310.心を改める神
【第0階層 城下町アドレ】
──特設ステージ
『さぁ、凄まじいものを見てしまいました。あの圧倒的な魔法の数々は、間違いなくあの伝説の魔法使い、レイン様のものですよね?』
『うむ。先のミラクリースでの騒動の責任を取って投獄されたと聞いておるが、もうそろ出所の時期であったか。いやはや理外のサプライズだ。流石は【パーティハウス】。
思えば決して悪ふざけが出来ぬクリックの"イエティ王奪還戦"でも【真紅道】に我ら【飢餓の爪傭兵団】を乱入させたりもしたな。この盛り上げ上手め』
『あはははは。恐縮ですー』
(……そんなサプライズ仕込んで無いんですが。これ私の実績にして辻褄合わせた方がライズさん達に都合良さそうですね)
『さて、しかしそうなると……サプライズゲストであるレインさんが全部持って行ったのなら、第三陣営──【喫茶シャム猫】に点が入るのでは?』
『うむ。そう言いたい所なのだが……映像、出せるか? そう。最後の。 ──ここである。レインの襲撃を察知して【夜明けの月】のアンゼリカとトムが船内に避難した所。
ここで船内から現れたのが、【マッドハット】のトム──ゴギョウである。
彼奴は自身にかけられた呪い【更地の松】の副次効果である防御上昇を利用して、ハートに船内に叩き込まれた後も生きておった。あとは【悪魔祓い】の解呪能力で呪いを解き、船内に潜伏した。あの状況でターゲット集中が外れたのなら死んだと思われてもおかしくないからな。
そして吹き抜けとなった甲板からの情報を盗み聞きしつつ──船内にアンゼリカが入ってきたタイミングで、こう!』
『おおー……そしてレイン様の大災害が、どかーん。
この五.七.九幕は【夜明けの月】と【マッドハット】が直接対決する場ですから、この場合は……』
『うむ。先にアンゼリカを撃破した【マッドハット】に点が入って然るべきであろうな』
『成程成程。では、結果が出ました!』
──◇──
第七幕『虹の海を征く帝王の仔』
劇評価:
【夜明けの月】条件未達成
【マッドハット】条件達成!
【夜明けの月】:2pt
【マッドハット】:2pt
【喫茶シャム猫】:3pt
──◇──
【第120階層 連綿舞台ミザン】
シアター2(撤収中)
「いやぁやってしまった」
「やり過ぎだ【ロストスペル】。全部壊した上に、【マッドハット】に点取られただろ」
レインとライズが乱入した事で、舞台はめちゃくちゃ。これを一晩で片付けないといけないから"アクロコットン"達は大忙し。
……そしてここには【夜明けの月】、【マッドハット】、それと【喫茶シャム猫】……ディレクトール。オマケにハートとバーナードとサティスもいる。
色々と、揃ってしまった。
「に、兄さん。こんなタイミングで出所するなんて……」
「凛。久しぶり。元気? 悲しい事は……うん。あったよね。おいこらナズナさん。ちょっと顔貸してもらえるかい」
「ややこしすぎるから引っ込んでくれレイン。出所後数時間で再投獄は不名誉すぎる」
あまりにもシスコン。今の立場としてはあまり目立ってもらっては困る。
……少しビビりながらも、ナズナが自発的に出てきた。
ここで決着をつけなきゃな。
「……出所おめでとう、ライズさん。ではそろそろ、大人の取引と行きましょう」
「そうだな。ここにいる全員が証人になる」
──事の発端は、セリアンが宝珠に関する情報を【セカンド連合】に秘匿していた事。
度重なる不祥事でセリアンの立場は急落。これ幸いとナズナはセリアンを【マッドハット】から追放する不信任決議を進めていた。
しかしセリアンの個人的な収入は大きく、追放後に【マッドハット】を買い戻して返り咲く可能性は高い。よって目を付けたのが俺……"商人殺しのパンドラボックス"。個人で所有している資産において【Blueearth】最強とされる存在だ。
