325.祭りに魅入られし者達
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
──【朝露連合】提携商社【満月】本拠地"フルムーンタワー"
「セリアン! 何処にいるのセリアン!」
ベル社長の怒号が響き渡るっス。
【マッドハット】と平等条約を締結して二週間。ベル社長の交渉相手は【マッドハット】経理担当のナズナさん、そしてその監視役のゴギョウ副社長代理さんだったっス。
ベル社長は、セリアン社長の奔放ぶりは見て愉しんでいた勢だったっスけど……事情が変わったっス。
「hi.どうしたベル社長?」
「何処から出てきてんのよ」
にゅっと天井から生えてくるセリアン社長。
華麗な着地。お見事っス。ナズナさんもゴギョウ副社長代理も頭を抱えているけれど。
「……アンタ、暫くは自由行動禁止!」
「oh.ワタシ達は平等な友じゃあないか。何故そのような束縛を?」
「なんでも何も無いわよ──」
「ベルっち社長はね、セリりんがサカズキに行かないようにしたいんだよー。かぁいいよね?」
「oh.意外にもライズ達の事を気に掛けているじゃあないか」
「アゲハァ!」
元から結構アゲハさんに振り回される事はあったっスけど、それでもアゲハさんは上下関係の分別は付いていたっス。
だがここにセリアン社長が絡む事でえらい事になってきたっス。勿論、【満月】の損になりそうな時は暗殺者モードになるんで裏切りとかは心配していないっスけど……。
「……アンタは、ちょっと前に【夜明けの月】と戦って負けたじゃないの。暫くは大人しくしてなさいよ」
「hum.そうだねぇ。……ベル社長。こうは考えられないかな?」
セリアン社長が指をピンと立てる。
……ミザンでの最終戦みたいに人形の身体じゃないっスけど、まるで作りものみたいな綺麗な指っス。
この状況でもみんな指に釘付けになって話を聞いてしまう、ってのが話術なんスかね。
「今回、レイドボス"万誑命"は宝珠を移すとは宣言していない。どこまで【バッドマックス】と【夜明けの月】を妨害しようと、他のギルドは宝珠を手に入れられない。
だけれど、【セカンド連合】は妨害するだけで得になる。宝珠の数で劣っている以上、回避すべきは【バッドマックス】の敗北。有耶無耶で終わらせるだけでも得、という事サ」
「そりゃあそうね」
「今回のルール、第三者同士の戦いも禁じられていない。……【夜明けの月】の障害を撃破する事が可能、という事サ!」
「なるほどね」
「分かってくれたようだネ。じゃあ──」
「バーナードと【スケアクロウ】残党を送り込むわ。アンタは大人しくしてなさい」
「oh.手厳しい!」
流石に騙されないっス。絶対引っ掻き回すのが目に見えてるっス。
──◇──
【第130階層 風雅楼閣サカズキ】
──猫又経営宿"たまゆら"
【夜明けの月】の部屋
『何してるのキミ達』
「マックスが止まる訳ないだろ」
『開き直らない』
「ウス」
【ダーククラウド】との緊急連絡。取り急ぎトップランカーの反応を確認しなくちゃならない。
ハヤテに呆れられるのは癪だが、トップランカーとの唯一の繋がりだ。我慢我慢。
『……トップランカーは、宝珠を手に入れる事が出来ない。"宝珠争奪戦"も佳境、そろそろセカンドランカーからの追い上げを危険視しているよ。
例によって、どう転んでもレベル上限は解放される。それまでは波風立たせない……というのがトップランカーの方針だけれど、今回はお祭り感覚で参加しようとしているね。暇なんだこっちは』
「挑発に乗るなよ……。まさか全員は来ないよな?」
『そこは勿論。とりわけ、トップランカー恒例のじゃれあい……もとい【ギルド決闘】を申し込んでおいた。これで少なくともギルドマスター組は身動きが取れないはずだよ。
同様に、ボクもそっちを助けには行けない。というか明確に【夜明けの月】をサポート出来ない。そこは要領の良い子を回すよ』
