312.大人と子供
【第120階層 連綿舞台ミザン】
シアター2(撤収済)
──諸々が解決して。細かい話に目を配れるようになって。
まず最初に、ライズは全員の前で──頭を下げる。
「そういう訳で。【夜明けの月】は本日より一文無しです」
「唯一の価値無くなったじゃないの。クビ」
「ご容赦をギルドマスター」
冗談だけど、冗談じゃ済まないわよね。
あたし達【夜明けの月】は副業をしていない。【三日月】の時代はリアルタイムで探索し続けるライズの膨大な情報がそのまま金になっていたけれど、今最前線に追いついていない以上は同じ事は出来ない。
……お金の事はまた今度考えよ。それより優先すべきは──
「ミカンは大丈夫?」
「……ん……はい。蜜柑……ミカンさん……」
「ごめん。まだもう少し時間が欲しいな」
ホーリー……阿僧祇那由多が壊したミカン。その修復を試みているけれど、まだ完全復活とはいかないみたい。
……壊した張本人である事もそうだし、その他諸々。スレーティーさんの監視があるって言っても放置したくないんだけれど……。
「大丈夫だよメアリーちゃん。私がしっかり見張るから。ね? ホーリー」
「うん。分かったからもう鞘で殴らない?」
「やぁだ♡」
……カズハが付いてるなら、まぁいいかしら。
ホーリーの解放はカズハが【夜明けの月】に参加する目的でもあったし。ここで引き離すのは、ちょっとね。
「待って下さいメアリーちゃん。私はホーリーのお目付け役ですが、この甘すぎる空間に放置されると死にます。誰か私のためにもう一人下さい」
「未だかつて無いほど必死ねスレーティーさん」
「俺が付くよメアリー君。……阿僧祇那由多ならば、色々と積もる話もあるからね」
「その感じ……もしや谷川譲二さんか。これはまた、可愛らしくなって……」
「偽物だと分かっていて逮捕しなくてはならなかったのは、俺の間違いだらけの人生でも屈指の後悔だよ。
君が解放される事を喜ぶ人ばかりでは無い。そして、恐らくミカン君はそちら側だという事。ちゃんと理解してほしい」
カズハと言えど、流石にジョージに楯突く事は出来ない。【夜明けの月】のセーブ役だからね。ここまで明確に敵意を表しているのは……相当ね。
「分かっている。それをミカンの口から聞くまでは、諦められないね」
暫くは……どのくらい掛かるのかわからないけれど。それでもミカンは帰ってくる。それなら良いけれど、一体いつになるか。
「ちなみにどのくらいで戻せそうなんだい?」
「うーん明日まで掛かってしまうかもしれないな」
はやすぎ。
──◇──
「兄さん……兄さん!」
「凛。元気そうで何より。ちゃんとナズナは殴った?」
「いえ殴りません。タンク役なので!」
役割だから、が理由なのね。
──今度はレインとリンリン。さっき適当に流してたけれど、"拿捕"の輩になったとか……。
「私はもう出所予定だったんだけれど……【象牙の塔】に帰るのも、ねぇ?」
「何よ。記憶持ちなら【夜明けの月】で面倒見ても良かったのよ? 純魔法使い居ないし、Win-Winなのに」
「うーーーーん……本当に魅力的な提案なんだけれど、【夜明けの月】には"最強"が居るだろう?
私まで居たら、本当に最強のギルドになってしまうよ」
凄い謙遜してる風だけれど、とんでもない傲慢ね。
最強のギルドになるなら大歓迎なんだけれど。
……諸々の責任感と、リンリンへの罪悪感でしょうけど。
「ブラン上官は優しくてね。申請すれば週に数時間は自由時間を与えられるそうだ。全部凛との時間で使うね」
「それは迷惑なのでやめてほしいです」
「ちょっと寝込むね」
言葉が鋭すぎる。その切れ味あったらミラクリースの攻防もっと早く終わってたじゃない。何日閉じ込められたと思ってんのよ。
「……天知調管轄以外にも、声の届く味方が必要だろう? 【アルカトラズ】が最後まで味方とは限らない」
「……ちゃんと考えてるじゃないの。味方、してくれるの?」
「私は永遠に凛の味方だ。……今度こそ、そう在らせて欲しい」
ちゃんと考えてはいるのね。
……【夜明けの月】最終目標、ラスボスはお姉ちゃん。その時にお姉ちゃんの手駒は、【アルカトラズ】になる。
チート全開の化け物集団を真っ向勝負で相手するのは骨が折れるけれど……まさか、そのために?
