328."猫又九番守"
【第130階層 風雅楼閣サカズキ】
──side:スペード
南町:賭場"駒狗"
スペードです。
1人で裏市に入って、1人で賭場に入ります。スペードです。
……ここまで誰も居なかったなぁ。猫又達も平常運転。争い事に慣れすぎじゃない?
「おお良く来たね人間さん。いやさジョーカーさん。
今日は変わったお客が多いねぇ」
三毛猫の狗五ヱが、からからと笑う。
その後ろでは──
「ぬぅ! 次こそは! 次こそは当たるぞ!」
「いけいけシャム様!やれやれシャム様!」
「……ええと、ええと……やれやれー!」
【喫茶シャム猫】。何してるの。
聞くまでも無いか。既に上裸のシャムと、後ろで応援するディザスターとスティング。
大会中に何してんの。
「……む! 貴様は【夜明けの月】のジョーカーとやら」
「はいどうも。随分と平常運転だね、どっちも」
「うん? ……もしかして、もう朝かい?」
はた、とお目目をかっ開く狗五ヱ。もしかして……。
「もう始まってるよ、"爆裂花火二十七"。……そちら、"猫又九番守"で合ってる?」
「ええ、ええ。これは失礼。出遅れた……!」
ぬっと立ち上がり、部下猫に首で指示を出すと──猫又達が慌てて襖を開く。
狭い賭場だと思っていたが、道場の一部だったようだ。思ったより広い空間に繋がっている。
狗五ヱは身軽にその身を翻して距離を取る。脇には二振りの太刀。
大きな盃を笠にして、一振り抜いては地面に突き立てる。
「あっしは"猫又九番守"、華の切り込み隊長、逸之番! 南の賭場師 狗五ヱでござい。
丁にも半にも、出すもん出してもらいやしょうか!」
「痺れるねぇ。……シャム達、どうする?」
「ん。勝手にせよ。我らは猫又に危害を加えられんのだろう? 特等席で観せてもらおう」
敵にはならないけど、味方にもならないか。
……まぁ、この屋内でなら一騎討ちと考えて良い。だとすれば結構有利だ。
増援や横槍が入る前に──叩く!
──◇──
──side:ライズ
中央町 サカズキ城前
俺、カズハ、アイコ、クローバー、ツバキ。
5人掛かりでここまで来たが……恐ろしいほどに静かだな。
「猫託が城に居るんだな? じゃあ俺が突っ込むか?
万誑命に近い位置に俺がいた方が良いだろ」
「それはそうだが、出来れば"クローバーがここにいる"って目立たせたい。戦力が傾きやすいからな……。だがマックスほどのインパクトとなるとなぁ」
「──ライズさん、失礼します」
「え」
ひょい、と当たり前のようにアイコに持ち上げられる。
──瞬間、通り抜ける一筋の炎。
「お早い到着だなァ。いいモンが釣れたぜ、ライズ」
「そうだな。アレ相手なら1人でもクローバーと吊り合うか……。【スイッチ】【天国送り】──【パワーショット】!」
茂みからの奇襲だったろうに、こっちの返し手はしっかりと避けて──曲者が現れる。
「……見事。トップランカーの名折れだな……」
──【飢餓の爪傭兵団】大幹部。"四枚舌"のクワイエット。
「まだクローバーが居るうちが華だ。アイコは東町へ。残り4人で先にクワイエットを潰す!」
「わかりました。ご武運を」
こっちの方が有利だから、ではない。今ならクワイエットが逃してくれるだろうから、アイコを逃した。
通りでは無く塀と屋根の上に跳び逃げるアイコを、クワイエットは見向きもしない。
──その代わり、両手の剣と、背中から生えた炎と氷の刃が、こちらを向いている。
「……五つでは……手が足りんか……」
「普通は1人2つなんだがな、腕はな!」
4本腕の化け物。寡黙な本人からは想像も付かない、あまりにも喧しい雄弁なる四刀流。
既に間合いだ。緊張が走る、その最中──
「──失礼致します」
突如間合いの中央に現れたのは、二匹の猫又。
看守帽を被った茶虎の猫又に、水晶を持った黒猫。
どちらも大太刀を携えていて──
「うむ。逮捕であります!」
「は?」
「あらぁ?」
──茶虎の看守猫が、クローバーとツバキと共に姿を消した。
「は?」
「──どうも御両人。お初にお目に掛かります。
決闘に水を差す事をお許し下さい。これも賢しい猫託の策にございます」
黒猫の腰の刀は触れる事なく動き出し、抜刀し、黒猫の前の地に刺さる。
「わたくし、サカズキで占師を営んでおります。"猫又九番守"が菜之番。留丑ヰと申します。
大変失礼ながら──その花火、頂く運命にて」
「ライズ君、行ける?」
「……そろそろトップランカーにビビってられる段階じゃないよな! 頼りにしてるぞ、カズハ!」
味方はカズハ1人。心強すぎる。
……それに、急がないとな。
「ツバキに何かあったら……ジョージに何されるか分かったもんじゃないぞ」
「……それは、言えてる!」
相手は猫又に加えて【飢餓の爪傭兵団】大幹部。さりとて、負ける訳にはいかない。
前哨戦だ。張り切っていこう!
──◇──
──side:クローバー
サカズキ城内部
「ツバキ! 警察ネコォ! クソが。誰も居ねェ!」
城内は誰も居ねェ。そしてやけに狭ェ。
……誰も居ない事ァ無ェだろ。天守だぞ。
『どうも、【夜明けの月】がクローバー様。お待ちしておりました』
放送。……直接姿を現すつもりは無いってか。
「手荒い歓迎だなァ?」
『お許しを。人間様の"最強"と伺っております。
こちらも全力のおもてなしと行かせてもらいますよ』
ガコン。と後ろで音がすれば。
……壁が動いている。トゲつきの壁が、こっちに迫ってくる!
