33.飢狼のサムライ
【第10階層 大樹都市ドーラン】
【土落】【朝露連合】前線基地
大樹のお膝元、辺り一面不毛の土の中央地、テントが幾つか集まった簡易基地。
「おーい、帰ったぞー」
アドレから協力者を連れてきた俺は、僅か一夜で出来上がっていた基地に驚きつつも声を掛ける。
どこのテントにメアリーがいるんだ?とテントを一つ覗いてみると──
「なんで! なんで思い出させたんだ!」
苦悶の怒声。この声、ドロシーか?
テントの中には──ドロシーに胸ぐらを掴まれるメアリー。
「僕に、僕は、人殺しじゃないか!
なんで思い出させた! メアリー!」
「離しなさい。アンタのボスよあたしは」
──まさか、記憶を戻したのか!
急いで二人の間に割って入る。俺が仲裁に入ると同時に、奥の出入り口からアイコとゴーストも飛び込んできた。そっちに待機していたのか。
3人で2人を止める。メアリーは無抵抗だから、主にドロシーを抑える。
「メアリー。無闇に記憶は戻すな」
「無闇じゃないわ。ドロシーには必要だったから思い出させた。そして【夜明けの月】に連れて行く。
あたしの決定だから。アンタも文句言うんじゃないわよ」
……めちゃくちゃ震えてるじゃねぇか。兎に角、話を聞かないとな。
「ドロシー。部外者で悪いが別のテントで俺と話をしよう。アイコも必要か?」
涙目で首を振るドロシー。どうやらアイコ関係か? ともかく、俺の仕事はこっちか。
「ゴースト。外に増援が来てるから案内頼む。 アイコ。そこの泣き虫を頼んでいいか?」
「consent:action:【朝露連合】案内を開始します。アイコ、マスターをお願いします」
「任せて下さい。ライズさん、ドロシーちゃんをお願いしますね」
メアリーは気丈に振る舞っていたいがもう一歩も動けないようで俯いている。多分この後泣くぞ。
……っとに、青少年少女は何で爆発するかわからないな!
──◇──
──隣のテント。
ドロシーはこの短時間で落ち着いたようで、聞くより先に話を始めてくれた。
「……【夜明けの月】の目的、聞きました。
メアリーさんが何で僕をここに呼んだのか聞いたら、教えてくれました。
僕は、それ自体は異論ないというか、嬉しくて。まだアイコさんと一緒にいられるのも嬉しいし、受けようと思ったんですけど。
でも、僕には問題があって。それがご迷惑をお掛けするんじゃないかって、思うんです」
ドロシーの問題……まぁ正直、わからなくもない。
「お前が俺達と会った日、なんで倒れていたか。俺も気になってた。
アイコと会えば尚更な。お前を置いて自分だけ逃げる奴じゃないだろ。
お前の事さ、『合流する前に襲われて、安否が心配』って言ってたよ。
……お前は『神の奇跡が起きて、その後囮になった』って言ったよな」
本人達の人となりを知っているから、アイコが嘘を言う筈は無いし、ドロシーが裏切り者とも思ってない。
だが、不要な嘘は何のためなのか。
「お前の言う『問題』ってのは、この時の嘘に関係するのか?」
「……はい。僕の正体もメアリーさんは見抜いてて、それで、記憶を」
メアリー自身が無闇に使わないと言っていた、記憶復活リモコン。そこまでドロシーが必要なのか?
