313. 『ゼブラゼブルの長旅』
【第120階層 連綿舞台ミザン】
【夜明けの月】レンタル宿"スタンドイン"
ロビー
目覚めて、ゴーストと一緒にロビーに降りる。
昨日はガタガタで進めちゃったけれど──そろそろ、いるはず。
「おはようございます、メアリーちゃん」
「スレーティーさん! まだ居た……って事は」
「大丈夫だよメアリーちゃん。ちゃんと済ませたから」
ソファに仲良く座っていたのはスレーティーさんとカズハ。心配が脳裏をよぎるけれど、奥のソファに居た三人の姿を見て安心した。
「おはようございますメアリーさん。ちゃんと報告しなくては、と思いまして」
「処置は無事完了したよ。俺がしっかりと見張っておいたから安心してほしい」
ホーリーと、ジョージ。そして──
「……メアリーちゃん。只今戻ったのです」
「うん──おかえりミカン」
本当に久しぶりに、自分の足で歩いているミカン。
……随分と色々あったけれど、間違い無く一番の被害者はミカンよね。
「大丈夫? 記憶の件、どうなってるの?」
「もーバッチリ思い出したのです。色々と欠落ありますが……ま、私生活に異常無し。今回みたいに弱味にはならないのです」
「弱味とかそんなのどうでもいいわよ。ミカンが大丈夫かどうかが重要なんだけれど」
比較的小柄なあたしでも持ち上げられる、小さなミカン。珍しくされるがまま。
「……ミカンさん、本当にクソみてぇな人生だったのです。翻訳システムも買えない無一文で日本に投げ飛ばされて、あちらこちら転々として。自分のルーツを知ってしまってからは、見た事も無い故郷に逃げ延びて──その後、実の兄に心を壊されちゃったくらいなのです」
後ろのホーリーが胸を抑えているわ。そりゃそうよ。
……ちょっとした仕返しで済ませられるようなもんじゃ無いだろうに。4年間……【Blueearth】に巻き込まれなければ今もずっと、壊されたままだというのにね。
「でも、ここでは幸せなのです。だからミカンさんは大丈夫。それでいいのです」
「……そう。じゃあ改めて、記憶を完全に取り戻したミカンに聞くけれど──【夜明けの月】に入ってくれる?」
「喜んで。このミカンさん、きっちりかっちり働いてしんぜようー、なのです」
場合によってはここで脱退も考えていた。記憶が欠落した状態で加入したミカンを、そのまま惰性で残留させるのは筋が通らないからね。
本人の意思があるなら、良しとするけれど。
「……さて。報告も終わりましたし、帰りましょうホーリー」
「はい上官。……それではメアリーさん。【夜明けの月】には……迷惑をかけました」
ホーリーが立ち上がり、一つ頭を下げる。……相手が違うわ。
「【夜明けの月】は迷惑被って無いわ。アンタが謝るべきは【三日月】と、カズハと、ミカンでしょ」
「……いや本当に。その辺りは、もう一晩中ね……。ツバキさんには宜しく伝えておいて欲しい」
「もう行ってしまうのです?」
「うん。私、天下に轟く犯罪者だから。ちゃんと罪を償わないとね」
「……個人間の感情がどうであれ、ホーリー……阿僧祇那由多が現実世界で犯した罪は、とても償い切れるものでは無い。俺も……まぁ手を焼かされたものだよ」
……あたしはホーリーの被害を直接被ってないから良く分からないけど、それはそれ、これはこれ。
その辺りを良く知っているジョージが付いていてくれて良かったとも思うけれど。カズハも少し曇った顔をしている。
「……ではでは、個人間の感情のみでお話させてもらうのです。ホーリー……阿僧祇那由多……でも無く、何と呼べばいいのやら。
ともかく、ミカンさんは物心付く前にあなたと出会えず日本に流れ、再会した時にはお互い認識する前に心を壊されました。
【Blueearth】でも再会できたのに今度は操り人形にするし。結局まともにお話するのは、22年と2年半生きて昨日今日が初めてなのです」
「うっ……そう思うと、本当に最低だ。血縁なんて無いも同然だよ。ほぼ初対面じゃないか」
「ばかたれ。22年孤独だったミカンさんから、唯一の家族まで取り上げるんじゃないのです。
……ま、偶には顔を出して欲しいのです。成人した兄妹なんてそんなものなのでしょう?