「オイオイオイオイ……!」
『放送にて失礼。手前"猫又九番守"サカズキ城が司書にして軍師。読之番、猫託と申します。
どうぞ、その命尽き果てるまで楽しんでもらえますよう』
「アスレチックか。ちゃんと楽しめるんだろうなァ!」
俺対策がしっかりしてやがる。無機質なロボットですら無ェ。
……HPのある相手だと瞬殺されるって知ってんのか。よく勉強してやがる!
──◇──
──side:ツバキ
サカズキ城地下監獄
「同行感謝であります」
茶虎の看守猫ちゃん。ビシッと敬礼してかっこいいわねぇ。かわいいわねぇ。
薄暗い地下で、あたしと向かい合う。その瞳は……油断も情けも無さそうねぇ。
「檻に入れる訳じゃ無いのね?」
「罪は犯していませんので。今回は"猫又九番守"としての責務を全うするであります!」
刀を抜いて、自分の目の前に差し立てて。
真っ黒なグローブを装備する猫ちゃん。
「暴は警の象徴なれば、折れぬ志はどこまでも!
地下よりサカズキを護りし座敷牢。御之番狗飼! 参ります!」
……近接格闘系かぁー。困るわねぇ?
──◇──
──side:アイコ
東町大通り
工業地帯と言いますか、煙突とノコギリ屋根の建物が並ぶ少し変わった街並みです。
もしこの町に"猫又九番守"さんが居るのなら、工場長とかでしょうか……?
「──見つけたぞ、アイコ」
空から飛来する隕石──元より私を狙ってはいない様子なので、動かず構える。
隕石は──サイボーグでした。
「覚えていまい。アクアラでのバイクレースを」
「【飢餓の爪傭兵団】のドットさんですよね? 良く覚えていますよ」
アクアラの7番勝負にて、下山レースにて競った相手──それまでの優勝常連者。あまりにも奇抜な格好ですから。忘れられる筈もなく。
「ほう。ではリベンジと行こう。最早弱いもの虐めとはならんだろう?」
ドットさん……【飢餓の爪傭兵団】前線戦闘員、【エンジニア】のサイボーグ、ドットさん。
【エンジニア】さんは出来る事がとても多いです。【コントレイル】のマスタングさんのように空中要塞を作る人もいれば……ドットさんのように装備を纏う人もいる様子ですね。
「素手ですか?」
「全身が武器だ。……君も同じだろう」
構えは、ボクシングの様ですね。
【Blueearth】における拳装備は指の動きが制限されます。グローブ系ですね。
必然、素手戦闘ではボクシングスタイルが主流となります。ドットさんは最前線を走るトップランカー、その前衛部隊。恐らくは【Blueearth】最高峰の徒手空拳使いとなっているはず……。
「ちょいとそこなお二人さん! ちょっと待っておくんなよ!」
──灰色の、しましま猫さんが降ってきました。
手拭いをねじり鉢巻にして、大きな前掛けには温泉マーク。
背中には……大きな出刃包丁を背負っています。
「そちらさん、花火持ちよね? ウチもウチも!」
「……"猫又九番守"か。堂々と出てきたものだな」
「いやさ、遅れちゃいけないってなもんでね!
探そうにも北で騒ぎが起きてるもんだから、置いてかれないかと心配でねぇ!」
よっこらしょい、と出刃包丁を抜いて、目の前の地面に突き立てる。にっこり笑顔の明るい猫さん。
「改めまして、手前、東町の銭湯街で番頭張らせてもらってます。"猫又九番守"緑之番、猫番だねぇ!
なんたって銭湯の番頭。戦闘だってお手のものさね! にゃはははは!」
「……アイコよ。不利になっただろうが、手加減はしないぞ」
「勿論です。気兼ねなくどうぞ」
猫番さんがどう動くのか分かりませんが……まだ、近接戦に持ち込められそうです。
「お相手します。──【瞑想】」
赫の"仙力"を身に纏い、構える。
東町は主戦場から離れています。ここで花火を失えば、猫番さんにせよドットさんにせよ再度見つけるのは困難でしょう。
……【夜明けの月】のため、ここで頑張らせて貰います。
──◇──
──サカズキ城
「おお。派手にやってんなぁ」
マックスが打ち上がってというもの、あちらこちらで喧騒が絶えない。普段は牙を潜めている"猫又九番守"が積極的に動いているのも大きいだろうな。
「お前さんも好きに暴れていいんだぞ、猫託」
「これが私なりの暴れ方ですので。領主様は準備しておいて下さいね」
城を遠隔操作で自由に変形させている猫託は、かつて──【Blueearth】により造られた過去だろうが、俺はそれを覚えている──槍の名手と畏怖された。
だが、そもそも戦場に出て戦う事自体が好かないらしい。変わり猫だ。
「……準備? お前達が居るのにか?」
「それは勿論。運動不足でしょう? きっとマックス達なら貴方を引き摺り出してくれますよ。
……おっと、また突破。流石は"最強"……では私はこれで」
階段を降りていく猫託。
俺が運動不足なのはお前が逃がさないからだろう。事あるごとに外に出ようとしていたんだが。
「……さて。どこがどう勝つかねぇ?」
サカズキは……ヤマト階層は、何も無い。
古代文明の自滅まで耐え切ったここは、勝利の証。
なもんで、みーんな暇なんだ。
楽しませて貰おうか、人間諸君。