「それで、確かに思い出しました。取り乱したのは、ぼ、僕の問題です。メアリーさんは何も悪くないんです」
「そうか。別にいいんだぞ恨んでくれて。俺たちは記憶回復の結果恨まれたとしても受け入れるって決めてるんだ」
「いえ。覚悟は決まりました。メアリーさんに謝ってきます。ありがとうございますライズさん」
「待て。お前が吹っ切れてもメアリー多分ガチ泣き中だから。ここで適当に時間潰そう」
アイコの記憶を戻した時も相当キツかったとメアリーは言ってた。俺もアイコも思い出して一切メアリーを責めたりしなかったから、直接襲われた今回は相当効いてると思う。
「あの、でしたら……メアリーさんには言われたんですけど、僕の戦術について、相談が」
「おう、聞く聞く」
──軽い気持ちで聞いてみたが。
後にその相談をメアリーが先に見抜いていたと聞かされてビビる俺なのだった。
──◇──
──name:ゴースト
action:【朝露連合】参加者の確認
【夜明けの月】ライズ・メアリー・ゴースト・アイコ以上4名。
【ダイナマイツ】GMボンバ率いる8名(名称略)。
【エルフ防衛最前線】GMヒイラギ率いる9名。
以上21名を初期構成員とする。
──【エルフ防衛最前線】ドロシーが【夜明けの月】へ異動。総合人数に変更無し。
【ギルド決闘】参加人数公表の16:45迄の人数集計を以下に記録。
・5:30
《拿捕》の輩が双方に配置される。基地範囲外周に警備強化を依頼。
・8:35
ライズがアドレより帰還。【祝福の花束】よりモーリン、ナツ、ムネミツが先遣隊として参入。残りメンバーは現在申請中。
ライズの指示により前線基地内を案内。ムネミツへは基地─転移ゲート間の協力者の運送を依頼。
警備要因として範囲内にイグアノドラン《イグくん》《アノちゃん》《首領・ドラゴニカ》を三方に配置。
・13:14
【蒼天】よりアイザック・ミーミル含めて4名が参加。【飢餓の爪傭兵団】としての参加は下位階層のみという誓約が発行された模様。アイザックのテントはライズから1番遠い場所且つ、《首領・ドラゴニカ》警備範囲に配置した。
・14:20
【祝福の花束】よりGMグレッグと旧【草原の牙】メンバー20名が到着。参加表明。
謹慎処分中の旧【草原の牙】メンバーはドーランのみ侵入可能の証書を発行。手続きに時間を要したとの事。
・16:00
【すずらん】ベルが参加。ライズに無理矢理引っ張られての参加だが、一応合意はしたらしい。
ベルはドーランには来たくないと言っていました。何故でしょうか。
240時間ぶりにベルと会えたのでハグを実行。テントは私とライズの間に配置。
・16:30
参加メンバーが下記に決定。
【夜明けの月】5名
【ダイナマイツ】8名
【エルフ防衛最前線】8名
【祝福の花束】24名
【蒼天】4名
【すずらん】1名
──計50名。
これにより【鶴亀連合】合計人数は150名に決定。
──◇──
「って事で、そっちの番よ」
約束の24時間ギリギリに、メアリーとカメヤマが会合する。
今回も通信越しだが。
メアリーは人数の公表、カメヤマはレベル制限例外枠の公表。どちらも24時間以内の公表だが、僅かでも相手に考える時間を与えないように当然のようにギリギリの公表となった。
『では我々は150名ですね。24時間以内に揃え公表致します。
さて、我々のレベル制限特例枠ですが……直接挨拶を。どうぞ』
カメヤマに代わり我慢に映ったのは……【飢餓の爪傭兵団】本隊の勲章、狼の下顎骨を首にぶら下げた、和風衣装の男性。
──長い髪を後頭部で纏めた姿、腰に携えた両手剣《刀》。その風貌は、まさに侍。
『……僕は【飢餓の爪傭兵団】本隊大幹部が一人、サティス。宜しくね』
