えると?……ふっ!」
右をフェイントに左のストレート。まだ見え見えです。受け流します。
……ドットさんは全身機械装備。重すぎて投げ飛ばすのに少々手間です。その隙を猫番さんに突かれてしまう……。
「キリがないな!」
「闘ってもそうでなくとも変わりません。一度矛を収めませんか?」
「断る! ……正々堂々とした喧嘩なぞ、元より願い下げだ!」
ドットさんは、これでいて避けられているだけではありません。
流してからの硬直時間が次第に短くなっています。恐るべき速度で吸収している。
それでも、耐えてみせるつもりですが──
「見つけたぜ【夜明けの月】! "聖母"アイコさんよぉ!」
塀の上から現れたのは、全身甲冑の男性。あの装備で随分と身軽で、一跳びでかなり近くまで着地しました。
「俺の名前はイッシャク。【バッドマックス】の【聖騎士】イッシャク様だ!
猫さんにロボさんよ、助太刀するぜ!」
「……俺は【飢餓の爪傭兵団】なんだが」
「あ? とりあえずあいつ倒そうぜ。勝てる目に乗るのが飢餓だろうよ」
装備は、片手剣と盾。よく見るスタイルです。
それでもまだ接近戦ならば、"仙力"を駆使すれば……いえ、エネルギー切れが待っていそうですね。
「それに、俺一人じゃあ無いぜ! 頼れるスカイ・ブラザーズがいるのさ!」
「すかい……ぶら?」
「【バッドマックス】の空中部隊……【竜騎士】アダムと【ビーストテイマー】イブか。【セカンド連合】加入に伴う【コントレイル】による空中戦の知見を得て、益々強くなったと聞いている。
……あの癖の強い二人がいるのなら、なんとかなるかもな」
なんと。まだ増援が控えている様子。
……ここで倒れてはなりません。退避も想定するべきでしょうか……。
と。
「「うおおおおお!!!!!」」
雄々しい叫びと共に──ドラゴンさんと大きな鳥さん、それに跨る筋骨隆々なスキンヘッドのお二人が、落ちてきました。
慌ててイッシャクさんが駆けつけます。お二人とも、まだ倒されては居ない様子。
「おおどうしたアダム!イブ! なんで誰もいない空中で──」
「誰も居ない? おい、教え方がなっていないな」
──空から、2対の飛竜が降臨します。
その背に立つは──
「空は【コントレイル】のもの。しっかりと教え込むべきだろう? エンブラエル」
【ダーククラウド】の"鬼教官"、厳しく優しい【夜明けの月】の名誉協力者キャミィさん。
「いやぁ……そこまで教育はしてねぇよ。他所様の配下さんだからさ」
【コントレイル】代理ギルドマスター、エンブラエルさん。
「お。ほらキャミィ。ちゃんと居たよ【夜明けの月】」
「上から視えていただろうが。……無事かアイコ君」
「はい。お二人とも、お久しぶりです」
増援はこちらでしたか。
お二人とはクリックの"イエティ王奪還戦"の頃からの縁でしたね。
あの頃の私は、あまり役に立てて居ませんでした。
……今にして、思えば。
少々、護られる事に慣れすぎているのでは?
「エンブラエルさん。キャミィさん。空中戦のお二人を相手願います」
「……いや、3対1になるよ。先程まで苦戦していたように見えたけれど……」
「やめておけエンブラエル。……アイコ。何かあったか?」
キャミィさんは優しいですね。
本当に、ちょっとした心変わりなんです。
「必ず勝ちます。任せて下さい」
ちゃんと、思い出したんです。
私は──
──◇──
──アイコ。
大地 愛子。【Blueearth】参加時点で24歳。
空手世界大会無敗四冠。
"強く優しい格闘家"から、ボランティアを経て"聖母"へ。
【Blueearth】の中でも外でも、彼女は誰かの為に生きていた。
自分というものを持てない謙虚な性格。その突出し過ぎている肉体とは裏腹に、あまりにもか弱く普遍的な内面。
例えそれが慈愛であったとしても、彼女は自分を偽り続けてきた。
偽ると言うには、真実と混ざり過ぎている。
彼女にとって、誰かの為に生きる事こそ人生なのだ。
……本当に?
