315. 『さようならアンゼリカ』
【第0階層 城下町アドレ】
──特設ステージ
『さぁさぁ遂に第八幕終演! 【夜明けの月】【マッドハット】どちらも見事【喫茶シャム猫】を退け、演じ切りました!』
『今幕は"虹の魔女"が敵対する上に【喫茶シャム猫】四人掛かり。5対2の構図となる中で、双方見事と言える。砂時計の活用が上手かったな』
『はァイ! つまり視聴者投票となりまァす!
マスカットさん、キング.J.Jさん。お二人はどう見ますか?』
『【マッドハット】はかなり【喫茶シャム猫】メタの布陣でしたね。砂時計による召喚を有効活用すべく装備を新調した感じでしょうか。サシャさんとゴギョウさんは対単体において強く出られますが、ディザスターさんのように面で攻撃する広範囲系には弱いので。
……裏切りの"虹の魔女"がノリノリ過ぎるのはどうかと思いますけど』
『それなら【夜明けの月】もそうであるな。いやもうまるで【喫茶シャム猫】真の統治者かと言わんばかりのサポートと指揮であった。為政者として参考になる。
……【夜明けの月】側は、砂時計の利用が目立つが……真に見るべきは相手の誘導だな。
開幕クローバーを投げる事でメアリーは避難せざるを得ないし、シャムとマッシブハントはその対応に固定化される。必然的に余ったスティンガーとナナフシが前に出て戦う必要がある。
スティンガーとナナフシの波状攻撃を遅延攻撃のラグを利用してゴースト単騎で突破したなら、シャムは急いでゴーストを倒さずには居られず飛び込むが──空中で避けられぬ所にツバキの呪いを喰らう。
マストに逃げた後も、ドロシーによって撃ち落とされ空中で身動きを取れぬ内にカズハの【一閃】──これぞ連携と言えるものであろう。一連の流れの美しさとしては、我は【夜明けの月】を推したいな』
『なるほど! ……おっ。得点が出ました!』
──◇──
第八幕『ゼブラゼブルの長旅』
劇評価:
【夜明けの月】得点獲得!
【夜明けの月】:3pt
【マッドハット】:2pt
【喫茶シャム猫】:3pt
──◇──
『第八幕は僅差で【夜明けの月】に得点が入りました! これで、残すはあと一幕ですが……どうなるんですっけ、ナンバン局長?』
『はァい! 第九幕は最後の【夜明けの月】と【マッドハット】の決戦! 共倒れなら【喫茶シャム猫】の点となります。
【マッドハット】が勝てば全数同点でサドンデス。
【喫茶シャム猫】が勝てば【マッドハット】の黄の宝珠を獲得。
【夜明けの月】が勝っても【マッドハット】から黄の宝珠を獲得……といった形ですね!』
『うむ。一応【マッドハット】が勝ってもワンチャンある形であるな。これには我もにっこり』
『あれ、父っつぁん【マッドハット】派でしたっけ』
『勇士を評価するが王である。【マッドハット】の連中は商人だかなんだか知らんがチョロチョロと鬱陶しい……と感じておったのだがな。中々泥臭い魅力を見せつけてくれるものだ。気に入ったぞ』
『おぉー……。あの気難しいキング.J.Jさんにここまで評価させるとは』
『しかし、やはり本命が動かん事にはな。……第九幕、ヤツが出てくるのであろう? いやはや楽しみだ!』
『そうですね。長らくお待たせしています【マッドハット】最終兵器──セリアン様が、遂に登場するでしょう! 乞うご期待!』
──◇──
【第120階層 連綿舞台ミザン】
中央区"シアターロビー"
「遂に最終戦ね。ここまで順調に進んだけれど……」
「相手が、なぁ?」
【夜明けの月】【マッドハット】【喫茶シャム猫】を集められた、玉座の前にて。
……今回で一番危険視すべき存在……いや、或いはお騒がせコンビとでも呼ぶべきか。
ディレクトールとセリアンが玉座の上に立っていた。
危ないから降りなさい。
「hahaha! 遂にワタシの出番だネ! いや本当に色々あったよ。その裏でワタシとディレクトールでどう演出するか頭を悩ませたものサ」
「いや本当。幕進む度にハードル爆上がりで困ったものだ。そりゃあもう急遽ゲストを呼び込むレベル」