じゃあね。お兄ちゃん」
感情がぐちゃぐちゃになったようなホーリーの顔に、べちっと平手を押し付けるミカン。「散歩してくるのです」と、外に逃げちゃった。
「……じゃあ、お姉さんも個人の感情で話すね?」
カズハはそう言うと、ホーリーの襟を掴んで力いっぱい引き寄せる。
「ちょ、カズハ──」
「えいっ」
そのまま──ホーリーの額に、口付けを一つ。
咄嗟にゴーストの目を隠す。スレーティーさんも両手で目を覆っている。ジョージは目を逸らしてる。
「……おばあちゃんになっても待ってるから。全部償って、さっさと帰ってきてよね? 続きはそれまでお預けだから」
──殺傷。崩れ落ちるホーリー。
これは勝てないわ。カズハも耐えられなくなって逃げちゃったけど……。
「……では、帰りましょうホーリー」
「は、はい。ちょっとだけ待って……顔が戻らない」
自分の顔を覆うホーリー。多分、相当のニヤケ面になってるんでしょうね。
スレーティーに連れられて光の扉を潜るホーリー。残されたのは、あたしとゴーストとジョージ、そして──
「……いつまで寝てんのよ、ライズ」
「劇に疲れただけだし。ほっといてくれ」
初恋の相手が目の前で世界的犯罪者と甘々ラブラブタイムに突入してしまった男の心境や如何に。
──◇──
【第0階層 城下町アドレ】
──特設ステージ
『──さあ!残す所もあと二幕となりました! 現在得点は【夜明けの月】【マッドハット】で2点の横並び、【喫茶シャム猫】は3点で一歩リード! どう思いますかナンバン局長?』
『はい。【夜明けの月】【マッドハット】は一幕に1点しか手に入りません。つまりこの二幕で一度でも【喫茶シャム猫】に点が入ってしまえば最高でも同点に持ち込む事しか出来ませェん!
特にここからの第八幕は、【夜明けの月】【マッドハット】のどちらかが【喫茶シャム猫】に負けた瞬間に点を取られてしまいます。本格的にピンチ、です!』
『ちなみに同点になったらどうなるのだ』
『えーと……はいはい。なるほど? 同点の場合、パターンが分かれるみたいですね。
【夜明けの月】と【マッドハット】が同点の場合は宝珠移動無しになりますから何も起きません。
ですが【喫茶シャム猫】とどちらかの同点だった場合は、点数の足りない方から宝珠を【喫茶シャム猫】に移行する事になります。
全員同点だった場合は……代表者集めてサドンデスですね』
『ふむ。【喫茶シャム猫】には損が無いか。
……ゲストという名目のやりたい放題共の得点も【喫茶シャム猫】に入るのだから、少々ズルい気がせんでもない』
『まぁまぁ。ディレクトールさん曰く、"面白ければヨシ!"との事です。
……では、間も無く始まりますよ──』
──◇──
【第128階層ドラマ:第八幕『ゼブラゼブルの長旅』】
──────
虹の橋を渡り、海の中へ征くアンゼリカ。
海の中は星の中。宙に広がる星の海!
長い長い虹の橋の先、この星の中心には、
果たして何があるのだろうか──
──────
虹の架け橋に乗り、海の中へと入り込むサッチャー号。
空の下に海があるのなら、もちろん海の下には空がある。
虹の架け橋は星の中、空に浮かんでうねり広がる。
「……あっ、魚達が浮いているわ。こんな所にいたのね」
「plot:魚は海底からこの空に抜けてきたのですね。魚が向かうのは、何処なのでしょうか」
「知りたいかい?」
突然話しかけて来たのは──喋る鯛!