"聖母"などと持て囃されて。誰も彼女の本質には触れて来なかった。
身体を鍛えたきっかけは、虐められないようにするためだった。
空手の道へ進んだのは、恩師の戦闘技術を最後まで伝授してもらうためだった。
きっかけは、全て、自分のため。
或いは、周りに流されただけ。
そんな中で、たった一つだけ。
自分のものであると理解している、どうしようもない感情。
──暴力。
"聖母"には不要な概念だ。
誰かに強要された訳でも無いのに、その道を選んだのは。
誰も彼もに慈愛を向ける存在となった今でも、まだその名残が残り続けている理由は。
「──いけない」
或いは愛子の心の底にある感情なのか。
或いは激しい運動によるエンドルフィンの産物なのかもしれない。
或いは……そもそも、それが暴力の本質なのか。
笑みが溢れる。
今は、誰も護らなくていい。誰にも護られなくていい。
誰も見ていない。……いや、キャミィとエンブラエルは……まぁ、いいか。
"聖母"が口元から割れる。
「──暴力を、愉しみましょう」
──もはや、"聖母"を囲う迷い子は無く。
アイコは、実に6年ぶりに──試合を開始した。
──◇──
──違和感を感じたのは、猫番。
エンブラエルとキャミィに追われアダムとイブが空に去った頃、音もなく急接近するアイコを捕捉できたのは……嗅覚によるもの。
即ち、目も耳も届かない。
「──アンタら、散りな!」
判断が追いついたのは、先程までアイコと闘っていたドット。最低限の回避で横に避ける。
一手遅れたイッシャクは、瞬時に盾を展開。【聖騎士】の中でも特に、防御形態への移行の速度は自信があるのだ。
「──赫の"仙力"」
猫番の横を擦り抜け、イッシャクの眼前には──赤鬼。
否。普段身に纏っていた赫の"仙力"は、その両腕にのみ集中していた。
「【仙法・赫蓮華】」
容赦も躊躇も無い。
赫の"仙力"を右腕分50%たっぷり、全力で盾をぶち破る。無慈悲な正拳突きは、イッシャクの身体を貫く。
「んがっ……【仙人】は、ここまで火力、が……?」
遺言は、哀しいかな間違ってはいない。
【仙人】を極められる冒険者は少なく、データもまた少ない。赫、蒼、翠の三種の"仙力"を使い分ける事もあり、正確な最大火力については未だ机上論である。
──普段のアイコは、全身に薄く赫の"仙力"を纏い、残りを補助の翠か遠距離攻撃&移動の蒼の"仙力"に回している。
自らの肉体に当たり判定が生まれるだけで、どんな冒険者より強くなる。それがジョージとアイコの強みだからだ。
だが、今は違う。
アイコは【Blueearth】での格闘へとスタイルを移行させた。
……本質的に。現代で格闘を志す者の心の底には、暴力への憧れがあってもおかしくは無い。
ドロシーが銃への憧れを持っていたように。その感情そのものは悪では無い。
アイコは、この闘争心が悪ではないと、今納得した。
同時に、あらゆる欲を受け入れた。
"最強の格闘家"として、"人類最強"に負けたくない。
ゲーム世界とはいえ現実なら殺してしまうような火力を出すのは憚られる。
そういった負の感情を、自制心を、全て受け入れて飲み込んだ。
今、アイコに躊躇いは無い。
【Blueearth】のアイコが最も強くなる戦術を、"最強の格闘家"としての戦闘経験から無意識に編み出した。
攻撃判定など、当たる場所にだけ特化させればいい。
赫の"仙力"による直接攻撃は、アイコの拳速と合わさり致命の防御貫通攻撃となる。
──が。これ自体は先程までやっていた事。
アイコがこれを選ばなかったのは──
「隙ありだ!」
「にゃー!」
猫番とドットからの不意打ち。
隙があれば狙って来るのだ。当然だ。
だが、ここでもまた自制心が邪魔をしていたのだ。
アイコの大きな背中を猫番の爪が切り裂く。傷痕に、ドットの拳が命中する。
──だからどうした。これは試合ではない。
「──びくともしない──」
物理衝撃はは体幹と筋肉で耐える。ダメージはHPに伸ばしたステータスと【仙人】の自動回復で補う。
アイコはこれまで、戦闘を試合の延長に見ていた。避けられるからこそ、避けてしまった。
或いは試合に自分を押し込めていた、とも取れる。
だがここは【Blueearth】。ちゃんと理論が追いつけば死ぬ事は無い。
怯む猫番とドットを、"仙力"を使い切った右手で掴む。
「ま、待っ──」
「──では、もう一度」
赫く燃え盛る左が。
ゆらりと身を捻り、振り子の様に──隕石の様に──二人へと、振り落とされる!
「【仙法・赫蓮華】」
──爆炎が大地に咲く。
──◇──
"猫又九番守"猫番撃破
【夜明けの月】アイコ 花火獲得+1
──◇──
「──ふぅ。久しぶりにスッキリしちゃいました」
「あんたさん、今の鬼みたいなのは何でぃ?」
猫番さんは大の字で倒れています。ドットさんとイッシャクさんは……もう消えてしまいました。お礼を言いたかったのに。
「あれも、私ですよ」
……ドロシーちゃんをずっと見てきて。
私の中にも何かあるのかな、なんて思っていたけれど。
……うん。少し、楽しかったかもしれませんね。
それはそれとして、無闇な暴力は宜しくありませんけどね!
 




