318. "総べて一つの魔女の家"
【第129階層ドラマ:第九幕『さようならアンゼリカ』】
──scene:"総べて一つの魔女の家"
【無謀無念の魔女醜塊】LV138
この区画はあっという間に樹木に支配された。
樹になった魔女が集まって、重なって、巨大な樹木になってから……また、自分はまだ魔女であると叫ぶように、人の姿に成る。
なんとも醜悪だなぁ。醜い塊、ってそのままか。
「スペードさん。この戦力分担はどうなんですかね」
ドロシー、そしてリンリン。こっちは3人だけ。
心配なのもわからなくも無いけれど。大丈夫だともドロシー。ふふふ。僕の作戦がわかるかな?
「……いくら僕が心読めるからって、そういう試すようなやり方は好きじゃないですよ。
例えば……そう。スペードさんは人間じゃないから読みにくいです」
「うわ。マジで他人に言われると傷付くなぁ。自分で言ったりするのにね」
「それはそれ、これはこれです」
「うん。ちょっと悪ふざけが過ぎたね。ごめんねドロシー」
「いいえ。それで、勝算は?」
ついうっかり踏み込んでしまったようで、容易くカウンターを喰らってしまった。ドロシーはめちゃくちゃ優しい子だけれど、その力を悪用するとこういう事もできるよね。
……ドロシー、僕には遠慮無いよね。悪くない事だと思うけれども!
「作戦は単純だよ。ドロシーが全部倒す。僕とリンリンはそれまで耐える。以上!」
「ええ……」
作戦は簡潔に。大目標さえ伝わればいい。
──この目標を成し遂げるには、障害が多い。
「セリアンの無限マリオネット軍団、【マッドハット】サシャ君率いる5人、フロアボス相当の【無謀無念の魔女醜塊】……役割分担は決めないとね。
楽な方に行きたいな。僕が【マッドハット】やるから、リンリンはマリオネット全部受けておいてね」
「ら、楽って……単身で【マッドハット】を制圧するつもりです、か? その、そんな大して火力無いですよねスペードさん」
「そうですよ。何を張り切っているんですか。大した火力無いんですから」
「やたら言葉の刃が鋭いな君達」
……ドロシーもリンリンもリラックスしているね。アイスブレイク大事。
──ま、ここは天下の【至高帝国】ギルドマスターの実力を披露しますか。
──◇──
【マッドハット】特記戦力。
──【マッドハット】内最高のヒーラー、【大天司】カブー。みんなのお姉さん。
戦闘勘の鋭さはサシャに並ぶ。だがカブーとサシャの双璧がお互いに少し警戒を緩ませてもいる。なので──
「──【シャドウスケイル】」
【フェイカー】の固有能力で【マッドハット】本陣の様子は影から確認した。そのまま短剣スキルで──影から奇襲。
「──サシャちゃん、後はお願い!【猛虎の加護】!」
おや。抵抗は諦めて味方に託すか。
それもまた道理だね。
「テメェ──【ピアッシング】!」
「待って2人とも!」
サシャの静止を振り切り突撃するは【ソードダンサー】ダイコン君。傭兵上がりの専属用心棒。
判断はあながち間違いでは無い。というかサシャが届かない位置から攻撃しているのだからこうなるのも当然。
「──【ミスリーディング】」
「何っ」
一手前に巻き戻るスキル。即ち影に逃げる。
──【サテライトガンナー】ドロップさん。【大賢者】ターニップ君。どちらも下準備の必要な火力要員だ。最速で僕を狙えるのはサシャとダイコンだけ。
「何処に逃げやがった──」
「ダイコン! 罠だよぉ!」
おやターニップ君。鋭い。
ハート風に言うならば、下拵えは万全に、だ。
「マリオネット達の襲撃です!」
影に潜っていても判定はあるので。
集めておきました、無尽の兵力。
「ドロップ! ターニップ! 私が守りますから──」
「危ねぇサシャ!」
ちなみに、魔女塊の方にもちょっかい出しておきました。
振り下ろされる樹塊。魔女だったというのにこうも物理に訴えるとは、諸行無常だね。
サシャ、君こういうバカデカい質量攻撃は得意じゃないよね?
