317. "終点:無忘の兵器"
【第129階層ドラマ:第九幕『さようならアンゼリカ』】
──scene:"終点:無忘の兵器"
【機々戒械たる無塵駅】LV138
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大型フロアボス【機々戒械たる無塵駅】──機械生物とは異なる、創作の具現化。設定から推測するに機械・怨霊の性質を持つ可能性が高い。
機械の蛇──恐らくダメージ判定は頭部だが、真っ直ぐ首を伸ばしているため接近は困難。こちらの戦力は──カズハ、ツバキ、私。
対する敵は──
「【セイントスカー】!」
「action:skill【アビスブレイク】」
強襲する【マッドハット】ゴギョウ──扇使いの【悪魔祓い】。
──なんとか弾き専門のスキルで対抗。
狙いはツバキ。故に警戒はしていましたが──何処から来た?
「あら。お早いわぁ」
「本陣強襲はちょっと早過ぎない? ──【破紋一閃】!」
攻撃スキル直後、それもジョージ達のように身体能力に優れる訳では無い筈のゴギョウ。
カズハの一閃を受けられる筈は無く──
「【チェンジ】!」
「──なるほどねぇ。敵に回ると本当に厄介よねぇ……?」
まだ見える距離──そこに、ゴギョウは転移していた。
ゴギョウの隣には3人──ここの担当【マッドハット】は4人か。
「【エリアルーラー】なんてダイヤちゃんとメアリーちゃんぐらいしか居ないと思ってたよ。──ツバキちゃんの事前調査が無いと、ね?」
ミザンに突入して間も無く、ツバキの究極接待術によって【マッドハット】の戦力の殆どは解析されました。
ゴギョウの隣にいる三つ編み丸眼鏡の女性──【マッドハット】の秘匿戦力、"奥箪笥"キリコ。
普段は【象牙の塔】と連携して魔導書の取引輸入出管理を行っている司書。
かつては【象牙の塔】に在籍し【図書官】としてジョブを研究していたが、【エリアルーラー】引継書解読にも携わり──偶然にも【エリアルーラー】としての技術を習得。その後セリアンに雇われ、後に正規雇用。
身長153cm。大きな丸眼鏡の下は鋭い切れ眼で、人相が悪い事を気にしているが、ギルド内外にはファンも多い。
好きなものは読書と辛いもの。嫌いなものは湿気とピーマン……
……脱線。兎角、セカンドランカー以降では片手でも余る程度しか居ない【エリアルーラー】の一人。
「精度までは分からなかったけれど、あまり目を離したくは無いわねぇ。特にゴギョウが厄介よ」
「ツバキちゃんに有利過ぎるからね。キリコちゃんを倒すまでは3人固まって戦うしか無いかな?」
……相手が【マッドハット】だけならまだしも。
そう簡単には行かない様子です。
鉄の蛇が咆哮を上げると──胴体が分離し、数多の鉄片が降り落ちる。
セリアンの人形は、それを身体に纏う。機械鎧の人形──。
ヒガルで一度クローバーが交戦しているため、元より相当な耐久値である事は確認済。そこに装甲を足している。
カズハにもクローバー同様防御無視の手段はあるが、【破紋一閃】は範囲に乏しい。無数の人形を相手取るのは厳しい──
「──suggestion:作戦を提示します」
カズハとツバキは、疑う事無く頷く。
──この3人ならば、倒せない相手ではありません。
──◇──
【マッドハット】のキリコです。
……【至高帝国】ナギサちゃ……んじゃなくて、ダイヤちゃん対策の切り札として隠されながら育ってきて、【至高帝国】が瓦解した事で役立たず無職になっていたキリコです。はい。
現在は【夜明けの月】が目下【セカンド連合】の敵となっていますので、【Blueearth】において【エリアルーラー】第二位となっているメアリーさんのメタとしてまたこっそり育てられていました。
……メアリーさん、私より後に【エリアルーラー】になったのに。あっという間に抜かれていました。何ですかナギサちゃんといいメアリーさんといい。移動しながら【チェンジ】するわ、複数人【チェンジ】するわ。
私では人一人、止まっている状況でもないと転移出来ませんが──これでもセカンドランカーなので。プロとしてやる事やらせて貰います!
