308.サイズの合わない帽子を被って
【第120階層 連綿舞台ミザン】
台本を握る。ペンを回す。
このワタシ、"ディレクトール"はそういう存在だ。
常にネタ切れ。常に役者不足。
満たされる事の無い、永遠の苛立ち。
「ディレクトールよ。やっておるか?」
「うん? 嗚呼バルバチョフ! ゲスト参加に感謝する! お陰で盛り上がってきた!」
愉快な飛び入りキャスト、バルバチョフ。見た目が奇抜過ぎるが故に悪目立ちしてしまうが、今回のようなゲスト枠の適正は最高だ。
……彼奴を含め、ここ数ヶ月は【セカンド連合】関連で多くの冒険者が来たものだ。
その都度創作の刺激となってくれたのだから助かる話だが……。
「うむうむ。麿達もそうだが……やはり宝珠争奪戦は【セカンド連合】と【夜明けの月】の直接対決。我らは部外者であるからの。割と遊びたいと思っておる者は多かろうておじゃる」
「それは良いナ。実にWin-Winじゃないか!」
「ほほほ。お前は本当に柔軟よのう。本当にレイドボス?」
「勿論だろう。ワタシは天下に轟くレイドボス"ディレクトール"だとも!」
嗚呼。楽しい。楽しいな!
心躍る。どのような展開になるのか。幕の内でも外でも楽しみがいっぱいだ。
「そういえば。ディレクトールは戦わんのか? レイドボスであろう」
「ン? いやァ、ワタシは監督。戦いなんて以ての外サ」
「そうであるか。それもまた一つの選択肢でおじゃる」
笑いながら何処かへと消えるバルバチョフ。リベンジの感謝の言葉を残して。
……戦い。争い。
それを出し物にしている訳だが、ワタシは……。
──◇──
──昔々、ある所に。
何者でもない男が居た。
エンジネルでもなく、マーフリーでもなく、マンドラにんでもなく、シェードでもなく。
アドレ人でもなく、ドリアードでもエルフでもドワーフでもなく。イエティでもメイドレでもガルフでもジェリーでもブレイクソウルでも鬼でもなく。
それら全てを見てきた男は、己が何なのかを求めて遂に、何も無い山に辿り着いた。
やがて男は、真実を追い求める事をやめた。
偽りでも構わない。"美しき偽り"は、真実を凌駕する。
偽りの名を纏い、偽りの生命となり、偽りの舞台を作った。
それが【第120階層 連綿舞台ミザン】。それが"ディレクトール"。
──そしてワタシは、その役割を被せられた者。
過去すらも虚飾。何者でもないワタシは、本当に何者でもなかったと。
それを悲観するつもりはない。
ワタシはワタシで楽しくやっているのだ。
そう、教えてくれた奴がいる。
「hum.どうかしたのかいディレクトール。またネタ切れか?」
セリアン。我が親友。
……八つ当たりのように宝珠を押し付け、記憶を戻させた。ワタシと同じ苦悩を知って欲しかったから。
結局、それから今日に至るまで。コイツがそれで参る事はなかったなぁ。
「……セリアン。キミ、向こうではどうだったんだ?」
「oh.どうしたんだいディレクトール。キミ、そんなの興味無かったじゃあないか?」
「偶にはネ。……長い付き合いだ。そのくらいはタダでも良くないか?」
「レディは過去を秘めるものだよ。haha!」
セリアンは、いつもこうやってはぐらかす。
……だが、わかるのだ。
「お前も空虚なんだろう? お前は……無にさえ価値を生ませる者だ」
最強の商人だなどと持て囃されているが、彼女の本質はワタシと同じだ。
過去など、語るほど持っていないのだ。
何も無いからこそ、語らなければ──偽りを武器にできる。