──本隊。大幹部。そして【飢餓の爪傭兵団】。ボンバがたまらず立ち上がる。
「サティスの旦那!? 【飢餓の爪傭兵団】は干渉しない約束だったろ!」
『ボンバ君。そこは間違い無い。揚げ足取りでもなんでも【飢餓の爪傭兵団】はこの戦いにこれ以上干渉はしない。
僕はカメヤマさんと個人的に交友があってね。今回は忠義によって個人として協力する事となった。
先程の自己紹介は手っ取り早く僕を説明するためのものであって、【飢餓の爪傭兵団】としての参加を表明したわけではない』
「屁理屈でしょうがァ! トップランカーの大幹部なんて【Blueearth】で五本の指に入る実力者だ! それこそ不釣り合いだろォがよ!」
うん。あのブックカバーでさえセカンドランカーのトップ層だ。上には上がいる。
だがこいつは正に最強中の最強の世界にいる。格が違うだろ。
……と戦々恐々としていると、サティスが申し訳なさそうに手を合わせる。
『……すまん! 実はね、トップランカーの機密情報だから公表はしていないんだけど、僕はもう数ヶ月前から攻略から降りてて【飢餓の爪傭兵団:ミッドナイト支部】に降りてたんだ。レベルだって130程度だ。
めちゃくちゃ評価してくれて嬉しいが、ただ偉いだけの雑魚なんだ僕は。どうかその尊敬の目はやめてほしい』
あー、と天を仰ぐ後ろのカメヤマ。ハッタリ決めやがったなアイツ。
「だがまぁ化け物には変わりないだろ。レベル130でも充分強い」
「いやお前、サティスの旦那はなァ、伝説の【サムライ】だぞ!
かつて最優の【サムライ】ギルド【大太刀廻り】の10人切りを達成し【飢餓の爪傭兵団】傘下へと吸収し、一躍《最強の侍》の称号を欲しいがままにしたキング・オブ・サムライ!」
『その称号も今は別の奴のだから。勘弁してくれ』
「女癖の悪さ以上に酒癖の悪さが有名で、酔えばギルドマスターにも切ってかかる狂犬! その結果本隊が女人禁制泥酔厳禁になってよく本隊で同輩に蹴られているハンサムお騒がせモンスターってなァ有名な話だ!」
『ボンバ君? ちょっと黙ってくれない?』
なんかどんどん大した事無さそうに感じるが、本当に強いぞこいつ。
気を取り直そうと咳払いするサティス。がんばれ。
『あ、あー……おぉ、ライズ君! いやー久しぶりだね。話は聞いたよ』
「軌道修正か? 協力するぞ。世間話は結構だ」
『いや本当話が早くて助かる。で、いくら個人的な付き合いと言っても【飢餓】的にはグレーゾーン、というかほぼ黒でね。
今回負けたら【飢餓】を脱退すると宣言してきた。勿論、本隊にも分隊にも傘下ギルドにも入れない、と』
「……いいのかそれ」
『まぁ決意表明だよ。ライズ君には負けないし。それと、ここまでやって参加したから他の【飢餓】は本当に参加しない。安心してほしい』
……嘘ではない。想定外の強敵だが、まだ何とかなるか。
「まぁそっちの表明はわかった。じゃあちゃんと150人、明日の5時までに揃えてくれ」
『勿論です。それではここで……』
「あ、少し待って下さい」
アイコが話を遮り、人混みの中から出てくる。
「この方が、お話があると……」
その手に抱えられていたのは──ベル。
サティスを指差して、侮蔑の表情で。
「アンタここで何してんのよ。ウルフのバカの世話はどうしたァ!」
シン……と静まり返る。
ウルフ、ウルフというのは──【飢餓の爪傭兵団】全軍総頭目、つまりはギルドマスターの名前。
ベル、何か親交があるのか?
当のサティスは……
『………………ベル!!!!????
な、なんでここに!? カメヤマさん、帰っていいかい?』
『駄目に決まってるでしょう!?
シラサギ、サティスさんを抑えなさい!』
「今確かに聞いたわよ。アンタ攻略辞めたってぇ?