「どうか、凛と仲良くやって下さい。影ながら見守らせてもらいますから」
「文字通りはやめてよ。リンリンと会うならちゃんと正面から来なさい。お茶くらい出してあげるから」
期せずして、強力すぎる助っ人が手に入ったわね。
……冒険者として復帰しないという事は、敵にもならないって事だし。
「ははは。それまではしっかり"拿捕"の輩をやらせてもらうよ。今後とも宜しく」
……堂々とスパイを潜り込ませたというか、勝手にスパイが発生したんだけれど。
ま、家族がいるなら。その記憶があるなら……仲良くするのはいい事、よね。
──◇──
「時に。演者ライズよ」
ディレクトールが上からこんにちわ。段差があれど、ほぼ人間の頭身ながら高身長だなディレクトール。脚が長い。
「どした」
「貴様の処遇に困っているのさ。どうしたものか、どうしてやろうか?」
「処遇って何だよ……あ、そうか」
ディレクトールの言わんとする事もわかる。そうだよなぁ。劇とはいえど攻略階層だ。
「ライズは第二幕──122階層で攻略が止まっている。次なる第八幕には出演資格が無いのさ。
……とはいえ、現場の盛り上がりっぷり。出来ませんでは通せんだろう。
第八幕は明日開演だ。故に……一夜漬けといこうじゃないか!」
嫌な予感がする。
……逃げられない。セリアンの操る人形に持ち上げられて舞台裏えぇぇぇ……。
「ホーリー達も出演るがいい。ミカンを連れてな。誰か暇な演者はいるかー?」
「【夜明けの月】は忙しいからねぇ。……あたしのツテを当たってみるわよ。少しだけ待ってなさい?」
いかん。ツバキが乗り気だ。すごく嫌な予感がする。
──◇──
主演:
アンゼリカ役
──【水平戦線】バルバチョフ
虹の魔女
──【夜明けの月】ライズ
キャプテン・トム
──無所属 ハート
「殺してくれ」
「いやはや、非公開で良かった! 大変素晴らしい地獄を演じてくれたな! 普段なら開演5分で幕を下ろすところだ!」
「haha! いやぁ似合うねぇ! hahaha!!!」
「お前らなぁ……」
「久々の主演におじゃるですわ」
「ははははは! もっと魅せてもいいのだが、ダイヤからのダメ出しが凄いので帰る! さらば!」
──◇──
【第40階層 岩壁都市ドラド】
【植物苑】最奥庭園
「……園長。お手紙なのでふ」
ぬるりと現れる老婆──【植物苑】の一員にして園長の懐刀。そして【首無し】の一員──マシュマロ。
【首無し】としての活動がゴチャ付いてきたが、【飢餓の爪傭兵団】傘下である事もあり現状のリーダー代行であるファルシュと連携。現状維持は容易かった。
とはいえ暫く身動きが取れなかったのも事実。こうして園長──マルゲリータの前に姿を現すのは、実に3日ぶりである。
「あらん。マシュマロ、何も持って無いわねん」
「燃やしまひたので。小賢しくも、これだけは燃やせまひぇんでしたが」
そう言って、マルゲリータ宛に届いた手紙に付けられた、一輪の薔薇を机に置く。
誰からなのか。何故燃やしたのか。その説明は一切無く、マシュマロは不機嫌そうに受付へと戻って行った。
「……あらん。情熱的ねん」
マルゲリータも、別に誰からのものか察したりはしていない。
これでもアドレの闇業界を傾かせたほどの、正に傾国の美女なのだ。熱心なお誘いなど幾らでも、誰でも──
「……あぁ、もしかして……」
気付いたのはマシュマロの態度。姿形も名前も変幻自在なあの人が、あそこまで心穏やかにならない相手なんて。
……随分と素朴なプレゼントだ。あの頃は、高級な装飾の眩しい部屋で、何もかも目が眩む程の眩しいプレゼントだらけだったのに。
少しだけ、好感度が上がった。
「……ま、未だ地の底、だけどねん」
──◇──
【第120階層 連綿舞台ミザン】
【マッドハット】前線基地(【セカンド連合】用)