セリアンもワタシも、同じ偽りの存在で、それが全てなのだ。
「hum……そうだね。ディレクトールには一つだけ教えてあげようか。それこそ、長い付き合いだ」
指を一つ立てるセリアン。
それこそ、ただ口から出る音でしか無いというのに。この情報はきっととてつもない値段なのだろう。
「ワタシにはね、息子がいたんだよ。……向いてないって分かっているのに【マッドハット】を立ち上げたのは、息子よりも思春期な奴らを守ってやりたいからだったのかもネ?」
「それはそれは凄い情報だ。置いてきた息子は心配じゃあないか?」
「まさか。アイツはもう独り立ちしたよ。haha!」
「……セリアン。キミ、幾つなんだい?」
「レディの年齢は永遠の謎なのサ! haha!」
謎は深まるばかり。
なんて事は無く、勝手に謎だと思い込んでいるだけか。
真実は、きっと肩透かしな程に平凡な人妻だったのだ。
……いや、それにしても見た目はどうなんだって話なんだが。
──◇──
──シアター4:南市街区
【マッドハット】前線基地(【セカンド連合】用)
──副社長執務室
簡素な部屋。あるのは平積みされた資料の山と、デスクとソファ。
私だけの部屋ならば、そこまで物は要らない。基本は社長室で働くし。
「……セリアン」
ソファに横になり、呟く。
柄にもない。ここ最近、本当に柄にもなく戦闘だの演劇だのやり続けて来たのだから、少し頭がおかしくなっているのかしら。
──才能の塊。何からでも金を生む女。
利用してやろうと、近付いた。
利用価値は無くなったから、蹴落として奪い取るだけ。
大丈夫。私は出来る。
やらなくてはならない。私は冷酷なる副社長。
常に【マッドハット】の未来を考える者。
【マッドハット】は仲良し集団じゃない。プロの商人集団なのだから。
「よう副社長。随分と辺鄙な場所に構えておるな」
……腹が立つほどに無神経。呆れて身体も起こせない。
「何の用ですか。【喫茶シャム猫】」
「そう邪険に扱うな。かつてはドーランで覇を競った仲であろう」
【喫茶シャム猫】ギルドマスター、シャム。
偉そうに。あまりに脚色され過ぎた言葉には呆れますね。
「実際に商業で競ったのは黎明期の僅か半月程度でしょう。その後私はセリアンと【マッドハット】を結成してドーランを抜け、一方で貴方は経営が立ち行かなくなりカメヤマと契約し奴隷のように働かされた」
「ははは! まぁそんな昔の事はいいのである」
「では無関係のシャム様、お帰りは後ろです」
「だぁからそう邪険に扱うな。林檎水を貰ったのだ。お前、好きだったろう?」
ズカズカと部屋に押し入ってくる。
……こいつもセリアンも、本当にデリカシーが無い。
「リンゴジュースは、貴方が毎回押し付けてきたのでしょうが。アドレアップルは貧乏冒険者の唯一の財産だから……」
「ははは。故に懐かしかろう。貧乏なぞもう何時以来だ」
コップ一杯のリンゴジュース。
……ドーランの下積み給仕だった頃。安い大衆酒場に毎晩顔を出してきたシャムが、いちいち奢ってきた一杯。
……流石に受け取らないのは申し訳ない。身体を起こすと、シャムがコップを手渡してくれた。
「どうだ。セリアンとは仲良くやっているか?」
「……貴方、目も耳も腐ったの?」
「宝石のように輝く破滅の瞳なら、ほれこの通り」
「曇りきっているみたいね」
セリアンがわざわざ【喫茶シャム猫】を雇ったあたり、色々と狙いがあるのだろうけれど。
「ハッキリ言うけど。貴方にせよセリアンにせよ、私を子供扱いしないでくれる?