あれアドリブだったのかよ。
「という訳で。当初の計画通り、セリアンは【喫茶シャム猫】……第三者運営側としての参加だ。もし宝珠を獲得したとして、【喫茶シャム猫】のシャムに譲られる事になる」
「ううむ。何か不思議な挙動だが、貰えるもんは貰うのである」
「haha.図々しいねシャム。悪くない!」
不思議な挙動、と言った事といい、第八幕の全力投入といい。何となく見えてきたな。
「第九幕の【喫茶シャム猫】陣営は、お前達二人だけか?」
「鋭いなライズ! その通り。我々──と言ってもワタシは戦わないが。第九幕はフロアボスとセリアンが相手となる。
そして砂時計ルールは解除する。各々フルメンバーでぶつかり合うとしよう。群像劇だ!」
「おいおい。それってちょっとアンバランス過ぎねェか?」
「ふはは。まぁまぁそこはレイドボスの力の魅せ所。楽しみにするのだ!」
それだけ言い残して、二人はシアター2へと向かう。もう準備を始めるみたいだ。
……残されついでだ。ちょっと作戦会議をするか。
「【マッドハット】の方で空間作用スキルが使えるのはどれだけいる?」
「……どういう事?ライズ。まだ我々は貴方に下ってないのだけれど」
「いいから。今回、この辺が甘いとセリアン一人に全部持っていかれるぞ」
たった一人でも。色々噛み合えば"最強"すら完封できる化け物が、セリアンだ。
特に初見殺しの【金色舞踏会】は厄介所じゃ無い。"舞台"と"観客席"に二分化されるこのスキルは、発動時にセリアンの近くに居なかった時点で詰みだ。
……これまでは、の話だが。
「空間作用スキルが同時発動した場合、隔離階層同士が連結する。その時、空間作用スキルの特徴はある程度解除されるんだ。
完全水中の【蒼穹の未来機関】は部分的に崩壊して外に出られる様になるし、空中ステージの【白曇の渦毱】はもうただの背景になる。つまりは【金色舞踏会】も攻略可能だ」
「……私とて、ずっとセリアンの隣で【金色舞踏会】を見てきたので。その脅威はよく分かりますが……空間作用スキルを発動すれば対抗できると?」
「いや、対抗自体は発動しなくてもいい。こっちには5人4種、空間作用スキルを展開できるからな。
問題は他のメンバーだ。例え【金色舞踏会】を攻略したとしても、待っているのはジョブスキルで強化されたセリアン。シラフで対抗するのは難しいぞ」
ならば空間作用スキル組はどうかと言うと、楽勝……でも無いんだよな。
「空間作用スキル同士がぶつかった複合階層になると、主導権の綱引きになる。これがまぁ面倒なもんで、変に戦闘に集中すれば主導権を引かれちまう。こっちの空間作用スキルの人数が多ければ多いほどセリアンを不利に出来るって事だ。
で、もう一つ。同じ空間作用スキルは同時に発動出来ない。だからそっちの空間作用スキルが黄の宝珠しか無いなら、頭数に入れない方が良いと思うんだ」
「なるほど。それはつまり、セリアンより先に発動すれば良いのでは?」
「それはそう。セリアンもその辺が分かってるから最速で使ってくると思う。だからこうして事前に打ち合わせてるんだよ。
多分ナズナは黄の宝珠が初めてだろ。他のメンバーはどうだ?」
「一応、私が黒の宝珠に適合してますねー。アイテムも持っていますよー」
サシャが緩やかに手を挙げる。【セカンド連合】が宝珠を研究する際に一度だけ触れたらしい。
他はナズナが黄の宝珠。あとは無し、か。
「じゃあ決まりだな。とりあえずセリアンを抑えるために、開幕空間作用スキルを発動する。別に俺達と手を組む必要は無いから、その後は好きに戦ってくれ」
これはアドバイスとかでは無く、こっちの都合でもあるしな。
……こっちはいつでも空間作用スキルを解除できる俺とメアリーがいる。あとは実力勝負になるな……。
──◇──
──翌日。
【第129階層ドラマ:第九幕『さようならアンゼリカ』】
──────
海の底、星の底。
何処よりも暗く輝く帝国へと、アンゼリカとトムは辿り着く。
そこに居たのは帝王。帝王のみの帝国。
アンゼリカは決意する。