──商人は正直だ。
流れで【夜明けの月】に下ってしまったが……正直、【朝露連合】とどう折り合いを付けるかを窺っていた所はある。
そもそも【マッドハット】はオーナー側。色々と商品展開を考える事はあるけれど、それは早々に下部構成員に任せてキリキリ先へ進み領土を広げるのが得意。
一方【朝露連合】は小売。商人と言うより職人。それを凄腕経営者のベルが引き連れているってだけ。
【朝露連合】と【マッドハット】はいがみ合うより協力する方が良いのだけれど……それは協力というより吸収。どちらかが頭に立たないといけないから。
今回【マッドハット】は【夜明けの月】の下に付くけれど──【夜明けの月】と【朝露連合】は協力関係であって上下関係は無い。【夜明けの月】を挟んで【朝露連合】と対等なビジネスパートナーとなる事が可能になる。
「……セリアンはそこまで読んでいたのかしら」
「そんな訳あらへんよ。社長はん、何か企んでもすぐ飽きるさかい」
「そうですねー。ナズナは少しセリアンを神聖視し過ぎなんですよー。一番近くで見ている筈でしょう?」
ゴギョウとサシャは、あんな事があったのにいつも通り接してくれる。
……いや、私を心配してはいるんでしょうね。ずっと離れないから。
「色々とありましたが……【マッドハット】を思ったとはいえ、ナズナはやり過ぎました。今は演劇中故に先送りされていますが……相応の処罰は覚悟しなくてはなりませんー」
「当然よ。そのくらいの責任は負わせてよ。
……どいつもこいつも、勝手に私の背負うものを奪ってくるんだから」
「まぁまぁ。結局は【マッドハット】も仲良しこよし……ってオチどすなぁ」
よりかかるゴギョウ。
……私が立ち上がれないようにしておいて、サシャがお茶を机に並べる。なんて無理矢理な拘束なのよ。
「ナズナからすれば、【マッドハット】のために頑張ったのに最終的に【マッドハット】の地位が下がってしまったのですがー、やはり後悔していますか?」
「そうねぇ。不可避だった【セカンド連合】加入自体がリスクの大きい選択だったから……合理的に脱退出来たのは良かったわね。結局は完全中立の立場じゃないと商売はままならないし。
……結果的に全部私の思い通りに行かなかったのに、全部私の思い通りよりも良い方向に向かってるのが腹が立つわ」
「そうやって人は大人になるんどすえ」
「なによ。ゴギョウの事は一度たりとも立派な大人に見えた事は無いんだけれど?」
「ふふ。ウチの良さがわからない内はまだまだ小娘どすえ」
セリアンとはまた別ベクトルで尊敬できない、怠惰の化身。
……そういえば。今回に限っては、柄にも無く頑張っていた……気がする。
「……そうね。偶にはこのメンバーで……何も考えず、冒険とかしてみても良いかもね」
「あら。仮眠ですかー? 私もお隣失礼しますー」
……色々と。色々あって疲れただけだから。
そう言い訳して、二人に甘えてしまうのだから。私はまだ子供なのだろう。
──◇──
──廊下に、二人の人影。
「……うむ。我らが心配する事も無かろうよセリアン」
「haha.案外、オトナの出番とは少ないものだね。あんなに可愛らしく愛おしい存在が、ワタシの手を離れたところでも立ち直れるのなら。……我々は不要かナ?」
「お前の言う事は良くわからん」
「──oh.そうだったネ。キミはわからないか」
セリアンの瞳が、薄く曇る。
シャムはそれを見ていたのか、或いは見ずとも分かっているのか。
「ただ──お前の言葉を疑う事だけはしたくない。故に答える。
要不要に価値は無し。大人とは、子供に価値観を押し付けるものだ。ウザがられようとも一方的に献身するものだ。違うか?」
「──haha.暴論だ」
二人はそれぞれ、別の方向へと立ち去る。
それでも、セリアンは満足そうな表情だった。