自分の選択には自分で責任を負います。それが大人というものです」
「確かに、お前もセリアンも久々に会えば随分と変わったものだ。
人は何かを知る事で成長するが、一体何を知ったのやら。我には関係の無い事であるが。
……だが、大人だ子供だと喚いている様ではまだ子供よ。大人というものはな、成りたくなくとも何時の間にやらなってしまうものだ」
……腹が立つ。
セリアンにしても、コイツにしても。
──良く分かっているわよ。もう子供じゃいられない。
蜜柑ちゃんを利用した時点で、子供扱いなんてされて良い訳が無いじゃない。
「話は終わりよ。乙女の部屋から出て行って貰える?」
「かかか。良かろう。どうせまだ数日は世話になるのだ。また明日な、ナズナ」
「はよ帰れ!」
私の周りにいる大人は。
いつもそうやって笑顔で私を見てくれる。
守ってくれている。守るつもりでいてくれる。
──私は、大人になっても蜜柑ちゃん一人守れなかった。大人になれなかった。
それでも大人にはなってしまったのだから。責任からは逃げられない。
「……セリアンは私が追い出す。【夜明けの月】は私が倒す。それが大人の責任。私の役割。
責任がある限り。役割がある限り。私は壊れたモノではなく、生きた人間なの……」
忘れる前に復唱する。
毎夜毎夜、忘れずに確認する。
それでようやく、悪夢が見れる。
……明日の朝に目覚める事が出来る。
「私は出来る。私は出来る。私は出来る……」
──◇──
──シアター4:南市街区
居酒屋"ロングバレル"
先日の飲み会……【夜明けの月】ツバキ様に【マッドハット】全員纏めて酔い潰されてしまった代償として、大人数での飲みは暫く控える事になりましたー。
しかしゴギョウはその時不在で、除け者は可哀想でしたのでー、こうやって個人的に、と。
「サシャはん。よう飲みはりますなぁ」
「こういう時って、私は料理作ったり酌をしたりなのでー。気心知れたゴギョウとならいっぱい食べられるのですねー」
「あはは。かぁいらしいわぁ」
【マッドハット】創立メンバーは、私達だけではありません。
クリックを任せているスズ=シロナ。ドラドに店を構えるパンケーキ。ナズナにセリアン。特にシロナとパンケーキはバロウズあたりで本格的に地方所属にしたので、レベル的にここまで来れずそう会う事も無くなってしまいましたがー。
「……どう転ぶと思いますー?」
「社長はんと、副社長はんやね? せやねぇ。真っ当に社長が追放されるか、社長の何かしらの奥の手で逆にナズナが追い出されるか……空いた方にウチがそっと入れればええなぁ?」
香草巻きの焼き鳥。匂いにクセがありますが、鼻を抜ける清涼感。梅肉付きなのも良いアクセントですー。
ゴギョウはレバ刺し盛り。血の気が多いのが大好きなんですよねゴギョウ。
「具体的にどのくらいの確率でー?」
「1:9やね。社長が何も手を考えて無いなんてありえまへんえ。どうせ副社長の企みがおじゃんになって、終いどすえ」
「……そうですねー」
これは別に贔屓目とかではありません。
ナズナがセリアンに勝つなんて、出来る訳が無いのに。
……なんでナズナは、こんな事をするのでしょうかー。
「まぁアレやね。恨み辛みも憧れの内って事」
「やはりゴギョウも、ナズナが暴走してるとー?」
「あの子は割といつも暴走してますえ。社長が好き放題し過ぎてブレーキ役になってるように見えるだけで」
「それは確かにー」
ハーブ入りの粥が来た。ゴギョウには鮭の切身が乗ったお茶漬け。
まだ〆には早いですが。我々と言えばコレですよー。
「副社長が飲み過ぎてデバフキツくなってた時からやよね。お粥頼む様になったん」
「ええー。それが定例化してから、私がハマっちゃいましたー」
「副社長は煽られてると勘違いしたりしましたなぁ」
「あはは。その顔が可愛くって続けてたりも、したりしてー」
「悪い人やねぇ」
……こうして楽しくしていられるのは、あと数日なのでしょうかー。
ナズナもセリアンも。どちらも平和に解決してくれれば良いのですがー……。
「あ、おかわり下さーい。海鮮盛りと、梅水晶。オニオンフライとマカロニサラダと焼き鶏串のオススメを6本分」
「……サシャはん。ウチそんなに食べられまへんよ」
「え、これは私の分ですがー」
「……会うたびによう食べるようになってまへん?」
まだ序の口ですがー。
 