許すわけ無いでしょそんなの。いいから早くこっち来なさい! 直接殴らせろ!」
『ライズさん! そちらのお嬢さんを下げてください! というか通信切っても!?』
「構わないってか早く切れ! アイコ! そのまま捕まえておいてくれ!」
「オラァさっさとこっち来い馬鹿タレ! ぶちのめしたるわ!」
未だかつて無いベルの暴走に、ぐだぐだしたまま終わる会合。
──どういう事なの。
──◇──
──数分後。
「落ち着いたわ。離しな」
いつもの不遜な態度に戻った。お騒がせすぎるが。
「アイコ、まだ離すな。
ベル、どういう事か説明してもらってもいいか」
「話す理由は無いわ。
でも今ムカついてるから無料で売ってやるわ。
私は昔、本当に最初の頃、ドーランまでウルフとサティスと組んでたのよ」
苛つきを抑えられないように足でタンタンと地を叩くベル。
ボンバは唖然としている。
「聞いた事無ェぞ。てか極秘事項だわな、トップランカーの総頭目の情報なんて」
「私だってヤバい情報だから黙ってたのよ。売り物にするには危険すぎる情報よ。
でもね。私を見捨てやがった馬鹿タレ共でもね、サティスがリード引いてるならマシだと思ってたのよ。
それがあいつ数ヶ月前から最前線降りてるって? バカウルフを野放しにするんじゃないわよ。ふざけんな。
絶対私がぶっ殺すわ。いいわねライズ」
「よろしくないザマス。決闘終わったら好きにしてくれ」
ほら全然落ち着いてないもの。ほっといたら自力で【葉光】まで上がって殴り込みまで見える。暫くはゴーストに監視してもらうか。
現在はアイコによってガッシリ捕獲されている凶暴な獣。だが何かに気付き、一気に大人しくなる。
「ねぇ。ここのメンバーでカメヤマが嫌いな人どのくらいいる?」
「そりゃ大体そうだろ。少なくとも【エルフ防衛最前線】と……【草原の牙】もな」
「あっそ。じゃあ全員聞きなさい」
アイコに持ち上げられて、全員に見える位置からベルが、一言。
「今のドーランの制度考えたのは私よ。
殺してくれて構わないからちゃんと恨みなさい」
〜なぜなに【飢餓の爪傭兵団】〜
《寄稿:【飢餓の爪傭兵団】大幹部 サティス》
我々【飢餓の爪傭兵団】は各拠点階層に傘下ギルドを配置し、民間クエストを冒険者に紹介する仲介業者をしています。割りの良い民間クエストの奪い合いで喧嘩する冒険者が多かった時代に、最前線という強力な看板を利用して平和を作ったわけだね。
それ以外にも名前の通り、傭兵稼業もしてる。本来はこちらが本業だが、階層攻略を自力でできる程度に情報が広まったのであまり本流ではなくなったね。
また、傘下ギルドとして加入したギルドの攻略を後押ししたりもしてす。第79階層、所謂最初の関門を突破できるギルドもじわじわ増えてきて嬉しい限りだね。
問題はその79階層以降。各階層に傘下を配置できる程に突破したギルド自体が少ない。
なので要所に本隊を分離して配置していくしかない訳で。
まずは最初の関門突破直後である第80階層に【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】を設置。エンジュに到達した傘下の後援、来たばかりのギルドの勧誘、あとは前線の方で折れちゃったメンバーの受け皿にもなっている。
そして【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】だね。未だに全容が見えないほどに広がる闇マーケット市場を独占するために、本隊弱体化を覚悟の上でここでも分隊【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】を設置した。
現在最前線を走っている所謂トップランカーの【飢餓の爪傭兵団】は本当にエリートだけで固めた隙のない最強軍団。【真紅道】と違って下の階層で講演とかしてないで全力で攻略に取り掛かってるんだよね。
……ちなみにかつては女人禁制だった【飢餓の爪傭兵団】だが、優秀な斥候であるファルシュちゃんの加入によって解禁された。僕は隔離されたけど。なんで?