ナズナは【マッドハット】としてではなくナズナ個人として俺の金を全て巻き上げ、それをセリアン追放後の【マッドハット】に還元。こうする事でセリアンでも買い戻せない状況を作り出した。
そして俺を脅すためにミカンの心を破壊。天知調の助けもあり何とかフリーズ状態で一命を取り留めるが、ミカンの命と俺の金を引き換えようと提案する。
その個人的な取引を成立させないようにするため、メアリーは俺を【アルカトラズ】に収監。どう足掻いても取引が成立できないまま、つまりセリアンも追放できないまま"宝珠争奪戦"が開始してしまう。
「……で、俺が戻ってきた。取引は続行される」
「そうです。……では改めて聞きます。ライズさん。
蜜柑ちゃんを見捨てるか、私に財産を譲渡するか。選んで下さい」
セリアンは……何を思っているか、座席に座って鑑賞モードだ。自分の事でもあるだろうに。
いつもの笑顔では、なさそうだが。
「……ミカンは見捨てない」
「では、財産を譲ると?」
「うん」
「えっ」
「俺の財産全部でいいんだよな? あくまで金銭、Lだけで」
「えっ。いや、え? 何か企んでいます?」
想定外の行動ってのは、いつだってこういう理知的ムーブをする奴に強いもんだ。
ナズナは目を見開いて、その後俺の考えを考える。真面目だなぁ。
「企んではいないな。俺はお前に全財産譲るつもりで出所してきたんだ。
だが、そうだな。お前からの見返りが無いとな」
「……なに?」
劇場の扉が開く。タイミングバッチリだ。
「……あ、貴方様は!」
光を背負い、現れるは──虚な目のミカン。
【アルカトラズ】"審理"の輩 灰の槌スレーティー。
そして──マスクをした、あの男。
「紹介しよう。【需傭協会】教祖、ホーリー。改め……」
スレーティーを見るホーリー。ひとつ頷くのを確認すると、マスクを外して一つ頭を下げる。
「【アルカトラズ】"審理"の輩 ホーリーです。宜しく」
──◇──
──数時間前
【アルカトラズ】"審理"の法廷
「……つまり。その犯罪者達を、【アルカトラズ】に迎え入れろと?」
頭を抱えるスレーティーの前には、ネグルに引き連れられた俺たち。デューク、レイン、帝王、そして──ホーリー。
これには焚き付けたブランも腕を組む。ちょいちょいスレーティーから睨まれている。
「は、はいスレーティー姉様。彼らは優秀です。……目の届く所で利用するのは、悪い事でしょうか……?」
「元は【アルカトラズ】だって冒険者から引き抜かれた……そういう設定になっているだろう。別に悪くないと思うんだが?」
「……そうですね。理屈は通ります。ネグルの問題も聞かせてもらいましたし。
……ネグルにはサポートが必要でしょう。犯罪者に罰を実行できるだけの心無い存在、そしてこのメンバーでも特に監獄から出したく無い存在。クリーンにその任を任せましょう」
「誰?」
「いや私だ。名前で呼ばれるのは癪だが、消去法で分かれ」
特にネグルが仕事になっていなかった事が決め手となった。
幾らかの制限はあるが……。
「まず、もう貴方達に自由は無くなります。【Blueearth】に冒険者として復帰できる事は無くなりますし。それでも良いのですか?」
「おい。私はそれを聞く前に任を割り振ったな?」
「"影の帝王"は【黒の柩】から出す理由が無いので。
……ホーリーも本来なら同じ事ですが、私ならば手綱を握る事が出来ましょう。野心ももう無い様子です。もし頷くのなら……」
「それで頼みます、尊き法の番人スレーティー。どうか私を利用して頂きたい」
「……では。私の許可しない限りは言葉を発する事を禁じます。貴方はそれだけで人を壊せるでしょう」
「勿論です。ご厚意に感謝します」
……ホーリーは、なんというかかなり大人しい。ドロシーじゃないから分からないが、多分本心から悪い事しようとは思ってないんじゃないかな。