即ち観察。一切攻撃には参加しません。座標の確認、座標の登録こそ【エリアルーラー】の責務です。
常に【夜明けの月】が見える位置で、その動向を確認する。
最初にゴギョウさんを投げたのは牽制です。アレを一度見せれば【夜明けの月】はツバキさんを守る必要が──
──あれ? え、嘘。
「ごご、ゴギョウさん! 緊急です!」
「なぁにキリコはん。こっちも人形の相手が──」
「ツバキさんが単身でこちらに向かっています!」
「──はぁ?」
それはもう、堂々と。
カズハさんとゴーストさんを捨て置いて、【機々戒械たる無塵駅】に目もくれず。
「あと500mです! 隙があれば転移して叩くのが作戦でしたが、どうしましょう……」
「向こうから来るんなら囲んで叩きますえ。ツバキはん自体にはそれほどの力は──いや、あきまへん。【呪術師】単独行動なんて劇物──」
「そ、そうですよね。【焔鬼の葬賊】……!」
死亡時強制発動の呪い【焔鬼の葬賊】。本体が脆い後衛の欠点をこれでもかと利用するツバキさんの真骨頂!
つまり、自爆狙い……ですか!
「作戦通りウチを飛ばしておくれやす。ツバキはんはここで差し違える。後は任せましたえ」
「は、はい。わかりました!──座標登録……【セット】……【チェンジ】!」
少しでも強襲が成功するように、ツバキさんの背後へと転移。
──ご武運を──あれ?
──カズハさんが、こっちに──
──◇──
戦う解呪師【悪魔祓い】。
純後衛の【呪術師】。
相性は最悪。真っ向勝負ならば数瞬もいらない、明確な不利対面。
「──【セイントスカー】!」
しかも、背後からの強襲。
最初の強襲に対応したのは、ゴーストとカズハ。ツバキは反応すらしていない。
【悪魔祓い】のスキル【セイントスカー】は聖具に対応した効果を持つ。ゴギョウの選択した"扇"においては──風の刃による振り下ろし攻撃。
当然、ツバキはそれに──
「嗚呼──本当に、可愛らしいわねぇ」
──気付いていた。
当然だ。本当に気付いていないのなら、ゴギョウの強襲に微動だにしない訳が無い。
分かっていて、ゴーストとカズハが守ってくれると知っているから放置していたに過ぎない。
ツバキは、ゴギョウの攻撃の起点──腕にその細腕を絡める。
スキルが発動するまでの一瞬。まだ起こりの段階。
手玉に取るように。流れるように。
ゴギョウの身体を、踊るように一回転させ──地面に叩きつける。
「──はぁ!?」
「これでもねぇ、"人類最強"の娘なのよ。自衛くらい出来なきゃ、お店なんて開かないわぁ」
そのまま。しゃがんで、ゴギョウの上に重なるように──ゴギョウの手を拘束する。
密着した姿勢は、キリコの【チェンジ】対策でもありゴギョウの攻撃防止でもある。
誰からも守られることに慣れており、そこに一切の負い目の無い"姫力"。
自慢の父親から受け継いでしまった遺伝子──戦闘の勘と才能。
全てを持ち、それでいてそれを見せびらかす事はしない──生粋の面倒臭がり屋。
「── 【重石の想意思】」
羽のように軽いツバキに乗られていたゴギョウは、重圧を感じる。
ステータス減少の呪い【重石の想意思】。一度あたりの減少量は微々たるもので、有効範囲もかなり狭いが──重複が可能。
「【重石の想意思】…… 【重石の想意思】」
「ま、まっとくれツバキはん! まさか……」
「四つ……五つ……六つ……」
どんどん、どんどん重くなっていく。
動けない。キリコが助けてくれるか──いや、遠過ぎる。ただ、じんわりと重くなる身体を受け入れるしか無い。
「……七つ。このくらいなら、いいかしら?」
蛇が獲物を締め仕留めるように。
ゴギョウの首に──牙が突き立てられる。
メインジョブ【呪術師】、サブジョブ【ライダー】。ツバキが持てる武器には限りがある。
ゴギョウの目に映ったのは武器では無く──魔道具、鋭い針。
猛毒を付与する"毒針"──