鯛はサッチャー号の甲板、樽の上に乗ってヒレを休め始めた。
「アンタは一体……」
「私はしがない鯛ですよ。本当は"揺籠の地"で釣られる役目だったのだけれど、緊急の呼び出しであぶれちまった。ちょっとだけ長生きで、物知りな鯛ですよ」
鯛は星の海を見上げる。
既に海面は遥か上。虹の輝きのみが、星の内側を照らすのだ。
「帝国ってのは、この虹の橋の先にあるんでさ。他の星から身を回るために大きな水で帝国の空を覆ったのが、外海……さっきまでアンタ達が居たところだよ。
やがて外海に陸地が出来て、星を見張る兵士が配属された。そのうち、文化が発展して……帝国は他の星を恐れる必要が無くなって、外海は忘れ去られた」
「plot:私の故郷が、外海?」
「いやさ"揺籠の地"はまた別だね。帝王は、数百年放置された外海を利用しようと考えた。もはや外より帝国内の方が危険ってくらいだからね。
だから帝王は"揺籠の地"を作った。兵士に籠の外側を見張らせて、誰も逃げられないようにした。
そこまで管理していれば、自分の子供が安全に育つと思っていたんだろうね」
「だから"揺籠"なのねぇ。でも、あたしは外に出ているよ?」
「"揺籠"に閉じ込められた仔が外に出された理由なんて一つだろう?
成長の時だ、帝王の仔よ。──この長く続く、魔女ゼブラゼブルが敷いた虹の架け橋を渡って。お前は新たな帝王になるんだよ」
なんと、キャプテン・トムの正体とは──この旅の本当の意味とは! 全てが明らかになる中で、アンゼリカは──
「plot:"揺籠の地"から魚が消えたのは、何故ですか?」
「それが合図なのさ。帝王が死にそうになると、私ら魚──帝王の眷属は、次の帝王を待たなくちゃいけないのさ。
なんで海を自在に泳ぎ回る私達が、あんた達ノロマな人間に捕まえられるんだと思う?
帝王様からの任務だからだよ。あんた達が餓死しないよう、こっちが手加減してやってるのさ」
「plot:だとするなら、トムが帝王になれば元通りになるんですか?」
「そりゃあ帝王様次第だね。私はそこまで分からないや」
そこまで言うと、鯛は宙へと泳いで消えた。
──残されるは、三人。
「plot:トムは、帝王になるのですか?」
「さてねぇ。なってみても良いけれど、帝国とやらを見てから考えたいねぇ?」
「良かったじゃないアンゼリカ。旅は終わる。トム次第だけれどね?」
「plot:そうでしょうか」
アンゼリカは、疑問に思う。
"揺籠の地"がどうとか。
"帝王の仔"がどうとか。
田舎娘のアンゼリカには、難しい話だった。
「plot:私は、故郷を救いたい。例え故郷が誰かによって作られた箱庭であろうとも、そちらの都合でお父さんが飢餓に苦しむのは納得できません。
魔女ゼブラゼブルに会いに行きましょう。魚を操っているのは、結局のところは魔女なのでしょう?」
「その必要は無いわアンゼリカ。魔女ゼブラゼブルは──ここに居る」
虹の魔女が立ち上がり──船首に立つ。
「あたしが魔女ゼブラゼブル。その分身の一つだったのよ。今思い出したんだけれどね」
「plot:……故郷を追われた魔女だと言っていたじゃないですか!」
「そうだと思っていたの。でも思い出しちゃったのよ。それに、人ごとじゃ無いわよアンゼリカ。
魔女ゼブラゼブルは、魔法を与える事を対価に自らの分身を作り出す。
──アンゼリカ。貴女も既に魔女ゼブラゼブルなのよ」
虹の魔女が魔法陣を展開すると──魔物が次々と姿を現す!
「ゼブラゼブルの分身術は、帝王にも伝授している。トム。貴方が帝国に辿り着いたとしても、今の帝王が貴方に成り替わるだけなのよ。
あたしはゼブラゼブルのなり損ないだけれど、アンゼリカは強い魔法を使えるわ。帝国に辿り着けば次のゼブラゼブルに成り替わってしまう。
だから、ここでお別れ。虹の海に沈んで、ここで死んで。
そうすればゼブラゼブルの長い長い旅が、やっと終わるのだから──」
飛び出すは四つの影。
ナナフシ、スティング、マッシブハンド──そして、シャム。
「最終決戦である。双方、悔いのないよう行きたいものであるな」
──虹の海に、決戦の火蓋が落とされる──