「エリバさん、キャミィさん、ゴローさん……。【ダーククラウド】は比較的マトモな人が多いから誰が来ても良さそうね。あとお婆ちゃんもいたっけ」
『……ツララみたいな危険物もいるけれどね。とにかく、あと少しだろう? 頑張ってね、メアリー。ツバキ』
「俺は」
『適当に酷い目に遭え弟』
「なんだとお兄ちゃんお姉ちゃん」
『なんだその罵倒』
……今更だが、兄貴が再開したら女になってたってのにあまり気にして無かったなぁ。
多分ドロシーとジョージあたりで免疫付いたんだろうな。うん。
「他のトップランカーはどうなんだ? 【飢餓の爪傭兵団】とかウキウキだろォよ」
『うん。キング.J.Jあたりが盛り上がってたけど、何とか挑発に乗ってくれたよ。
……ただ、しっかり厄介な連中が行くよ。遂に大幹部が動いた。ライズは知っているよね? ……"四枚舌"のクワイエット』
「うげ。……まだキング.J.Jの方がマシだなぁ」
【飢餓の爪傭兵団】大幹部クワイエット。
マジシャン系第3職【マジックブレイド】の四刀流使い……現状では"最強の魔剣士"。
元はブックカバーと共に傭兵稼業に当たっており、【需傭協会】にブックカバーが参入してからもその下に付き従い、その後は……何故か【象牙の塔】ではなく【飢餓の爪】のウルフの方へ。直後立ち上げとなる【飢餓の爪傭兵団】の創立メンバーになった。
戦闘については本当にもう二度と相手したくない。戦うたびにそう思わせる実力者だ。寡黙なのに戦闘スタイルは本当にうるさいんだよな。
『ブラウザは先日のミッドウェイの件で謹慎中、キング.J.Jとファルシュとウルフはボクが抑える。
サカンとかアルプスみたいな拠点防衛組はこういう時に出てこないし、有名所はクワイエットくらいかな?』
「名無しの連中でさえ化け物だろうが。人数にかまけた大味な戦略が売りな【飢餓の爪傭兵団】だから多少の粗はあるだろうが……」
「【真紅道】はどうなんだよ。単体の完結度合いじゃ連中のが怖ェもんだぜ?」
『そうだね。【真紅道】は……誰が出てきても強いけれど、今回はヒートさんが目玉だね』
ヒート。知らない名前だな。
【真紅道】は高い完成度が売りの化け物集団だ。
特筆する所が無いほどに全方向に強かった【喫茶シャム猫】のシャム。要するに全員アレくらい強いって事だ。
セカンド階層に居ながらトップランカークラスの実力練度を持つシャムも凄いが、全員がそのレベルの【真紅道】も凄い。
『ヒートさんは【コマンダー】の遠近中全距離隙のない爆弾お嬢さんだ。セカンド階層で【真紅道】入りした新人さん。元は傭兵で、【バッドマックス】にも縁がある。
コミュ強揃いの【真紅道】でも頭ひとつ抜けてる、元気な人だよ。戦法はえげつないけれどね』
「おお。ヒートは厄介だなァ……誰が来ても厄介だがよ」
「性質上【ギルド決闘】には参加して来なかったけれど、【至高帝国】時代にトップランカー同士で戦ったね」
うん。
とんでもない事してくれたなマックス。
──◇──
──【ダーククラウド】との連絡を終えて。
「それで、これが例の花火か」
手のひらサイズの花火玉が、九つ。
……【夜明けの月】は12人。【バッドマックス】は15人。
「花火そのものは【バッドマックス】相手でなくとも奪われる。猫又側は【夜明けの月】と【バッドマックス】以外から奪われる事は無いが、一度【夜明けの月】と【バッドマックス】に移れば第三者に奪われるようになる。
猫又側と戦う奴は必ず花火を持ってないといけない。相手は九匹、しかも最後は万誑命……レイドボスだ」
「……あらぁ。よくよく考えて見れば、第三者陣営が【バッドマックス】と【夜明けの月】から花火を没収したら詰みなのねぇ?」
「そうだね。身内に譲渡する事は出来るから、ひとつはリンリン君に持たせるべきじゃないかな?