ダイコン君に助けられたけど、サシャだけ孤立した。
となれば、ダイコンとドロップとターニップでは注意力散漫だよね。
「【不可視の死神】」
死角からの強襲。まずはドロップを撃破。
「待てテメェ……!」
「ははは。青い青い」
人形に巻き込まれるダイコン。ちょっとこっちに注目しすぎだね。手を下すまでも無い。
まだ余裕があるので、返す刃でターニップを撃破。
「──スペード!」
「やあサシャ。後は君だけだね」
薙刀と共に降って来たサシャ。君のネタバラシもしないとね。
小柄ながらあらゆる攻撃を受け流す、達人サシャ。そのシステムは、恐るべき事に──ただの柔術。
要するにジョージとアイコと同じ事だ。小柄をカバーできるよう、マニュアル操作での身体を使いこなして体術で捌いているだけの話。
だけ、とは言うけれど、現実では最強格闘家だったアイコでさえ【Blueearth】の中では格闘の記憶を全部忘れていたのだから相当だよ。
……ドロシーのように、現実のトラウマが【Blueearth】での擬似別人格となって作用する場合もあるけれど。その辺はいいや。現実にせよ【Blueearth】にせよ、サシャが死に物狂いで頑張った成果だ。
が、要するに武器を使うジョージやアイコだ。
「その戦法は、スキルを使いにくくなるという弱点があるよ」
「何を──」
「隙あり」
マリオネットに囲まれながら、薙刀の切先に触れる。
「【ミスキャスト】」
「なっ……」
武器変更スキル。サブウェポンの片手剣になったね。
慣れてない獲物だ。そう簡単には戦えまい。
「じゃ、後はよろしく」
「これ以上好きにはさせませんよー……!」
溶け込む影に剣を突き立てられる。痛い。
判断早いね。影そのものが僕だから、しっかりダメージ判定あるのだけれど。
「じゃあ、こうしようか……!」
「なっ──離して!」
刺されたのなら。そのまま離さない。
「貴方、さっきからー……自分で戦おうとは思わないのですかー!」
「利用できるものは何でも利用するよ。僕はそうやって生き残った」
マリオネットに囲まれるサシャ。どうなるか、お分かりだよね?
派手な火力なんて必要ない。手近なものを利用すればいいのさ。
──ただのバグでしか無かった僕は。
デュークを利用して、【至高帝国】を利用して、今は【夜明けの月】を利用している。
強者の余裕なんてあるものか。常に天知調の影に怯えなくちゃいけないんだ。臆病で慎重で冷酷なのさ。
さて。ここからは逃げゲーだ。ここで相討ちにでもなったら、後でドロシーから何言われるのかわからないからね。
生き残るのは得意だよ。それだけでこの約3年間やってきたんだからね。
──◇──
──side:ドロシー
距離455……6m。
標的【無謀無念の魔女醜塊】まで少々遠い。
【サテライトキャノン】の有効射程は100m。
──"スタンシード"を現実準拠の狙撃術で射出する"神の加護"なら届く範囲ですが、フロアボスならばスタンが通用する相手でも無いでしょう。
「リンリンさん。前に出ます」
「……は、はいっ! そちらへは行かせませんからっ」
無数の──今も尚増殖を続けている人形達を、リンリンさん一人で抑えている。
こうなると万が一にもターゲットが移らないよう、僕の方が離れた方が都合が良いと思う。
「【アストラピット】──跳びます」
対人では無い。相手の動きを予測するのは難しい。
ピットは4つ、遥か高みの魔女の樹へと飛ばす。
僕はその内の一つに乗って、両手銃【天使と悪魔の螺旋階段】を構える。
【サテライトキャノン】。
セカンドランカー以上においては、このスキル一つだけでのし上がれる事はクアドラさんの存在で証明済み。
人数に余裕があるギルドでは、【サテライトキャノン】専門の【サテライトガンナー】と銃使いの【スナイパー】で別枠とする場合もあるほどの特殊扱い。