「──ちょ、ちょい待ってぇなツバキはん! 一思いに──」
「ごめんなさいねゴギョウさん。あたし、非力だから。
戦うとしたらこうするしか無いのよねぇ。……まぁ、ナズナさんの分と思って諦めて、ねぇ?」
それもまた一つの事実。
呪いだけでは倒せない。ましてや解呪のスペシャリスト【悪魔祓い】が相手なら、並大抵の呪いはレジストされてしまう。
だから仕方ない。本当に仕方ないけれど、手段を選べなかったのだ。
だから、これは仕方ない。
それはそれとして、ナズナによる仕打ちも気に入らないのは事実なのだ。
──毒蛇の牙が、ゴギョウの喉元に突き刺さる。
死の間際、ゴギョウの目に入って来たのは──仲間達のいる方向へと飛ぶ黄金の流星。カズハの姿だった。
──◇──
「──【灰燼一閃】!」
「ほぎゃー!」
斬撃のみが実体化する、幽鬼の一閃。
【マッドハット】凄腕の【スナイパー】による迎撃は意味を成さず、ましてや【燕返し】【巖烈一閃】【燕返し】と無慈悲なる連閃を受けてしまえば──【マッドハット】が壊滅するのも当然であった。
「──さて。確かに私は地上戦の方が得意だけれど──ゴーストちゃん、大丈夫かな?」
ゴーストの作戦により、無事【マッドハット】は倒し切れたけれど。
セリアンちゃんの武装人形軍団、それにあの大きな蛇ちゃん。
これを突破できるのかな。
「──とりあえず、私は私でやりますか」
赫き妖刀【厚雲灰河】。
蒼き妖刀【分陀利】。
既に納刀し、人形軍団に目を見やる。
ツバキちゃんがゴギョウちゃんを仕留めるには、まだ時間がかかるから──こっちの相手は私がしなくちゃ。
ゴーストちゃん、とっておきの戦術って言っていたけれど──上手くいくといいなぁ。
──◇──
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【夜明けの月】特別訓練の記録を閲覧。
空間作用スキル【白曇の渦毱】による、完全空中戦での訓練。
ジョージの立体戦闘術から始まったこの理論は、【夜明けの月】の一つの特徴として定着した。
即ち空中戦。どのような環境でも理論上対応できる、空中という普遍の戦場。
ジョージ、アイコは勿論の事。カズハ、スペード、ライズ、ドロシー、そして私。完全に戦術として習得は出来ていませんが、それでも慣れはあります。
が、今回はまたそれとは別方向。スペードと私が考案した、2Dを超えた3D──そこから更にもう一つ超えた、4D戦術。
「──slide:【ロストエリア】展開!」
スペードのバグとの共存。本来"廃棄口"は出入口を共通しなくてはなりませんでしたが、エンジュでの様に今はある程度入口と出口に差異を生む事が可能に。
今回は──攻略階層に"廃棄口"出口を接続。【NewWorld】外部へと吹く重力風を、【Blueearth】内部へと転送。
──私そのものが転移するには相応の準備が必要だが、ただ出口をこちらに設置するだけならばそこまで手間にはならない。これにより空中への移動が可能。
──search:目標【機々戒械たる無塵駅】、レーザーにより対抗。
こちらは"廃棄口"にデータ50%を落とす事でダメージを無効化。即ち四次元戦略。
空中を跳び、目標【機々戒械たる無塵駅】上部23m。
"廃棄口"に落としたデータ量を調節する事で【Blueearth】側への存在固定を行い、レーザーをあえて一部受ける事でHP調整を完了。私の残りHPは18%。
目標【機々戒械たる無塵駅】咆哮。
開口し、衝撃波を放ちます。
「action:skill── 【双月乱舞】」
推定ダメージは17.5%。
──衝撃波を受け、HP0.5%──【リベンジャー】最高火力にて、蛇の口への侵入。
──地上まで、体内より──双剣の連閃!
「search: 【機々戒械たる無塵駅】残りHP0%──撃破しました」
蛇の腹より脱出。──mission complete。