絶対に倒れない"無敵要塞"が所持していれば安心だと思うんだ」
「わ、わたしですかぁ……?」
「……というより、"誰が持たないか"だな」
【バッドマックス】【夜明けの月】の花火は、第三者からの介入による強奪が可能──花火無しでも戦闘可能。
猫又の花火は、【バッドマックス】【夜明けの月】しか回収不可──花火が無いと挑戦不可。
「効率よく散り散りになる必要は無い。最悪、猫又の花火を全部【バッドマックス】が取ったとしてもそこから奪えばいいしな」
「なるほど。……勝利条件が27の花火を集める、というのは中々に難しいものがありますね。
最後総取りが出来ればそれでいいとしても、そこまで生き残る必要がある。だとすれば守りが肝要になりますね」
【夜明けの月】のメンバーは、戦闘員以外の役割が結構少数だ。
今話したアイコはウチのエース回復要員だが、同時に超前衛アタッカー。最も活躍するのは"戦闘中の最前線"だ。
他に回復が出来るのはゴーストとリンリン。これを考慮すると良くて3チームだ。
「問題は結構あるわよ。まずこれがサカズキ全土を巻き込んだ"拠点防衛戦"である事。つまりクローバーにとって最も苦手とする、奇襲妨害アリの長期戦って事よ」
「カズハに負けたんだよね、バロウズで」
「あの時は"エルダー・ワン"ちゃんのサポートもあったし、三人がかりだったもの。ねぇ?」
「いや、そうじゃねェよ。レベルカンストがデビルシビルだけだった状態で、たった三人に倒されたんだ。認めたくはねェが、本当に弱点なんだよ。
【至高帝国】時代に小規模の【ギルド決闘】でやってきたのは、奇襲と高火力チャージ技と長期戦阻止のためだ。ちゃんと苦手は苦手なんだよ」
クローバーの場合は残弾問題もある。最大で秒間インベントリ1枠消費というバカすぎる燃費の悪さ。マジの本気だと数分も保たない。
今は歩く拠点ことミカンがいる。途中の補充は可能だが、隙は生まれてしまう。
「次の問題は万誑命ね。つまりレイドボス。ちゃんと向こうのホームグラウンドでの戦いになるわ。
……"エルダー・ワン"、その辺どうなの?」
にゅっとカズハの首元からいつものチビドラゴン。
ウチの頼れるメンバー、"エルダー・ワン"。完全に味方だな。
「うむ。本来の"拠点防衛戦"のシステムを解析したぞ。本来は"番守"を一番から八番まで順に倒して、ようやく万誑命と戦うものだな。
今回の一件のため、その八番までのエスカレーターは撤去できたが……やはりレイドボスのシステムは特別だ。
万誑命の出番は猫又八番まで全員が宝珠を手放してやっとだ。サカズキ城には結界が張られ、それまでは無敵化されている」
「完全無敵か? ダメージカットでは無く?」
「みたいだね。少しでも通るならクローバーを特攻させるつもりだったんだけれどね」
……スペードの策略はともかく。最後にレイドボスが出て来るのはキツいな。
最終兵器クローバーはどうしたってガンメタされる。万誑命戦では居ないものとして考えるべきだな。
「階層全体を巻き込んだ大混戦なら、ウチの秘密兵器の出番だな。なぁドロシー!」
「うぅ……期待が重いです、みなさん」
照れてる照れてる。そりゃここにいる全員、ドロシーの実力を怪しんでいる奴は一人も居ないからな。
有効射程500m。【Blueearth】の遠距離攻撃のルールで定められた100mの壁を超えた普通の狙撃──即ち不可能の体現、"神の奇跡"。
ダメージは見込めないが、触れるとスタンする"スタンシード"による妨害が魅力。しかもこれはドロシーが相手を"理解"すれば不可避必中。
これまでもずっと活躍して来た。今回みたいな混戦は、ドロシーの見せ場だ。
……問題は、【バッドマックス】がどう動くか、だな。
「ちなみにドロシー。マックスの事は理解したか?」
「はい。それはもう嫌なほど。あの人、具体的な事は何も考えていませんけど何かやらかそうと思っていますよ」
悲しいかな。俺でも何と無く分かる。