これまで戦って来たギルドにも、【サテライトガンナー】はちらほら見かけましたが……その精度には難があります。
多分、僕だってクアドラさんと出会って無かったら未だ50%も出せないような出来だったと思う。感覚は独学で掴み取るしか無い。
──そう。魔法使いにおける【象牙の塔】のような、先行研究機関が存在しないのが原因だ。
誰もが必須と分かっていながら、研究機関が無い以上はそれぞれ独学での習得が求められる。無論、その研究成果は他者と共有するメリットが無い。そうやって、【サテライトガンナー】全体の練度は下がっていった。
……こういう事象はこれに限った話ではなく、何でもそうだと思う。情報を共有するのが当たり前になれば、全体の練度は上昇する。それこそ【象牙の塔】や、同じ補助ジョブで固めた傭兵連合【需傭協会】、そも攻略の情報を無償公開する【井戸端報道】……。
これらとは異なる、閉鎖されたコンテンツにおいては。個人の性能がそのまま評価に繋がる。
……【エリアルーラー】も同じ、ですね。どちらにしても、僕はクアドラさん、メアリーさんはダイヤさん。それぞれの分野の最高位から教えを解いた結果──その分野において、今やかなり高い位置まで登り詰めたと思います。
魔女の攻撃が始まる。
先程目視で確認した限りでは、魔女はその身体を振るわせる事しか出来ない様子。
……あの巨体がある程度伸びたところで、距離には限界がある。だからピットをそう設定した。
100mギリギリに旋回するピット。複雑な軌道で動くピットでも、その動きを設定したのが僕ならば座標の把握は容易い。
心から、慢心しないといけない。
僕に足りないもの──自信を持たないと。
それが持てなくて結果としてこんな癖を拗らせているんだ。簡単には治らないけれど──心に曇りがある状況で追い付けるほどクアドラさんは近くにはいない。
今、一番クアドラさんに近いのは僕だから。僕しか届かないのだから──
「──98%【サテライトキャノン】!」
空中移動での【サテライトキャノン】では最高値。光の柱が魔女を撃ち抜く──
──これでは届かない。魔女にも、クアドラさんにも。
ピットから飛び降りる。位置は魔女より遥か上。
両手銃を構え、何故か慣れてしまった──落下中の狙撃。
「──【デッドリー・ショット】!」
黒雷が一条駆け抜ける。
致命の狙撃。両手銃最高位スキル。
──【サテライトガンナー】と【スナイパー】両方の力を使いこなす。これが僕の答え。
こうでもしないとクアドラさんには追いつけない。
悲鳴を上げて、魔女が急速に枯れていく。
落下しながら反省会だ。
「……もう一つピットを回収用に回さないと、このまま地上までやる事が無いですね。……でも自分の事だけはわからないからなぁ……予測、できるかなぁ」
「おおーいドロシー!」
落下中。近くの魔女の残骸から飛び出した影──スペードさん。
もう【マッドハット】全滅させたんですか。凄すぎる。
落下中の僕を、僕くらいの小柄なサイズでありながらキャッチする。
そのまま進路が変わって、近場の高台に着地。
「危なかったねぇ」
「【サテライトガンナー】は落下ダメージ無効ですよ」
「えっ。あ、そっかぁ。いやはやごめんごめん」
気恥ずかしそうに頭を掻くスペードさん。人間では無い、と言っても。ここまで人間味の強い人は中々いませんよね。ライズさんよりモラルある気がする……。
「……常識があった上で非道な行いに躊躇が無い、というのも人間らしいですね」
「おっ。褒めた?貶した?」
「褒めました。これまで会って来た人間の中でも一番"人間"してますよ、スペードさん」
「………………えへへ。なんだよそれー。超嬉しい」