「レインさんは本来なら出所ですが」
「……ミラクリースを滅ぼしかけて、【象牙の塔】に牙を向けて。のこのこと戻るつもりはありません。現実の記憶持ちを放流するのも危険でしょう。宜しければ、私にも役割を」
「……そうですか。その戦力は是非とも"拿捕"の輩で発揮して貰いましょう。ブラン?」
「あっ、うん。分かっているよスレーティー。任せてくれたまえ」
「……貴女の監視でもありますからね?」
「うっ……心得た」
しっかり怒られてる。ネグルを思っての事だったろうが、まぁ仕方ないか。
「スレーティー。俺は……」
「分かってますよライズさん。今回はブランによる誤認逮捕です。こちらも不当な判決を下してしまい申し訳ありませんでした」
「いや謝る事じゃない。ただ、そうだな──」
これ幸いと、せっかくなのでお願いをしてみる。
「ホーリーとレインを貸してくれ」
──◇──
── 【第120階層 連綿舞台ミザン】
シアター2(撤収中)
「そういう訳で。ホーリーだ。こいつの洗脳能力は知ってるか? ミカンの心も上書きして──」
「ライズ」
メアリーが口を挟む。
指差す先を見てみると、ナズナが──歓喜と絶望の表情。
「ん? どういう事だ?」
「え。アンタ、分かってて連れて来たんじゃないの?」
「何々、教えてくれ」
「……ナズナとミカンの心を壊したのが、そこにいるホーリー……阿僧祇那由多よ」
……えっ。
阿僧祇那由多って世界的犯罪者じゃん。
あっそうか。宗教の教祖さんだったっけ? じゃあホーリーじゃん。なんで気付かなかったんだ。
「……やぁ、ナズナさん。或いは国際警察シェパーツさん。私を覚えているかな?」
「は、はい。我らが神。私は……」
「私が居ない世界では死んでしまう。だけど君は、私がこの【Blueearth】で生きていると、ホーリーが阿僧祇那由多であると理解していた。だから偶然生きられたんだね?」
「そうです。私は神の指示を待ちます」
「うん。タプーズの記憶については、きっと思い出させてから私が生きている事を伝え、待機状態になったところで君を私と誤認させるよう刷り込もうとしたんだろう?」
「そうです。神の言葉に間違いはあり得ません」
……凄い光景だ。
ナズナは、一見すると普通の表情で。何と言うか、操られているようにはとても見えないのに。ホーリーと会話する時だけ、その口から出る言葉だけが操り人形みたいだ。
……私生活にも溶け込めるだろうな。こんなのが一万人近くいたのか、かつての日本。
「……ホーリーさん。ナズナに何かしたんですかー?」
「これ以上はウチらも放っておけへんよ」
サシャとゴギョウがホーリーの前に立ち塞がる。……本能で理解しているのか、脚が震えている。
正直俺も怖い。なんというか、マジの時のジョージみたいな……絶対に追い付けない生命の壁を感じる。言葉一つで殺される、ような……。
「ごめんごめん。調整をしていたんだ。ナズナさんは多分、大丈夫そうだね。今解放するよ」
ホーリーの細い腕がナズナを撫でると──ナズナが、その場に崩れ落ちる。
サシャとゴギョウがすかさず身体を支えると、ナズナは先ほどまでの状況とは打って変わって、球のような汗をかきながら荒い呼吸を繰り返していた。
「わ、私、は……」
「君は軽度だった。もう私の呪縛は無いと思ってくれて構わない。
……やがてミカンにも同じ事が起きる。わかるかい?」
ホーリーは笑顔のまま。数歩だけ引いて、ミカンがナズナの手の届かない位置まで下がる。
「君の交渉材料は消えた。となると、君はライズさんに何を支払うのかな?」
全員が──記憶持ちではない者も多くいて、話が理解出来ていない者もいる中で。その言葉だけは理解できた。
さあ、ここからだ。
「どうする? 当初の予定通り──宝珠を売るなら、考えてやるが」