この長く続いたあっという間の旅の果て、自分は何をすべきかを──
──────
虹の架け橋の最終到達地点。
星の中央には、滅びた神殿がひとつ。
"虹の魔女"を失ったアンゼリカとキャプテン・トムは、サッチャー号から降りて神殿を進む。
──諸悪の根源、魔女ゼブラゼブル。そして帝王。それと会合せんと勇み歩くが、異様な雰囲気にトムが口を開く。
「誰も居ないの? 帝国って、これじゃまるで廃墟よ」
「plot:遠くの浮島が見えますか? あれはかつて市街地だったものです」
ふと、アンゼリカは自分の言葉に驚く。
まるで知っているかの様な感覚。未知への旅の終着点のはずが、謎の郷愁を感じてしまう。
「plot:私は──」
「どうやら無事に辿り着いたようだね」
唯一の玉座。そこに座るは──痩せこけた人の様な何か。声の主は──玉座の裏から。
「よく来たね、もう一人ワタシ達。
ワタシは当代魔女ゼブラゼブル。こちらは当代帝王だ。
……oh.もう挨拶できる気力は無い様だね」
玉座の帝王は眉一つ動かない。それは、王の余裕では無い。
「……死んでいるの?」
「non.ワタシ達は永遠だ。ワタシ達だけが永遠であった事が問題だったのだがネ」
「plot:帝王に永遠を献上した魔女ゼブラゼブルは、帝王の望みを全て叶えた。何人目の帝王だろうと、何人目の自分だろうと。
やがて帝国は縮小した。外海の防衛機能が想定以上に機能したから。外敵を失った帝国から、まず兵器が失われた」
「次に兵隊が。次に芸術。次に食糧。そして──国民。切り捨てた訳ではないよ。いつの間にか消えていたのサ」
「plot:そして、遂に当代の帝王は力尽きた。貴方は魔女ゼブラゼブルとして次の帝王を待っていた」
「勿論、次のワタシも待っていた。ワタシもまた限界なのサ。分かったなら、おいで二人とも。新たなワタシ達になってくれ」
アンゼリカとトムは、顔を合わせる。
──そして、二人して笑う。
「「お断りよ」」
旅の果てに、二人は知った。
世界が仮初であった事。
自分は偽りの存在であった事。
でも、それがどうであれ──
「plot:貴方を倒せば」
「あたしが帝王にならなければ」
「「この星は自由よ」」
武器を向ける二人。
アンゼリカ第六の魔法が輝く。
それは、これまでの縁を映し出す鏡。
「call:"all"」
現れる勇士達。
絶対無敵の銀の銃士。大盾の青い騎士。灰の呪われし侍。黒の愛しき銃使い。
そして、そして──赤き老婆。
「懲りないわね、アンゼリカ。今更あたしに用事かしら」
「plot:──no.──answer:私は、最後まで、貴女と共に」
全てが揃う。最後の戦いだ。
魔女ゼブラゼブルは、一つ息を吐いて──玉座の上に立つ。
「宜しい。では、相応しい舞台を用意しよう!」
──◇──
──空間が割れる。
突然、隣に【マッドハット】一行が現れる。
つまり、ここからが戦い。
魔女ゼブラゼブル──セリアンを見上げると、その手元のチケットが光る──!
「今よ! 【森羅永栄挽歌】!」
「行くぜェ!【蒼穹の未来機関】!」
「俺が行こう。【白曇の渦毱】!」
「今回は俺も……!【曙光海棠花幷】!」
四つの空間作用スキル──隔離階層の呼び出し。
【マッドハット】も急いで二つ、追いつく。
「ではー…… 【黒き摩天の終焉】!」
「行くわよセリアン!【金色舞踏会】!」
発動が、セリアンよりナズナの方が早かった!
これなら──
「「──haha.やはりそう来るか」」
空間が揺れる。
六つの隔離階層がこの階層に入り込もうとしている中で。
セリアンの声が、何かとダブっている。
「「想定外こそ即興劇の真骨頂だとは思わないかい?」」
嫌な予感がする。
セリアンの手に輝く"ゴールドチケット"は──まだ輝きを失っていない!
「「さあ、始めようか。【金色舞踏会】──」」
セリアンの背後に、謎の影が幻視する。
あれは──ディレクトール……!?
「「──ver.2だ!」」
──空間が軋む。空間全体が、階層全体が巻き込まれる──!




